カメムシのカメ子 第43話 侵略者~  一つ目ベータ。。。7/8

「し、死んだのか?」

あおむけに倒れたきり動かなくなった一つ目の姿を不思議そうに見ながら増田がそう言った。
カメ子もその姿を見ると不思議に思った。
一つ目への攻撃は一瞬の事でカメ子としてはほんの少し力を出しただけだった。
それなのに一つ目はあっという間に断末魔の叫び声をあげ崩れるように倒れるとぴくりとも動かなくなった。
秘密の場所でジークと向かい合った時、コロを殺された怒りで我を忘れたとはいえ、相手を倒すのにカメ子は自身の出せる力をすべて使った。
それこそカメ子自身がその場に倒れるまで力を出し切ったのだ。
今回は人質の増田が影響うけないようにと様子を見る為に力をセーブしたが、正直これほどあっけなく倒せたのには肩透かしというか、なんだか拍子抜けしたような感じがした。
ただ、増田になんのダメージも見られない事にはカメ子もほっとしていた。

「カメちゃんもカーメルちゃんも本当にありがとう。おかげで助かったよ。いやぁ、でも怖かったなぁ。まだ震えがとまらないよ」
「あれ、そう言えば東岸さんはどうしたんだろう? あたし達より先に来てたなかったっけ?」

カーメルがそう言うとカメ子がここよと開いてるドアを指さした。

「なに?」

カーメルが不思議がってると東岸がここだよと言いながらドアの影から顔を出した。

「いやー、この部屋に来たらその一つ目がいてね。慌ててこのドアの影に隠れたんだ。そしたらそのすぐ後にカーメルちゃんと増田君が来ただろ。これで私までいるとよけい足手纏いになるんじゃ無いかと思ってそのまま隠れてたんだ。 それにしても凄いなこれは。前の時と違って溶けてるじゃないか」

この時、東岸はこの研究所へ遺体として運ばれ、まさにこの部屋でかろうじて生き延びていた一つ目の統率者の一人であるジークの事を思い出していた。
ジークはその動けない体でもカメ子やカーメルを圧倒したがカーメルの渾身の一撃を受けると、最後に奇妙な叫び声を上げ完全に息の根が止まったジーク。
今回倒した一つ目も断末魔の叫びこそジークと同じだったが、その体の損傷は比べ物にならないくらい激しかった。

「そんなに力一杯やったのかい?」
「ううん。全然力なんか入れなかった。増田さんもいたし様子を見ようとほんの少し力を入れただけ」
「で、これか」

ベータはジークとドールは一つ目の中でも別格だと言っていた。
別格とは特別な力を持っているとかいないとかだけでなく、何か外的な物からの防御の仕方まで違うものなのかと研究者である東岸はその体の違いに興味を持った。
この違いを知れたことは今後の事を考えると大きなアドバンテージになる事は間違いなかった。

東岸はこれまで国からは勿論、時には各国の関係機関からも直接一つ目に対する事で問い合わせを受けていた。
それは攻め込まれたらどう対応するのか、何か打つ手はあるのかと言う事なのだが、東岸はその都度どう答えたら良いのか悩みながらも結局は自分の思う事、すなわちカメ子とカーメルに頼るほかはない事を訴えてきた。
とはいえ東岸自身も本当にそれで大丈夫なのかという不安が無いわけではなかった。
それはカメ子とカーメルの呼びかけにカメムシ達が応じてくれたといってもそれが一つ目に対してどこまで通じるのか正直東岸自身の理解の範疇を超えていたからだった。
しかしこの状態を見るとその裏付けが取れたようで、それまでの悩みが軽くなった気がした。
もしかしたらジークを倒した今、残る強敵はドール一人なのかも知れない。
そんな事を考えていた東岸にカーメルが言った。

「足手纏いになるから隠れてたっていうのは賢明ね東岸さん。丸男みたいに出てこられると大変だもん」

カーメルが丸男の名前を出すとカメ子の顔色が変わった。
カメ子は東岸と増田にこのまま残るように言うとカーメルと共に丸男とベータのいる部屋へ向かった。

「野菜サラダ?」
「うん。カメ子が好きでうちのお母さんが良く作るんだよ。 僕はあまり好きじゃないんだけど。ベータはもしかしたら気に入るかもしれないよ」
「へぇ、この星の食べ物かぁ。全然想像もつかないけど面白そうだな」

丸男とベータはカメ子達を待つ間他愛も無い事を話しを続けていた。
学校の事、友達の事、カメ子やカーメルの事など、それは丸男にしたら吾一やモロミと話をするのと同じ感覚だった。
ベータにしても丸男の話が全て新鮮で楽しんでいた。
今までの生活は戦いの連続で常に生き死にと背中合わせの緊張ばかりの生活だったので食べ物の話や友達の話などかんがえられないことだった。
そんな和んだ雰囲気をその背後のドアを乱暴に開く事により一瞬にしてどす黒く危険な雰囲気に変える者が現れた。

