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もし政治家を選挙ではなく「くじ」で選んだらどうなるか?

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こんにちわこんばんわ。
全ての増税に反対し、全ての減税に賛成する自由人、七篠ひとり(@w4rZ1NTzltBKRwQ)です。

今日はこちらのポストから。

皆さんは宝くじを買いますか?

私は「最後に買ったのはいつだろう?」と記憶をたどる必要があるほどの全く興味ない派なのですが、決して宝くじが嫌いというわけではありませんので、高額当選した方は是非仲良くして頂ければと思います笑

冗談はさておき、今日のネタは

もし政治家を選挙ではなく「くじ」で選んだらどうなるか?

です。

政治家をくじで選ぶ方法は、古代アテネなどで実際に行われており、当時はこれを「民主主義」と呼んでいました。

その民主主義の定義が現在のような「選挙による議員の選出」に変わったのはフランス革命以降のことだといわれています。

もちろん今の日本において「くじ引き民主主義」を導入するなど机上の空論でしかないでしょう。

ですのでその導入方法についてを議論するつもりは毛頭ありませんが、

「くじ引き民主主義」によって現在の政治の問題点が見えてくる

という点において、それを考える価値は十分にあると思います。

ということで「もし政治家を選挙ではなく『くじ』で選んだらどうなるか?」を考えてみましょう。

まずはその方法についてです。

「くじ引き民主主義」では事前に参加を希望した日本国籍を持つ成人男女の登録によって「番号」がランダムに割り振られ、そこから抽選されると仮定しましょう。

そうなると政治の形態には大きな変化が起こることが予想できます。

その変化とは

政党の消滅と選挙運動の廃止

です。

説明するまでもないですが、くじで選ばれるとなれば共通の政治的主張も選挙公約も議員選出には何の影響ももたらさないのですから、政党を作る意味が失われます。

それは同時に政治運動や選挙運動の必要性がなくなることも意味するので、そうしたものも自然消滅する結果となるでしょう。

政党も政治運動も選挙運動も無くなるとなれば、当然のことながら年間約315億円も税金から支出している「政党助成金」も廃止となります。

そして「政治献金」の意義も小さくなるので、議員と企業の癒着だの政治資金パーティーだの裏金だのといった問題は一掃されることになるでしょう。

仮に企業がくじ引きで選出された議員に賄賂をばら撒いて買収しようとしても、その議員が任期終了後に再びくじに当たって再選できるという可能性は非常に低いのですからそうなるのは必然です。

また癒着するほどの関係性を築ける時間がないため、買収は義憤に駆られた正義感の強い議員による暴露に繋がる可能性もあります。

その不確実性は企業にメリットよりも危険な橋を渡るリスクを感じさせるので、「政治と金」という問題を起こしにくいインセンティブが働きます。

これは「くじ引き民主主義」の大きな長所と言えるでしょう。

つまり「くじ引き民主主義」では「お金が掛からない政治」を実現できることになるのです。

また「再選の可能性が限りなく低い」という点は、現職や世襲議員が議席を占領する現在のような「縁故資本主義」も終わらせることでしょう。

議員バッジを得るために必要だと言われている「地盤(組織)」「看板(知名度・肩書)」「かばん(資金力)」といった常識は過去のものとなり、必要なのは「くじ運」だけとなるからです。

