院DEAD
はじめに
他の多くの東京大学理学部物理学科生同様、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の入試を受けたのでその様子を楽しくレポートします。院試が完結してから結果が出るまでどこに合格しているかもわからず途方に暮れているので、折角なら忘れる前に院試の内容を書き留めておこうというわけです。
7月までの対策
ここ数年の流行り病により、昨年度は筆記試験がありませんでした(?!)。流石にそれでは大変だと思ったのか、今年は数学と物理を一緒にして実験を題材にした問題の出題を廃止することで試験時間を短くし、筆記試験が行われることになりました。
これによって対策すべき科目は、英語(TOEFL ITP)と数学、そして物理の基本部分(量子力学、統計力学、電磁気学、力学)に限られることになりました。過去問を見る限り英語以外は3ヶ月も対策すればなんとかなりそうな難易度です。
しかしここで問題が発生します。そう、講義の取りすぎです。4年生では実験の頻度が上がるので講義を少なめに取ろうと考え、実際そうしたのですが、ここまでの学期に比べて想定外に毎週課題を出す科目が多く、さらに週のうち3日はがっつり実験を楽しんでしまい、その上期末や中間の時期には重たいレポートがあったので学期中はほとんど院試対策ができませんでした。というか学期の前半はずっとアクティブマターの記事を書いていました。後1コマとれば卒業に必要な単位数は揃う状態だったので、理想的には講義をドシドシ切って院試対策に時間を割くべきだったのですが、とっとと後期課程100単位揃えたかったんですよね。
図1 . 100単位揃えたの図。GPAが0だが理学部物理学科にGPAの概念がないだけで全部不可なわけではない
そんなこんなで院試の対策を始めたのは7月末です。この時点で敗戦処理の匂いがしますね。
7月末からの対策
流石に院試がまずいことに気づき実験を一旦切り上げたのが7月下旬です。期末レポートの締め切りがないわずかな隙を見て一緒に実験をしていた友人とH28〜H26の過去問を大問1つにつき50分の時間制限をつけて解きました。物理、数学ともに想像していたよりも簡単で、なんとかなる気がしてきます。TOEFLは難しそうだし今やっても直前にちょこっとやっても結果は変わるまいと思って一旦後回しにします。
7月30日から8月1日の間にレポートの締め切りが4つほどあったので、過去問を3年分解いた後は8月に入るまでひたすら固体物理の概念の理解やQFTのトレース計算をしていました。ちなみにこれらの計算は院試の役にはまっっっっっっっっったく立ちません。QFTの計算は異常な計算量で、素粒子をやる人は日夜こんな計算をしているのかと戦慄しました。
8月の中程にもレポートの締め切りが3つあるのですが、そのうち2つも倒してしまうことにして、院試対策を再開した頃には8月も1週間ほど過ぎていました。8月頭にワクチンを打って戦闘不能になったのも惨状に拍車をかけまくりです。とにかくまずい状況なので1日1.5年分くらいの過去問を時間を測って消費し、H21~H27の7年分くらいの過去問をやりました。直近4年分は直前の演習用に取っておいたわけです。これが後に自分の首を絞めます。
数学をオーバーキルしたかったので当時90分の時間が与えられていた数学の問題も、今年の時間配分に合わせて50分で解いていました。時間がなければこんな感じで負荷をかけながら過去問を解きまくるのがかなり便利ですね。そもそも院試の物理と数学は問題が特徴的で過去問を超える対策が存在しません。
さて、8月のちょうど真ん中に最後のレポート締め切りがあったので、過去問を一旦切り上げてこちらを片付けることにしました。単純にパソコンでカオスと戯れればそれで良かったのですが、数値計算あるあるとしてうまくいかずに夜更かししてしまうというものがあり、それを忠実に実行してしまいます。院試まであと10日もないというのに……。
図2. なんとかストレンジアトラクターができた!!(レポートの入口だがここに入るまでに丸一日浪費している)
生活習慣を壊しながらもなんとかレポートを倒し切ります。次の日からまた過去問を解きまくり、H19まで遡りました。この頃にはほとんどの問題が作業と化しています。いよいよ直前期、少し英語をやって、直近4年分の過去問で仕上げていくことにしましょう。そして。
