VCのファンドレイズ
シード特化のLAUNCHPAD FUNDを2020年12月に組成し、約1年をかけてLP(出資者)を募集してまいりました。
ファンドサイズは10億円と、決して大きなファンドではないのですが、スキーム構築、アドミや監査法人の選定、LPとの交渉、弁護士と組合契約書の内容の協議などやってきました。
そして先日、約1年をかけ、10億円超を達成し、募集を締め切りました。
VCはスタートアップに投資するため、ファンドに投資をしてくれるLPを探さなければいけません。
お金を入れる(投資をする)難しさもありますが、お金を引っ張ってくるには別のスキルとマインドが必要です。
ベンチャーキャピタリストというと前者のイメージが大半なので、後者の経験をまとめてみたいと思います。
1. 自己紹介
その前に、簡単に自己紹介を。
Headline(旧称Infinity Ventures)にジョインしたのが11年前です。
Headline Asiaは4つのファンドを運営しており、総額は300億円を超えます。主にシリーズA付近のスタートアップに投資をすることを軸としてきましたが、2020年末にシード特化のLAUNCHPAD FUNDを組成しました。
そのLAUNCHPAD FUNDのGPである、LAUNCHPAD FUND株式会社の代表をやっています。
2. 最近のVC事情
VC業界もこの5年ほどで大きく変わってきています。
その一つに、多くのVCがシード向けのファンドを持つようになってきていることが挙げられます。
肌感覚ですが、5年前ぐらいまでは、シードステージのファンド、アーリーステージのファンド、レイターステージのファンド、と棲み分けが明確にありました。アーリーステージのファンドは、シードステージのファンドからパスを受けたり、スタートアップはその時のステージに合わせて適切なVCにコンタクトをするという感じだったと思います。
この景色がガラっと変わってきた理由の大きな一つは「カネ余り」です。
VCに限らず、スタートアップに資金を投入するプレイヤーにキャッシュが潤沢にあるので、追加ラウンドに参画できてしまうというものです。
スタートアップからすると、次のラウンドでわざわざ新規の投資家を回るより既存の株主から追加出資を受ける方が楽なのは当然です。
ですので、VCとしてはシードを抑えないと次がないわけです。シリーズAで初めましてでは遅く、ファイナンシャルリターンを期待できる好条件での投資案件に巡り合うことが難しくなります。
シードで幅広く張っておく、つまりは "株主" という、情報へのアクセスが一番いいポジションで伴走することで次のラウンドの投資確度を上げる。これが最近のVCのビジネスモデルといえます。
3. 最近のLP事情
同じくLPの出資動機も大きく変わってきています。
「ファイナンシャルリターンを求めていない」ということです。
求めてなくはないんですが、それだけでは刺さらないという意味です。
事業会社において社内の担当者の評価基準が、ファイナンシャルリターンではなく、どれだけスタートアップと協業が実現できたか、検討案件があったか、出資したVCからの紹介頻度は高いか、になっていると聞きます。
手前味噌ながら、Headlineの各ファンドのファイナンシャルリターンは相当高いのですが、その話をしてもこちらが期待しているリアクションが返ってきません。
そしてもう一つ、「LP出資への疑念」を聞きます。
LP出資をしたことがあるが、当初期待していた効果が見込めていないから社内でLP出資を推進できない、という話です。
これはわれわれVCの責任で耳が痛いのですが、お金を集めるときはキャッチーなことを言い、いざ集め終わったらLPとのリレーションがガクッと落ちるというのはよくある話です。これが数年のスパンで自身へ跳ね返ってきていることを痛感します。
4. ファンドレイズの心構え
このような環境下でファンドをつくり、目標金額を目指し、LP候補にアタックしていくプロセスにおいて、なにが大事で、なにを大切にしなければいけないのか、経験を共有できればと思います。
まず、今回のファンドレイズで決めてたのは、3つの「しない」です。
1. 既存に甘えない
HeadlineはInfinity Ventures時代も含めると10年以上ファンドをやっていますので、既存LPはたくさんいます。そのLPにお願いするだけで10億円を目指した方が楽です。
もちろん既存LPに声がけはするのですが、LAUNCHPAD FUNDの過半数は新規のLPにしようと決めていました。さらには、既存LPの中でも、昔のファンドで参画してもらっているが直近ではスキップされているLPに戻ってきてもらう割合を意識しました。
なぜか?
