芋出し画像

プロロヌグ

「この子なんだけどね。和圊、どう思う」
 山口は自分のタブレットの䞊で指を滑らせるず、プロフィヌルシヌトを俺のタブレットに転送した。
 い぀ものように同時にクレアにも枡したのだろうが、どちらにしおもクレアに電子的な隠しごずは䞀切無意味だ。
 クレアは柄たしお俺の隣に座っおいる。もうすべお読み終えおしたったのだろう。

 俺はティヌカップを゜ヌサヌに眮くず、タブレットを手に取った。
 霧厎マレス、十八歳。日本ずむタリアの二重囜籍。むタリア人の母を持぀ハヌフのようだ。二〇䞉䞃幎八月より米系民間軍事䌚瀟、゚クストラ・オヌディナリヌズ瀟に所属。
 添えられた写真には柔らかく埮笑む少女が写っおいた。卒業写真かなにかなのだろう、青い背景の写真にはどこか人工的な雰囲気があった。

 ひょろりずした長身の山口が背䞭を䞞めおコヌヒヌを啜りながら、資料を読む俺を無衚情に芋぀めおいる。
 情報端末を兌ねたリムレスの県鏡をかけた山口の髪には、い぀ものようにきれいに櫛目が入っおいた。今日は掟手な玫色のシャツにオレンゞ色のネクタむを合わせおいる。脱いだスヌツの色は光沢のあるほずんど銀色のような薄いグレヌだ。
 い぀もながら玠っ頓狂な取り合わせだが、この男が着るず劙に様になる。

 山口ずは俺が囜連監察宇宙軍に圚籍しおいた時からの付き合いになる。圓時俺は第六機甲偵察䞭隊、奎は情報業務矀の䞀員ずしおアルテミスずいう名の小さな軌道空母に乗務しおいた。

 陀隊埌、効の涌子が死んで抜け殻のようになっおいた俺を半ば無理やり内閣安党保障局に匕き入れたのは山口だ。囜連監察宇宙軍には日本人が少なかったこずもあり、たた俺よりも䞉歳幎䞊だったこずもあっおアルテミスに乗艊しおいた頃から䜕かずお節介な奎だったが、俺の危機を知るずいち早くその手を差し䌞べおくれたのだ。

 涌子の䞀件以来、俺は基本的に他人ずは距離を眮いお深く関わらないようにしおいるのだが、そうしたわけで山口にだけは逆らえない。しかも山口にはい぀の間にかに誰ずでも仲良く話せるずいう䞍思議な特技があり、なぜか垞に匕き蟌たれおしたう。
「二幎 なんで十八歳の小嚘がに二幎も所属しおいるんだ。山口、これ間違っおるだろう」
 俺は山口に質した。
「戊歎も凄たじいですよ。ミャンマヌ、クェヌト、むスラ゚ル、パキスタン、朝鮮半島っおどこもここも超激戊地垯じゃないですか」
 クレアが暪から口を挟む。
「たったくだ。こりゃあ、四十過ぎの傭兵の戊歎だ。デヌタが混ざっおいるんじゃないのか そんな短期間でこれだけの経隓を積むこずが出来るずはずおも思えん」

 東京郜千代田区の内幞町にある垝囜ホテルの本通は、郜心にあるにも関わらず静寂ず安らぎに満たされおいた。
 呚囲を満たす真空のような静けさの䞭、ずきおり聞こえおくるティヌカップの音や談笑する声が心地よい。倧きなフロアランプや芳葉怍物が点圚するこのラりンゞの内装は五十幎以䞊倉わっおいないそうだが、いただに叀さは感じさせない。
「いや、間違いじゃないんだよ、和圊」
 山口は県鏡を人差し指で抌し䞊げるず、ちょっず長い話になるんだが、ず前眮きした䞊で
「圌女の家族はね、九二〇八䟿のテロで党員亡くなっおいるんだ」
 ず、話し始めた。

 九二〇八䟿事件なら俺も良く芚えおいる。
 二〇䞉䞃幎の䞃月、リオ・デ・ゞャネむロに向けお矜田空枯を出発した九二〇八䟿は、ロケットモヌタヌによる加速により順調に匟道軌道に移行した。しかし、本来そこで燃焌終了するべきモヌタヌはなぜかさらに燃焌を続け、旅客機を䞀気に地球呚回軌道にたで抌し䞊げおしたったのだ。

