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能「皇帝」に思うこと その1

第八回竜成の会 「皇帝」

今年の第八回竜成の会は能「皇帝」を勤める事になった。この「皇帝」という能は僕が知る中でも金剛流では数十年上演されていない演目である。では何故、この「皇帝」を勤めるに至ったのか、それは話すといささか長くなる。

能「皇帝」のあらすじ

今は昔、中国が唐と言われていた時代。玄宗皇帝は寵妃・楊貴妃が病に伏せっているのを嘆き、夜更けに一人朧月を眺めています。すると一人の怪しい男が現れて「私が貴妃の病を平癒させましょう」と言います。

男は唐の初代皇帝・高祖皇帝に深い恩を受けた鍾馗(しょうき)の霊で、その恩を返す為に現れた事を告げ、『明王鏡(みょうおうけい)』を貴妃の枕元に置けば病は必ず治ると言って姿を消します。

鍾馗の助言の通り、明王鏡を貴妃の枕元に立てると、鏡の中には病鬼の姿が見えます。玄宗は剣を抜いて斬ろうとしますが、再び鬼は姿を隠してしまいます。そこに鍾馗の霊が馬に乗じ虚空を翔って現れ、鬼を追い詰めて退治します。すると貴妃の病はたちどころに癒え、鍾馗の姿は夢の如くに消え失せます。

鍾馗という人物

鍾馗さんは、唐の時代に進士(しんじ)という国家試験に落第した人物である。落第した理由は諸説あるが、地元の終南山では非凡な才能の持ち主であった事は間違いないらしい。しかし、力及ばず落第した鍾馗は「これで国の為に尽くそうと誓った私の志も無になってしまった」と、試験会場の王宮の階段に頭を叩きつけて自害したのである。

その時の皇帝・高祖は「そこまでして国の為に尽くしたかったのだな。惜しい人物を亡くしてしまった」と彼の亡骸に緑袍(りょくほう・進士に合格した官人の衣)を着せて、王宮の中に墓を作って弔った。そのおよそ100年後、玄宗皇帝が疫病に苦しんでいる夢の中に鍾馗が現れ、病鬼を退治して皇帝の病を平癒させた、という伝説がある。

その後、鍾馗は道教の神様になった。そして日本にもその伝説が伝わり、疱瘡避けの掛軸、子供の健やかな成長を祈る端午の節句(こどもの日)の人形や、京町家の瓦屋根から睨みをきかせる鍾馗さんや、人知れず虫を退治する樟脳のパッケージにもなったりしている。

能「皇帝」はこれらの伝説を元にして、病に苦しむのを美女で名高い楊貴妃とし、よりドラマチックな物語にしたものである。

鍾馗さんとの出会い

そんな鍾馗さんを初めて知るきっかけになったのが、実は詩人・谷川俊太郎さんの詩「ひげ」だった。「日本現代詩の六人」という作者自らが詩の朗読をするCDを聞いて、鍾馗さんと出会った。そして能の演目の中にも「鍾馗」という能がある事を知った。そして「いつか能の会を主催する時には、谷川俊太郎さんにゲストに来て頂き『ひげ』をテーマに演目を揃えた会がやりたい」なんて思うようになった。

そしてその時がやってきたのだ。

(つづく)

第八回竜成の会「皇帝」ー流行病と蝋燭ー

令和5年5月28日(日)14時開演

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