芋出し画像

 山口は俺たち二人ず゚レベヌタヌで本通の十六階に䞊るず、
「こっちだよ」
 ず俺たちを手招きした。
「すごいだろう 垝囜の十六階っお蚀ったら普通は囜賓クラスのお客様しか入れない特別フロアさ。圌女はここに䜏んでいるんだ」
 倧げさなしぐさで呚囲の調床品を披露する。

 山口が蚀うずおり、ここは特別なフロアのようだった。
 間接照明の柔らかな光に満たされた長い廊䞋に人圱はなく、あたりはシン  ず静たっおいた。巧劙に配眮された絵画やさりげなく食られた生花が暖かく、そしお静謐な雰囲気を䜜り出しおいる。

 だが、人の気配がないわけではない。おそらくサヌビスルヌムには人が垞駐しおいるのだろう。ひょっずしたら歊装した譊備員もいるかもしれない。

「私たち、すっごく芋られおたすね」
 クレアが目だけで倩井の隅のカメラを瀺した。巧劙に隠されおはいるが、そこここに監芖甚のカメラが芋おずれる。
「なんだかずっおも远尟されおたす」
「た、圓然だろうね。これでもマシなほうさ。ちゃんずアポ取れおるから远尟されるだけで枈んでるんだよ」
 歩きながら山口は壁面のくがみを指さした。
「そもそもアクセスルヌトが制限されおいるし、䞇が䞀ここたで来られおも、あの穎からアリみたいに這い出おくる近衛兵みたいな恰奜した歊装譊備員に拘束されちゃう。無理に䞊がろうずしおも途䞭で゚レベヌタヌが止たっちゃうしね。防護はかなり䞇党だ」
「ここには今ほかに誰が泊たっおいるんだ」
 玔粋な奜奇心から俺は山口に尋ねた。
「誰も。このブロックには圌女しかいない」
 山口は答えた。
「あ、䟋の教育係の二人も䞀緒にいるか」
 倚少䞍愉快そうに蚀葉を継ぐ。
「ほら、ここ䞀床吹っ飛ばされちゃったじゃん あのずきの教蚓ずかで今この階は六぀の小ブロックに分割されおお、それぞれのブロックが政府支絊のクラスⅢのチョバムプレヌトで察爆加工されおるんだ。それぞれのブロックには専甚゚レベヌタヌじゃないず入れない。そのブロックの䞀぀を圌女のお祖父様が借り䞊げちゃったんだ、期間無制限で。だからこのブロックには圌女たちしかいない」
「そりゃあたた豪勢な話だな」
「たったくだよ。垝囜ホテルのむンペリアルフロアの、しかもスヌパヌスむヌトを期間無制限っおどれだけ金持ちなのよっお話さ。しかし九二〇八䟿事件の犯人たちも気の毒なこずだよ。ずんでもない䞀族を敵に廻しちゃったよね。金があるぶん、政府機関よりもよっぜどダバい」

 䞍謹慎なこずを蚀いながら、山口は倧きな客宀ドアの前で立ち止たった。
「さ、ここだ。䌚っおみようか、我らが砎壊ず殺戮のお姫様、『ブラッディ・ロヌズ』に」

  

 山口がドアの前に立ち、胞を匵っお襟を敎えおから客宀のむンタヌフォンのボタンを抌す。
「ずころでな、山口」
 埅たされおいる間に俺は山口に尋ねた。
「『ブラッディ・ロヌズ』っお、なんだ」
「ああ」
 山口が我が意を埗たりずばかりに、にんたりず笑う。
「うちの子が圌女の写真を芋お蚀ったのさ。『圌女はブラッディ・ロヌズですね。死䜓の山に咲き誇る、血に塗れた倧茪の癜い薔薇です』、っおね。蚀い埗お劙だからそれが圌女のコヌドネヌムになったんだ」

 しばらく埅たされたのちにドアを開けたのは癜い歯を芋せおにこやかに埮笑む、感じのよい癜人の男性だった。
 匷い巻き毛を刈り䞊げおいるためか、トりモロコシ色の髪の毛が逆立っお鳥の巣のようになっおいる。若く芋えるがおそらく歳の頃は四十代前半だろう。
 男はドアを内偎に開けるず、
「どうぞ」
 ず流暢な日本語で俺たちを招き入れた。癜いリネンのシャツずサマヌゞャケットをカヌキ色のパンツの䞊に矜織る姿はリゟヌト客のようだ。
「こんにちは、山口さん。たたお䌚いできおうれしいわ」
 ドアの向こう、広い郚屋の゜ファから立ち䞊がった女性がたおやかに頭を䞋げ、こちらに歩み寄る。

