カメムシのカメ子 第44話 侵略者~  一つ目ベータ。。。8/8

「ベータは無事だよ。お父さんも気を失ってるだけだから大丈夫。ぼ、僕もなんとか大丈夫」

丸男は苦しそうにそう言うと一つ目の足元に崩れる様に倒れ込んだ。

「丸男!」

カメ子とカーメルは慌てて丸男の元に近ずこうとするが、一つ目は足元の丸男を片手で摘まみ上げると盾にして二人の動きを制した。

「お前達は何者だ?」

その問いには答えずにカーメルが言った。

「あら、あなた達見た目も同じだけどやる事も同じなのね。でもね、そんなことしても無駄よ」
「なんだと?」
「あたしはカーメル。カメムシのカーメル。そしてこの子はカメ子。ジークを倒したのはあたし達よ」
「そうか。ジーク様を倒したのはお前達か」
「そうよ。それに今も一人倒して来たところよ」
「な、何!」

仲間が倒されたことを知らされた一つ目は明らかに動揺した。
カーメルは一つ目が動揺しているすきにカメ子の反対の側にまわり、挟み撃ちをして押さえ込もうと考えた。
しかし危険を察知した一つ目は丸男をカメ子に向かって投げ飛ばすと部屋中をものすごいスピードで飛び回り二人との距離をとった。
カメ子とカーメルにとってこの一つ目の動きが厄介だった。
一つ目が動くとほんの一瞬だがその姿を見失ってしまい、動きが止まり気配を感じるまで一つ目の正確な居場所が分らないのだ。
カメ子とカーメルはこの事を悟られまいとしていたが、その事に気づいた一つ目は二人を見るとなるほどと目を細めた。

「どうやらお前達は俺の動きについてこれないようだな。それにこの星にはジーク様を倒す程の力を持ったお前達の様な者もいれば、こいつらの様に何の術も使えない力のない者達もいるというのも分かった。仲間が倒されたのは残念だがそれが分かっただけでも我々にとっては大きな成果だ」

そこまで言うと一つ目はもう一度その大きな目を細めた。

「俺がこのままドール様の元へ戻りこの事をお伝えするとどうなるかわかるか?」

それはまさに絶対絶命になった者が立場を逆転させた時にニヤリとするまさに勝ち誇った表情だった。
そして一つ目はそのニヤリとした表情を崩す事なくつばでも吐き掛けるように最後の言葉を吐いた。

「戦闘開始だ」

カメ子とカーメルが最も恐れていることはこちらの態勢が整う前に一つ目達から攻撃を受ける事だった。
この一つ目がこのままドールの元へ帰ってしまったら、一瞬で世界が火の海になるだろう。
一つ目の言った戦闘開始とは、すなわちこの星の終わりを意味する言葉だろう。
しかしそれだけは絶対に避けなくてはならない。
カメ子とカーメルが手をこまねいていると、最後に一つ目は楽しみにしていろと捨て台詞を吐きその場を去ろうとした。
一つ目の動きを目で追う事すら出来ないカメ子とカーメルにとっては正直どうする事も出来なかった。
その時カメ子とカーメルの前を何かが動いた。
その何かは一つ目の背後に立つとカメ子とカーメルに向かって叫んだ。

「今だ! カメ子、カーメルあれをやってくれ!」
「な、何をする! 離せ! 離せ!」
「嫌だ。 何があってもこの手を離すわけにはいかない。お前を帰すわけにはいかないんだ」

手をこまねいている二人を見て動いたのはベータだった。
ベータは立ち去ろうとする一つ目を同じ一つ目としてのその素早さで背後に回り込み押さえ込んだのだった。

「早くしろ! あれをやるんだよ」
「あれって?」
「ジーク様を倒した時のあれだよ」
「えっ?! なに言ってるの。そんな事したら、あなただってただじゃすまないんだよ」
「わかってるよ。でも今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ? こいつがドール様の元へ戻ったら攻撃されるんだぞ。 お前達の仲間が来る前に攻撃されたらまずいんだろ?」

