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失われた時を求めて
「好きな本は?」とか「おすすめの小説は?」とか聞かれたときは、ここ数年ずっと同じ答えをしている。
プルースト『失われた時を求めて』だ。
文学作品に慣れていない人にも、そもそも小説を読まない人にも同じ答えをしていて、それぐらいハマッているのだ。
文学を読む人でも、プルーストはあまりにも長いし、なんとなくパリの社交界の退屈な話だと思って敬遠している人も多いと思う。
かくいう私もその一人だった。
紅茶とマドレーヌの話を長ったらしく書いているものくらいの偏見があった。
偏見とは本当におそろしい。
こんなに豊かな世界の入り口を閉ざしてしまうのだから。
読み始めてみると、そこには普遍的な人間の感情が、豊饒な芸術となって描かれている。
そんな難しい言い方をしなくてもいい。
プルーストの世界は、誰にとっても「身近」なものだ。
たとえば、恋の甘さや苦さ、愛の喜びや苦しみ。
まるで自分自身のことが書いてあるかのような気持ちにさせられるだろう。
『失われた時を求めて』は確かに長い。
長くて途中で挫折してしまう人もいるかもしれない。
一気に読み通せる人はすごいと思うけれど、無理して読み通す必要はないと思う。
結末を急ぐ読み方はプルーストには合っていない。
結末なんて気にしないで、ただ目の前の一行を読んでいけばいい。
音楽を聴くように美しい文章を読み進めていく。
そうすると、自分自身のかつての記憶や感情に、より深い理解がもたらされていることに気づくだろう。
順番通りに読まなくてもいいとさえ思う。
気になる巻を、気になる章を、気になるエピソードを読むのもありだ。
私がプルーストにハマったのも、最初に第六篇『消え去ったアルベルチーヌ』(光文社古典新訳文庫)を読んだからだった。
もし、プルースト『失われた時を求めて』に興味を持った人がいたら、高遠弘美先生翻訳の光文社古典新訳文庫をおすすめしたい。
一巻の巻末の読書ガイドを読んでほしい。
どれくらい正確に丁寧に翻訳されているかがわかるはずだから。
今でも日本に一時帰国するたびに、新刊を購入するのが楽しみのひとつ。
プルーストはいつでも待ってくれている。
時間をかけて、焦らずにゆっくり読んでいこう。