感想:食う寝る坐る 永平寺修行記:暴力と修行の錯誤

本書の背景事情

本書は1994年に発行された本で、著者が当時の永平寺で体験した1年間の修行内容を記録した体験記です。
そして、本書で描かれる修行内容が、理不尽で暴力的であった為、曹洞宗は批判を受けました。
ただし、著者は内部告発や暴露をするつもりはなく、修行は意義あるものだったと今でも弁護しています。
ですが、曹洞宗の暴力的な修行体質は、やはり問題のあるものであったと言わざるをえません。

2013年7月には正法寺で修行僧2名が傷害容疑で逮捕される暴力事件が起きてしまいました。
暴力的な修行を経験した僧が、自分の寺でも同様の暴力を振るったことで起きた事件でありました。
修行と称した暴力やパワハラを放置した末の事件であったと言えます

注意しないといけないのは、本書は30年前の永平寺の修行の体験記であり、現在の実情は反映していません。
曹洞宗は正法寺の事件を受けて修行内容の改善を図り、現在では修行僧の待遇はかなり改善していると聞きます。
よって、以下の感想や批判も、30年前の永平寺に対するものになります

暴力的な修行は何故起きたのか?

本書において著者は、永平寺に入る前に怒鳴られ、平手打ちされ、罵倒され、蹴り飛ばされます。

門前では大声で何度も名乗りを上げさせられ、修行者が寺に入る前に一泊する地蔵院においては、長時間正座で放置され、作法で失敗するたびに平手打ちされます。
返事は「はい」か「いいえ」だけで、口ごたえは許されません。まるで軍隊です。
寺にいよいよ入る前には客行(かあん)から繰り返し問いを投げかけられ、何を答えても否定されて、石段を蹴落とされます。

修行生活が始まってからも、飢えと寒さに苦しみ、自分や周囲の修行僧が人間性を喪失していく様子が描かれています。

まるで洗脳セミナーか軍隊の新兵訓練のようですが、これは永平寺に来る修行者の多くが何者であるかを考えれば納得できます。
永平寺の修行者の多くは、曹洞宗の寺の跡取り息子になります。
永平寺での修行は、仏法の修行というだけではなく、曹洞宗という組織の新たなる構成員になるための訓練も兼ねているのです。

生い立ちも価値観も違う多くの新人に対して、今までの社会常識を捨てさせ、効率よく組織の思想を浸透させるには、まずは徹底的に自尊心を壊すことを行います。
具体的には、映画フルメタルジャケットの新兵訓練のようなものを想像してもらえばいいでしょう。
罵倒、発言の全否定、暴力が容赦なく繰り返される中で、自尊心や正常な思考は失われ、新しく与えられる規律を盲目的に受け入れる心理状態になります。

そうして曹洞宗の新兵は、世俗での常識を捨て、仏陀軍曹洞師団永平寺部隊の二等兵としての第一歩を踏み出すわけです。

明治時代の曹洞宗教団は、伝統仏教の役割を富国強兵政策の宣揚としたと聞いたことがあります。
もしそれが本当ならば、曹洞宗の修行が軍隊と似たのは当然のことなのかもしれません

しかし、この暴力的指導は組織の規律を守るのには役立っても、修行には役立ちません。
軍隊ならば組織の規律を守ることが軍隊の戦力向上に役立ちますが、宗教組織が規律を強めても本来の修行が疎かになれば本末転倒です。

金儲けや酒食に溺れて修行がおろそかになる話はよくありますが、厳格な規律を維持し過ぎて修行がおろそかになることもあるのだと思いました