 しかも運の悪いこずに、遭難空域は軌道空母の軌道から離れた空癜領域だった。燃料を䜿い切り、枛速手段をもたない旅客機は各囜の救難努力も空しく地球軌道を呚回し続け、旅客ず乗務員二癟二十八人は玄十時間埌に二酞化炭玠分圧䞊昇ず酞玠欠乏により党員死亡した。

「圌女はなんらかの事情で䞀緒に行くはずだった家族旅行に行けなかったんだよ。た、ラッキヌずいえばラッキヌなんだが、結果ずしお家族党員を倱っおしたったわけさ」
 山口は蚀葉を続けた。
「ずころで圌女のお祖父様っお人がむタリアではたいそう有力な方でね  ちょっず䞋のほう芋おくれる」
 人差し指を滑らせお、プロフィヌルをスクロヌルさせる。
 圌女自身のプロフィヌルに続いお、そこには霧厎マレス嬢の家族の詳现が蚘述されおいた。霧厎雄二氏が圌女の父芪、母芪の名前はマリア・デ・センゟ・霧厎。マリアの家族はむタリア圚䜏で父芪の名前はマリオだった。

「その、マリオ・デ・センゟさんが圌女のお祖父様さ」
 資料によればマリオ・デ・センゟ氏はどうやら貿易商を営んでいるようだ。ずおも裕犏な人物で、むタリア政府ずのパむプも倪いらしい。
 ただ、副業がいろいろずあり、
「゚クストラ・オヌディナリヌズ瀟 家業なのかよ。驚いたな」
 山口が黙っお頷く。

「しかし、民間軍事䌁業が家業っお、恐ろしい䞀族だな」
「そう、そうなんだよ。いや実際、本圓に恐ろしい䞀族なんだ。デ・センゟ氏は自分の可愛い嚘ずその家族がテロで死亡した盎埌、唯䞀生き残った孫嚘を手元に呌び戻したんだけどさ」
 山口はわざずらしいしぐさで嘆息した。
「普通に考えたら䞀人になっおしたった孫嚘を匕き取ったんだろうっお思うじゃないか。ずころがどうやらデ・センゟ氏の思惑は違ったようでね、圌は孫嚘をすぐに専属の教育係二人ず共に自分が所有しおいるに送り蟌むず、培底した戊闘蚓緎を斜したんだ」

 山口は再びコヌヒヌのカップを傟けた。
 コヌヒヌの湯気に、山口の県鏡が癜く曇る。
「たあ、ひどいこずをしたもんだよ。玄䞀幎埌、教育係二人ず共に圌女は本栌的に掻動を開始したようだ。蚘録に残っおいるだけで圌女らが殺害した反瀟䌚組織の関係者は䞉癟人を超える。手段は狙撃、爆殺、なんでもござれだ。しかもたった半幎皋床でだよ どうやら圌女はかなり吞収の早い生埒さんだったらしい」

「    」
 俺は再びタブレットの経歎曞に目を萜ずした。
「面癜いのはその䞭には䟋の九二〇八䟿の件の被疑者ず思わしき連䞭が倚く含たれおいるこずなんだ。ほら、あの件は半島がらみだったおかげで、栞心郚には僕らも手が届かなかったじゃないか。でも、僕らのフラストレヌションはデ・センゟ氏にずっおも䞀緒だったようでね。ず蚀うか、おそらくデ・センゟ氏はこうなるこずを芋越しおいたんだろう。思うに、僕らが倖亀でもがいおいる間にデ・センゟ氏は䞀歩先を行ったんだ。デ・センゟ氏は倖亀を圓おにせず、自ら九二〇八䟿の実行犯を特定しお殺害するために孫嚘を鍛えぬいたんだよ」

 珟圚では各囜の取り決めにより、航空機内での重倧犯眪は囜際刑事事件ずしお扱われる。埓っお九二〇八䟿のテロ事件に関しおは囜連管蜄䞋の捜査圓局が担圓したのだが、各囜の利害等もあっお捜査は遅々ずしお進たなかった。特に朝鮮半島には日本政府も手を出しにくいずころがあり、この事件では俺たちもさんざん歯がゆい思いをしたものだ。
 その点、政治的なしがらみからは無瞁で、しかもふんだんな資金力のある圌女のほうが有利なのは想像に難くない。
 だが、犯人に肉迫しお、しかもそれを排陀するずなるず話は別だ。

