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その後のシルバーアウェアネスリボン

私は普段、シルバーのアウェアネスリボンを身につけている。その理由は以前書いたとおり。今でもその思いは変わっていない。

この日仕事を終えた私は、日用品を買うため、職場近くの店に寄った。

メモを見ながら目当ての物をカゴに集め、レジへ並ぶ。ちょっとだけ混んでいて、先頭にいるお客さん1は店員さんにお金を出そうとしている段階。そのあとに続くはずのお客さん2は、カウンターにカゴを置いて、どこかへ行っているもよう。私はその次に並ぶ、お客さん3である。

ほどなくお客さん2が戻ってきた。追加の品を手にした、白髪長身、高齢気味のおじさん。
――片足を、ちょっと引きずって歩いている。

私はバッグにつけたシルバーアウェアネスリボンのキーホルダーに、指先でそっと触れた。
目を離すなよ、と自分に言い聞かせて。

このおじさんが足を引きずっているのは、ただ単に足をケガしただけかもしれないけど、――もしかしたら脳梗塞の後遺症かもしれない。

おじさんはレジのカウンターに戻ろうとしたとき、床の上に2つ3つ積んであった箱にちょっとぶつかった。ぶつかったのは、引きずっていた足。ずれた箱を、その足で押して直す。
感覚がなさそうな、棒のような足だった。

やっぱりちょっと危なっかしいな。
おじさんがよろけたときには、転倒しないように支えよう。

しかし悲しいかな、そう決意した直後、少し離れたところのレジの担当さんから「お客様、こちらへどうぞ」と声をかけられ、私はいとも簡単におじさんを忘れてしまったのである。

移った先で会計を済ませ、サッカー台で品物をエコバッグに詰めていると、少し離れたところから
「危ない!」
と叫ぶ女性の声と、鈍い衝撃音が聞こえた。

何か積み上げていた商品でも倒したのかなヤレヤレなどと悠長に振り向いて、疎かにも私はようやくおじさんのことを思い出したのである。

さっきのレジのところで、おじさんが転倒していた。尻餅をついた体勢。周りの人たちが支えながら起こしている。

――不覚。
こうなる可能性を感じて、警戒していたのに。

私も手を貸そうと一歩前へ出たが、じゅうぶんな人数がすでにいたし、大きな声が飛び交っていたから、私はその場で状況を見守ることにした。

以前、仕事中に年配女性がちょっと派手に転倒したことがあったが、その人は
「騒がないで、大丈夫だから」
と心配されるのをとても嫌がっていた。そういう人もいるから、私はステイを決め込んだ。

幸い……と言ったらおかしいが、おじさんは騒がれて不機嫌になるわけでもなく、されるがまま起こされていた。呆然としていたのか、それとも自発的には動かしづらいのか、おじさんは全身、棒のようだった。表情もずっと変わらない。これまでのおじさんの行動を思うと、恐らく麻痺系なのだろう。

「座らせた方がいいよ。イスイス!」
そう言ってもっとも近くでおじさんを支え、その場を仕切っていたのは、五十代くらいの女性客。多分さっき「危ない!」って叫んだ人。

この店の近くには、病院や社会福祉施設がある。だから私は、慣れた感じでおじさんの世話をしているその女性を、「隠れ医療従事者」ではないかとにらんだ。別に隠れてないだろうけど。

「これもうタクシー呼んだ方がいいよね」
テキパキと仕切っている隠れ医療従事者(推定)にお任せして、私はサッカー台に向き直った。

ただ転倒時のちょっと嫌な感じの音だけが気になったので、そっと近づいて「頭は打ってませんか?」とだけ声をかける。おじさんは「打ってないです」と私の目を見て答えたので、うなずいてまた離れた。

とはいえ、エコバッグに品物を詰めつつ、時々おじさんの様子をチラ見する。頭は打ってないとは言っているが、なにせ頭だから、実は強打していたのに本人は認識しないとか、転倒した驚きや羞恥心で、痛みに気付かない場合もある。

でもまあ、転倒時に聞こえた声や音を思い返すと、隠れ医療従事者(推定)の女性が一部始終を見ていたはず。もし頭を打っていたら、私より先にその女性が騒いでいるだろう。

その後すぐにタクシーが到着。
ここでもあの女性が外に出てタクシーの運転手さんにテキパキと状況を説明。私は自分の車に向かいながらその様子を見ていた。

どうやらその女性も運転手さんも、おじさんの名前や普段の様子を知っているようで、
「ありゃ、なんだべ。歩げなぐなったのが?」
などと言って、タクシーを入口近くに寄せていた。ひとまず安心である。

こんなふうに、頼りになる隠れ医療従事者(推定)がいたり、お互いまったく知らない仲ではないコミュニティーっていいなと思う。

しかしこの場合、タクシー代は誰が払うのだろうなどと思いながら、私は帰路に着いた。


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