#タクシードライバーは見た「紳士の殺気」
「なんかやろうもんなら、殺して六甲山に埋めたるからな」
息子にそう説いているという60代ぐらいのスタイリッシュで紳士なおじさんが乗って来た。舘ひろしさんを少し強面にしたという感じ。
上司であるそのおじさんと50代中盤の部下。
スーツを少し緩めた二人は新橋で飲み終えた後、二軒目に向かう途中だった。
その道中、スマホで“農水省の元事務次官の息子殺害”に対する判決のニュースを見たあとの言葉が、それである。
「懲役6年やってよ、あの元農水事務次官の」
「あぁ~、6年はつくんですね」
上司がニュースを見て反応したこの時から少しばかりこの話題が続いた。
「家庭内暴力やとか、いろいろ問題起こしてた息子なんやろ」
「そうみたいですね~」
事件自体は知っていたが、その内実は知らなかった僕はその会話に聞き耳が立つ。
「やむを得ないってこれは」
「えぇ~そうですよね」
「自分が殺されるかもしれんかったわけやから」
そういう背景があってからの事件だったのかと、少し驚いていたが、
さらに考え巡る言葉が発せられた。
「俺は息子たち3人おるけど、言うてるけどね、なんかやろうもんなら、殺して六甲山に埋めたるからなって」
「あぁ、そうですか」
部下は笑交じりで答えた。
「頭の片隅には置いとかなあかんと思うで」
そこでこの話題は終わるが、僕の頭のなかは駆け巡りだす。
ーーー野蛮な考えを持つ人だなぁ。
聞いた瞬間はそう思った。殺すということを頭の片隅に入れるなんて、通常じゃあり得ない。ただ、それもすぐに覆される。
ーーーいや、でも立場によっては今回の事件のように殺すという選択肢が生まれるのかもしれない。
もし自分が殺されるかもしれないなら、もし、自分の愛する人が殺されるかもしれないなら、、、
もし、、、自分の愛する人が殺されたら。
自分が今の状況で想像も出来ないことを一概におかしいと決めつける方がおかしい。
事件を含め、人間の中には人を殺そうとする“本当に野蛮な奴”も存在する。
少し前には新幹線でなたを振り回した男もいた。
遭遇したなら逃げる方が勿論良いのかもしれないが、上記のような
もし、、、という状況に自分が置かれたら
“逃げる”一辺倒になるほうが危ない。
幸い日本は、その“もし”に遭遇することがない。だから、“逃げるという選択肢が一番多く浮かびがちだし、それで事足りる。
というか、その“逃げる”という時すらもほとんどない。
その日本の状況は凄く良いことなのかもしれないが、海外の人からは「電車で寝ているのは危なすぎる」という声も聞く。
当たり前のようにモノを奪われる国だってある、ということなんだろう。
“もし”がもっと日常的な国も。
血気ある関西弁で吐かれたその言葉は、文字以上に感じるものがあったのかもしれない。
野蛮なようにも感じるが、降りる時も普通のお客様より感謝を多く伝えてくれる紳士な方だった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?