冷蔵庫のない現場にアイスを差し入れるということ

サトシ:8月19日

先日、展覧会の作品制作のため、主催者側が用意してくれた作業小屋で一人コツコツ作業していたら、裏で田んぼをやっている農家とおぼしきおじさんがおもむろに近づいてきて「この小屋が開いてるところ、初めて見たわあ」と話しかけてきた。短い世間話ののち、おじさんは去っていったが、僕は気に入られたようで、その後も何度かいい感じに声をかけてくれ、小屋の正面の草刈りまでやってくれ、最後には「冷たい缶コーヒーやる」と、言葉通りの冷えた缶コーヒーをくれた。家から持ってきてくれたものだと思う。普段自分では買わないし、それほど好きでもないのだけど、その日は暑かったのでありがたかったし、何より純粋な好意が感じられて、僕は嬉しかった。
別の日、同じ場所で三人のお手伝いと作業していたとき、展覧会関係者の二人がアイスを差し入れに来てくれた。それは近所のコンビニで買ったという、ブドウの実を凍らせたような形・大きさ・色の、氷のボールが一袋にいくつも入っているアイスで、僕たちは一人一袋ずつそれを受け取った。その日も暑かったから冷たいものはありがたかったし、好きな味だったので喜んで食べ始めたのだけど、一袋に入っている量がそこそこ多いうえ、氷のボールは歯が緊張するほど冷たくて、後半はすこし苦労した。でも全部食べ切った。というか食べ切るしかなかった。その小屋には電気が通ってないので冷蔵庫などもない。そんな環境でアイスはただ溶ける一方なので、「食べるのを中断し、誰かにあげるか捨てるかする」という選択肢は僕には思いつかなかった。さいわい他の3人も嫌いではなかったようで、同じように全部食べていたと思うが、しかし内心どのくらい苦労して後半を食べ切ったのかはわからない。三人のお手伝いのうち二人と僕とは前日に知り合ったばかり。差し入れを持ってきてくれた二人の男性も、その二人とは初対面で、なんなら僕とも1〜2度会ったくらいの仲である。
たしかに僕にとって、アイスの差し入れは嬉しかった。しかし差し入れる側の立場を想像してみると、まだ会ったことがない誰かに持っていく物として、ひとり一袋のアイスを、それも水とかスポーツドリンクとか、そのアイスが食べられない場合の選択肢の用意がない状態で差し入れるのは、とても勇気がいる。そこに冷蔵庫がないことはわかっているので、アイスをもらった相手はその場で食べ切るしかないということが想像できるし、ぶどうが苦手かもしれないとか、体質的に氷がたくさん食べられないかもしれないとか、そもそも甘い物が嫌いかもしれないとか、いろいろ考えてしまう。僕は嬉しかったので、その差し入れは僕には「当たった」のだろう。でも外れる確率も決して低くはないはずだ。
缶コーヒーはアイスと違って溶けるものではないので、「アタリ」か「ハズレ」かはその場で判断しなくてすむ。このおじさんは、おそらく家にあったものを純粋な好意でもってきてくれたんだろうなという気持ちが伝わってきて、僕は決して好きな飲み物ではないが、嬉しかった。しかしアイスの二人は、それをわざわざコンビニで買ってきた。他の無数の選択肢の中から、すぐに食べないと溶けてしまう「ブドウ味のアイス」を選んだ。いや僕は嬉しかったので、全然いいのだけど、なにか、勢いよく開けたドアの向こうに人がいて、その人をペターン! と壁に叩きつけてしまった時のような、もやもやと引っかかるものがある。いや、おいしかったからいいんだけど……

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