直前期に体壊すやつ
体を壊しました。学期の境目で毎回やらかします。レポートや試験勉強で生活習慣が壊れるのが原因と思われます。具体的にはお腹が崩壊します。しかも今回は微熱まで出てしまいました。何かしらの食中毒や流行り病が脳裏をよぎります。しかし味覚はマシマシ咳は0です。37度5分を超える熱が出たら各所に問い合わせなければなりませんが、熱は微熱の域を出てくれません。人によっては平熱と言ってしまう程度の微妙な体温です。とにかく丸一日寝て、親類に買い出しを依頼し、解決をはかります。
全然治りません。物理と数学は一旦諦めて英語だけでもやることにします。丸一日寝た時点で直前に用意していた4年分をこなすことはほぼ不可能になっていたのです。解くために取っておいたのに解けないとは……。後述するように英語の対策は最低限できたものの、結局体調は戻らないまま試験当日を迎えました。
TOEFL ITPについて
TOEFL ITPのために『はじめてのTOEFL ITPテスト対策』と『TOEFLテスト英単語3800』を購入していましたが、後者は一部しか確認できませんでした。結局対策に使用したのは前者です。体を壊した約4日の間に1周半ほどやることができました。
図3. これのおかげでギリ耐えした。もっと早く読んでいれば……
この本を読んだおかげで、単語はそんなに覚えなくていいことと、リスニングも想定よりやばくはないことを確認できました。リスニングで本に出てきたそのままの言い回しがいくつか出てきて爆アドです。正直もっと早くやっていればもう少し本番で点が取れた気がします。TOEFLの名前にびびり過ぎていました。これを読んだみんなはもっと早く対策しましょう。
筆記試験当日、アホの考えた天気
当日朝、体を壊している旨を連絡すると別室受験をすることになりました。とにかく対面で試験を受けることができて嬉しい気持ちでいっぱいです。オンライン試験とか集中できる気がしません。数日引きこもってぼろぼろになった体で数週間ぶりの大学へ向かいます。そして大学の最寄駅を降りると、
ありえん空が黒いです。
経験上これは土砂降りの前兆です。急いで大学に向かわなくてはいけません。普段なら20 kmを超える異常散歩で鍛えた足腰で全力疾走するところですが、体調を考慮すると無理です。そうこうしているうちにアホの考えた天気が始まりました。人生最高クラスの土砂降りです。雨宿りする場所を探す間もなく折り畳み傘の甲斐もなく、ズボンと靴は川に飛び込んだかの如き状態になりました。すごい。受験票はクリアファイルに入れていたため奇跡的に無事でしたがTOEFLの本は濡れていました。
土砂降りあるあるですが降っている時間自体は短いものです。後一本早いか、あるいは遅い電車に乗れば避けられた悲劇でした。
図4. 大学についてから撮った天気の様子。これでも雨足は弱まっている。令和ちゃんは天気運用初心者なのでいまだにこういうことをやらかしてくる。夕立を朝にお出しするな。
いざ筆記試験
ぐしょぐしょのズボンのまま、広い部屋でひとり試験を受けます。物理学科に内定してはじめての集会で一度訪れた部屋な気がします。とりあえず部屋の外にかかっている物理学科名誉教授たちの写真にお祈りしてみます。
TOEFLは対策期間実質3日の割に長文読解ができたのでよしとします。リスニングや文法は怪しいですが、健闘した方でしょう。昼休みのうちにお腹を刺激しない程度の昼食をとり、念の為解熱剤も突っ込んでおきます。
問題は物理と数学です。事前の感触だと量子力学:ある程度難しくても50分でなんとかなる、統計力学:基本なんとかなるが計算ミスが怖い、電磁気学:電磁気自体は苦手だが問題は解けるがち、数学:複素解析が出たら1時間かかるかも、といった感じでした。力学は問題によっては手が出なかったかもしれませんが、何はともあれ難しい直前4年分を解いていない(解けていない)が故の舐めプです。実際例年より簡単になるのではという噂もあったので、そこまで恐れていませんでした。
ところが問題用紙を開けてびっくり!量子力学の前半こそ過去問に類題があったものの後半は意味も意図も不明!!統計力学は全部忘却したBECの転移温度!!!数学はなぜか閉じていない謎積分路のペアと見たことない線形代数!!!!電磁気を恐る恐る眺める頃には完全に心が折れています。何が簡単だ?