そのために「くじ引き民主主義」で選出された議員の行動原理には、今の議員のような「自身の再選と党勢拡大」という目的意識は芽生えようがありません。

そうした政党幹部や党議拘束に縛られない議員活動は、各議員が自分の考えに沿って「何が正しいか」を判断し、法案の採決に挑む様になるでしょう。

そしてそれは「政治の場から嘘や欺瞞を減らすこと」に繋がります。

その話が次の「くじ引き民主主義では選挙公約もいらない」です。

くじ運だけが頼りの「くじ引き民主主義」では

実現可能性を無視した耳障りの良いだけの公約を並べて選挙に勝とうとする詐欺師

も一掃することになります。

そしてそれには大きなメリットがあります。

そのメリットとは

政治家を救世主として崇める「政治家崇拝」も一掃すること

です。

「くじ引き民主主義」では無名の人達が議員になるために、国民が重視するのは「誰が正しいか」ではなく「何が正しいか」に自然となっていきます。

仮に何かの拍子で人気が爆発した議員がいたとしてもその人が再選することはほぼ無いのですから、短い任期が終われば忘れられていくことになるでしょう。

それは「〇〇議員なら日本を救ってくれる」「総理を称賛しましたか?」という権威主義者の居場所も無くなることを意味します。

もう少し言えば、現在のようにわざと反社会的な行為を行い、目立つことで票を得ようする倫理観のない人達も、くじ引きでは出現しなくなります。

あんな人達に税金が使われることにイライラしていた皆さんには、これほどの朗報はないでしょう笑

このように

「くじ引き民主主義」は、お金が掛からない政治を実現し、縁故資本主義や権威主義を終わらせ、政治の場から嘘や欺瞞を一掃する

ことが予想されます。

しかし「くじ引き民主主義」に問題点がないわけではありません。

その問題点とは

専門知識のない素人に政治の舵取りを任せて本当に大丈夫なのか?

という不安です。

これは確かにそうでしょう。

しかし実はその「不安」こそが重要な点で、そこに今日私が一番言いたいことが隠れていたりします。

それは何かと言うと

「くじ引き民主主義」は「政府にどこまでやらせるべきか」を考えるきっかけを作る

という点です。

政治は国防や外交、経済政策など多岐に渡りますから、「それを素人に任せて本当に大丈夫なのか」という思いは起こって当然のことでしょう。

でもよく考えてみてください。

「理屈がおかしくても税金は取る」と平然と言い

「実は歳出見直したら年4兆円もドブに捨ててたお金が出てきました」とテヘペロし

課税根拠のない税金を掛け続け

国民に嘘をついて増税する。

誰がどう考えてもおかしい理屈を平気で振りかざしている人達が政治の舵取りをしている今の日本と何が違うというのでしょう?

少子化問題が深刻と聞けば「ブライダル補助金」を創設して業界にばら撒き、暫定税率を50年も続け、復興税は森林環境税にすげ替えて継続することを見て見ぬふりする政治家が掃いて捨てるほどいる今の永田町に比べれば、一般常識を持つ素人が政治の舵取りをした方がまだ話が通じるでしょうし、「ガソリン減税で買い控えや市場の混乱が起きる」という企業の屁理屈を丸呑みしないだけまだマシというものです。

それなのに自身の当選と党勢拡大を目的に、嘘と欺瞞にまみれたやりもしない公約を並べ、票と献金をくれる業界団体の代弁者となっている政治家に国防や外交、経済政策だけでなく、自転車の乗り方やどんな買い物袋を使うかまで決めてもらい任せているのが「今」なのではないでしょうか。

なぜそこには不安を感じないのでしょう?

なぜくじ引きはダメで、公約を守りもしない人から選ぶしかない選挙には不安はないのでしょう?

「選挙で選ばれた」ということで、無意識のうちに議員を「特別な存在」と神格化している節はないでしょうか?

私には権力の固定化を生まないくじ引きの方がまだ健全だとしか思えません。

とはいえ冒頭でも書いたように、今の日本において「くじ引き民主主義」を導入するという話は机上の空論でしかありません。

でもそれを考えることで、現在の政治の仕組みの問題点や「政府にどこまでやらせるべきか」を見つめ直すことには大きな意味があるでしょう。

この話の論点は「くじ引きへの賛否」であありません。

論点は

「公約も守らず矛盾した政策を平気で続ける議員は良くて、一般人がくじ引きで議員になることがダメな理由」

であり

「そんな国会議員に全てを任せることになぜ不安は無いのか」

です。

私はそんな国会議員で構成する政府には

国民の自由を守ること以外をやらせないこと

が大事だと思います。

ということで、今日はここまで。

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それでは、ナイス減税!

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