ベータは逃げようとして暴れる一つ目を必死に抑えながら言った。
しかしドールから派遣された刺客である一つ目の方が僅かだが力が勝っておりベータは持ちこたえるのがやっとだった。
このままいけば一つ目がベータを振り払い逃げ出してしまうのは誰の目から見ても時間の問題なのは明らかだった。

「おいらはこいつの速さについて行く事はできるどこれが精一杯だ。 いいか? おいらがこいつを押さえてるにも限界があるんだよ。 おいらの事はいいから早くやってくれカメ子!」

ベータはそう言うと何とか一つ目を近くにいたカメ子の方へ向けた。
このままカメ子が両手を一つ目に向け力を出せば一瞬で決まる。
それは分かっていたが、やはりカメ子はベータの事を考えると一つ目を前にしながらも攻撃はできなかった。
さっき倒した一つ目の時のように力を絞って攻撃を仕掛けても同じ一つ目であるベータに影響が及ぶのは間違いない。
それは死に至ることになるかも知れない。
そう思うとカメ子はどうしてもその手を動かす事が出来なかった。

「だめ。出来ない。あたしには出来ない」

一つ目の前で戸惑っているカメ子にカーメルは言った。
この時もカーメルはカメ子とは対照的で冷静だった。

「どうしたのカメ子? ベータの言う通り今この一つ目をドールの元へ帰すわけにはいかないじゃない! 今攻撃を仕掛けられたらどうなるかくらいわかるでしょ?」

カーメルにそう言われてもカメ子は攻撃するのを戸惑っていた。
そんなカメ子へ近ずくとカーメルは一つ目へ向け両手を広げた。

「あなたが出来ないならあたしがやる。 カメ子はベータの事をお願い。 あたしが力を出したらベータの腕を思いっきり引っ張って。 それならできるでしょ? いい? 一か八かでもやるしか無いの!」

それでも下を向いたままカメ子は何も言えなかった。
その時カメ子の足元にしゃがんでいた丸男がふらつきながら立ち上がった。

「そ、それは僕がやるよ。 僕がベータを助けるよ」

カーメルは丸男に頷き返すと自問自答した。
どんなに力を絞った攻撃でもベータに何かしらの影響があるのは間違いない。
カメ子が手を止めてしまったのもそれを考えたからだ。
なぜなら最悪の場合ベータも死なせてしまうかもしれない。
勿論カーメルもそんなことは百も承知だし、ベータをそんな目にあわせたくもない。
しかし絶対に一つ目をこのまま帰すわけにはいかない。
カーメルもぎりぎりまで戸惑いと不安な気持ちは消えることは無かったが、今出来る事はこれしかないと決断を下すと慎重にその手に力を込めた。
すると次の瞬間、背後にしがみつくベータから逃れようともがいていた一つ目の動きが急に止まった。
そして大きな声で奇妙な言葉を発すると膝から崩れ落ちた。
カーメルは極力ベータの体には負担がかからない様にと力を絞ったが、先に倒した一つ目と同様、やはり一瞬で決着はついた。
目の前で膝から崩れ落ちた一つ目はその後も何度も絶叫を繰り返していたが次第に動かなくなった。
これでこの研究所へやって来た一つ目を二人とも倒す事ができた。
しかしその事よりカーメルが気になったのはベータの事だった。

「丸男!」

ベータを救うにはカーメルの攻撃と同時に丸男がどれだけベータを攻撃対象の一つ目から遠ざけることが出来るかが勝負だった。
ベータに近い場所に立ちカーメルの動きを見てベータを引き離そうと考えた丸男はカーメルがその手に力をい入れた瞬間、絶妙なタイミングでベータの腕を掴み自分の元へ引っ張り出す事が出来たが、カーメルの攻撃はベータにとっても強烈なものでやはりただでは済まなかった。
丸男に腕を引かれその勢いでそのまま丸男と共に倒れこんだベータだったが、その姿はかろうじて意識はあるという程度で天を仰ぎとても苦しそうにしていた。

