VCのミドル業務

ベンチャー、スタートアップ界隈の賑わいとともに、ベンチャーキャピタルという業態も少しは知れてきたと思います。

いわゆる「VC」と言われるスタートアップへの投資業ですが、

VC内に存在する、「ミドル」という理解しづらい役割があることはあまり知られてないと思います。

フロント業務

多くの方がイメージする、
VC=ベンチャーキャピタリスト、
という役割は「フロント」と呼ばれる立場をさします。

名刺に、「アソシエイト」「プリンシパル」と入っている人もです。

アソシエイトの場合、ベンチャーキャピタリストとしての見習い期間みたいな捉え方が一般的かと思います。

そして、フロントの仕事はズバリ、

「急成長するスタートアップを見つけてきて投資する握りをすること」

です。

そのための能力として、スタートアップとのタッチポイントであるリサーチ力、イベントでのコミュニケーション力、そしてなによりも、この人から投資を受けたいとスタートアップに思わせる人間力が求められることは自明かと思います。

バックオフィス

VCも組織であり、会社であったりもするので、経理、総務的な仕事は存在します。

VCの経理は一般の事業会社とは少し異なるため、日々の仕訳、入出金、決算書作成、この辺りはアウトソーシングしているGP(VCの運営者)が多いと思います。うちもアウトソーシングしています。

VCのバックオフィスを専門とする会社は日本でいくつかありますし、海外では一般的です。

ミドル業務

さて、本題の「VCのミドル業務」。

フロントとバックオフィスの中間、というより、両者を結びつける立場と捉えるべきかと思います。

各々のVCで、フロント寄りミドルなのか、バックオフィス寄りミドルなのかの差はあると思いますが、自分はこのミドルを10年やっています。
(うちの場合はフロント寄りの仕事が多いと思っています)

わかりやすくするためにあえて雑な言い方をしますが、

フロントは金の卵(スタートアップ)を見つけてくれさえすればいいし、
バックオフィスは正確に指示通り動いてくれればいいわけです。

フロントがオペレーションばかり気にしていてもしょうがないですし、
バックオフィスが投資先が有望だと判断して追加で資金を入れても困るわけです。

ではミドルの仕事は具体的にどういうものなのでしょうか?

自分が実際にやっている業務を、
他のVCであればフロントがやってるかも(フロント寄り)、と、
他のVCであればバックオフィスがやってるかも(バックオフィス寄り)で分けて整理してみます。

*契約書マネージメント

【フロント寄り】
(新規&既存の)投資先と資金繰り状況を話し合い、どこが期限としてエンドなのか、他の投資先から求められている条項はなにかを整理し、契約内容を詰めていきます。

【バックオフィス寄り】
投資先、株主間、弁護士、この間に入ってスケジュールが滞ることないよう進めます。うちが原因で着金が遅れたということがないように注意します。得てしてかなりタイトなスケジュールが組まれます。

*CC(キャピタルコール)

【フロント寄り】
投資先候補、投資する確度、それぞれの投資金額感を把握し、ファンドの残高と照らし合わせます。ようは、必要なときに必要なだけすぐに出金できる状態が求められます。逆を言うならば、必要でもないのにキャッシュがあることをファンドは嫌がります。簡単な理由は、IRRが下がるからです。詳細はここでは省きます。

【バックオフィス寄り】
バックオフィス機能を任せているアウトソーシング先に出金の指示をします。そのために指示書的なものを都度作成し、パートナーのサインをもらいます。さすがに彼らもオフィシャルな書類がないと動きません。メッセンジャーでヨロシク!では済みません。

*監査対応

【フロント寄り】
監査法人からヒアリングが何度もきます。
投資先がどういう状況なのか?係争事件はないか?どういうオペレーション、スキームで運営されているのか?このバリュエーションは適切か?
フロントが持ち合わせている感覚的ものも含め言語化し、ロジックで返答して納得してもらうコミュニケーションが求められます。

【バックオフィス寄り】
監査法人から求められる資料、アウトソーシング先では用意しきれない資料を準備します。確認状に必要なデータを揃えたりもします。

*ポートフォリオ・マネジメント

【フロント寄り】
投資先の定例(取締役会など)に出席します。
多くの場合、オブザーバー権をつけての投資となるので、取締役でなくとも定例会に出席したりします。
そこで投資先の状況や課題を肌感覚として把握し、LPとのコミュニケーションに役立てます。(もちろん口外できない内容の線引き感覚も求められます)

【バックオフィス寄り】
投資先から売上や利益、KPIの数値をもらい、四半期ごとにLPへ報告するレポートを作成します。
多くのVCは、ミドルがフロントに投資先の状況をヒアリングするらしいですが、うちの場合はミドルが直に投資先とコミュニケーションします。

*IR(インベスター・リレーションズ)

【フロント寄り】
定期的にLPへ訪問し、ファンドの状況をアップデートします。一部のLPとはサイドレター(覚書のようなもの)で握っている内容がありますので個別対応が必要になったりします。