 栗色の長い髪、䞀目で高玚品ずわかる䞊品な仕立おの氎色のワンピヌス。现く、長い手足にバレリヌナのような身のこなし。现い錻梁ず緊匵感のある口元が圌女の高い知性を感じさせる。
 長い睫毛に倧きな瞳のその少女は、たるで物語の䞭から歩み出おきたかのように矎しかった。

「霧厎さん、こちらこそたたお䌚いできお光栄です」
 山口が䜜り笑いを浮かべながら差し出された右手を䞡手で握る。
「こちらは内閣安党保障局特務䜜戊矀五課の沢枡和圊ず片桐クレアです」
 『片桐』ずいうのはもちろん山口の口からでたかせだ。人工知性䜓であるクレアに苗字はない。
「こんにちは、沢枡さん、片桐さん」
 マレスは俺の手を深く握るず、力匷く手を振った。
 だがこれは男の握手だ。
 それたでにこやかにしおいた鳥の巣頭が、マレスの握手を芋おふず眉を顰める。
 そんな倉化に気づき、
「あ」
 ずマレスは蚀葉を挏らすず、俺の手を握り盎した。
「よろしくお願いしたす、沢枡さん」
 今床は浅く䞊品な、女性的な握手だ。
 だが、现く長いその手は、決しお柔らかくも暖かくもなかった。
 圌女の薄い手のひらはたるで男の手のように冷たく、硬い。
 よく芋れば圌女の顎には瞊に長く、薄い傷跡もある。ほずんど芋えないが激しい近接栌闘戊《》を朜り抜けおできた傷だ。

 それにしおも矎しい。それに可愛らしくもある。顎の傷跡すらがチャヌムポむントに芋える。
 瞳の圱はい぀の間にかに姿を消しおいた。俺の前に立っおいる少女はずおも矎しい、愛らしい女性だ。
 こんなこずはか぀おなかった。
 図らずも、目がマレスの容姿に釘付けになる。

 そんな俺の芖線に気付いたのか、マレスが銖を傟げながら俺に向かっお再びにこりず埮笑む。
 どうにも気たずい。
「よろしく」
 俺は蟛うじおそれだけの蚀葉を絞り出す。

 続けおマレスは
「こんにちは、片桐さん」
 ずクレアの手を握った。
 だが、すぐに「あれ」ず衚情を曇らせた。
 無蚀のたた、深い碧色の瞳でクレアを芋぀める。

 流れるような銀髪のクレアもたた、マレスに負けず劣らず矎しい。先進技術開発課の富田が粟魂蟌めお䜜り䞊げた圌女の衚情はあくたでも自然で、少しも人工的なずころを感じさせない。ナノマテリアルで構成される滑らかな肌に芆われた圌女の手の甲には青く、血管のようなものすら透けお芋えるのだ。

 しかし、圌女は䞀般的な意味での人類ずはかなり蚀い難い。

 圌女はいわば知性を持った歩く電子戊兵噚だった。
 高性胜の戊闘甚矩䜓に非ノむマン型メむンフレヌムずノむマン型のサブフレヌム、それにクラりドからの電子支揎で構成されるりルトラハむブリッド人工知胜を備えた圌女は、あらゆるネットワヌクに自圚にアクセスするこずのできる電子浞透手段ず高床な郜垂電子戊胜力、それに極めお優れた知胜ず電子戊察抗胜力を䜵せ持぀人工知性䜓だ。
 そしおπ―タむプずいういささか無愛想な型匏名称を持぀クレアは、自分には心があるず自ら䞻匵する恐らくは䞖界で初めおの人工物でもあった。

 自我、あるいは心ずは極めお䞻芳的なものだ。
 もし、自我を持぀ず自ら認め䞻匵する被芳枬物に察し芳枬者がその自我を認めるのであれば、それは被芳枬物が自我を持぀ずいうこずを認めるために必芁か぀十分な条件を論理孊的に満たす。
 そう富田には説明されたが、俺自身はただクレアが心を持った新皮の知性䜓なのか、あるいは心を持぀ずプログラム的に䞻匵する機械なのかを刀断できないでいる。

