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野球はおもしろい、その裏側にある人生はもっとおもしろい 出版作品の紹介「百年前の野球交流」 Part1

義理の父が亡くなった。その最後の作品となった本についてどうしても日本の方々に伝えたくてこれを書いている。
この本の宣伝を僕がやるという約束であったのだが、約束を果たす前に別れの時がやってきてしまい、葬儀やその後の手続きに追われた。
49日も過ぎたが、毎週のように教え子や同僚たちから実家に届く花々が彼が多くの方から尊敬され、愛されていたことを物語っている。
まだ亡くなったことを受け入れられない気持ちもあり、この書いた文章を一度チェックしてくださいと義理の父にメールを送ってしまいそうになってしまう瞬間さえある。
生前にこの仕事に一緒に関われたことの感謝と、素晴らしい研究姿勢への尊敬を込めて、錦先生の最後の作品となったこの本の紹介を書かせていただく。

百年前の野球交流 錦仁 著

野球というのは本当におもしろい。大谷選手やダルビッシュ投手の活躍でWBCで日本が優勝した記憶は皆さんにも鮮明に残っていると思う。
世界一という勝利は格別だ。でもやはり、野球の裏側にある人生こそが本当におもしろいのだと思う。

人生設計シートで数々の夢を現実にしてきた大谷翔平選手でさえ、信頼してきた通訳にお金をごっそり盗まれる未来は描けなかったはずだ。そういった山あり谷ありの人生の中で、グラウンドに立ち全力を尽くすからこそ、観客は魅了されるのだとも言える。それは高校野球であってもアマチュア野球であっても同じことだ。日々の様々な人生模様の中に野球を通して得られる友情や人生の学びがあるから、野球というものの価値が現代まで引き継がれてきたのだろう。

新潟大学名誉教授である義父が集大成とも言える人生最後の8年間をかけて1冊の本にまとめた「百年前の野球交流」には野球の枠を大きく超えた人々の人生が書き綴られている。
この本は一文で表すと1922年に早稲田大学とインディアナ大学が交流試合を行ったという本である。ところが、この本の本当の主役は野球のことを何も知らなかった「エドナ夫人」である。

エドナ夫人 およそ100年前の写真を人工知能AIを使ってカラーにしている
AI&機械技術者であるしぶちょーさんこと谷津佑哉氏に協力していただいた
「しぶちょー技術研究所」https://x.com/sibucho_labo
「百年前の野球交流」より抜粋

さらに、野球部員になって日本について行こうとしたが、結局野球部員に選ばれなかったものの、どうしても日本行きを諦めきれずに日本行きの船に忍び込んだ若き日のやんちゃなアーニーも影の主役である。

インディアナ大学女性初の博士「エドナ・ハットフィールド」も後にピューリッツァー賞に輝く「アーニー・パイル」も全く野球をやったこともなかったのにどうしても日本に行きたいという気持ちだけで、当時、大隈重信や安部磯雄といった早稲田大学野球部の支援者から届いたインディアナ大学野球部への日本への招待試合というチャンスに飛び込んだのだった。

2年近く計画されて実現した早稲田大学対インディアナ大学の野球の試合の結果は1勝5敗1引き分けと早稲田の完勝であり、インディアナの惨敗である。
しかしながら、インディアナ側に残された手記、日記、写真など、どこをとっても夢と希望と喜びにあふれている。
この不思議な感覚を皆さんにも味わってほしい。

「インディアナ大学のチームは弱かったけど、どのチームよりも紳士的な態度で審判にも抗議せず、相手チームへの敬意を持ち友好的で上品だったと日本側の資料でも書かれているんだよ」と義父はとても嬉しそうに話してくれた。

インディアナ大学アーカイブ室より


こちらの写真も谷津氏に人工知能AIを使ってカラーにしていただいた



野球部員であったラックルハウスの野球遠征中の日記が残っている。連戦連敗中の日記を見てみると、予想に反して極めて明るい。6000人を超える観客の中で野球をできること、自分たちに日本に来る機会をくれた安部磯雄に感謝を記している。来日初日に歓迎会が開かれ、関係者とともに友好を誓い合っている。日本での体験を純粋に夢のようだと記している。
野球の勝敗を気にしている人間の日記だとは到底思えないし、昨日のプレーを反省するそぶりすら見つけられないから驚く。
一方で、日本側の手記はかなり対照的で、大学野球の選手や雑誌「野球界」記者は「インディアナ大学は中学チームの毛の生えたレベル」「毛があれば気丈夫なものだが、むしろその毛まで剃り落としてしまう」と見下げている。ただし、早稲田大学の田中勝雄選手などは「インディアナ大学は今までの来日チームの中で一番学生らしく上品である。日本の学生であれば珍しくないかもしれないが、米国の学生としては非常に上品である」とあり、インディアナ大学メンバーの人格の良さとスポーツマンシップに賛辞を惜しまなかった記述が多く残されている。早稲田一塁手の有田富士夫の負傷にインディアナの選手が薬箱を持って駆けつけ薬を塗り、包帯を巻いたと記録されている。

