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バレー部だったおかげで就職できた話
初めて就職した先での私の仕事は、商品カタログの制作だった。それまで外注していたが内製化することになり、私が専属ということで採用になった。
外注から内製へ移行する間、助っ人で来ていた男性がいた。ポパイのブルートに似た人で、制作に関してはベテランだった。
私が働き始めて少し経った頃のこと。
その日私は、隣に座るブルートさんから指導を受けていた。
お昼になってブルートさんが事務所から出ていくと、ななめ向かいの席で仕事をしていた40代くらいのメガネの男性から、突然声をかけられた。
「すごいね高橋さん」
すごいね、の意味がわからずにきょとんとしていると、メガネさんはさらに語った。
「あんなに言われてよく、はい、はい、って素直にきけるよ。私だったら絶対無理!」
「本当だよ! 私もこっちでヒヤヒヤしながら聞いてたよ!」
「俺も、高橋さん泣いちゃうんじゃないかと思って心配したよー」
後ろにいた先輩女性Sさんや部長までもが、同じことを言ってきた。
どうやら、私の質問や意見に応えてくれたブルートさんの語気が荒めだったことで、事務所内の空気はかなりピリついていたらしい。
「え、そう……ですか? 私はなんとも思いませんでしたけど……」
これは本心だ。思い返してみても、怒鳴られたとかいびられたという覚えはない。ただ単に、仕事について熱く語り合ったという認識でしかない。
きょとんとし続ける私に、Sさんが納得したようにうなずいていた。
「Bちゃんの言うとおりだ」
Bちゃんとは、Sさんと同期の女性である。
「あのね、採用のとき高橋さんを選んだのって、Bちゃんなんだよ」
「えっ? なんでですか?」
Sさんは、私が面接を受けた日のことを教えてくれた。
*
あの日、面接を担当した専務は履歴書をみんなの前に広げ、
「あなたたちが決めなさい。あなたたちと働くんだから」
と言ったらしい。
なかなか言えない言葉である。
履歴書は、私を含め5人分。面接に立ち会ったSさんはともかく、他の方々は履歴書だけが判断材料だ。そりゃ悩むに決まっている。
そんな中Bさんは、
「この子がいい」
迷わず1枚の履歴書を指さした。
それが私だったという。
*
「なんで私なんですか?」
「バレー部だから」
「えっ、なんでですか?」
たしかに履歴書には、中学、高校とバレー部に所属していたこと、県ベスト8までいったことを書いた。だけどそれは、カタログ制作という仕事にはまったく関係ない話である。
「バレーは団体競技だから。協調性とか、みんなと一緒になんかやることに慣れてるから……みたいなことをSちゃん言ってたよ」
「そうだったんですね……。え、でもOちゃんは?」
Oちゃんというのは、私と同じ日に面接を受けて、別の部署に採用された女の子である。たしか部活は卓球だったはず。
「Oちゃんは、生徒会やってたから」
なるほど。生徒会も大勢との関わりがあるし、協調性も大事だろう。
「だからさっきの受け答え見てて、Sちゃんの言うとおりだったなって思ったの。さすがバレー部っていうか」
「ああ、たしかに。ああいう感じの熱い会話は、部活中は当たり前でしたから」
コーチからは日常茶飯事で怒鳴られていたし、私も「はい!」とか「すみません!」とか言いまくっていた。でもそれは、ただただ上手くなるため、大会で上へ行くためでしかない。それ以外の悪意や憎しみというものは一切なかった。
だからブルートさんに怒鳴られ(?)ても、変なふうに受け止めはせず、部活同様「はい!」と素直に応えられたのだろう。だってそれは、ただただカタログを良くするため、仕事を上手く回すためのことだから。
その後、何度か転職した私だが。思い返すと仕事のことで面と向かって叱られるのは、そういえば平気だった。
むしろ叱らずに「あ、ううん。大丈夫」と気をつかわれる方が嫌かもしれない。「もしかして陰で何か言われてるのかな……」と思うことの方が、よっぽどダメージが大きい。
打たれ強いのか弱いのかわからないが。何はともあれ、バレー部やってて良かったと思った。あのバレー部が、まさか私を就職へ導いてくれるとは。
あの職場は、人間性を深めてくれるような経験をさせてくれた。とても感謝している。
時々思い出しては懐かしむ。
あの職場も、バレー部も。