子ろばに身を置いて思うこと
受難週を迎えるにあたり、十字架そのものよりは、エルサレム入城のほうが、選ぶ聖書箇所としては確かに相応しいかもしれない。「棕櫚の聖日」とも呼ばれるその日、キリスト教会は主日礼拝を行う。復活の一週間前である。
棕櫚はかつての訳で、いまはナツメヤシと呼ばれている。その果実はデーツといい、いまは一般にも手軽に食することができるようになっている。このナツメヤシの名を持ちだしているのは、ヨハネ伝だけである。否、このヨハネ伝を受け継いだ黙示録にも、この場面を彷彿とさせる場面が存在する。救いは神と小羊のもの、と叫ぶのである。
イエスは群衆に歓迎される。エルサレムに、王として入城するのだ。そのとき、人々がナツメヤシの枝を振る。これが「棕櫚の聖日」の名の由来である。群衆は、イスラエルをかつての栄光の王国へと復興させてくれる王として、イエスに期待を抱く。様々な大国、そしてローマに支配され、かろうじて宗教は認められているものの、社会的支配を受けて自由な空気を押し殺されているユダヤの姿は、主なる神に導き育まれた、小さき乍らも誇り高き民族の名には似つかわしくないものとなっていた。
では、その入城は、如何にして可能となったか。女たちを含む弟子たちと旅するイエスには、入城の儀式に相応しい出で立ちはない。行進に馬はいないのか。イエスは、2人の弟子を使いに出して、子ろばを得る。この礼拝で説教者は、この子ろばにひたすら焦点を当て続けることになる。掲げられたのは、マルコによる福音書11章の初めのところである。
そこは「オリーブ山のふもとにあるベトファゲとベタニア」の辺り。イエスは、「向こうの村」へ行くように言う。村に子ろばが見つかるから、それをほどいて連れて来るように、と命ずるのである。
しかし、これではただの泥棒である。弟子たちは目を円くして、イエスを見たことだろう。イエスは続ける。「もし、だれかが、『なぜ、そんなことをするのか』と言ったら、『主がお入り用なのです。すぐここにお返しになります』と言いなさい。」
2人が村に入ってそのようにすると、案の定、そのように文句を付けられる。当然であろう。2人はイエスの言伝をそのまま告げる。すると、許してくれた。――そう、許されたのである。神の赦しとは訳が違う。だがここで、イエスが一般人に許されているという構図をひとつ私は写真に捕らえておきたいと思った。イエスが借りたのである。まさか私がイエスに何かを貸すなどとは、とても思えない。しかしイエスは確かに、子ろばを借りる。
すぐに返すのだから、と。居合わせた人々は、これを許した。それは、偉そうに振舞った、という意味ではないはずである。2人の弟子を、そしてイエスの言葉を、信じたのである。経済的な信頼ではあるのかもしれないが、その言葉を信じた。信じたのである。
説教者は、この場面を生き生きと説く。これから語ることについて、深く感じ入ることができるように、できるだけ時間を使って、場面を会衆の心の中に、たっぷりと描き、刻む。敢えて主張を盛り込まず、しばらくの間、情況を述べ続ける。
その間、私は自分の中で幾らか自由に思い描いていくことにする。すでに、もうそのようにここまで綴っている。私は別の機会に、この子ろばについて、「ほどいて、連れて来なさい」という言葉に反応していた。「ほどく」とは何からどのようにするということなのか。絆しに遭い、罪の鎖につながれた人間を、罪から解放するということではないのか。そして、「連れて来る」とは、イエスの許に行くということにほかならない。子ろばは、自由を与えられたのだ。だが、この子ろばは、再び村に返される。ではほどかれたのは無意味だったのか。そんなことはない。私たちはイエスに救われ、イエスの許に行く。そしてまた、柵のある世間に戻り、世の仕事に勤しむ。それでよい。だが、それはもはや縛られた形での戻り方ではない。神に与えられた自由を胸に、常に天に開かれた窓から神とのつながりを得ている状態で、世での生活を営むのである。
さて、説教者はというと、この子ろばについて着目するわけだが、これは専ら教会奉仕という問題の中で捉えることに終始したと言える。自分には何も奉仕ができない、などと思わなくてよい。弱い子ろばを、イエスは選んだのだ。イエスが選んだのだ。未経験だとか未熟だとか言って、断らないでほしい。子ろばも、何の経験もないままに、イエスを乗せたのだ。教会の奉仕を遠慮しないでほしいし、できないなどと言わないでほしい。あなたにはできることがある。主のはたらきのために、あなたが必要なのである。
しかし、逆のケースもある。奉仕している自分が、まるで偉くなったように勘違いしてしまうことである。もしも子ろばが、イエスを乗せて入場するときに、自分が歓迎されて偉くなったのだ、と思いこんだら、どうであろう。勘違いも甚だしいことになる。
ちょうど、英語の教材で私が独自に拾ってきた短いお話があったので、凡そのところをご紹介しよう。トルコの有名な民話である。「一休さん」のように、幾多の話に関係づけられた、トルコのキャラクターのお話のひとつである。