VCの大きな役割の一つが「出会いの創出」です。
スタートアップのビジネスに繋がるクライアントであったり、採用に繋がる人材であったり、いわゆる『ミートアップ』という文脈です。
直接的なものだけでなく、中長期的であり偶然的な「きっかけ」を意図的につくっていかなければいけません。
それには、新陳代謝は必須です。
そもそもLPとしてひとつのファンドに参画いただけた場合10年以上のお付き合いになるので、次のファンドも同じメンバーだったら20年になるわけです。こればっか繰り返していては新鮮さは失われてしまいます。
それを意識した結果、まったくの新規の割合が50%超え、直近スキップだったが戻ってきてくれた割合が20%近く、というウェイトでファンドを組成することができました。
2. 頭を下げすぎない
LPとは10年を超える付き合いになります。なので、シード投資に一緒にチャレンジしたいと思えるLPのみ参画してもらってます。
出資意向を断るのは結構大変なので、ステルスが基本となります。
ファンドレイズしていることを多くの人に知ってもらい、インバウンドを期待するのは楽なのですが、その分、参画して欲しくない、またはその判断がそもそもつけられない候補者が多く現れることにもなります。なので、ひたすらアウトバウンドで営業していきました。その中で、自分の「好き」という感覚を大切に、好きと思えるLPにラブコールを送り続けるファンドレイズを意識しました。
集めるのはお金ではなく支援者です。
不思議なもので、なぜか断られることが続く停滞期があるものです。そしてそういうときに試される機会が訪れます。その際、グッと堪え、手前のキャッシュに飛び付かないことが大切です。これは過去の経験が活きています。
3. 集めすぎない
お金は使い方が大事であり、余計にあると使い方がどうしても雑になってくるものです。投資における雑な使い方とは、ばら撒くということではなく、追えない状態になることをわかっているのに投資をすることだと思っています。
投資先を追う、つまりは伴走して、投資先がどういう状況なのかを把握できている状態。株主として定点観測できる環境、これが大事なわけです。
LAUNCHPAD FUNDのフロントメンバーは5人前後です。他のファンドも兼任しているため、正直、一人当たり10投資先が限界です。投資先の月一定例が10件あるとすると、一ヶ月のうち、2日は定例ということです。定例は大事な場ですが、そこで何か生まれるわけではありません。投資先との定例、社内の定例、これでカレンダーが埋まり始め、仕事をしている気になることがもっとも危険です。
フロントメンバーが5人、一人当たり10投資先とした場合、トータルで50の投資、いち投資のチケットサイズが平均1500万円ぐらいとしたら、投資できる金額は8億円程度。管理報酬、エクスペンス(弁護士やアドミ費用)を10年考えると、10億円のファンドサイズ。これが10億という数値の背景です。
雑な言い方ではありますが、投資をするのはそんな難しいことではないんです。入口(投資)には、人材とタイミングがあればそれなりに立てます。Headlineの場合10年以上の歴史があるVCであり、IVSやLAUNCHPADという知名度もあるので、そこで苦しむことも少ないわけです。
圧倒的に難しいのは出口です。
入口の方が楽しいので、入口(新規投資)ばかり増えると、出口(既存投資)を疎かにする理由が生まれます。
これはマインドだけでは避けられないので、入口をやみくもに増やさないことが大切だと思っています。
5. 伝わるプレゼンテーション
手元のリード(LP候補になりそうな企業や個人)に、新たなリード(自分の繋がりの範囲や紹介)を加え、アタックリストと優先順位とステータス管理ができるシートを作成します。
既存のLPで、その場でOKしてくれる会社もあります。ありがたいことです。冷たい反応、そもそも返事をくれない方もいます。辛いことです。
大事なのは、くよくよしないこと。これは数をこなせば慣れてきます。
それでもやっぱりLP出資の魅力を伝え、LAUNCHPAD FUNDへ出資してもらいたい、と思うわけです。
これだけVCの数が増え、VCごとに程度の差はあるとはいえ、やってることは相当似てます。その事実を踏まえ、LPに響くトークをするには、
に尽きます。
まず前者ですが、LAUNCHPAD FUNDの特徴を下記のスライドでまとめました。
その中でも、決定的に他のVCに勝ると言い切れるポイントとして、左側の『Data Driven』を掲げました。
Headlineでは、スタートアップの発掘、その後のDDプロセスにおいて、独自のアルゴリズムを開発しています。
左上の「EVA」とは、機械が24時間365日、世界中のアプリやWebサイトの90%近くを追跡しているシステムです。スタートアップから情報をもらうことは一切ないです。必要なのはURLのみです。
「Athena」は、財務数値では見えてこない、収益の質とリテンションを独自に解析するツールです。こちらはスタートアップから一歩踏み込んだデータをもらうことで実現します。
どちらも内製のシステムで、外販はしていません。
これらを実際の画面を共有し、どういうアウトプットが見れるのか、どういうソーシングをしているのかをLP候補の方々に見てもらいました。
資金の提供(スライドセンター部分)と、コミュニティの提供(スライド右側)も重要です。そこに強さや比重を置いているVCも多くあります。
