くろいわにとみどりのわに
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「きみ、どっからきたんだい?」
ティモール島のくろいわにがたずねました。
すると、みどりのわにはこたえました。
「にんげんのくうそうさ」
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海岸沿いに生えたマングローブの茂みの縁を、わたしとアルマはなぞるように歩いていた。近くのアルマの家には何度も遊びに来ているのに、ここまで来るのは、はじめてだ。
「ワニ…おるんちゃう?」
わたしはすこし心配になって、アルマにたずねた。
ティモール島の海岸付近には、イリエワニという海をも渡るワニがいるのだ。まれに人を襲うこともある。
「もっとあっち、いつもワニがいるのは。でも、ワニに悪いことしてなかったら大丈夫」
と、アルマは言う。ティモール島において、ワニは特別な存在で、神聖視されている。そもそも、ティモール島自体が大きなワニが島になったもの、と信じられているのだ。
「この辺にもでたことあるんやんね。どんな色なん?」とわたし。
「でたことあるよ!見た人もいる。色は黒くて、それから…」
と、少し興奮気味にアルマが続ける。
「えっ、黒?」
ほんの一瞬、まるで手品のカードが消えた時のように、うろたえる。
「みどり、ってこたえるとおもったかい?」
気づくと、みどりのわにが、わたしに話しかけてきた。わたしは、さっきまで歩いていた岸側のマングローブの縁ではなく、海側の縁にいて、体の半分が海に浸かっていた。アルマの姿はない。
「にんげんはさ、だれかがつくったイメージにとらわれて、ほんとうのことがみえにくいのさ」
「じゃあ、本当のワニは黒?」
「さあ、どうだかね。よくじぶんでみてごらんよ」
そう言いながら、みどりのわには尻尾を揺らし、こちらに波紋をやりながら、海の向こうに泳いでいってしまった。その波紋の進行方向に目をこらすと、海面に突き出た岩場があって、くろいわにがこちらを見ていた。