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【2025年版】日本国内におけるディフェンステックスタートアップを取り巻く環境について(その②)
皆さんこんにちは!
東北の独立系ベンチャーキャピタル「スパークル」でキャピタリストをしております佐藤です。
前回に引き続き、ディフェンステックをテーマに徒然書いていきます。
(前回記事はこちら:https://note.com/tatsunori_sato60/n/n4821ff374b57?sub_rt=share_pw)
今回は、ウクライナ戦争によって発生した戦場の変化と、それを踏まえた米軍の動向、自衛隊の状況についてまとめていきたいと思います。
(本記事は私自身の備忘とディフェンステックに興味のある皆さまへのナレッジシェアを目的としています。内容に不備や誤りがありましたらご指摘いただけますと幸いです。)
1. ウクライナ戦争の状況
2020年2月から始まってしまったウクライナ戦争ですが、軍事関係者や専門家の想定とは裏腹に、ウクライナ軍の頑強な抵抗により長期戦の様相を呈する形となってしまいました。
当時の私は陸上自衛官として勤務しておりましたが、ウクライナ侵攻のニュースを見たときはその圧倒的な戦力差から、1週間ほどで終結(被害拡大を防ぐための政治的交渉による)に向かうだろうと思っていました。
(加えて、核抑止論が一般化した現代国際社会において、武力による現状変更が許容された場合、いつ台湾有事が発生してもおかしくないだろうとかなり不安になりました)
戦線が膠着した戦争に限らず、基本的に近代戦争の終結は政治的マターとしてどこに落としどころをつけるかという話になります。
おそらく、ウクライナ・ロシア・欧米にて我々一般市民が知りえない水面下の交渉が進められているのだと推測しています。そしてできる限り早期の戦争終結を祈っております。
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NHK特集ページより引用:https://www3.nhk.or.jp/news/special/ukraine/
2.クリミア危機におけるハイブリッド戦
現在のウクライナ前線は、まるで第二次世界大戦時と大きく変わらない塹壕戦の様相を呈しているようですが、一方でいわゆる「ハイブリッド戦」が侵攻前から水面下で行われ、最新技術の実践投入の場となっています。
ハイブリッド戦争(ハイブリッドせんそう、英語: hybrid warfare)とは軍事戦略の一つ。正規戦、非正規戦、サイバー戦、情報戦、心理戦、認知戦などを組み合わせていることが特徴である。
ハイブリッド戦の先駆け的な事例として時間を少し巻き戻し、2014年にウクライナのクリミア半島にて発生したクリミア危機(クリミア併合)をご紹介したいと思います。本事例は私が防衛大学校学生だった頃にも、防衛学の授
業で学んだ記憶があります。
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https://www.pbs.org/newshour/world/background-briefing-ukraine-crisis
クリミア危機は、2014年にロシアが軍事介入と住民投票を経てクリミアを一方的に併合し、ウクライナとの対立が激化することとなった国際危機です。
クリミア危機の際には、様々な軍事・非軍事行動が発生しました。
①ロシア語メディアやSNSでの偽情報の拡散
軍事行動が表面化する以前から、ウクライナ国内のロシア語メディアがロシア企業に吸収されていました。
その結果、ウクライナに対してロシア国内から「クリミアは歴史的にロシアに帰属する」「ウクライナは経済的に破綻しており、ロシアの支援が必要不可欠」といった、クリミア危機を誘発するような意図的な情報発信がなされる状態になっていました。
また同様に、各種SNSにおいてもこのようなフェイクニュース・偽情報を含む情報発信が行われています。
②国籍を隠した謎の武装集団の展開
2014年2月下旬には、「リトルグリーンメン」と呼ばれる国籍不明の武装集団がクリミア半島全土に展開しました。
彼らは空港やウクライナ軍の駐屯地、議会を占拠し、併合に向けた住民投票が円滑に行われるよう行動しました。
(ちなみに軍隊が国籍を隠す行為はハーグ陸戦条約やジュネーブ条約に反する国際法違反であり、国際社会においても大きな問題になります。)
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Wikipediaより引用
③電話やインターネットといった各種通信網の遮断
ロシア軍はサイバー攻撃により、ウクライナ軍の各種通信網が遮断しました。その上で、ウクライナ軍を欺くための偽の指令を発信。それに騙されたウクライナ軍は指定された地点へ誘導され、ロシア軍に砲撃されるという事例が発生しました。
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https://www.sankei.com/article/20200510-NVNOZWK6HVONNGQYFESYLRTYLU/
2014年当時でも、このような高度な電子・サイバー戦を伴うハイブリッド戦行われており、技術が進歩した現在ではさらに高度な作戦の応酬が行われていると推察されます。
3.ウクライナ戦争を経て急速に変化する戦術
現在最も注目されているのは、ドローンやAIを活用した兵器技術の急速な進歩だと思います。
軍用ドローン自体は第一次世界大戦のころには存在していたとされますが、近年は技術革新が進み、製造のハードルや価格が大きく低下しており、軍用ドローンの普及が急速に進んでいます。
また、ウクライナでは民生品の小型ドローンも多用されているようです。
民生品ドローンは他の兵器に比べ安価かつシンプルな構造をしており、特別な訓練をあまり必要としません。さらに、警戒監視や火砲射撃の観測、「カミカゼドローン」とも呼ばれる自爆攻撃まで広範な用途で使用可能です。
兵士が行う作戦行動の一部を代替できるため、兵士の省力化や損耗を抑える効果もあります。まさに戦場のDXですね。
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ウクライナで軍事転用されているDJI社のドローンは約30万円なので、
ドローンによる非対称攻撃がどれだけ効果的か分かります。
また、ドローンにAIを搭載することで自律型兵器として用いられる事例も増加しています。特に、大量のドローンが連携しながら一斉に攻撃できるスウォームドローンも大きな脅威として存在感を増しています。
いずれは無人の戦車や航空機が戦場を動き回るという、まるでメタルギアソリッド4の世界が現実になりつつあるのかもしれません。
ドローン搭載以外にも、戦場における意思決定のための指揮システムにAIが導入される流れもあるようです。AIの軍事利用は倫理的な側面から賛否両論様々な意見がありそうですが、ビジネス領域でもAIが常識を覆しているさまを目の当たりにすると、どんな形であれ軍事利用されないわけがないと感じています。
(参考:https://www.atpartners.co.jp/news/2025-01-22-pentagon-drives-kill-chain-efficiency-with-ai-new-military-partnership-with-anthropic-and-others)
実体験ですが、実戦を想定した訓練では数日間まともに寝れない状態で作戦行動を行います。
そのため、疲労と眠気で全く頭が働かなくなる…ということは往々にしてあるので、このような指揮官の思考と意思決定を支えるシステムが普及することは指揮官や幕僚の業務効率化に直結すると思います。(というか現役時代に心から欲してました)
4. 米国【Defense Innovation Unit】とは?
