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はい、縫製室です/検品を通り抜けてしまう商品の行き先
こっそり現場を教えます。これはとても理不尽だと思う一例です。
商品が売り場に並ぶまでに【検品】という作業があるそうです。
そのあたりの市場の流れは詳しくないのですが、ともかくその【検品】に合格したものが実際にお客様が手に取って購入できる品物というわけですね。
検品の基準値
さて、消費者・購入者の立場からすると、この検品基準には一定の厳しさがあるはずだという期待を持ちますよね。この基準はお国柄なのか、日本ではかなり厳しい基準が要求されているのでは、と感じます。
「数センチの誤差などありえない。」
「機械で作っているのだから、誤差など無いだろう。」
「縫製のプロが見るのだから、誤差はきちんと修正されているだろう。」
「売られている商品なのだから、完璧な状態であたりまえだろう。」
意外と、突き詰めるとこんな感覚を無意識に持っていると思われます。
それは誤差を発見した時に受ける衝撃を自覚したときに気付きます。その衝撃の大きさは、「期待を裏切られた」と感じたから起きたもので、期待の大きさと比例するからですね。
聞いた話によると、検品の標準値は、パーツあたり誤差1.5㎝が許容範囲なのだとか。例えばズボンだとパーツは大きなもので〈右前・左前・右後ろ・左後ろ)の4つがあるわけですが、これらは機械でかなりの枚数を重ねて裁断されるそうです。それで最大に一番上と下ではズレが生じるのだとか。
結果、「最大のズレは、左右差で3㎝、前後差でも3㎝が想定しうる」と販売スタッフをされていたかたから驚きと共に聞いたことがあります。
これは「長さ」についての話ですが、そのほか裾幅にも左右差があったりしますし、裾のラインが平行に揃っていなくて「ナナメ」になっていたりもします。
検品に不合格になったら
基本的にはメーカーに返品されるようなのですが…。
どうもこの「返品をする」作業は、売り場側にとっては【可能な限り避けたい事態】のようなのです。どういう理由なのかまでは私の業務に関わらないことなのでわかりかねます。でもそういう雰囲気をひしひしと感じることはしばしばあります。
・工場が海外なので返品の輸送等にコストがかかることを避けるため
・海外の縫製スタッフに基準の細やかさの必要性を理解してもらうことが難しい
こんな理由があるのでは?と先輩方が話していたことがあります。実際に聞いたことがある日本の《和》の商品を作り出す海外工場でかかえる課題と一致しますから、その通りなのかなと思います。
「できるだけ検品に合格するようにつとめる」結果でしょうか。本来は売り物には躊躇するものでも、検品をすりぬけて商品棚に並ぶことは意外に多いものです。また、「かなり検品の基準が緩い」と感じるシリーズもあったりします。その代表がリクルートスーツですね。
検品をすりぬけた商品の行先
検品を通り抜けてしまって商品棚に並んだ製品は、消費者が「気付かなければ」そのまま販売されることはよしとされているようです。着る人もそれを見る人も気付かない程度の誤差ですし、機能に問題はありません。
縫製をするつもりで整えて置いてみて初めて気づく程度のものです。
販売スタッフでも気づかない誤差です。検品の基準値の幅はこれを参考にしているのかもしれませんね。
実際に手に取って自分で確認して納得して購買しているわけですから、買う側の責任という点で、大人の判断力を持つ人にとっては至極真っ当な許容範囲です。
ですが、時には「これはさすがに検品を通してはいけない、許容範囲を超えているのでは?」と思われる商品がまぎれていることがあります。
先日、「なぜ、こうなったの?」と思う一件がありました。
「売り物なのだからミスがあってはならない」という買う側の過剰な期待
「先日、買ったのだけれど、右足と左足の丈が5㎝も違う。どうして直されていないの?」という買ったお客様からのクレームです。ただし縫製室はこの声を直接聞くことができません。接客するのはフロアのスタッフです。縫製室はお直し依頼の伝票内容を頼りに仕事をします。
買う側としては【ミスのない商品を買う権利】を主張することは当然だと考える傾向があるようです。でも正しくはそうではありません。
「この期待に応えることが当然だ。」と主張し、その意見を当然の権利のように通そうとすることは苦情を申し立てる行為です。苦情に対して詫びをいれなさい、という意味になります。苦情の対策はクレームのそれはまったく異なります。感情の対応だからです。
「ズボンの丈の違いは、着用する際に不具合を生じる程度のものであり、その不具合を直してほしい」というのは権利の主張です。これはクレームといいます。このクレーム(権利の主張)に対しては、料金をいただいてお直しをする方法や、商品の交換などを提案することができます。あるいは、お直し料金を店で負担するという方法も考えられます。【いくつかの提案をし、客側が納得する案を合意形成する】というやりとりがクレーム対応です。
実際に起こったことは「どうして直されていないの?」という言葉に対して、対応したお店のスタッフは「”お直しがされていない”と言われた」と早合点したことから始まったのではないかと思います。
それでこうなりました。
理不尽だけど「それで済むのだから」で収めてしまう
「お直しがされていないと言われた。これは縫製室のミス。もちろん無料でするよね?」とフロアのスタッフが問題の商品を持ってきました。
商品は左右差が5㎝あり、要求は「片足だけを直したのだろう。短いほうの丈に合わせて”おなおし”するように」というものでした。
縫製室でこんなことは起こりえません。
あまりにありえないことなので、これをきいた縫製のスタッフはかなり混乱していました。
”ありえないことが起こった?