図5. 試験開始後問題を一通り眺めた後の様子。かなりの絶望感があった。
それでも奇跡的に得意な線形代数をやっつけ演習や期末試験で1年前に散々考えたBECの詳細を思い出し、電磁気の序盤を埋めて、落ち着いて考えることで量子力学を完答することができました。統計力学の最後の問題で解答用紙が足りなくなりましたがこの際大きな問題ではありません。この時点で人間が1日にひらめける限界を突破しています。30分ほど残った時間で複素積分の最後の問題と電磁気の後半戦を必死に考えるも何も思いつかず、結局7~8割出来といったところで試験時間は終わりました。実際には記述の内容でもっと点が引かれているかもしれません。
帰るまでは体調不良の割には健闘したなと思っていましたが、帰り道で複素積分の最後の問題はなぜか閉じていなかった積分路を閉じればそれでおしまいだったことや電磁気は知識不足でもMaxwell方程式をいじって境界条件を合わせれば普通に解けたであろうことに気づきます。なんでこんな簡単なことが本番ではできないのでしょうか。そう、問題自体は確かに簡単になっていたのです。こんなん受験者誰でもできとるやろみたいな気持ちになります(そんなことないらしいしむしろ周りの出来そうな人は軒並みBECで転んでいる説がある)。
そんなわけで第一志望に通るかはかなり怪しくなりました。第二志望に入れれば万々歳ですが、いずれにせよFoPM(審査に通ると修士課程のうちから奨学金がもらえる。卒論のない物理学科では修士の初めに業績があるわけないので院試の点が判断基準になると言われているが、本当かどうかは知らない。)は厳しいでしょう。数日は立ち直れませんでした。
口述試験
なんも言えねーーーーーー。
ほんとに勉強したんですか
ここまでの話を見るとほとんどの時間大学か院試の勉強をしていることになっていますが実際にはそんなことはありません。
突然ですが皆さんは
ONE PIECE
を知っていますか。これまでこの国民的漫画がどうも苦手で、読んできませんでしが、この夏全900話が無料になるとあって自分はこれを読み漁りました。読んでみると国民的漫画だけあってめちゃくちゃ面白いです。止まりません。約300話ずつ公開されますが1ページの情報量が大きく、300話読むのにほぼ1日かかるのでこれで3日を溶かしています。3日というと固体物理の期末レポートに費やした時間、そして何よりTOEFL ITP対策に費やした時間とほぼ同じです。
ONE PIECEは同じ構造、つまり「目的地を共有する他者と出会い、その目的地で大立ち回りをしてその他者の抱える問題を解決する」という安定したテンプレートの繰り返しがかなり気持ちよく、ストレス解消になった気がします。ネットミームになっているシーンの原典を確認できたのも嬉しいところです。所詮院試の敗北者じゃけえ……。いかんせん分量が多すぎましたが。
それから時間にして2日ほどをネット小説
オルクセン王国史 ~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~
に費やしてしまいました。分類としては異世界軍記物ですが、現実世界の軍事に基づいた丁寧で繊細な描写とストーリーの完成度が高いレベルで両立されており、普段ネット小説を読まない自分ものめり込んでしまいました。とてもおすすめです。
他にもレポートの切れ目で幾らか本や漫画を読んだのでずっと勉強できていたわけではないんですよね。毎日続けられたのは腕の筋トレだけです。反省点としてはこの時間で電磁気学の講義内容の復習をするべきでした。量子力学や統計力学は結構自習してきていたので安心して取り組めたのですが電磁気は生まれてこのかたずっと苦手で、自習もあまりできていないんですよね。過去問が解けるからといって安心してはいけませんでした。
おわりに
結果が出るまで2週間以上虚無ですが、この機会に数学など今後しっかり勉強できなくなりそうなことをやっておきたいですね。実際には実験のレポートを書いて溜め込んだFGOをやって月姫もやらないといけませんが、今はまだ脱力感に支配されています。
なんにせよ4年生の前期はもう少し院試の方向を見据えるべきでしたね。院試対策の期間と合否判定待ちの期間がほとんど同じ長さなのは流石に良くなかったです。院試を大きく妨害した各種レポートの成績が悪くはなかったのが救いでしょうか。
これを読んだこれから院試の皆さんは是非早めに対策を始めましょう。試験の結果がわかったら何かしら追記するかもしれません。それでは。