集合写真も印象的だ。インディアナ陣営は必ずエドナ夫人を含めた女性が一番前の真ん中に写っている。当時の同じような写真を日本側のチームで見つけるのは非常に難しいだろう。紳士的なチームに相応しくレディファーストが当たり前として定着している。日本側の写真はどうだろう?
驚くことに今回発見された写真の中にかなり高い割合を占めるのが女性や子供の写真である。赤ちゃんをおんぶする10歳くらいの女の子たち。学校の様子。茶摘みをする女性。農村や漁村の女性達。振袖姿や着物を着ているものも多い。その一方でヌードの写真はコレクションの中には見当たらない。(同時代の日本写真コレクションの中にはそういった類が多い)

エドナ夫人が記録したアルバム (購入した写真も多く保存されている)

道端で遊ぶ浴衣姿の子供達、学帽を被り竹馬に乗る少年、どの写真も少年たちは丸刈りで下駄やわらじを履いているものが多いが、竹馬に乗る少年は靴を履いている。

笑顔にあふれ、生き生きした素晴らしい写真だ。眺めていると元気をもらえる。インディアナ大学初の女性博士であるエドナ夫人が野球チームに帯同して日本に行きたかった大きな理由は、自分の専門である母子関係や児童福祉の現状を自分の目で確かめてみたかったのだろうと多くの写真が語ってくれる。子供と女性が映り込んでいる写真を数えて驚いた。その総数は400枚以上。写真を眺めながら、僕の心に声が聞こえてくる「日本の女性は100年前より幸せになったのだろうか?」
日本の子供達や女性達の資料を大切に保管し、エドナ夫人は黒い台紙に白いインクで説明書きを入れている。
エドナ夫人が残した旅行記を見ると、彼女は試合の合間に孤児院や児童施設を見学に訪れている。
1922年の日本の現状を自分の目で確かめて、女性の社会進出や子供達への社会福祉のあり方をアメリカと比較しながら見つめたのだろう。

女性や子供の写真が多い(人工知能AIを使ってカラー化)
1922年の様子が刻み込まれている
女性は100年前より幸せになったのだろうか
女性や子供の写真が多い(人工知能AIを使ってカラー化)
エドナ夫人はこの旅行のために写真も勉強し自らも多くの写真を撮った

エドナ夫人が日本に行くことができたことは、彼女の人生の大きな喜びであった。
僕の元に870枚の写真コレクションが届いた理由は、彼女が100年前に「人生最高の日本旅行」ができたことへの感謝を届けたかったということなのだろう。彼女が海を越えて学びたかった渇望と、大学の代表として国際交流を行なったという自信と誇りが写真の中から感じられる。
野球の交流試合は「平和活動」と「教育活動」の一環であった。彼女もその一員として彼女ができることを精一杯行ったのだ。

義理の父が書いた本の中ではインディアナ対早稲田の交流試合に関わる様々な記録を綿密に調べ上げている。その記録の仕方を見ると、次の研究につながるように丁寧に写真のサイズや発見された時の状況などがしっかり記されている。エドナ夫人が早稲田大学とやりとりした手紙や資料などかなりの数がインディアナ大学のアーカイブ室にも残されていて、「研究を続けていけば新事実などの大発見につながる可能性がある」と嬉しそうに話していたのを今も思い出す。
この研究は義父にとって本業の分野ではなかった。彼の専門は藤原定家を中心に中世和歌や中世文学であり、皇室への御進講も務めた。
最初は義父と私たちは早稲田大学の方々や日本の様々な資料館や博物館に写真の保存と研究解析の依頼をした。かなり多くの場所に依頼したものの、残念なことに別な場所を当たってほしいという答えしか得られなかった。

この写真コレクションが持つ価値を伝わるように本にでもしないと引取先がないだろうということで、彼はこの写真を調べる研究をスタートさせた。8 年の大作になるとはあの時は全く予想していなかった。この本の構成を見ていただければ、1922年を取り巻く当時の日米交流を専門家の目線でより深く明らかにしてほしい、日本にとって貴重なこの写真を次世代の研究者にしっかりと明らかにしてほしいという希望が込められていることを感じていただけると思う。

エドナ夫人が見た1922年の日本をもう少しだけ振り返りたいと思うので、次回以降の更新もしばらく付き合っていただけると心から嬉しく思う。

Part1  7.30.2024  河野龍義.     

少女の後ろ姿がなんとも可愛い


一枚一枚の写真の芸術性が高い
女性や子供の写真が多い(人工知能AIを使ってカラー化)
たった1人の女性が870枚のコレクションを集め、丁寧に残した
女性や子供の写真が多い(人工知能AIを使ってカラー化)
百年前の観光地の写真も多く残っている
(人工知能AIを使ってカラー化)







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