「ベータ! 大丈夫ベータ?」

丸男に声をかけられるとベータはゆっくりとした動作で丸男の手に自分の手を重ねた。

「ま、丸男。おいらも丸男の気持ちが分かったよ。お、おいらが、おいらがやらなきゃいけないって思ったんだ。へへへ。丸男、おいら凄かったろう?」
「うん。凄かったよ。僕の言った通りじゃないか」
「へへへ。でもおいらだめかも知れない」
「えっ? 何言ってるのベータ? ベータ?」

丸男はカメ子になんとか助ける方法はないのか聞いた。
しかしカメ子もカーメルも首を横に振るしか出来なかった。

「丸男、いいんだよ。おいらはこれでいいんだ」
「何言ってんだよ! もう喋らないで! 僕がなんとかするから!」

そう言うと丸男はカメ子に攻撃されたジークが体にまとわり付いた何かを拭っていたのを思い出しベータの体を何度も拭った。
丸男は涙を流しながら何度も何度もベータの名を呼びながらその体を拭った。

「へへへ。おいらこんなに心配された事なんて一度もなかったよ。いいもんだな友達って。ありがとう丸男」

丸男が必死でベータの体を拭うのを見ていたカーメルは何か言おうとしたが目の前の二人がどんどん滲んでいった。

「ごめんなさいベータ・・・・あたし、あたし・・・・」

さっきまで冷静なカーメルだったが、それだけ言うとこらえきれず顔をくしゃくしゃにして大声で泣き崩れた。
色々な気持ちが入り混じり何をどう言ったらいいのわからないカーメルはそのまま泣き続けるしかなかった。

「カーメル、お前は悪くないよ。お願いだから泣かないでくれよ。これでいいんだよ。おいらはこれで満足なんだ。だっておいらがみんなを守ったんだ。そうだろ? このおいらがだよ・・・へへへ。じ、自分にこんな事ができるなんて・・おもて・・なか・・たよ」

するとベータは丸男に支えられながら半身を起こすとカーメルを引き寄せ丸男と二人で包むようにカーメルを抱きしめた。

攻撃と同時に丸男が一つ目から引き離したおかげか見た目のダメージは少ないように見えたが、カーメルの攻撃はベータにとって致死量に至っていた。
丸男はそれを自分の腕の中でベータの生命力が少しずつ弱まっていく事で感じていた。

「ごめんなさいカーメル。あたしがもう少しちゃんとしていればカーメルにこんな思いをさせなくて済んだのに」

一つ目を目の前にしながら攻撃を躊躇してしまった事でカーメルにその辛い役目を担わせてしまったカメ子も苦しむベータを前にそう自分を責めた。

「カ、カメ子も気にするなよ。ふ、二人とも・・自分を責めないでくれよ。 おいらは本当にこれで良かったと思っているんだから。 な、丸男」
「うん。そうだね。ベータの言う通りだよ」

するとベータはいつものようにへへへと照れ笑いをすると丸男の腕から最後の力を振り絞り立ち上がるとカプセルへ行きたいと言った。
カプセルまではほんの数メートル先だが、致命的な攻撃を受けたベータの足では軽々と歩いていけなかった。
そんなベータは丸男に頼りゆっくりと歩みを進めた。

「カメ子もカーメルもきてくれよ」

丸男にはそう言うベータの横顔が優しく微笑んでる様に見えた。
ベータの顔には大きな一つ目しかなく表情など読み取れるはずもないのに丸男にはその様に見えた。
丸男にはこの時ベータが本当に喜んでいる様な気がした。
そして丸男は支える手に力を込めた。
それはもう言葉を発するのもままならない丸男からベータへの思いだった。
するとベータは隣で支える丸男がやっと聞き取れる声で ”ありがとう丸男” と言った。
これがベータの最後の言葉になった。

ベータはカプセルの中心に手をかざし扉が開くとその人型に窪んだ受け側に自分の体を預けるとカプセルの扉を指差した。

「なに?」

カメ子がベータの指差した扉を触ると扉の一部分が四角く光り出した。
それは扉に埋め込まれたモニターだった。
ベータが何を見せようとしてるのか考えながら三人はそのモニターを見ていた。