このような戦場の変化に対応するため、アメリカでは最新技術の軍事転用を円滑に行う仕組みを整備しています。中でも注目されているのがDefense Innovation Unit(以下、DIU)です。
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DIUは、アメリカ国防総省が2015年に設立した組織で、最先端の民間技術を迅速に国防へ適用することを目的としています。その場所はなんとシリコンバレーです…!
その後、ボストンやシカゴなど計5か所にオフィスが設置されています。
(DIU公式HP:https://www.diu.mil/)
皆さんがイメージする通り、これまで軍事技術の開発は国家が主導的に進めてきた関係もあり、民間のプロダクト開発に比べて多くの時間を必要とすることがほとんどでした。
上でご紹介した陸上自衛隊主力戦車である10式戦車は、研究開発から配備まで20年近くの時間を要したそうです。
ただでさえ研究開発から実用化まで多くの時間を必要とする中、技術革新のスピードはどんどん加速しています。
最新技術をいち早く導入し、装備品が陳腐化することを防ぐため、DIUは「民間企業と軍事の橋渡し役」として、シリコンバレーをはじめとするテクノロジー企業との連携を強化し、通常よりも短期間で新技術を導入する仕組みを整えています。
5. DIU Annual Reportから読み解く防衛技術トレンド
DIUの公式HPでは毎年成果報告書を公開しています。
今回は執筆時点で最新版である2023年度版の成果報告書から、どんな技術分野がトレンドなのかを紐解いていきましょう。
〇事例①:SMART WEARABLES FOR FATIGUE TRACKING(Pulsar Informatics社)
航空乗務員の疲労によるミスやトラブル発生を防ぐため、疲労状態を管理するウェアラブルデバイスのプロトタイプを開発しています。
技術自体はすでに民間航空会社やトラック運転手に導入されているようですが、無人航空機を遠隔操作するパイロットや戦闘機パイロットの疲労管理にも適用するプロジェクトが進んでいるようです。
〇事例②:自律型潜水ドローン(UUV)を活用した機雷除去(Saildrone社)
Saildrone社が提供する自律型潜水ドローンを活用し、地雷の水中版である機雷の偵察検知および除去を行うことを実証しているようです。
機雷除去は爆発物を扱うことから本質的に危険な作業でしたが、自律型潜水ドローンを活用することで安全性が格段に向上します。
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MAMORより引用:https://mamor-web.jp/_ct/17508500
〇今後のトレンド
報告書では主要な技術項目の区分がされており、2016年~2023年におけるプロトタイプへの資金提供額順位は、
1位:Autonomy(無人機)
2位:Space(宇宙)
3位:Human Systems(人材システム)
4位:Energy(エネルギー)
5位:Artificial Intelligence& Machine Learning(人工知能と機械学習)
6位:Cyber & Telecommunications(サイバーおよび通信)
となっております。
Human Systemsが上位にあるのは意外でしたが、確かに自衛隊における人手不足や激務によるメンタルヘルスの悪化は大きな課題として個人的にも認識しており、日本国内でもニーズが拡大する可能性はありそうですね。
また、近年のAI技術の進歩を見ると、Artificial Intelligence& Machine Learningの順位はこれからどんどん上がっていきそうです。
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6. おわりに
日本国内においても、前回記事で触れた防衛イノベーション研究所が設立するなど、DIUの成功モデルを輸入しようとする動きがあります。
しかしながら、これまで注目されていなかったマーケットであるゆえに起業家・投資家双方のディフェンステックに対する認知の不足や、戦後の歴史背景からくる軍事への忌避感(もちろん戦争は望起きるべきではないと思いますが)が国内ディフェンステック拡大の課題になっているように感じます。
一方で、確実に防衛産業は「重厚長大で特殊な分野」から「スタートアップも挑戦できる分野」へと変わりつつあります。
日本においてもディフェンステックが普及し、日本の平和のため、そして現場で必死に戦っている現役自衛官の皆様の一助となればと思っております。
その①はこちら:https://note.com/tatsunori_sato60/n/n4821ff374b57?sub_rt=share_pw
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