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【俵万智の一首一会 17】試される短歌

白きマスク、白きブラウスのアグネスはカメラ越しに見つむわれの自由を 大口玲子

 歌に詠まれたアグネスは、香港の民主活動家・周庭さん。歌集『自由』(2020・書肆侃侃房)の前後の作品から、雨傘運動の指導者として逮捕された時の一コマとわかる。

 大きく報道されたニュースだが、アグネスの視線を、こんなふうに自分自身への問いかけとして受けとめた人は、なかなかいないだろう。自分が手にしているのは本当の自由なのか、その自由で自分は何をするのか、しないのか。

 社会への関心や疑いを、自分ごとの痛みとして感じる。それは、大口玲子の誠実さであり強さである。さらに短歌として詠むとき、スローガンではなく詩として伝える力量も抜群だ。つくづく、この人にはかなわないなと思う。

 同じ「心の花」の同人で、早稲田の文学部の後輩でもある。東京、仙台、宮崎と、なぜか住む場所も重なり、プライベートでは妹分的な存在だ。若かった東京時代には、終電を逃した彼女がウチに泊ったりもし、互いに子育てを始めた仙台では、家族ぐるみの付き合いだった。震災を機に、彼女は長崎を経て宮崎へ移住し、私は石垣島を経て宮崎へ落ち着いた。

 大口玲子は、すでに2004年に「神のパズル」という百首の大連作で、原発と放射性物質、科学と人間の歴史について真摯に問うている。

流れざる北上川の水のなか燃料棒は神のごと立つ

廃棄物処理して処理して処理して処理してそののちのことわれは訊かざる

 また、2015年の歌集『桜の木にのぼる人』(短歌研究社)では、ベルリンオリンピック後のドイツと自由の関係を次のように詠んでいた。

 こきざみにカジュアルに自由死にゆくをそのスピードを体感すべし

  自由を奪われると聞くと、とても暴力的なことで、しかも時間のかかることだと思いがちだ。しかし意外なほど「こきざみにカジュアルに」「スピードを」持って、それは行われる。炭鉱のカナリアとして彼女の詠んだ歌が、ボディブローのように効いてきているのが、今という時代かもしれない。

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 子育てにおいても、大口玲子は真摯に疑い、誠実に問うという姿勢を崩さない。

 教へむとして教へ得ざることあらむ抱き上げて子に見せてゐる雪

指さして「みづ」と言ふ子に「かは」といふ言葉教へてさびしくなりぬ

  牧水賞受賞歌集『トリサンナイタ』(2012年・角川書店)より。いずれも、大人が子どもに何かを教えるなんてことができるのだろうかという疑問が根底にある。雪という言葉や漢字を教え、科学的に説明したところで、それは目の前の雪の一側面に過ぎない。子が全身で受けとめる雪とイコールではない。そういう思考を通して、つまるところ自分は雪というものを理解しているのかと問うてもいる。

 大口玲子の歌を読む人は試される。彼女の問いを、自分ごととしてどこまで受けとめることができるのか、と。

白き心、白き言葉の大口は歌集越しに見つむわれの自由を

 (西日本新聞2022年4月4日掲載/題字デザイン・挿画=北村直登)

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