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父からの電話だったかもしれない
今の職場で働き始めてしばらく経った頃。
仕事中、知らないお客さんからの電話がかかってきた。
「はい、〇〇〇〇で……」
「あのよぉ! この、えーど、なんだ? 〇〇ってやづなんだけどよぉ!」
「はっ、はい!」
相手はおじさん。低い声でベダベダに訛って聞き取りづらい上に、ちょっと面倒くさい感じの絡み方。語気も強く、怖い人に思えて、ちょっと声が震える。
他の人に電話を代わってほしかったが、内容は私が答えられる程度のもの。震えを隠しながら対応に努める。
話の途中で、電話の向こうからご家族(?)の声が聞こえた。おじさんは、
「ぅあ? ああ……。あー、まだあどでかげっから!」
と言って電話を切った。
ほっとした半面、また電話来るのかと思うと恐怖で震える。
過去の職場(複数あり)ではクレーム対応で心身を病んだこともあり、電話対応にはかなり苦手意識があった。
でも今の職場は幸運にもほぼノーストレスで、電話に苦手意識があったことをすっかり忘れて日々をすごしていた。
電話で震えたのも久しぶりである。
だからこそ、このまま昔のように心身のネガティブスイッチを入れてはいけない。あのおじさんへの恐怖心を、今すぐポジティブ変換することに努めなければ。
さあ、どうする。えーと、えーと……
そうだ! あの面倒くさい感じ、うちのお父さんみたいだ! うん、お父さんってことにしよう!
父が亡くなって2年。
天国からの父の電話だと思えば、いくらか親近感や愛着といった方向へ気持ちを持っていける。
――この時点で、ちょっとドキドキがおさまる。いいぞいいぞ。
外出から戻ってきた上司へ、コワおじさんの話を伝える。なるべく明るく。
「町内の人?」
上司に聞かれて、着信した番号を確認。
「そうですね。町内の番号です」
と伝えたあと、私は「えっ!?」と叫んでこの番号を二度見する。
おじさんからの電話番号の末尾4桁が、我が家の固定電話と同じ番号だった。もちろん市町村部分の番号は違うのだが。だけど――
本当にお父さんかもしれない。
本当にお父さんかもしれない。
うん、お父さんだ。
お父さんだ!!
そういうふうに、私は意味付けすることにした。
そうすると、おじさんの声はもはや父の声にしか思えなくなってくる。あの低くて聞き取りにくい声も、面倒くさい絡み方も、父にしか思えなくなってくる。
震えるほど怖かった電話が、急に待ち遠しくなった。
お父さん、私元気でやってるよ。
いい職場に恵まれて、持病の再発もないよ。
仕事も人間関係も、毎日良好で楽しいよ。
おじさんからの電話がいつ来てもいいように、私はいそいそと準備した。何を聞かれてもちゃんと答えられるように。こう聞かれたらこう答えよう、あの部分は知識が薄いから調べておこう、と。
だがしかし、そうやって準備万端で構えているときほど報われないものである。
「……なんだよ。おじさん電話してこないな」
そういうところも、父そっくりである。