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スポーツクラブが志向すべき事業モデル。鍵は「社会課題」と「非スポーツ」

Key Questions
スポーツクラブが収益を上げるため志向すべき事業モデルとは?

前回の論考では「選手というキラーコンテンツを基軸に、消費者・企業・行政などを巻き込むスポーツクラブは、自らの事業モデルを『エコシステム型ビジネス』であると再認識し、リクルート式の『リボンモデル』や『負の解消』といった事業コンセプトを参照して、収益を上げるべきである」と結論付けました。ではスポーツクラブは具体的にどのような事業モデルを志向するべきなのでしょうか。

↓前回記事↓


後述の解説をより分かりやすくするため、今回は、概念的なご説明の前に、まず2つの事例から紹介し、具体的なイメージを持っていただきます。

まずは、スイスの世界的な名門サッカークラブ「FCバーゼル」の事例。スポーツ業界では、スタジアム設計の優良事例として広く知られています。

同クラブのホームスタジアム「ザンクト・ヤコブ・パルク」は、メインスタンドに高齢者用の集合住宅が併設されています。ホームゲームが開催される週末にはその子や孫が住宅を訪れ、テラスから3世代が一緒になって試合観戦・団欒の時を過ごせます。

スイスでは日本と同様に少子高齢化が進み、2030年には人口の3割以上が60歳以上の高齢者になると見込まれています。高齢化が進んだ国において懸念される社会問題として、高齢者の社会的孤立や医療費の増大などが挙げられます。FCバーゼルがスポーツクラブとして上記のような環境を提供することで、高齢者が家族と定期的にコンタクトを取り、精神衛生を保ちながら健康的な生活を送る一助となっています。

2つ目は、日本の地方サッカークラブ、J3リーグに所属する「ブラウブリッツ秋田」の事例。同クラブは、2025年までに新スタジアムを整備する計画を発表しています。社長の岩瀬浩介氏によると、新スタジアムで「絶対的にこだわりたい」ポイントが「インナーコンコース」。コンコース全体を屋根で覆い、現地に駆け付けた観客が徒歩でスタジアム内を巡回できる環境を構築したいとのことです。

東北地方の雪国である秋田の社会問題は、市民の健康面。秋田では、11月から3月にかけて寒冬の影響により市民が家に閉じこもることが多く、運動不足になりがち。結果として、肥満県としての認知や、市民の健康寿命の低下などを引き起こしていると言われています。そこで、岩瀬社長は、Jリーグが中断期間に入る冬のオフシーズンにも、クラブとしてスタジアムのインナーコンコースを活用した健康プログラムを提供することを目指しているようです。

上記2つの事例には共通点があります。いずれもスポーツクラブが、各々のやり方で地域が抱える社会課題を解決していること。つまり、前回記事でご紹介したリクルート風に言うなれば、スポーツクラブが地域の「負の解消」に取り組んでいる事例です。

ただし、多くのファン・スポンサー・その他様々なステークホルダーに支えられるスポーツクラブですから、その社会的な存在価値を考慮すると、地域における「負の解消」に取り組むことは当然と言えば当然の義務とも言えるでしょう。

今後、「公共財」であるスポーツクラブが持続的に地域社会へ価値提供するためには、ファン・スポンサー・行政等、様々なステークホルダーを結びつけ、まさにリクルートのように「リボンモデル」(マッチング)を形成しながら「負の解消」を実現し、同時に、事業収益を確保していくこと。これこそが、収益の大部分をスポンサー収入に依存しがちなスポーツクラブにとって、「地域社会にその存在価値を認められ⇒ファン・スポンサーがつき⇒収益を上げ⇒チームを強化し⇒勝つチームに成長し⇒さらに多くのファン・スポンサーを獲得する」という正のサイクルを実現する上で、今後求められる基本戦略であると考えます。

例えば、FCバーゼルの高齢化への取り組みをリボンモデルで再構築するとすれば、

・高齢者住宅に、居住する高齢者やその子にアプローチしたい企業広告を掲載、その入札プラットフォームを形成するなどして仲介料を稼ぐ
・高齢者住宅向け生活アプリを地元IT企業と共同で構築し、居住する高齢者とその子が生活に必要な商品の購入・サービスの享受ができるよう地元企業を巻き込む、クラブはその仲介料やtoB向け管理ツールのサブスク料で稼ぐ