その男が、結婚式に招かれた。普段着で出かけた。すると、結婚式のテーブルの席が宛がわれなかった。人々は普段着の男を相手にしなかった。そこで男は一旦帰宅して、上等の高価な服を着て出直した。すると、人々は男を歓迎し、食事の席に案内した。そこでこの男は、出されたスープにその服の先を浸した。「さあ、君がお食べ。君のために出されたごちそうだよ。だって、私がさっき着ても冷たくあしらわれたが、君が来たとたんに、ごちそうが出されたのだからね。」
キリスト者ならば、ヤコブ書のある箇所を思い起こすことだろう。実に皮肉な、あてつけの演技が描かれて、エスプリが利いている。ただ、読んだ中学生たちは、優秀で英語から話の展開は見えてきたが、根が純真なのか、この物語の痛さというものが理解できなかった。
子ろばのケースがこの民話と一致しているわけではないが、子ろばからしてみれば、背中に乗せたイエスこそが人々に歓迎されていたのであって、自分が偉くなったのではない、という点に気づかせるというのは、説教者のユニークな視点であった。私たちが奉仕することで、誇るようなことは何もない、という、ひとつの戒めであった。
この奉仕という言葉について、もっと深く見つめることは、今後私たちに必要である、教会の中で奉仕して、人に認められたいという満足をもつだけなら、まるでイエスが指摘したファリサイ派の人々と同様であろう。また、教会の掃除や備品整理などの奉仕ももちろん大切であり、礼拝の役職云々も必要な奉仕なのであるが、それで十分なのかどうか、視野を広くする必要がある。それが、ほかの人を救いに導いたり、ほかの人に喜びを与えたりすることにどう結びつくか、という意識である。教会の内部だけでまとまり完結することがすべてであるのではないことについて、気持ちを向ける必要もあろうというものだ。
もちろん、神への奉仕こそが第一である、と考えることには意味がある。修道院には何の意味もなく、たんなる自己満足で終わっているわけではないことは、当然である。だから、これは単純にどれがどう、というふうに決めてしまうべきことではない。
時に、教会の規則だから、と教会への奉仕を機械的に強制するようなことをしていることもある。そのハラスメントに気づかないこともある。『福音と世界』の最新号でも、牧師というものがハラスメントをしていると言われて、認めた例を見たことがない、という意識のズレが指摘されていた。
特に小さな教会では、1人にいくつもの奉仕係が重なる。牧師と違って他に職をもち、激務に耐える信徒に向けて、あれもこれもと教会の奉仕を押しつけるというのは、もはやキリスト教生活としては逆方向に暴走しているようなものであろう。奉仕は喜びですよ、などとにこにこしながら押しつけてゆく様子を、私は幾度も見たことがある。教会がそのような空気にもう染まっている場合もあった。正統的キリスト教会が、カルト宗教を非難することがあるが、もはやどちらがどうなのだろうというほどに、同じ穴の狢になってしまっていないだろうか、と思う。
だからこそ、このような説教がなされる意味は大きい。説教が、問題の解決を宣言するのではない。問題に気づかせ、意識させるのである。そして、神を中心として、どうしたらよいのか、考える機会となるとよいのである。
ところでこの入城のときに、「自分の服を道に敷」いた人々がいた。これもまた奉仕と見なせよう。しかしすべての人がそうしたのではない。「ほかの人々は野原から葉の付いた枝を切って来て道に敷いた」のである。説教者が、この対照を目の前に描いて見せた。奉仕の仕方は、人それぞれ異なるのである。誰に何ができるのか。なかなかできないこともある一方で、できることもある。できればそれが、自発的になされていくのがよい。荷を負わされて苦痛を覚えるようになるよりは、自ら喜びを以て、自分の中から力が出ていくようなあり方で、何かがなされたらよいと思う。
当人の信仰が促される。イエスの言葉を知ろう。神の声を聞こう。「主がお入り用なのです」との言葉が、新たに響いてくるといい。ほかでもない、神があなたを必要としているのだ、という声が聞こえたら、と願う。その声が「きょう」聞こえたら、「きょう」立ち上がりたいものである。その「きょう」は、それぞれの人にとり、それぞれにまた与えられることであろう。
子ろばの背中には、間もなく十字架刑のために死ぬ人がいた。子ろばは気づいていなかったはずだが、すべての人の罪を背負って死ぬ人が、自分の背中にいた。芥川龍之介は『きりしとほろ上人伝』で、聖人クリストフォロスの姿を描いた。 力自慢の彼は、世で最も強い人に仕えようと思った結果、イエス・キリストを信じるようになる。この方に仕えたい。相談を受けた隠者は、大河の渡し守をするといいと言う。ある嵐の夜、小さな子が渡しを願う。彼が子を背負い河を渡ると、次第に少年が重くなってくる。命からがら対岸に着くが、なぜ少年がそんなに重くなったのか、と尋ねると、おまえは世界の苦しみを背負ったイエス・キリストを背負っていたのだ、と少年が答えた。
説教者はこの重みのことは語らなかったが、私は密かに、子ろばの背負った重さというものを覚えながら、説教を聴き終わった。