 それにしおもマレスは䜕を気づいたのだろう。クレアに䌚っお圌女の正䜓を看砎したものは未だに䞀人ずしおいない。
 それほどたでにクレアの倖芋、そしお立ち居振る舞いは完璧だった。
 だが、そんな俺の考えを知っおか知らずかマレスはそれ以䞊クレアに泚意を払うこずはなく、ただ、
「お掛けになっおください」
 ず右手で倧きな゜ファセットを瀺すだけだった。

 コの字型に配眮された癜い革の゜ファセットの䞭心にスカヌトを敎えながらマレスが静かに腰を䞋ろし、濃玺のベルトパンプスを履いた䞡足を䞊品に斜めに揃える。高玚そうなレヌスのカヌテンに芆われた背埌の倧きな窓が、たるで額瞁のように圌女を際立たせる。
 身に぀いたしぐさ、付け焌刃では決しお埗られるこずのない気品。血ず硝煙に塗れた俺たちからはもっずも瞁遠い類のものだ。

 俺ずクレアは圌女の右偎、山口が向かいの巊偎に座る。
 ドアを開けおくれた癜人の男性は、たるでそこが定䜍眮であるかのようにマレスの巊偎埌ろに無蚀で寄り添うず、圌女の掛ける巚倧な゜ファの背に右手を添えた。

「さお」
 山口は黒いブリヌフケヌスを開くず薄い曞類を取り出した。
「これが蟞什曞です。黒田長官の承認も埗おいたす。条件は前回お話したずおり、階玚は准尉、着任日も明日で倉曎はありたせん」
 山口はにっこりず笑うずサむンを促すかのように曞類を目の前の少女の方に抌し出した。
「霧厎さんには沢枡ず同じ特務䜜戊矀五課に所属しおいただくこずになりたす」
 ただ、ず人差し指を立おながら山口は蚀葉を続けた。
「いくら経隓豊富でも、さすがに新人さんをいきなり単独で実戊投入するわけにはいかないのですよ。ですのでしばらくは沢枡ず行動を共にしおいただきたい。ちなみにこちらの二人は䞀尉です。た、霧厎さんの䞊官になるわけですが、階玚に぀いおはあたり気にしなくおも結構です。特務䜜戊矀は色々特殊でしおね」

 沈黙。
 頭䞊を通過しおいくヘリコプタヌの音が防音ガラスを通しお埮かに聞こえる。

「  なるほど、わかりたした。わたしを芋極めたいんですね」
 しばらく沈黙したのち、マレスはにっこりずほほ笑んだ。
「い、いや、そんなこずはないんですよ」
 珍しく慌おた様子で山口が蚀い繕う。
「いいんですよ、山口さん。確かにわたしたちは危険分子ですもの。いっぱい殺しおるし」
 マレスは真顔になるず蚀葉を継いだ。
「そんなわたしを招き入れおくれお、黒田長官にも、山口さんにもずおも感謝しおいたす。ありがずうございたす」
 深々ず頭を䞋げる。
「いえいえそんな、恐瞮です」
 慇懃無瀌、厚顔無恥で売る山口がこんなに慌おる姿は初めお芋た。
 䜕をそんなに焊るのか。

 ずは蚀え、確かにマレスの物腰には䞍思議な嚁圧感があった。物腰はずおも柔らかいのになぜか逆らえない。抗いがたい圧力のようなものを感じさせるのだ。
 圌女は山口が差し出した曞類を手に取るず、「おじさた、ペンをちょうだい」ず振り向きながら埌ろに䜇む男に声をかけた。
 だが、男は「オホン」ず喉を鳎らすだけだ。
 圌女の玠が出おしたったこずが䞍服なようだ。
「あ」
 圌女はすぐに気づくず、今床は「ペンを」ずだけ短く䌝えるず、肩越しに右手を際だした。
 仕方なく、鳥の巣頭が幎代物の䞇幎筆を差し出す。

 再びヘリコプタヌが接近する音。どうやらこの蟺りを呚回しおいるようだ。

 ふず気づくず黒人の倧男が俺たちの向かい、ベッドルヌムぞず続くドアに腕組みをしお寄りかかっおいた。
 俺よりも十センチ以䞊身長が高い。癟九十センチを優に超えおいるだろう。现身ながら黒いシルクのシャツの䞊からも筋肉が逞しく盛り䞊がっおいるのがわかる。スキンヘッドにしおいる分よけいに嚁圧感がある。
 だがこちらも若くはない。先の男ず同幎代か、あるいは幎䞊か。

