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続・二人はいつ結ばれたのか問題 「愛の不時着」ノート⑤

 前回の「二人はいつ結ばれたのか問題」について、さらにリサーチしてみた。私の周囲の反応がさまざまに興味深かったので、具体的に記しておこうと思う。


 一人目は、元新聞記者の韓流ラブの友人だ。彼女はヒョンビンが兵役に行く直前のファンイベントにも参加した。席が遠めだったので、「高校野球の取材かっていうくらいの仕事用のカメラと望遠レンズを持っていったんだけど、他の人のほうがよっぽどプロ仕様なカメラを構えていて驚いた!」と、そんなエピソードを披露してくれる。


 くだんの問題については「直感だけど、スイスで再会後の初日だと思う。それまでは、まだ二人にプラトニック感があって、キスハグどまりな気がする。もし体の関係があったら、部下の前であそこまで素直に愛情表現とかしにくいんじゃないかなあ。でも正直、韓国ドラマにおいてはセックスの匂いはオマケ(あってもいいけど、なくても十分伝わる)という感じがあるんだよね」とのこと。


 そうか、オマケなのか……オマケにこんなにこだわって、本当に申し訳ない! 部下の前での愛情表現、私は「二人きりの時にそれ以上のことがあるからできる」と踏んでいたのだが、逆の捉え方もあるようだ。


 さらに、そんな彼女が「韓流上級者」と呼ぶ実姉(韓流歴約20年。ファンミーティングにも10回以上参加の猛者。三人の子持ちながら東京と大阪会場のはしごも辞さず)に聞いてみたところ「そりゃスイスでしょう」と即答だったそうだ。「リ・ジョンヒョクのキャラ設定&ヒョンビンのセルフマネージメントを考えると、それ以前に女に手を出すというストーリーはあり得ません!」とキッパリ。ヒョ、ヒョンビンのセルフマネージメント⁉ 韓流初心者の私にはあずかり知れない領域からのご宣託に、心はぐらついた。キャラ設定のほうは、確かにリ・ジョンヒョクの生真面目さを思うと、一理あるかもしれない。どうしたって一緒になれないと、わかっている相手なのだから。

 うーん、でもだったら、あんな情熱的なキスをするかなあ。もやもやもや。だったらチューも我慢だろう。もやもやもや……と、やや形勢不利な気分でいたところに、「おばはん編集者」で知られる新潮社の中瀬ゆかりさんからメールが届いた。

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 返信がてら彼女の意見を聞いてみると「わたしは、南の彼女の家に来てからではないかと……普通に考えたら遅すぎるけどね!」と、まことに心強い。しかも、遅すぎるって(笑)さすが、おばはんである。さらにメールは「ユン・セリは百戦錬磨だから、自分の部屋で過ごしたら、スイスまでは待てないはず。笑笑。先もわからないし、先がわからないからこそ燃えるのです」と結ばれていた。こちらは、ユン・セリのキャラ設定からのご意見である。

 加えて、前回のnoteを公開後、ツイッター上でも、たくさんの推理が飛び交った。愛の不時着ファンのみなさんの間では、過去にもかなり盛り上がった話題であるらしい。細かいチェックポイントをあげるとキリがないのだが、一部をご紹介すると、「12話・ジョンヒョクが刃物傷の治療を受けるのは主寝室のセリのベッド(韓国派)」、「13話・指輪を受けとるときのセリの母胎ソロ発言(スイス派)」、「14話・『もう私はリ・ジョンヒョクが隣にいないと眠れないみたい』発言(韓国派)」…などなど。


 韓国派とスイス派の、最も説得力のある東西横綱と私が思ったのは、次の二つの視点だ。「韓国に来てからのリ・ジョンヒョク、リビングでセリに酒をすすめたりして、居候とは思えないほど態度がデカい」(韓国派)、「セリが撃たれた後のリ・ジョンヒョク、サランハオ(愛している)をまだ言えていないと苦悩」(スイス派)。うーん、実に悩ましい。この両横綱に対しても「リ・ジョンヒョクは母胎ソロだから、キスだけで『俺の女感』出しちゃってるのでは?」とか「肉体関係と愛の言葉は、必ずしも連動しないと思う」とか、なるほどな見解が続き、議論は深まるばかり。