「みつけたぞベータ! こんな所で何をしている!」

その声に二人は恐る恐る振り返った。
そこにはその顔に一つしか無い大きな目を細め仁王立ちでこちらを見据える一つ目がいた。
ベータはその姿を見ると恐怖に慄き逃げ出すこともまともに声を発する事も出来ず硬直してしまった。
そんなベータをその姿だけで圧倒している一つ目はもう一度今度はゆっくりと甘く囁くように言った。

「なぁベータ。 私が何をしにここに来たかわかるか?」

そして一つ目はゆっくりと二人の方へ、いや、ベータの方へと向かって歩いて来た。
この時丸男にもその目線の先にいるのは自分達二人ではなくベータただ一人だという事が分かった。
すると丸男はベータの前に立ち一つ目に言った。

「ベータは渡さない。お前の好きにはさせない」
「ほう。好きにはさせない? 面白い。お前に何が出来るのだ? まさかお前がジーク様を倒した者か? もしそうならその術を見せてみろ」

そこまで言われた丸男は一か八か一つ目に飛びかかって行った。

「ベータ! 逃げろ。逃げるんだ。こんな奴カメ子とカーメルが戻ってくればやっつけてくれるよ。だからそれまで君は逃げてればいい」

一つ目は丸男に飛び掛かられてもびくともしなかった。
それどころは笑っている風にも見えた。

「ほう。お前にできるのはそれだけか? お前はジーク様を倒したような術は出せないのか?」

そう言うと笑いながら一つ目は片手で丸男を払いのけた。
かなりな力で飛ばされた丸男は壁にぶつけられたが、怯むことなく再び一つ目に飛び掛かっていった。

「カメ子とカーメルが来るまでは僕が食い止める。ベータに手出しはさせない」
「面白い。何の能力も持たない下等な者がこの私に歯向かうというのか?」

一つ目は再び向かって来た丸男に愚か者めと、さっきよりも力を込めて振り払った。

丸男は振り払われ転げまわるうちに口を切り血が流れたが、それに構う事なく何度も立ち上がると一つ目に向かって行った。

「しつこいぞ! まだわからんのか! お前の様な力ないものが何度かかって来ても同じ事だ」

その戦いにならない戦いを見てもベータは恐怖で体をすくめただ脅えているだけだった。
そこへ菱形がやって来た。
「丸男! 大丈夫か?」

菱形が声を掛けると丸男は壁に手をつきふらつきながらも立ち上がりながら言った。

「カ、カメ子と約束したんだ。ベータを守るって。僕が、僕がベータを守るって約束したんだ」

菱形は丸男がベータを守る為に何度も振り飛ばされふらつきながらも一つ目と戦っていたことを知った。

「よく頑張ったな丸男。もういいぞ。次はお父さんが行くから」

そして丸男を壁際に座らせると今度は菱形が一つ目にぶつかっていった。
相手が菱形だと流石に体が大きい分丸男がぶつかっていった時より多少ふらついたが、一つ目には何のダメージも与えられていなかった。
それでも菱形は何度振り払われながらも丸男がしていたように自分も何度も一つ目に飛び掛かっていった。

「ベータ! 君はこの場から逃げろ! じきにカメちゃん達がやって来る。それまでの辛抱だ。それまでは私がこの一つ目を食い止める」
「バカめ! ジーク様を倒した術でもない限りこの星の者が我々を倒す事など出来わけなかろう」
「確かに私達ではお前を倒すことはできない。だが、カメちゃん達はちがう。今頃はお前の仲間もやられてる事だろう。覚悟するのはお前達の方だ」

そう言われカッとなった一つ目は、今まで以上の力で菱形を振り飛ばした。
何度振り払われても立ち上がっていた菱形だったが、今度は打ち所が悪かったのか気を失い立ち上がれないでいた。

「お父さん!」

丸男がそう叫ぶと、微かに ”うぅ” と唸るような声が聞こえた。
息があるのを確認できた丸男は安心すると父に向かって言った。

「お父さんは休んでて。次は僕が行くよ」

そして丸男はまた一つ目に飛び掛かっていった。
何度飛び掛かって行っても振り払われ体中が悲鳴を上げていたが、丸男はベータを守る事に必死だった。
しかし痛めつける事に飽きた一つ目はこれで最後だと言うと、その手を大きく振り上げた。
最後だと聞いた丸男は朦朧とした意識の中、もうダメかもしれないと覚悟を決めた。
すると目の前にカメ子の顔が浮かんだ。
いつも笑顔のカメ子がこの時はとても悲しい顔をしていた。

「そんな顔しないでよ。僕頑張ったんだよ。でもベータの事最後まで守れないかもしれないや。ごめんカメ子」

心に浮かぶカメ子にそう呟くと一つ目からの最後の一撃を待った。
遠のく意識の中、丸男は自分の最後の時を待つしかなかった。
その時誰かの声が聞こえて来た。
その声は何かを叫んでいた。
誰かの名前を叫んでいる。
その叫び声が丸男の遠のく意識を呼び戻した。
次の瞬間誰が叫んでいるのか、誰の名前を叫んでいるのかはっきりと聞こえた。

「丸男ー!」

目の前にぼんやり浮かぶカメ子の顔がはっきりと見えた。
カメ子とカーメルが戻って来た。



#創作大賞2023

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?