【バックオフィス寄り】
株主総会的なイベントを四半期毎に企画運営します。
場所を抑え、コンテンツを考え、そのための資料を用意し、協力者(登壇者)を募り、案内集客までやります。

*バリュエーション

【フロント寄り】
IFRS(国際会計基準)を採用していることもあり、うちは投資先を四半期毎に時価評価します。時価評価は杓子定規になることが一番良くないので、フロントの肌感覚、自分の肌感覚含めて数値と向き合います。

【バックオフィス寄り】
監査は年1回であり、四半期毎に更新される投資先の評価につき、監査法人から意見を言われることはありません。しかし、結局は年1回の監査のときに四半期での判断理由を問われることになるので、投資先の評価や、評価方法を変えたりする際は、都度、監査法人とコミュニケーションします。監査法人は承諾する立場ではありませんが、実質の承諾を得るという根回し的なコミュニケーションになります。

*Exit

【フロント寄り】
投資先がM&AでありIPOしない限り、GPは投資先持分を誰かしらに譲渡することでパフォーマンスを数値化しなければなりません。
投資先に配慮した中で譲渡先を探し、譲渡候補とプライスや時期を交渉します。かなりフロント寄りな動きですが、フロントと一緒に動きます。

【バックオフィス寄り】
投資先の持分を譲渡する際に契約回りの業務が発生することはもちろん、ファンドの特性として有期限性というものがあります。
ファンド自体をクローズさせなければいけません。
始まりとはポジティブなものです。終わりとはネガティブがつきものです。
このネガティブなプロセスに関係者を巻き込み、巻き取ります。

*プレゼン資料

【フロント寄り】
ファンドレイズ(投資するからには投資できるお金を集めること)に必要なプレゼン資料そのものをつくります。プレゼン自体はフロントであるパートナーがするケースが多いため、彼らの要望に沿ったアップデートが必要になります。

【バックオフィス寄り】
ファンドパフォーマンスなどの定量情報につき、バックオフィスから情報を入手し、プレゼン資料に反映します。
投資先の情報もアペンディクスとして載せることも多いため四半期毎にアップデートします。

*ファンドレイズ

【フロント寄り】
フロントは金の卵(スタートアップ)を見つけてくるのが仕事ですが、お金を引っ張ってくるのも仕事です。それをミドルも一緒にやります。
LP候補を探し、アポイントをとり、パートナー(フロント)を連れてプレゼンしに行くことを繰り返します。

【バックオフィス寄り】
プレゼン後は、その際利用した資料を共有して欲しいなどの話になりますので、NDAの締結作業や、最近はNDAを省くケースが増えてきているので、その際は資料を再度見直し提出できる形に手直しします。

本質的な役割

細かい業務内容を列挙してしまいましたが、どの業務にも共通し、本質的に求められるミドルの役割は一つです。

『コミュニケーションでスピードとクオリティを担保すること』

繰り返しになりますが、

フロントは、ファンドでありVCの顔として機能すればよく、
そのために、見かけ倒しにならないために、裏側というオペレーションが機能していなくてはなりません。

しかし、裏側というものは、得てして杓子定規であり、意地悪な言い方にはなりますが、融通が効かないものです。(融通が効きまくる裏側って裏側として成り立たないよねって話でもあります)

そういう関係下では、ミスコミュニケーションが連発し、その結果、組織としてのスピードは低下し、スピードの低下は特に独立系VCの場合、クオリティの低下に直結すると言えます。

とはいえ、フロントがバックオフィスに寄り添い、バックオフィスがフロントに寄り添っていては互いの良さが発揮されません。

その間に入り、フロントとバックオフィスがそれぞれの役割をまっとうするよう動くのがミドルというものです。

個人としての適正

私の場合、メーカーで営業を5年していました。
VCでいえばフロントであり、個性を発揮して顧客をとってくることにフォーカスするのが営業です。

その後、公認会計士になり、監査法人で3年働いています。ファンド監査が中心でした。
VCでいえばバックオフィスであり、数値、資料、正確性、期限を常に意識する立場もよくわかります。

スタートアップと言えるほどではないですが、(会計事務所とかではなく)起業し、7年近く自分の会社もやっています。

一般的にコミュニケーション能力というと、
人懐っこく、トークがおもしろい、というイメージを持ちやすいですが、そういう要素が能力であるとするのならば自分にはコミュニケーション能力はないです。

一方、それぞれの立場(方向性)と状況(距離感)を判断した上で、適切なツール(テイスト)でコミュニケーションするというのが能力である場合、適正性があるのかもしれません。

VC内部でのフロントやバックオフィスという立場、
VC回りに存在する、大企業やスタートアップや士業の専門職という立場。

チャットで済ませることを望む人もいれば、電話や実際会って話すことを前提とする人もいます。数値ありきのロジカル好きもいれば、ノリ重視の軽めの人もいます。コミュニケーションのツール(テイスト)は立場や人で様々です。

それぞれとどう向き合い、どういうツールで接していくべきかが、感覚値としてできることが、ミドルとしての適正なんだろうなと思っている次第です。