ありったけの夢をかき集め 探しものを捜しにゆくのさ
「小さなガラス瓶に入れた、直径1cmくらいの、乾燥したみかんの皮の切れ端を、船便でドイツに送りたいのですが、郵便局に行ったら『どうしても植物扱いになってしまうので、いちどこの電話番号にご自身で電話をしていただいて、そもそも送れるのか、送れるとしたらどのような書類が必要なのかを確認していただけますか』と言われたので、電話をしています。どのようにすればいいのでしょうか」
と、『横浜植物防疫所業務部輸出検疫担当』に電話をかけ、
「それはどういった意図で送るものなんですか?」
と聞かれたので、どこから説明すればいいものか迷ったのだが
「道で拾った貝殻とか石を小さな瓶に詰めて展示をする、ということを昔、芸術祭でやっていたのですが、それを知ったドイツの知人から『これが欲しい』と、言われたのがたまたまみかんの皮だったので、こうして電話をしているのです」
と答えた。すると電話口の女性は
「なるほど」
と、非常に心強い相槌(ついさっきまで郵便局で『なんでこんなものをドイツに送るんだろう』といぶかしげな対応をされていたので、この女性の『よくわかりました』と言わんばかりの相槌は無性に嬉しかった)をうち、
「植物を送る際は、送り先の国のルールに従わなければならないので、これからドイツのルールを調べて折り返しお電話いたします」
と言った。電話を切り、僕はいま折り返しを待っている。
たかだか1cmのみかんの皮を送るのになぜこんなに煩雑なことをやらなければならないのか、お金にもならないのに…いやそもそもなぜ自分はみかんの皮をドイツに送ろうとしているのか、こんな人生になるとは予想していなかったな、予想できようはずもない、などと考えながら心底めんどくさい気持ちで郵便局から帰り、僕はきただにひろしの「ウィーアー!」(テレビアニメ『ワンピース』の初代主題歌)を聞いていた。「船便」という響きから、なんとなく連想したのかもしれない(航空便の方が速いし、「SAL便」を使えば安く送れるのに、なぜ船便なのかというと、航空便がなぜか取り扱いを停止していたからである。理由はわからないが、きっと戦争とかコロナとか物価高とかそんなのだろう)。
とにかく、すごくめんどくさいのだが、この、小さなみかんの皮の切れ端が船に乗せられ(ヨーロッパへの船便は二ヶ月程度かかるらしい)、どんぶらこ、どんぶらこ、と海を渡る姿を想像すると、なんだか愛らしいし、無駄なものが省かれ合理的に過ぎる世界のなかで、こうやって謎の物体が運ばれるのは、かけがえのないことなのだ、これは抵抗なのである(わずか数グラムの抵抗ではあるが)、と自分に言い聞かせ、とにかくこの小さなみかんのワン・ピースだけはドイツに届けてやるぜと決意を固くした。
「二ヶ月くらいかかる」と先方に伝えたら、「That will teach me patience」という素敵な返事が返ってきた。僕もこのくらい心の余裕を持ちたいものだ…