「ねぇ、もしかしたらこれって宇宙船に連絡を取る装置なんじゃない?」

感のいいカーメルが言う通りしばらくするとモニターに何かが映った。
その映し出された人物はこちらに向かって何か奇妙な言葉を発していた。
おそらく自分達の言葉で何か話しているのだろう。
それは全く理解できない言語だったが、それにはかまわずカメ子がモニターに映る人物に話かけた。

「あたしはカメ子。カメムシのカメ子。あなたがドールなの?」

するとその人物は今度はカメ子達にもはっきりとわかる言葉で話し始めた。

「そうだ。私がドールだ。 そこで何をしている? その装置を使用できるのは我々の仲間だけだ。この星の者に操作できるはずがない! お前たちは何者だ? 」
「あら、これくらいあたし達にも操作できるわよ。いい? 自分達だけが特別で凄いなんて思い過ごしもいいところよ」
「ま、まさか? どういうことだ!」

カーメルは ”あたし達にも操作できる” と言った。
それはドールが ”この星の者に操作できるはずがない” というのを聞いてとっさに思いついた、所謂カーメルの ”はったり” だった。
モニター越しのドールはカーメルの ”はったり” にまんまとはまり動揺しているのがわかった。
カーメルはそれも見逃さず、ドールが送った二人の刺客は自分達が倒したことも説明し最後の言葉を投げつけた。

「あんな奴ら何人送ってこようが無駄よ。来るならあなたが来なさいよ」

お見事カーメル!
隣でやり取りを見ていた丸男は、一つ目達の別格的なリーダーであるドールにはったりをかますカーメルに大きな声でそう叫びたくなった。
それは丸男だけではなくいつの間にかやって来ていてモニターから見えないところでガッツポーズをしている東岸と増田も同じ思いだった。
結局カーメルの言葉の後、一つ目ドールは何も言い返す事ができずその姿を消しやがてモニターには何も映らなくなった。

「やったねカーメル。よくとっさにあれだけ言えたね。大したもんだよ。こっちの事は何一つ知られず、逆にはったりをかますなんて凄いよ」

モニターが消えたあと丸男がカーメルに言った。

「あたしもびっくり。まだ心臓がばくばく言ってるもん。でもあれがどれだけ聞いてるんだかあの表情からは分からないわね」
「いや、かなり悔しそうだったよ。僕は奴の顔を見てよくわかったよ」

モニターの中でドールは苦々し思いがその表情に表れていた。
カメ子やカーメルにさえ見分けられないその一つ目の表情を丸男には見分けられた。

「えっ丸男。一つ目の顔の表情なんてわかるの?」
「うん。なんとなくだけどね。ベータと話してるうちにわかる様になったんだ」

丸男はベータのおかげだよとカプセルで眠るベータの手を取って言った。

「ありがとうベータ。君は本当に良くやったよ。君が僕達を助けてくれたんだ。絶対に忘れないよ」

そしてカプセルの制御装置が働きゆっくりとその扉が閉まり始めた。
閉まっていく扉の向こうにいるベータが段々と見えなくなっていく。
それを見ている丸男の目に涙が溢れた。
ほんの少しの時間だったが丸男とベータの二人はいろんな話をした。
丸男はその一つ一つを思い出していた。
そして音も無く静かにその扉は閉じた。
カプセルが閉じた後の沈黙はこの世にベータがいなくなったという事をより強く感じさせた。
丸男は悲しみの気持ちが沸き上がるとその感情を抑えきれず、カプセルにすがりついてベータの名前を呼んだ。
するとカプセルは丸男に返事をするかの様に淡く光った。
それは綺麗な桜色だった。

「何だこれは? こんな風に光るなんてベータ君言ってなかったよな?」

突然光出したカプセルを見て東岸が不思議がって言った。
でも丸男にはその意味がわかっていた。

「恥ずかしいんだよね」

その淡く光る桜色のカプセルを見ながら丸男はぼそっと言った。
その時丸男にはベータがへへへと照れている顔が浮かんだ。

「ありがとうベータ。本当にありがとう」


#創作大賞2023

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