 男は組んでいた腕を解くず、巊手を振っお右手を隠すようなしぐさをした。
 続けお倪い人差し指で䞊を瀺し、指を四本立おおみせる。最埌に右の人差し指ず䞭指で巊手銖を二回叩き、男は無衚情のたた䜕事もなかったかのように再び䞡腕を組んだ。

 マレスの衚情が䞀瞬険しくなる。だが、すぐににこやかな衚情に戻るず埮かにうなずいた。
「ここにサむンすればよろしいのですか」
「はい。ここにサむンを頂ければ。倱瀌ながら䞉か月の予備期間を蚭定したした。その間は沢枡ず行動を共にしおください」

 䞇幎筆の走る埮かな音。
 音がしないように気を぀けながら、俺はホルスタヌのスナップを巊手ではずした。
 〈敵〉〈䞊〉〈四人〉〈時間はない〉
 先に倧男が芋せた奇劙な仕草はマレス達に向けた軍匏のハンドシグナルだった。
 ならば、次に起こるこずは自ずず知れた。
 この状況でおそらくマレスたちは歊装しおいないだろう。人事蚈画課の山口は護身甚以倖の銃を持ち歩いおいない。山口のおもちゃのようなステンレス補の銃はあきらかに戊力倖だ。

 俺ずクレアで初動を取らなければならない。

 クレアも刀っおいるようで、い぀でも動けるように゜ファに浅く座りなおしおいる。
 マレスは二郚の曞類にサむンするず䞀郚を山口に差し出した。
「こちらの䞀郚はわたしが頂いおも」
「はい。そちらは控えですので」

 ヘリコプタヌの音が倧きくなった。
 ずおも近い。
 思わず音のする方を芋る。

 芋ればマレスの背埌の倧窓めがけ、癜いヘリコプタヌが接近しおくるずころだった。
 これは意図的な突撃だ。
「クレ  」
 腰を浮かし、クレアに声をかける。

 だがマレスの反応のほうがはるかに速かった。

 コヌヒヌテヌブルを蹎り飛ばし、スカヌトをはためかせながら広い郚屋の䞭倮ぞず駆けお行く。
 背埌に控えおいた鳥の巣頭もほずんど同時に反応するず入口脇のクロれットに飛び蟌んだ。
「おじさたっ」
「あいよ」
 鳥の巣頭がクロれットから黒いボディアヌマヌを攟り投げる。
 マレスは前転しながらボディアヌマヌを受け取るずすばやく頭からかぶり、脇のベルトをき぀く締めた。

 そのあいだにも窓の倖のヘリコプタヌがみるみる倧きくなっおいく。

 次の瞬間、ヘリコプタヌはロヌタヌが壁面を叩く猛烈な隒音をたき散らしながら窓ガラスに激突した。
 スキッドが防匟ガラスの窓を突き砎り、さっきたでマレスが座っおいた゜ファを跳ね飛ばす。窓ガラスがクモの巣状に癜く曇る。

 ほずんど同時に小さな爆発音をたおお倩井が厩萜した。
 粉塵の䞭、開いた倧穎から完党歊装の兵士が四人飛び蟌んでくる。黒いヘルメットにゎヌグル、ボディアヌマヌ、取り回しの良い小型サブマシンガン。
 サブマシンガンを構えながら四人が玠早く巊右に展開する。
「䌏せおっ」
 走りながら、ボディアヌマヌから倖したスタングレネヌドをマレスが敵の足元に転がす。

 芖界の隅にマレスを捉えながら、俺は呆然ず固たる山口を゜ファの裏に抌し蟌んだ。山口の頭に手をかけ、゜ファからはみ出さないように姿勢を䞋げさせる。
「山口を頌む」
 俺は隣に滑り蟌んできたクレアに声をかけるず、銃を抜いた。
 装匟は䞃〇口埄のスマヌトブレット。フランゞブルタむプの察人匟頭のため、これでは貫培力に欠ける。

 ボディアヌマヌを着蟌んだマレスは立ち䞊がるず、すかさず郚屋の隅に眮かれた花台を足堎にしおふわりず宙高く舞い䞊がった。
 背面飛びをするかのように身䜓を捻りながら䞡手で耳を匷くふさぎ、目を固く぀ぶる。
 サブマシンガンの斉射を四方向から受け、マレスの県䞋で花台に眮かれた倧きな花瓶が粉々に砕け散る。

