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#22 「学びたいところ」に望む環境
『ホームスクールをあたりまえに生きてる』エッセイ 第22弾
「学びたいところ」に望む環境
親は「先生」にはなりません。
むしろ「なってはいけない」と戒めるほどだと思ってきました。
だって親と子の関係が濁るからです。教師と生徒の関係になる必要性を感じません。親と子の間に生じる営みで充分だからです。親と子は学び合う家族ですね。親がすべてを知っている必要はありませんし、そんなに気負わなくても大丈夫ですし、気負わないほうがよいですよね。
〈なにかを学びたい〉にしても、方法はいろいろあります。お教室に通うのか、テキストを用いるのか、見て倣うのか。ここでは技術や知識を身に着ける目的を指したホームスクーリングの時間を考えるときにはどのような姿勢で臨む考えか、を書きます。
必要があれば一緒に探そう
”わかる楽しさ”を味わえるところ
学習する楽しみを期待できるところ
理解した先を想像できるところ
「わかる!知ってる!」の気づきを待ってくれるところ
「どうして?なんで?」のきっかけがあるところ
そんなところだったら安心だと思うんだけど、どう?
必要な場所や人つまり学ぶ機会を探します。
親が好感触を抱いていても、子はそうでもなかったり、逆もあります。講師との相性もありますね。そういえば長女が小5から学校に戻る約束を父親としていた(つもり)でしたので、その約束を実行しました。その夏休みに抜けていた単元の総ざらいをする必要があると感じて、学習塾を検討しました。次男の習い事として探していたロボット教室と同じところがしていて、偶然見つかりました。
・学年相当、授業進度と同期しない(どこからでも始めることができる)
・自由進度学習
・理解度重視
ポイントはこんな感じです。
さて、長女は小3(9歳頃)からホームスクール暮らしでした。
「算数は先生の授業を受ける方がいい」と言うので、もらっていた時間割を眺めて、算数の授業に参加するというまるで単位制で受講する感覚で登校していましたよ。
当時(2009年頃)は、そういう参加の仕方でも学校側としては歓迎だったんです。こちらとしては《ホームスクール家庭が学校を活用する》体(てい)ですが、学校側としたら《不登校児童生徒が参加できる授業に無理なく参加し、登校することができる》望ましい状況だったのです。
また、小学生のクラスメートからは長女は「時々やって来るクラスメート」であり、”そういうもの”という感覚でごく自然に受け入れられていました。「算数が好きで、この時間は参加する生徒」という立ち位置です。そして、抜き打ち小テストで高得点を取る算数が得意な子であり、授業中に生徒同士で教え合う時間があったというのですが、「教え上手な子」としても重宝されていたんですね。(中学校に上がると、これは逆に他の生徒に与えるネガティブな要因になり、学校生活はうまくいきませんでした。)
その学習塾のよいところは、パソコン学習だったところです。次々と現れる出題に取り組み、間違ったところはノートを使って、鉛筆で写して、再度、解く。そのときに分からないところ、つまづいているところを講師が手助けする、というカタチで行われました。抜け落ちたところを埋めていけるので、学校の授業参加を進めていくうえで最適な学習方法でした。
一方、同じ講師が務めるロボット教室ですが、次男は当時6歳。講師とそりが合わず、講座途中で飛び出し、ひとりで自転車に乗って帰宅してくるという出来事がありました。
「家で勉強してるのか?」と聞かれたそうです。
そのセリフがカチンときたようですね。おそらく、別の機会でもそのようなことを周囲の大人から問われることがあったのかもしれません。それは大抵、含んだ物言いですから、それをこどもは敏感に受け取ります。
普段は高校で講師をしているそうで、高校生を相手にするのと同じノリのまま、学習塾にやってくる小中学生への言葉を選ばないところがありました。そんな配慮に欠けているところを、当時10歳の長女は大人の態度でやり過ごしたようですが、6歳の次男には受け流すことができなかったのです。
”学校の先生”と”学習塾の先生”との違いはこういうところでは顕著です。教員養成課程を経た学校の先生は、やはり相応の年齢のこどもの成長発達に関する教育を専門的に受けています。(なかには、学生時代に講義をさぼっていたのか、関心がなかったのか、まるで頓着しないようなかたもいますが。)
今は、むしろ学習塾の先生のほうがこどもの繊細な心を受け止める訓練をしている印象を受けますが、当時は、”学校と塾の違い”としてママ友の間ではそれが常識的な理解でした。期待することが違うんだよ、という認識でした。
そんな経験もあって、【学びたいところ】のイメージを確かに持っています。
【余談ですが】
・学年相当、授業進度と同期しない(どこからでも始めることができる)
不登校支援の観点からは、この点は非常に繊細なんだそうです。
「学校に行けない」引け目から、「学年相当の授業内容がわからない」ことを認めたくない傾向が生徒本人にあるのだそうで、学年を下げて学び直す必要があるときは、そうだと生徒本人に悟られないように工夫したプリントを渡すなどするのだとか。
不登校か、学校を活用する意識なのかの違いは、こんなところでも現れます。そういう意味では「不登校=ホームスクーリング」とは簡単には言うことができないと思っています。
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ホームスクールをあたりまえに生きてる
「ホームスクールをあたりまえに生きてる」シリーズを集めたマガジン 2022年5月スタート。 更新中。基本的に全文公開としています。 気に入…
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