「小説 組織風土改革推進委員会」第10 話:ミーティング 香取の話
第10 話:ミーティング 香取の話
長い時間のようにも感じたが、まだ、一時間経っていなかった。
「では、次は香取さんでいいかな?」
と加藤さんが言った。
香取は、ためらわずに答えた。
「はい、今年は、まずはみんなと話し合って決めたエンゲージメントサーベイを6月スタートで定着させることが一番優先されます。単なるサーベイではなく、これを組織の成果と結びつけて計測していきたいと考えています。単に、組織風土だけが変わったのでは意味がなく、それが経営にどう影響するのかなどの相関をとっていきたいと考えております」
そのために俺はここにいるのだというような香取の言葉であった。香取の言葉や態度は、自信に満ち溢れていた。荻野や、八木沢、さらに青山とも違った。
加藤さんが香取に言った。
「ありがとう、香取さん。サーベイを単なる組織風土の状況把握だけではなく、経営的な数値と比較してどういう関係性があるかを深く見ていきたいというわけですね。サーベイ結果を通して会社を見ていくことは、君にしっかり合っているようですね。では、香取さん、一年後にはどうなっていると考えられますか?あるいはどうなっていたら良し、と考えたらいいですか?」
香取は、一年後か・・・・・・と考えながら
「まずは営業であれば、営業成績との相関を確認していきたいですね。個人ではなく、チーム業績の数値が一年でどれだけ伸長したかの伸長率と、スコアの伸長率をみてきたいと思います。売り上げがよいのか、利益がよいのかという点もあるので、いろんなデータ比較をまずはやってみたらどうかと」
加藤さんはさらにたずねた・
「ほかには、香取さん」
「えー、課長の評価がどうだったのかスコアリングして、その相関もいいかと思います。変化量との相関をとれるのではないかと。360度評価のスコアリングも相関分析してみたいですね」
「ほかには?」
「役員評価とか・・・・」
加藤さんは続けた。
「もう一回戻すね。一年後どうなっていたら、良しとする?」
香取は、「質問にきちんと答えていなかった、俺としたことが・・・」というような顔をしかめながら、ちょっと恥ずかしかったのか目を下に向けていた。
「すみません。一年後どうなっていたら、よいかですね。先ほど言ったような各種スコアと、エンゲージメントサーベイの結果スコアを相関分析したときに、スコアが高い組織、伸長がある組織が、売上や利益伸長もある、管理職の評価も高い、360度評価とも相関があるような数値がでて、やはりエンゲージメントを向上させなければ、業績も向上しないということで、我々の活動に意義があるという形にしたいです」
「香取さん、ありがとう。君がしっかりと経営のことまでおさえてくれているので助かるよ。でも、エンゲージメント向上が、本当に業績向上につながるのでしょうか?もう一度教えてください」
香取は、「業績向上につながるという仮説が実証されたほうが、加藤さんも人事だからいいのではないのか?おかしいなあ…・・・」という顔をしていた。多少、視線が右や左や下に動いていて、それは若干、不機嫌にもとれた。
「香取さん、エンゲージメント向上から、どのように業績向上につながるのかのストーリーを教えてもらっていいですか?あなたのイメージをもっと具体的に教えてください。しっかりみんなで共有したがいいように思ったのですが。少しでしゃばったかもですが、いいですか?」
香取の表情を感じて、加藤さんはトーンを落として、彼にやわらかく質問した。
「まずは、心理的安全性があることが必要です」
「ほう、なるほど。心理的安全性ですね」
と加藤さんがつぶやいた。
「次に、チーム全員に相互信頼というか、相互に尊重する雰囲気があることが大切です」
「さらに、そういうチームメンバーと、マネージャーとの間にも信頼関係があり、マネージャーは感謝、承認、称賛といった行為を自然にだしていることでしょうか」
加藤さんは、うなずいていた。
そのうなずく姿を見て、香取は
「信頼関係がある中で、自分たちの組織がどうであるかをこのサーベイで確認して、どんな関係性なのかを毎月見ながら、自律的な動きを一人ひとりがおこなっていくことが、チームの成果につながっていくのではと思っています」
「香取さんが思う大切なことはなんでしょう?」
「はい、相互信頼をベースにしたコミュニケーションが大きいと思います。そこがしっかり出来ていれば、組織で様々な問題が起きても、あるいは目標到達にきびしい時でも、誰かが落伍しそうになった時が出てきても、乗り越えられるのではないでしょうか。もちろん、マネージャーのふるまいも大きいですね」
「香取さんが思うストーリーがわかりました。ありがとう」
香取も、加藤さんから認められた感じを受けて、恥ずかしそうに首をすくめていた。実際、香取の話はすごくわかりやすかった。そういうふうに話を持って行ったのは、確かに加藤さんであった。きちんと香取も言語化できていた。会議の席でも、みんなが共感する感じで、こんなにきちんとストーリーで話をした香取は見たことがなかったように感じた。
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