吉田拓史 / Takushi Yoshida

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吉田拓史 / Takushi Yoshida

マガジン

  • カオスが見た夢

    ”とても複雑な物語だった”となんとなく記憶している

  • 未来はいま深い海のなかを潜っている

    変な大人たちが絡み合うサスペンス

  • 月の恋人

    30歳を迎え、錯乱した「ぼく」がたどる不思議な物語。この小説は、地球で始まり、月を経由して、地球で終わる。とてもシンプルだ。ただ、喋り出すはずのないものが喋り出し、老人が過去を懐古し、ビニール袋が森のなかで浮遊する。これらについては少し複雑だ。

最近の記事

終章 109の鹿

63 砂嵐のなかに潜む影を見つけよ王とロッキーにはとんでもない拷問が加えられた。彼らはかなり我慢していたが、人間の意思を飛び越える技が使われると、それは万里の長城を通り抜けて、4人組の元に渡されるのだ。 「おれたちは表層的なものなんだ。深層はもっと違うところに隠されている……。それは意外なところに隠されている。そうだ。ええ、そんなところかいな、というところだ。もちろん渋谷の中だ。これが限界だ。これ以上はいえないようなシステムがおれの中にほどこされているんだ。影絵芝居。おれた

    • 第7章 渋谷族×渋谷王国×渋谷鹿

      49 猿楽町のファンキーテクノクラート代官山・猿楽町。そこで「家賃高すぎだよ」と言いながら服飾店を経営しているやつがいた。そうは言っても彼が売る服は、エッジの立った若者にかなり売れていて、懐具合はよかった。コンセプトは「オフィスで着れるスライ&ザ・ファミリー・ストーン」。ぎらぎらとしたふくれ上がるギャラクティックさ、オフィスで魂を失った労働機械のムードというそう反する要素を合体。「ファンキーテクノクラート」というキャッチフレーズでアピールするわけだ。 やつのセールストー

      • 第6章 セブンイレブンとマクドナルドの惨劇

        40 セブンイレブンのフランチャイジーの受難ここで、強盗の受難者に視点を移そう。 そのセブンイレブンは開店15年だ。駐車場は乗用車12台を収容できるスペースがある。周囲のタワーマンション、リッチな道路事情が運んでくる乗用車、客入りは悪くなかった。不思議なことにそのセブンイレブンには立ち読み客というものがなかった。客はおしなべて富裕層で、そんなことをするまえに、雑誌を買って、部屋のウン十万だか百万だかするナイスなカウチの上で読むことを選んだ。つまらなかったらゴミ箱に放り投げれ

        • 第5章 仮想現実より愛をこめて

          28 そして女は目を覚ました彼女は波うち際に倒れていた。深く混乱している。うなぎが頭蓋骨のなかを泳いでいる気がした。芯を深い痛みが打ち抜いている。視界のすみっこの色彩がおかしく、見たものを理解する速度はひどく緩慢だ。視力と思考の間にかなりのタイムラグが生じている。吐き気を催してもいた。腹の底がじんじんと熱を帯びている。視線を走らせて自分の体を確かめる。白いワンピース、裸足。けがはしていない。体温は少し低くなっている。体は重たい。エネルギーがどこかに消えてしまった。 足の指は

        マガジン

        • カオスが見た夢
          7本
        • 未来はいま深い海のなかを潜っている
          5本
        • 月の恋人
          8本

        記事

          第4章 異星人の考察

          24 「奇跡」は20億キロメートル先までをも包含する「奇跡」が起きたその一室には小さなはえが飛んでいた。はえはその赤い複眼に極小カメラを、つんとした尻には極小マイクを搭載した情報収集用無人機だ。それが獲得できるオーディオビィジュアルは質がかなり高く、ハイヴィジョン放送に耐えられるレベルに達した。 その注目度の高い情報は気が遠くなるほど遠いところへと運ばれる。なんとベオウルフビルから20兆キロメートル離れた真空の宇宙空間に浮かぶ宇宙船である。そのものすごい通信技術は「ルクス」

          第3章 白いワンピースの女

          16 ショベルカー式嘔吐おえええええええ―― おえええ、おええええええ―― ハヤタはひとところの遠慮もなく徹底的に嘔吐した。体のバランスのすべてが狂った。計測器の針がぐるぐる回るのが目に浮かびそうだ。 “断末魔”が部屋に深く響き渡った。ぜひゅう、ぜひゅう、ぜひゅう。彼の息は数マイルを疾走した若馬のようだ。肺が重たい。胃にかぶさりそうなほどだ。彼は「嘔吐時の基本姿勢」と保健体育の教科書に載せられそうなほれぼれする体勢をとった。いわゆるひとつの“ショベルカー”だ。過ちを認め

          第3章 白いワンピースの女

          2章 猫が運んできた有意な夢

          6 ホテルまでの案内スピードボートの上の風景は、大友克彦のGペンが表したかのような直線的かつ繊細な描線でできていた。瞼にぶつかる風はあまりにも激しく、ボートの行き先を直視するのは難しい。緑色の海がへさきに切り裂かれこなごなの白い泡を吐いていた。空気を切りつけるやかましい風の音が耳に飛び込んでもくる。そのボートはものすごい速度の中にいた。つまりどこかを目指している。 強い日差しがゆらゆら波打つ海面を突き刺していた。向こうに見える水平線の上にはもやもやがある。誰かの不安のようだ