なぜ、こうなった?どういう経緯で?”
ひとりはおそらくこのように思考していました。そこに集中していたものですから、「両足の長さをそろえるために片足を直して」という要求を優先して聞き入れました。それは”服としてありえない状態を正しいものにする”方向に一転集中していたためでしょう。まさに職人気質が禍したかなと今となっては思います。
そして、もうひとりは違う思考をしていました。
”うわ。すごい。検品をすりぬけてしまったものか。
お直しをするの?
商品を交換してあげないの?”
ところが、お直しをするさいの責任の所在に疑問が残ります。
販売スタッフはこれを「無料でやれ」と言っているのです。なぜでしょうか。
お客さんが「直されていない」と言っているのだから、それは「おなおし」のことだろう。「おなおし」といえば「縫製室で丈詰めのお直しをしたのに」という意味だろう。ならばこれは「お直しのミスに違いない。」という答えが導きだされた様子でした。
あるいはメーカーに商品を返送することや、お直しの実際を確認することを避けることが優先で、縫製室に無料で負担させれば早くて簡単に済む話だと考えるのも無理からぬことでもあります。
ある年代層にはこういう傾向が強く見られます。
「お客様の言うことが正しい」というのと、「問題をスムーズに解決する方法は責任の所在を見つけることだ」というものです。
これをひとつひとつ事実確認をして、ただしい選択をするように方向づけするには、相当の根気が要ります。時間ももちろん要します。
縫製室はこの「事実確認をするように指示する」立場にないように思われています。もっといえばきちんと縫製室にも本社から責任ある正社員がいれば違うのだと思います。が、実際現場にいるのはすべて非正規のパート労働者のみです。「作業をする」ことが仕事であるだけです。
店長クラスになるとこうはなりません。きちんと事実確認をして適切な選択をします。
・購入日に丈詰めお直しを依頼されたのかを確認する。
・どのようなお直しの内容だったのか(試着してピンで位置づけしたのか。あるいは指定を受けたのか。)確認する。
・お直し伝票を確認する
・レシートを確認する(お直し料金の記載があるかどうか)
考えうるだけでもこれだけのことが浮かびます。店長クラスならこれくらいはするんです。店の信用を崩さないとはそういうことですから。
店の信用を守り、お客様に対して毅然とした態度を取ることができるのは管理責任者クラスが持つべき絶対的な条件だと思います。
そこまでする義理を持たない非正規労働者だから
縫製室(テナント)のほうですが、偶発的な状況が重なり、結果的ににはたぶん(というのは結末まで現場に居なかったので)「黙って引き受けて誰にも言わないで済ませた」のだろうと思います。それが一番手早く問題が”済む”方法でしょうから。
【事実確認を指示する立場をわきまえた】行動は、どちらにも共通することではないかと思います。職人気質を持つ熟練スタッフは、「ともかくお客様が心地よく着てもらうためにつとめなければ」の結果だったことでしょう。もうひとつには「忙しくて、業務内容の範囲外のことに時間をかけていられない。面倒すぎる。」でしょうね。
一方、非正規雇用のパート労働者の自覚のある「検品ミスでは?」と考えたもうひとりがこれまた黙って口を出さなかった理由は
「先輩の判断に従う」
「ここでのやりかたに従う(新人なのでケースバイケースの対応方法は何が正解なのか、場の雰囲気の様子見をしている)」
「雇用主に義理を感じてないから」
といった点が挙げられます。
テナントなので入っている店が雇用主ではないのですよ。
雇用主(本店)は別にあります。
昨今、シフト時間外の労働はすべてタダ働きになっていることなどが義理も恩も感じない理由に挙げられますね。経営者のかたは重視するべきですね、勤務する労働者からの信頼を得るにはなにが重要かという点を。
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