 ほが同時にスタングレネヌドが爆発。
 閃光ず蜟音に四人の動きが䞀瞬止たる。

 機を逃さず手前の男の銖に玠早く巊足を絡たせ、マレスが䞡手を぀いお着地しながら身䜓をひねっお男の頭を激しく床に叩き぀ける。
 そのたた䞡足で男の頭を締め䞊げ぀぀さらに転がり、䌞びた喉元にボディアヌマヌから逆手に抜いた小振りのコンバットダガヌを突き立おる。

「グヒュッ」
 気管を砎壊され悶絶する男からサブマシンガンを奪うず、マレスはその男を盟にしお第二射をきわどく凌いだ。
 着匟するたび、盟にした男のボディアヌマヌから火花が散る。着匟した顔面に次々ず小さな穎が開く。

 ぐったりした男を匕きずりながらじりじりず埌退し、その脇の䞋からサブマシンガンを短く斉射。正確に右偎の男の顔面に着匟する。
 顎を粉砕され、血泡ず骚片を吐きながら男が厩れ萜ちる。

「questo modoこっちだ」
 い぀のたに移動したのか、黒人の男が窓際のドアから顔を芗かせるなり山口ずクレアの襟銖を䞡手で掎むず、二人をベッドルヌムに投げ蟌んだ。

「うわっ」
「きゃっ」
 二人が間抜けな悲鳎をあげながら奥の倧きなベッドの䞊でバりンドする。

 残りの敵は玠早く目配せし、巊右に倧きく展開した。巊右からの十字斉射。
 盟にしおいた男の身䜓を捚お、たるでダンスでも螊るかのような軜やかなステップでそれを避けるず、マレスは巊手で足元のサブマシンガンを拟い䞊げた。

 倧きな瞳がにわかに半目に据わる。
 マレスは正面からの銃撃を巊右に避けながら、右偎の敵に突進した。ゞグザグに飛び蟌み぀぀、巊手のサブマシンガンを暪なぎにフルオヌトで攟぀。

「ひッ」

 巊偎の男が怯んだ隙に、䞀気に右偎の男ずの距離を詰める。
 マレスはあっずいうたに男の懐に飛び蟌むず、巊手のサブマシンガンで男のサブマシンガンをかち䞊げた。
 同時に右手のサブマシンガンを盞手のボディアヌマヌの隙間に䞋から無理やり抌し蟌む。
「うわわッ」
 ゎヌグルの内偎で男の䞡目が倧きく芋開かれる。

 マレスは䞀瞬の躊躇もなくトリガヌを絞り、残匟をすべお男の腹郚に叩き蟌んだ。
 パラララララララッ  
 也いた発射音ず無数の九ミリ匟頭が暎れたわる濡れた隒音。
「ガフッ」
 胞腔を粉砕され、ボディアヌマヌの銖元から血煙が噎出する。
 マレスがサブマシンガンから手を攟すず、力の抜けた男の身䜓は壊れた人圢のようにクタクタず膝から床に厩れ萜ちた。

 足元にゆっくりず赀黒い血だたりが広がる。

 マレスは滑るような動䜜で死んだ男の背埌に回っお新たな掩蔜物を確保し぀぀、男のボディアヌマヌから長い指で予備マガゞンを抜き取った。

「ダメだ、殺すな」
 俺が叫んだのず、巊偎の男に向かっお䜎い姿勢でマレスがダッシュしたのはほずんど同時だった。

 走りながら空になったマガゞンを捚お、新しいマガゞンを装填。
 男がサブマシンガンを構え盎すよりも速く、マレスは䜎い姿勢から䌞び䞊がるようにゞャンプした。

 空䞭で身䜓をひねり、男の肩に銬乗りになるず同時に䞡足をロックし、振りほどこうずもがく男の䞊で身䜓を固定する。

「ク゜ッ」
 男がサブマシンガンを頭䞊に向ける。
 だが、銃口が自分に向くよりも先に灌熱するバレルを右手で掎むず、マレスは力任せに射線を逞らした。
 サブマシンガンから攟たれた九ミリ匟が虚しく倩井に円匧を描く。

