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教会の輪廻

後からなら、批評めいたものは何とでも言える。結果を知っているから、雄弁に良し悪しを語ることができるからだ。歴史についてもそうだ。後の時代から見れば、過去の出来事がどういう意味をもっていたか、その判断が適切であったかどうか、簡単に批評らしく言えるのだ。実に好き勝手に述べ、さも自分がすべて物事を理解できているかのように、錯覚してしまうのだ。
 
ナチズムの時代を、いま振り返れば、それがとんでもないものであったと言える。日本の軍国時代についてもそうだ。そして今の価値観から、それらに抵抗した人たちを立派だと評価する。ボンヘッファーという牧師は、ヒトラー暗殺計画を立てるも、挫折し、刑死に至る。今私たちは、彼は恰も牧師の鑑のように祀られ、英雄のように称える。だが、考えてみるに、国の最高指導者を殺害しようとしたことは、悪ではないのか。それとも、それはヒトラーだから構わなかったのだ、というのか。今の私たちから見て。
 
だがその当時に自分がいたとき、この指導者は殺してよい、この指導者は殺してはならないと、どのように分かるのだろうか。
 
ヒトラーであれ、日本の軍隊であれ、その時には、それがこれからどのようなことをしていくことになるのか、見破ることは不可能ではないか。今にして、当時も軍国を実は批判していたが周りが許さなかったのだ、というように、戦時中のドラマや映画で描くことはよくあることだが、本当にそうであったかどうか、疑わしいと見るべきではないのだろうか。
 
もちろん統制に怯えるということもあっただろうが、えてしてその統制を強くするのは庶民同士であったに違いない。批判的な目を少しは持っていたとしても、せいぜい当時は、いずれ何かよくないことになったら、その時にまた考える、という程度ではなかったか。それとも、すっかり術中に陥り、ヒトラーなり軍国主義なりに、完全になびいて魂を奪われていたと見たほうが、より適切であったのだろうか。
 
こうして態勢の一部になり、より小さな声を圧迫していったのが、多くの人の棹さす動きであったことは、ほぼ確実であろう。だが、私がいま彼らを悪だと言っているのではない。それこそ、後の時代から優越的に批評する構え方にほかならない。ただ、人間はそのようなものなのだ、と言っているだけである。後になってみれば簡単に偉そうに批評もできる。だが、当時、当事者であったとしたら、ただこれでいい、大丈夫という価値観の中にいたに過ぎなかったはずだ、と見ているのである。その悪の勢力の一部に自分が加担しているということになど、思いもよらないのである。
 
教会内で、大勢に反対する声があったとする。たとえば、新たに迎えようとする牧師候補の中に、どうにも考えられない不適切性を見出した者が、否定の声を挙げたとする。だが多くの教会員は常識的な反応をする。ただでさえ牧師の少ない時代、せっかく選んだ人を拒む必要がどこにあろうか。来てもらえるとあれば、喜んで迎えるべきではないか。とりあえず迎えて、成り行きを見たらよいのではないか。いずれ何かあってからまた考え直しても遅くはあるまい、と。そうして、教会の危険と危機とに警告を与えようとする者を諫めるのであり、時にその声を圧殺する。
 
何か懸念材料が見つかったとしても、疑うのはよくない。信用するのが教会というところだ。裁くようなことをしてはならない。信じるのが筋ではないか。こうした態度は、確かに正論である。だが、歴史の最中にいるとき、人は危険性を疑うよりは別のものを選んできた。国の経済を建て直すために、強権をひとりに与えることもよしとした。その結果、最悪の流れが加速したとしても、最初は、そんなはずではなかった、そう言うのだ。
 
そして、後の時代になってから、あれはやはりよくなかった、と今度は自分たちが精一杯裁くのだ。人類は、痛い歴史をこのようにして幾重も生んできた。そのようにしてしか、歴史というものは築かれなかった。当時孤立しつつも、その危険性を確信し、抵抗した者を「法的正義により」処刑すらした上で、後にその人の正しさが認識された時に、その人を神の如くに祀る。自分たちの罪がそうさせてきたことを、うやむやにするために。
 
私たちはジャンヌ・ダルクを称え、ヤン・フスを勇者と呼ぶ。だが、彼らの当時の場面にいたとしたら、きっとジャンヌ・ダルクを殺せと叫び、ヤン・フスを燃やす火に熱狂していたことだろう。いや、自分は彼らを支持したはずだ、と言い切る者こそ、最も危険な部類であることを、歴史自身が証明している。
 
歴史は、常に後時代の者の勝ちである。自分には責任がないと言い切れる事柄をのみ批評し、安全なところから、常に自分が正義であるとして、対象を判定する。そこには、他人の罪は無数にあるが、自分の罪というものは微塵もない。そしてボンヘッファーの思いを自分が受け継いでいるかのように思い込んでいく。
 
イエスが糾弾した、ファリサイ派などのあり方も、このような構造の中にあったように私は見ている。イエスは、自己義認の中で自分に権威を与える人間の性質を確実に見抜いていた。そのイエスは、歴史の当事者として、そうした勢力の前に、殺されたのである。
 
困ったことに、私たちもこの歴史を後から見ることによって、イエスの正しさを評価している。そうして、評価している自分たちを、自己義認するというサイクルにはまっているのだ。こうして歴史は、痛いことを繰り返すのである。だから、かつての教会が実に酷いことを繰り返してきたのも当然だし、いまの教会がその輪廻から解脱しているとも、断じて思えないのである。

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