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「はっちゃけたリーダーの隣に必ずいるのが番頭さんタイプの人」

今のできるリーダーというのは、メリハリというか、やるところはやるけど、こだわらないところはこだわらないという「ゆるふわ戦術」を使う。
細かいところを全部きっちりやってしまうと、新入社員の半数以上は、上の人が残ってバリバリ仕事していると帰れないと感じてしまう。つまり、上がきちんとしすぎると、下が窮屈。
だから、わざとだらしないところを見せるリーダーが下から慕われる。

優れたリーダー、はっちゃけたリーダーの隣に必ずいるのが番頭さんタイプの人。日本の経営学の研究で言われている。例えば、本田宗一郎さんとか松下幸之助さんのようなリーダーの隣で、ちゃんとそろばん勘定できる人がそばで支えるというのが、日本の経営学の特徴。

   牛窪恵(マーケティング評論家)

「ホンマでっかTV」


リーダーよりも、隣で支えるタイプの人に憧れる。

はっちゃけたアイディアを考えられるタイプじゃないからかな。

人たらしではないし、カリスマ性がないというのもあるな。


これでも昔はリーダーのポジションにいることが多かった。

幼稚園の時は、1クラス13人の小さなところでお山の大将だった。

自分がいちばん優秀だと疑っていなかった。

小学校でマンモス校に行くことになってから、引っ込み思案な性格に変わってしまったけど、それでも高校の頃まで学級委員を毎年やっていた。

生徒会もやってたな。


小学生とか中学生くらいまでは、成績が良くて真面目な子が学級委員をやる感じだったから、正直、選ばれるのも当たり前くらいに思っていた。

でも、だんだん人気者がそういうことをやるようになる。

仲良しグループの1人が学級委員長をやることになったから、ついでに副委員長をやったことがあるけど、「あれ?ここにいるべきなのって、私じゃないかも」と思った。


大学生になると、リーダーを決める場面もなくなったけど、そうでなくても、私はリーダータイプじゃないなと思うようになっていた。


小学校や中学校の時は、スピーチコンテストとか童話大会とか、人前に出ることも嫌いじゃなかった。

注目される爽快感も知っていた。


だけど、いつからか目立つのが苦手になっている。

注目を集めることから逃げる。

誹謗中傷を受けたわけでもないけど、避けるようになっている。


そのくせ、「しっかりしてる」と見られることもあるからか、「ちゃんとしなきゃ」というプレッシャーを感じて、人前ではだらしないところをオープンにできない。

年下が苦手なのも、「しっかりしていないといけない」という強迫観念に駆られるからだろう。

だから慕われるタイプのリーダーは遥か遠い理想。


でも、本来は目立つことやリーダーになることが好きなのか、それともプライドが高いだけなのか知らないけど、「その他大勢」で括られるのも、どこか悔しいと思ってしまう。

職場でのポジションが中堅層になってきたこともあり、リーダーの補佐役にならないといけないことが増えた。

これが意外とやりがいを感じる。

知識や経験が浅くて、右腕になりきれてはいないけど、役に立てた時は嬉しくなる。

いつかはリーダーのポジションに送り込まれてしまうかもしれないけど、今は、番頭さんのようなタイプとして、リーダーを支えたい。


仕事でやりがいを感じることが少しでもあるって幸せなことだと思う。

番頭さんタイプも人望が求められるんだろうけど、それはまだ分かっていないだけかも。



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