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«Remake»#タクシードライバーは見た「お持ち帰りしたい男、帰りたい女」後編
最終ラウンドはすぐに始まった。
女『あのお店美味しかったね~。』
男『でしょ~!あそこはマジで旨いんだよ。』
同じ方向であるにも関わらず、雨の中あれだけ一緒のタクシーに乗ることを拒んでいた女の方から話し始めた。
―――――
昨日の続き
六本木で、男性が乗って帰るタクシーに乗るか乗らないかの攻防の末
雨も降ってきて行き先も同じだったこともあり乗ることになった。
―――――
乗って来た女性は男性へ断る言葉といい、運転手への礼儀正しい行き先の伝え方といい、発せられる言葉に人の好さが溢れ出ている。
そんな優しさに、男性も惚れているのか諦める様子はない。
『あそこの店さ、知り合いがやってるんだけど』
『あっ、そうなんだ!』
『そう、前は他の場所で料理人やっててさ、そこも旨かった』
『へー、じゃあやっぱ腕がいいんだね』
『同じ六本木で○○ってお店なんだけど』
『え、行ったことある!そこも美味しかった!』
『あるの?そうなんだ、そこも旨いんだよね~』
『今日のお店も美味しかったね~』
『美味しかったね~』
特に意味のない会話が、フロントガラスのに当たり続ける小さな雨粒とともに続く。
一つのやり取りを終えると、赤信号を待つのと同じように空白の時間が流れる。
信号が青になり、アクセルを踏みだしてから男性は再び話始めた。
『えっと~、明日仕事だっけ?』
『そう、あんまり寝る時間ないかな』
『そうなんだ、どれくらい?』
『3時間ぐらいかな、』
時刻は深夜3時前。
『え、短いじゃん』
『そう、昨日もほとんど寝てないから今日は寝ないと明日持たない。』
『え~、大変だね』
『うん。まぁ~』
女性は、明らかに嘘でもない、でも本当かもわからないラインで帰りたいことを伝える。
口調も丁寧で、その場を逃れるためのようには聞こえない。
『家行ってもいい?』
『それは無理かな、昨日も寝てないから』
『実際仕事何時からなの?』
『10時』
『結構大丈夫じゃない?』
次第に男性は直接的な言葉になっていく。
相変わらず女性は優しいのか仕事の時間も微妙に早くない時間で答える。
『いや、でも結構寝る時間ないから』
『大丈夫でしょ』
『いや、無理』
男性はこれといった決まり文句はなく言葉を投げ続ける。
女性も口調が強くなってきた。
次第に空気は変わっていく車内。
というより、女性が「無理です」と伝えているのは最初から変わらない。
それでも挑み続ける男性は勇者だと呼ぶべきなのか。
そしてタクシーは目的地も見渡せる距離の一直線の道を走る。
タイムリミットはもう間近。
『運転手さん、あそこの二つ目の信号の手前で大丈夫です。』
『かしこまりました。』
ここで急に車内の登場人物が3人になるが、まだこの戦いは終わっていない、男性からすれば運転手が邪魔であろう。
僕はあくまでいないものとして過ごすしかない。
『もう、着くの?』
『そろそろ』
『行っていい?』
『いや、ダメ』
『お願い』
『いやいや、』
とうとう男性は「お願い」という言葉を口にした。
責める訳ではないが、男性の不器用さに運転しながら恥ずかしくなってくる。
車内に張り詰める緊張も同時に襲ってきて居た堪れない。
最終ラウンドは、男がパンチを打つものの全て空振りだけで終わるのか。
『・・・。』
『・・・。』
その後の言葉はなく、目的地まで到着した。
『お客様、このあたりで宜しいでしょうか?』
『はい、大丈夫です』
女性は財布を取り出そうとカバンの中を探る。
すると男性は払わなくていいと言い出した。
『いや、いい』
『えっ、払うよ』
『いや、いいから』
『ほんとに?』
『いいよ』
『でも、ちょっとぐらいは』
『いいよ、、いいから』
『. . . . . ありがとう』
男性は、悲壮感漂いながらも最後は漢らしく振舞う。
『ありがとうございました。』
女性は、丁寧に運転手の僕へお礼を言い、そのまま降りていった。
バタン!!
扉が閉まる音がいつにもまして大きく聞こえる。
自『・・・。』
男『・・・っはぁぁぁ。』
男性の魂が抜けるようなため息が車内に響き渡り、その魂には悲痛な叫びが聞こえる気がした。
―――しまった . . . . . 。目的地を聞いてない。
試練はここからだった。
男性の目的地までこの時間を共に過ごさなければならないが、
目的地を聞いていない。
しかし口を開こうにも言葉を出すことが出来ない。
ただ、動き出さねばならない。
慎重に慎重に口を開く。
気を遣いながら、今にも崩れるジェンガを倒さぬよう、指先が余計に触れて無駄な振動を起こさぬよう、掛ける言葉、発する声、を先端まで神経を研ぎ澄まし声をかけようと . . . . 。
『・・・ホきゃくさま~』
オがホになってしまった。
確かに優しい感じはするが、ホと言った自分自身が耐えられなくなっていく。
『次はどちらへ参りますか?』
『泉岳寺のほうにお願いします』
声を掛けようにも出しにくい状況、柔らかい雰囲気でそっと触れるように
慎重に慎重に出そうとした結果、お客様のオがホに変わった。
だが、それにきっと男性は気づいていない。
「ホ客様って」と笑いそうになる気持ちを堪えつつ次の目的地へ向かった。
10分も掛からない距離だが寝ていたお客様へ声を掛けると男性は何も無かったかのように起き、酔ってなかったかのようなハキハキとした口調で声を出した。
つられてこちらの返事も大きくなる。
『ありがとうございました。』
『ありがとうございましたっ!』
今日出会って一番の元気な声で降りて行ったが
降りて信号待ちをしている立ち姿はどこか切ない表情を浮かべていた。