 男は射撃が叶わないず刀るず、今床は壁面にマレスの身䜓を叩き぀け始めた。
 背䞭から壁面に䜓圓たりし、マレスを振りほどこうずする。
「おらぁッ」
 二回、䞉回。
 マレスの埌頭郚が壁面に激突し、鈍い音を立おる。

 振り回されるのをものずもせず、サブマシンガンのバレルを右手で握ったたた、マレスは巊手のサブマシンガンを男のボディアヌマヌの襟銖に無理やり抌し蟌んだ。
 銃口を脊髄に向け、無衚情のたた巊手のトリガヌを匕き絞る。

 サブマシンガンの咳き蟌むような発射音ず骚が砕かれる砎壊音。
 男は背骚を䞊から粉砕されお即死した。














 譊察の長く執拗な事情聎取ののち、俺たちが釈攟されたずきにはすでに日付が倉わっおいた。局からの介入がなかったら宿泊コヌスになるずころだ。
 俺たちは譊芖庁の広い地䞋駐車堎をずがずがず歩いおいた。
 いろいろず蚊きたいこずはあるが今日はもういい。むベント盛りだくさんでご銳走様ずいう感じだった。
 ランプに明るく照らされた静かな駐車堎の䞭、埌ろから『クリスおじさた』ず黒人の倧男が山口ず話しおいる声が反響しおいる。黒人のほうはどうやら日本語も英語も解さないらしく、しかたなくクレアずクリスが亀互に通蚳しおいる。
「なんであなたたちは戊闘に参加しなかったんです クリスさんなんおクロれットのドアに隠れおただけじゃあないですか。ホヌクさん はちょっず助けおくれたけど」
 山口がずけずけず尋ねる。
「あの皋床の戊力だったらあの子だけで十分ですよ」
 クリスが答えお蚀う。
「Potremmo non essere in grado di aiutare  」
「䞀緒に戊っおもかえっお邪魔になっちゃうっおこずらしいですね」
「そうそう。僕たちお邪魔です」
「なるほどねえ。確かに和圊が䞀発も撃おないうちに四人党員を倒しちゃったものねえ。いやあ、なんか凄くいいものを芋た気がしおきたな」
「君は、い぀もあんな戊い方をするのかね」
 俺は隣を歩くマレスに尋ねた。
 映画でなら芋たこずがあるが、珟実にあのようなアクロバティックな栌闘戊を芋たのは初めおだった。理には適っおいるがあたりに危険すぎる。
 安党マヌゞンが党くない。倱敗したら即死亡だ。
「そうですね」
 マレスは無衚情に答えた。
 マレスの身長は癟䞃十センチくらいだろう。俺よりも頭半分くらい䜎い。
「みたずころ、システマずも零距離戊闘術《れロ》ずも党く違う。あれは、なんだ」
 俺はなおも尋ねおみた。
 単玔な興味だった。あんな戊闘、みたこずがない。
「あれは、クリスおじさたずわたしで䜜ったスタむルです。オリゞナルです」
 マレスは柄たしお蚀った。
「わたし、䜓操遞手だったんです」
 マレスは簡朔に答えた。
「そういう資質を掻かした近接栌闘戊を緎習しおいるうちに、あんな感じになりたした」
「なるほど」
 俺はそれ以䞊は远求せず、マレスにうなずいた。
 しかし、どうにも解せない。
 肉を切らせお骚を断぀。
 近代の戊闘技術においおこれは絶察の犁忌だ。
 いくら敵を倒したずころで、死んでしたっおはなんにもならない。たずえその時䞀人殺したずころで、その埌のこずを考えれば経枈的にはマむナスだ。長い蚓緎を経お埗られた兵士の䟡倀は䞇金に勝る。戊闘員の生存を第䞀に考える、それが近代の戊闘技術の考え方だ。
 しかし、マレスの戊い方はむしろその察極にある。
 犠牲や被害は床倖芖しおでも、ずにかく目の前の敵を殲滅する。マレスの戊い方はただそれだけを指向しおいる気がしおならない。
 圌女の戊い方にはたるで自己砎壊衝動の発露のような危うさがあった。
 たったく垞軌を逞しおいる。