 紅組が歌えば紅と白組が歌えば白と思う今夜は

 かつて紅白歌合戦の審査員を務めたときに、こんな短歌を詠んだことを思い出す。まさに「韓国派が語れば韓国 スイス派が語ればスイス」の心境だ。

 ところで、ここまでのところ、ほとんどが女性の意見であることに気づいた。私の身近で「愛の不時着」にハマったという男性を知っているので、彼にも聞いてみることにしよう。

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 歌人の笹公人(ささ・きみひと)さん。歌会でご婦人がたに強力にすすめられ、見始めたという。久しぶりのメールが、なんちゅう内容かと自分でツッコミを入れつつ率直に尋ねてみた。以下は、その返信である。


 「すごく迷いますが、庭で隊員たちとハマグリを焼いて焼酎を飲んだ夜、酔った勢いで(翌朝のモーニングコーヒーと指のハートマークが意味深)か、遅くとも、ピョンヤンのホテル(レストランが停電になって初雪が降った日)のどちらかではないかと推測しています。」


 なんと!北にいる時という新説が登場した。「遅くとも」って、笹さんの説が一番早いんですが(苦笑)。「酔った勢いで」って、ヒョンビン様のセルフマネージメントは、いったいどうなる? 友人のお姉さまに聞かれたら、飛び蹴りくらいそうな推理である。けれど言われてみれば、村の家でもピョンヤンのホテルでも、二人きりといえば二人きりだった。いちおう、コーヒーとか初雪とか、笹公人説にもそれなりの裏づけはある。無碍にすることはできないだろう。

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 いやいやいや、でもさすがにそれはないわあ、んもう笹さんったら……そんなイヤラシイ目で二人を見ていたのね!と思いつつ、これはたぶんスイスチームのかたがたが、私に抱いた思いでもあるのだろう。


 ただ、ユン・セリをかばってリ・ジョンヒョクが撃たれて入院した際(これはヨーロッパへの出国作戦だから、貝焼きやピョンヤンのホテルより後)の様子を見るに、笹さん、それはやっぱりないっす!とは言いたくなる。

 冷たい床に寝ようとするユン・セリに、自分のベッドを譲ろうとするリ・ジョンヒョク。彼女は、一緒に寝ればいいとベッドに移ってくるのだが、その時の彼のビビりようが半端ない。「お互いに線を越えなければ戦争は起きないわ」と気のきいたことを言うユン・セリのほうも、なかなか寝つけないでいる。ベッドの上で固まった二人を真上から撮ったカットは、とてもじゃないがそういう関係には見えない。心の中では、それぞれが自分の思いに気づいてしまっているだけに、もどかしく切なく、そして少し滑稽なシーンだ。

 もちろん、このことを、鬼の首をとったように笹さんに突きつける気はない。長い長いドラマを振り返った時に、笹さんの印象にもっとも強く残っていたのが、貝焼きと初雪のシーンなのだろう。どちらも名場面中の名場面だ。心のスクリーンに映し出された二人が、その後結ばれることを想像したって、誰にも咎められない。

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 さんざん書いてきておいてナンだが、何を情事とするかさえ、人それぞれだ。確かなのは、二人の間に深い葛藤と逡巡があったということ。だから、それをどのタイミングでどう乗り越えたかに、こんなにも多くの思いが寄せられるのだと思う。愛があるから乗り越えたと見るか、愛があるから乗り越えなかったと見るか……。

 最後に、そんな二人が過ごしたであろう時間を短歌に重ねて、この長い詮索を終わりにしよう。

ひかれあうことと結ばれあうことは違う二人に降る天気あめ

抱き合わず語りあかせる夜ありてこれも優しき情事と思う

【表題写真】「愛の不時着」エピソード16よりhttps://www.netflix.com/title/81159258?
【文中写真】「愛の不時着」エピソード4、6よりhttps://www.netflix.com/title/81159258?
 

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