そしてわれわれはIVSもあるので、そこに被せていくことはできます。
しかし、その強弱で勝負はせず、「まあそこも当然カバーしていますが、ここまでデータをベースに投資を考えているVCはいません」というのをしっかり印象づけるよう心掛けました。
6. 一人という強さ
知って欲しい側面(Data Driven)は明確になりました。
そこに加えるべき必須条件は『熱意』です。
100伝えたいなら最低でも20盛って120で話さないと伝わりません。
この20はウソであってはいけませんが、必ずしも正確である必要はないと思っています。そういう20の要素が『熱意』と言うこともできるからです。
そしてここからがポイントなのですが、自分以外の参加者、つまり弊社の他のメンバーがいる中だと、この20を出しきれない状況が生まれます。
伝えたい対象は100%LP候補なのに、他のメンバーや、パートナーが同席した場合はパートナーの顔色なりを伺った上でのプレゼンにどうしてもなってしまいます。あくまで伝えるための手段として多少盛るトークが、それは違うだろうという社内の反応を警戒してやらなくなってしまいます。
だから、ファンドレイズは、責任を持てる人間が一人でやるべきというのが持論です。
LP候補も、ぶっちゃけの話や、そうは言うけど本当のところはどうなの、という切り口が欲しいわけです。そこがあることで親近感がわきます。それができる環境が「一人」というわけです。
7. 最後に
これは新卒で入った3Mという会社で学んだことの一つです。
営業職で入社したのですが、営業とは、担当製品の性能が良いか悪いか別として、それを良いものとして売ってくる仕事だと思い込んでいました。
あいにく3Mの製品は性能が良いので、悪いものを良いものとして売り込む体験はしなくて済んだのですが、担当製品が好きか否かは別の話です。
性能は良いんだろうけど好きになりきれない製品を、ありきたりのセールストークと対応でこなしてもお客さんには刺さりません。
そんなとき、他の地域で営業をしている先輩に同行する機会がありました。
驚いたのは、先輩がお客さんの要望に合わせて競合製品をバンバン紹介していくこと。自分の担当製品を無理矢理当てはめようとしない。その中で、絶対に自信が持てるという部分や機能については明確に何度でも伝えるという姿でした。
二人きりになったとき、競合とか勧めていいんですか?と聞いたら、
「あの用途だったら競合の方が合ってるし、そもそもおれ、好きなものしか売らないから」という即答だったのを鮮明に覚えています。好きなものであれば自分の売上にならない他部門の製品まで売っている人でした。そして営業成績はトップレベルなので、そのスタイルに異論を訴える人がいない。
担当製品はいまいち好きになれない自分でも、大好きな3M製品がありました。シンサレートという断熱素材です。スキーウェアの中綿とかに使われているものです。管轄は繊維材部門で、当時わたしが所属していた自動車部門では一応扱えるものの、売っても自部門の売上にはならず繊維材部門の売上になるので、自動車部門の営業としてはおまけで持ってるレベルのアイテムでした。
なぜ自動車部門でも一応扱っているかというと、シンサレートは断熱素材という側面だけでなく、吸音素材という側面も期待されていたからです。車の天井などのスペースに入れることで車内が静かになる。吸音は一般的にはフェルトなどの安い素材が使われるのですが、性能はいまいちで重い、という課題がありました。
車は燃費のために1gでも軽くしたいという要望があります。
そこにシンサレートは刺さるし、吸音効果も抜群に高い。自信をもって勧められる製品であり、なんせ好きな製品でした。
自部門の売上に1円にもならないけどシンサレートの可能性を信じ売り歩く日々がスタートしました。自分の営業車はいつもシンサレートのサンプルで一杯。それを優しく見守ってくれた先輩方や上司には感謝ですが、シンサレートを売ってるときは楽しかった。
お客さんからこういう使いかた相談されてるんですけどどうですかね、って遅くまで技術部の人と話し合って、トライアンドエラー重ねて提案して、それが採用されていくプロセス。楽しかった。
その楽しさがお客さんに伝わるから売れていく。
売れていくから余計楽しくなり、お客さんにより響くからまた売れる。
3Mを、川村を気に入ってくれるから、自部門の製品も売れ始める。
好きにこだわり、周りの目を気にせず、その好きを伝播していくと、こういう循環が生まれるんだと体感しました。
そしてタイミングも重なり、自動車部門でも正式にシンサレートを扱うこととなり、いまでも立派に車の軽量化と車内の静音に貢献しているプロダクトです。
3M話が長くなってしまいましたが、今回のファンドレイズも同じだと思っています。
IVSのLAUNCHPADはピッチイベントの最高峰だと自負していますし、そこに応募してくるスタートアップを中心に投資をしていくLAUNCHPAD FUNDは重要な存在です。その存在を認め、支えてくれるLPは必要不可欠な存在です。
その価値をなにより自分が信じ、その存在が好きであることを、どうしたら一番伝え切れるか?
その環境整備が、
という3つの「しない」の設定と、
という2点だったということです。
今回参画いただいたLPの方々に改めて感謝を伝えたいです。
期待を超えるファンド運営をしていくことと、そのためにも、自分の好きを大事に、好きでないことはやらない行動力を今後も大切にしていきたいと思っています。