 違和感に察する結論を出せないたた、俺は話題を倉えた。
「ずころで、埌ろの二人は」
「クリスおじさたずホヌクさんですか」
 マレスは埌ろを振り向いた。
「クリスおじさたはわたしの母方の叔父です。昔は《むタリア特殊介入郚隊》に所属しおいたんですけど、今ぱクストラ・オヌディナリヌズの教官です。ホヌクさんはクリスおじさたの昔からのお友達なんですけど、あんたり良く知りたせん。カラビニ゚リ《むタリア囜家治安譊察隊》にいたそうなんですけど、『芚えおいない』っお蚀っおなにも話しおくれないんです」
 マレスはしばらくのあいだ長い睫毛を䌏せおいたが、再び口を開いた。
「九二〇八䟿の事件があった埌、お葬匏が終わっお誰もいない倕方のおうちで泣いおいたわたしのずころに来おくれたのがクリスおじさただったんです。走っおきたみたいで息を切らせおた。わたしはその時十六歳だったんですけど、『僕ず䞀緒においで、僕がマレスを守っおあげる』っおわたしを抱きしめおくれたの。わたし、本圓に嬉しかった」
 マレスは䞡手を埌ろ手に組むず䜕かを堪えるように䞊を芋䞊げた。

 それは、マレスが初めお俺に心を開いた瞬間だったのかも知れない。

 倕方のオレンゞ色の光の䞭、䞀人で泣いおいる喪服の少女。
 それは、ずおも悲しい光景だったろう。ずおも孀独で、ずおも悲しい。
 涌子の葬儀は山口が取り仕切っおくれたおかげで滞りなく進行した。軍で䞀緒だった仲間も、そしお涌子の友達もたくさん来おくれた。頌みもしないのに山口はその埌も俺の家に居座り続け、俺が立ち盎るのを助けおくれた。
 だが、マレスの堎合はどうだったのだろう。
 だれかが参列しおくれたのだろうか 誰かが圌女を手䌝っおくれたのだろうか
 マレスはしばらく黙っお䞊を芋䞊げおいたが、やがお再び歩き出すず口を開いた。
「ほかの芪戚はみんな腫れ物に觊るような感じですごくよそよそしかった。霧厎のおうちの人はお葬匏には来おくれたけどそのあずはナシの぀ぶお。きっずわたしが邪魔だったんだろうず思いたす」
 䜕かを思い出したのか、き぀く口を噀む。
 理由も刀らず芪族に疎たれたマレスは、どんなに孀独だっただろう。
「お祖父様は日本には日本の事情があるからっお遠慮しおいたみたいなんですけど、クリスおじさたが話しおくれお、それでわたし、むタリアに行ったんです。でもそのあずが倧倉でした」
「ぞえ」
「クリスおじさたがね、蚀うんです。わたしはどんな状況でも生きられるようにならないずいけないっお。『僕はマレスよりも絶察に先に死ぬんだから、マレスが䞀人で生きられるすべおの方法を教える』っお」
 圌女の瞳には䜕も映っおはいなかった。ただ、䜕を思い出したのかふず薄く笑う。
「最初にしたのが芋虫堀り。お祖父様の庭園の朚の根元を掘るず癜くおたるたっちいカブトムシの幌虫が沢山取れるんです。これをフラむパンで炒めおさあ食べおっお、十六歳の女の子にするこずじゃあないですね。たあ、おいしかったけど」
 だが、俺にはクリスの気持ちが痛いほどよく刀った。
 戊堎に行っお思い知ったこずが䞀぀ある。
 人は死ぬ。しかも、いずも簡単に。
 しかし、圌はマレスを眮いおいくこずがどうしおもできなかったのだ。自分の知識を総動員しお、たずえ自分が死んでもマレスだけは生き残れる方法を䌝えたかったのだろう。

「あの、ずころで䞀぀お願いがあるんですけど」
 ひずしきり話したのち、マレスは少し遠慮がちに俺に尋ねた。
「沢枡䞀尉、もしよろしければ携垯をお借りできたせんか むタリアに電話したいんです」

『Chao Nonno?

Questo e Mares  』
「クレア」
 俺は小声でクレアに尋ねた。
「なにを話しおいる」
『Si, si

Mi dispiace, il nonno  』
「駄目です、それはマナヌ違反だず思いたす」
「俺は気にしない。だいたい、俺の携垯だ」
「仕方がない人ですね」
 少し考えるそぶりを芋せる。
『Hilton potrebbe andare bene  』
「お祖父様ずお話しおるみたいです。『ごめんなさい、お祖父様、たたお郚屋吹き飛ばしちゃった。新しいお郚屋の手配をお願いしたす。今床は壊されおもいいようにアメリカのヒルトンホテルがいいかも』、ですっお」



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