または、ブラウブリッツ秋田の健康増進への取り組みをリボンモデルで再構築するとすれば、

・地元IT企業と共同で健康管理アプリを構築、利用者のバイタルデータを地元の保険会社に提供し、データ提供料で稼ぐ(データ提供者には保険料値下げ)、地元企業との共同マーケティング・商品開発に活かす

など、ジャストアイディアでも多様な収益パターンが考えられます。
(ちなみに、スポーツクラブ自らがITサービスを構築・運用できればベストですが、そのようなケイパビリティを簡単には獲得できないため、協力企業を探し、エコシステム型でサービスを提供することが、事業の幅・可能性を広げる鍵となると考えます)

スポーツクラブが志向すべき事業モデル(イメージ)

ポイントは、再三にはなりますが、クラブが拠点を置く①「地域」の②「負の解消」に取り組むということです。

なぜ①「地域性」が重要なのでしょうか。それは、地域によって社会課題が異なるから。地域Aのクラブは地域が抱える高齢問題にアプローチする、地域Bのクラブはその健康問題にアプローチする。そこにクラブの色が出ます。収益パターンや提供サービスがどうしても同質化傾向にあるスポーツクラブにとって、独自性のある事業によってビジネスの多角化を狙う機会となるのです。

なぜ②地域社会の「負の解消」という大義名分が重要なのでしょうか。答えはお金稼ぎへの正当性です。特に「スポーツ=体育」という認識が未だ拭えない日本においては、スポーツクラブが「お金稼ぎ」をすることに対して、あらゆるステークホルダーや世論からの納得性を確保するために、この社会的意義が欠かせないと考えます。もはや「スポーツで金稼ぎなどけしからん!」などと言っている場合ではない時代ですが、このような一部の世論がスポーツクラブの足枷となっているのもまた事実。であれば、彼らでさえも首を縦に振らざるを得ない妥当性の高い事業を展開し、堂々とお金稼ぎをすればよいのです。

スポーツクラブが、従来の入場料収入や物販収入、スポンサー収入など「スポーツ分野」からしか収益を上げられないようでは、持続的な成長や勝利を得続ける強いチームへの変貌は見込めません。今回の新型コロナウイルス感染拡大によって各国・各ジャンルのスポーツイベントが中断となる状況では、前回記事でご紹介した「スポーツクラブの6大収益源」のうち、ほぼ全ての事業収入が縮小し、存続の危機にあるクラブが出現していることからも明白です。

昨今では、サッカー界のスーパースターであるクリスティアーノ・ロナウドの獲得やクラブロゴの刷新などにより、クラブのブランド企業化を進めるイタリアの「ユベントスFC」や、日本で言えば、サッカーJ2リーグ「東京ヴェルディ」のように、自らの事業モデルを「サッカービジネス」から「ブランドビジネス」へと舵切り、「Tokyo」ブランドを全面に押し出してアパレル展開を進める例もあります。いずれも、スポーツ分野の収益だけでは限界があることに対する危機感に基づいたピボットであると言えるでしょう。

これからのスポーツクラブにとって、収益の鍵は「非スポーツ分野」であり、ブランド展開等アプローチが多々ある中で、納得性や事業持続性の観点からも、その発想の起点として「地域の社会課題を解決するサービス」を構築すべきであると結論付けます。

以上、今回の論考をもって、スポーツクラブがお金を稼ぐにあたり志向すべき事業モデルのイメージが描写できました。次回からはスポーツクラブの「スポーツ分野収益」と「非スポーツ分野収益」について、さらに深掘りした論考を進めてまいります。

Conclusion
Q:スポーツクラブが収益を上げるため、志向すべき事業モデルとは?
A:ステークホルダーを繋ぎ合わせ・巻き込みながら、地域の社会課題を解決するサービスを構築し、非スポーツ分野からの収益を見据えた事業の多角化を志向する

編集後記(2020/08/29)

サッカーJ1リーグ「鹿島アントラーズ」が、まさに本記事でご紹介したような世界観に基づく取り組みを始めました。鹿島アントラーズが地域のハブとなり、スポンサー企業と地域の他企業を結び付け、クラブが拠点を置く地域社会の「不」をエコシステム型の共創事業により解決し、自らも非スポーツ分野からの収益を上げる(※本事例の場合、DXコンサルフィーやシステムの利用料等が推測されます)。理想的なビジネスモデルですので、ぜひ参考にしてみてください。

"両社が協業する新規事業はこうした同FCの取り組みを地域の企業や自治体に提案し、IT導入などを後押しするのが狙い。企業などの課題の把握や導入方針の策定、運用などをサポートする。"(本文より引用)


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