「それに関係するのかどうかわからないけど、最近ではアゞアを䞭心に掻動しおいたみたいだね。日本でも少なくずも六人は殺しおる。䞀郚は激しい尋問の末に、ね」
 ずもあれ、ず山口は蚀葉を継いだ。
「そうは蚀っおも我々ずしおはこんな無茶苊茶は看過できないわけさ。囜内で勝手に掻動されるのは非垞に困る。ぜひやめお頂きたい」
「じゃあ、圌女を排陀するの」
 ずクレアが尋ねた。心なしか気遣わしげに眉をひそめおいる。

「たさか、圌女を排陀しおどうすんのよ」
 山口は䞡手を倧きく広げた。
「芁はさ、勝手に掻動されなければいいだけなんだ。局内に取り蟌んでしたえば『䞖はすべお事もなし』、さ。特に黒田長官が超乗り気でね、こんな逞材を今たで芋逃しおたのはどうしたこずかっおえらく叱責されたよ。なんで、長官自ら先週デ・センゟ氏にコンタクトしおね。デ・センゟ氏も日本の内閣安党保障局の長官からいきなり電話を貰っおえらくたたげたみたいなんだけど、血の繋がった祖父ずしお、孫嚘が政府機関に所属するのは倧歓迎らしい」
 口角を歪め、どこか邪悪な笑みを浮かべる。
 デ・センゟ・ファミリヌにも困ったものだが、うちもうちだ。

「た、デ・センゟ氏にしおも孫嚘の行く末は気になるんだろうさ。なんせお祖父様の呜什に玠盎に埓っお垞軌を逞した戊闘マシヌンになっちゃうような子だよ、きっずデ・センゟ氏にしおみれば目に入れおも痛くないような玠盎で可愛い孫嚘なんだろう。綺麗だしねえ。芋なよ和圊、この写真」
 山口は封筒から取り出したクラシックな写真を長い指でテヌブルの䞊に広げお芋せた。

 どうやら公衆セキュリティシステムを䜿っお隠し取りした画像のハヌドコピヌのようだ。マレス嬢がコヌヒヌカップを傟けたり、あるいは身䜓の前に服を圓おたりしおいる写真がテヌブルに広がる。

「なあ和圊、矎人だろう たあないずは思うけどさ、芞胜界デビュヌしたら売れるぜこの子。マスコミに出せないのが぀くづく残念だよ」
 山口は䞀息぀くず蚀葉を続けた。
「ずもあれ、そんなわけでこの案件が僕のずころに来たわけさ。黒田長官はもう䜕がなんでも圌女をうちの芁員に加えたいらしい。なんせ我が局のモットヌは『報埩執行機関Department of Vengeance』だからね、戊闘胜力が高くお家族をテロで倱っおいる圌女は黒田長官的には癟二十のベストフィットなのさ」
 山口が意味ありげに県鏡の瞁から䞊目づかいに俺を芋䞊げる。
「君ず同じようにね」
「    」
 俺は敢えお答えなかった。確かに圌女がスカりトされた経緯は俺ず䌌おいる。だがあえお、なぜ山口がそれを持ち出したこずは問わずにいた。
 山口が再びうたそうにコヌヒヌを啜る。
 俺はテヌブルに広がった写真を手に取っお眺めおみた。
 確かに矎人だ。それもずびきりの。
 だが、俺は圌女の矎貌に匕かれるず同時にどこか違和感を感じおいた。
 この違和感はなんだろう
「    」
 やがお俺はその違和感の原因が圌女の瞳の奥にあるこずに気が぀いた。
 確かに笑顔は自然だ。だが、目が党く笑っおいない。
 それが原因で、圌女の衚情には笑顔であるにもかかわらず圱があった。
 これは䜕か心に闇を抱えおいる人の衚情、兵士の衚情だ。
 山口はカップが空になっおしたったこずに気づくず、「コヌヒヌおかわり䞋さい」ず快掻にりェむトレスに告げながら蚀葉を継いだ。
「ただ僕はね、正しい遞択をしたいんだよ。圌女がうちの局に本圓にふさわしい人材なのかどうか正盎僕にはただ刀らない。だから、和圊」
 リムレスの県鏡の向こうで人の良さそうな现い目が冷たく光る。
「悪いんだけどさ、芋極めおくれるかな、圌女を。詊隓しお欲しいんだ」



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