          2章 猫が運んできた有意な夢

          1章 黒い石版と刑務所の相関性

          1 個室=男+むかむかその貧相な一室には尾はうち枯らした三十男と、爆発寸前の“むかむか”が詰まっていた。世界の極北ともいうべき劣悪なDVD映画を見ることは先進国に暮らす人間なら誰しもあることだ。その男が直面した事態もまたそういうことだった。ただでさえ、ごちゃごちゃしていた男の精神模様はこんな状態に陥った。――「なんてこった。おれはこんなくそみたいなDVDを2時間も見ちまった。最初はパッケージのすけべな感じに惹かれたが、中身は悪夢。ナイトクラブで夜な夜な遊ぶ若い男女グループが、

          1章 黒い石版と刑務所の相関性

          5章 極北から垂れた糸

          21 悲しみの川ノムラは荒野を歩いた。牛の死体を、ハゲタカがついばんでいた。ハゲタカを警戒して野犬が遠巻きに眺めている。牛の目玉が地面を滑った。蟻が神輿のように担いで、巣に運んでいくのだ。豊かな死のにおいがあたりを満たした。踏みしめる土はからからで、どんな植物も受けつけない有様だ。土もまたよごれている。 荒野を長く歩くと川に行き当たった。その水は鉛色で得体の知れぬ泡がぶくぶくとたっていた。壊れたテレビ、クルマ、バイク、マネキン、ヘルメットがゆるりゆるりと下ってくる。水面には

          5章 極北から垂れた糸

          4章 最果て団地にようこそ

          16 「夢」から覚めたノムラは目を覚ますと、呆然とした表情をした。彼は怪しげな男にかどわかされて行ったピンク映画館が、「大雨」で水浸しになる夢を見ていた。それは夢にしては、いやに手触りがある。ワンカップのにおいもありありと思い出せるし、ピンク映画の内容もきっちり覚えていた。それはいつもの夢みたいに、記憶から消えうせていかず、むしろ長年使った洗面台の水垢のようにこびりついた。 彼はかなり混乱した。汗をびっしょりとかいていた。おぼれた夢をみたから、もしや失禁しているかとも思われ

          4章 最果て団地にようこそ

          3章 とある映画について

          10 この銀河系には『憎しみの惑星』があるブラインドからのぞく都会の風景は、夕方に差し掛かっていた。路上を人々や乗用車が交錯し、無数のネオンたちに明かりがともる。夜の困惑がもうそこまで来ていた。 モロボシは虫かごの中からくるくると丸められた本を取り出し、それを漁師が船の上で魚をそうするように、ひょいと投げた。クボタはそれをキャッチしてぺらぺらとページをたぐってみた。それは『憎しみの惑星』というポルノ映画の台本だった。 その台本はポルノ映画とは思えないほどの暗い要素が含まれ

          3章 とある映画について

          2章 謎の女が行方くらまし

          6 耕作機の村その数日後―。 彼は彼女の故郷を訪れた。奇妙な事実にぶつかった。 そこは山に囲まれた小さな盆地にある集落だった。彼はある情報を介して、彼女に〈記憶〉を渡した耕作機を探した。彼が採ったやり方は、昆虫学者のふりをして村の民宿に長逗留することだ。嘘八百、ああ言えばこう言う、口先三寸などとの異名をとるモロボシにとって、朴訥な農民たちの目を欺くことなど、赤子の手をひねるようなものだった。 彼は村人から学者先生と慕われ、家々で菓子や果物や野菜をご馳走になった。虫かごと

          2章 謎の女が行方くらまし

          1章 はじまりのはじまり

          0 妙な商売はおしまい2032年はクボタにとって大きな節目になった。小さな赤字をきざみ続けた松坂牛ビジネスに共同経営者との荒々しいいさかいの末に終止符を打ち、コンビニエンスストアのフランチャイズ店もタイガーバーム売りから一財を築いたチャイニーズに二束三文で売り渡した。シェールガスのせいで7割も減価したインドネシアの石炭会社の株式も、それを勧めた一流大卒を鼻にかける役立たずな証券マンにこれでもかと暴言を吐いた末に放り投げた。そして手にしたいくばくかのカネで、千葉の建て売り住宅の

          1章 はじまりのはじまり

          終章 記憶

          38 土手沿いを風が吹いていた。風はあたたかみを帯びている。長い冬が去り、春が来ようとしていた。 川を隔てて二つの街がある。どちらにもビルやマンションが茂っている。その一つ一つに明かりが点っている。たくさんの人たちが東京に住んでいるのだ。それはわれわれの想像を大きく越えるほどだ。 まもなく日が赤くなりかかっている。ぼくは明日からの仕事のことを考えた。日常は繰り返されている。それは時に退屈で苦渋に満ちている。あらゆる状況の悪化も肌で感じている。でも、その難しさは大きな破滅

          6章 月面の蜜月

          「時はぼくを変えていく。だけどぼくは時をさかのぼることはできない」(「チェンジス」デイビッド・ボーイ) 29  心臓の鼓動が聞こえた。  鼓動の音はぼくを満たしている。  それはどんどん近づいていくる。  それはぼくとひとつになる。  あらゆる風景が同時にぼくの網膜に現れる。  映像はやがて液状化し、線になる。どこかを目指す線になる。 30 「なぜあなたが月に来たというと、それは私とあなたが結婚を約束されていたからよ。あなたは私と結婚して、月の王国を統べる

          6章 フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン

          「その竹の中に、本光る竹ひとすぢありけり。怪しがりて寄りて見るに、筒の中ひかりたり。それを見れば、三寸ばかりなる人いと美しうて居たり」−−『竹取物語』國民文庫 22 秋が来た。秋が来て何が変わったかというと、酔っ払って歩く帰り道で汗をかかなくなったことくらいだ。 日々は似たような日常に塗りつぶされ、そこに何か違う絵の具を垂らしてみたところで、それはほんのひとときだけその色を魅せつけて、そしてすぐさま日常の退屈ないろに飲み込まれてしまう。 10月最初の1週目はバーで猫の

          6章 フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン