21XX年プロポーズの旅(8)
(承前)
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「いやじゃ! 戦争じゃ! 奴らは我を馬鹿にしおった!」
体長3mのウーパールーパーが、子供のような言い分を喚き散らしながら暴れまわっている。
「ドン様、落ち着いてくだされ──」
「落ち着いていられるか! なにを日和ったことを言うとるか! 戦争じゃ!」
周囲の連中──火星の土着人類たちは、ウーパールーパーの尾に吹き飛ばされたりしながら、それをなだめようと必死だ。
「…………なんだこれ?」
火星政府の会議室の入り口で、俺は思わず呟いた。
それが聞こえたのか、俺たちの存在に気付いたウーパールーパーがこちらを指差して叫ぶ。
「あーっ! なにしにきたテロリストども!」
「あ?」
叩き斬ってやろうかと思ったが、参謀に肘で小突かれたので我慢した。
ウーパールーパーは火星人類たちを投げ飛ばしながら俺たちの眼前へとやってくると、威圧的に顔を視線を合わせメンチを切る。
「どのツラ下げてここへやってきたというのだ?」
「……火星政府の実権をサラマン族が握っていたのは初耳だな?」
阿呆は無視して、俺は言葉を投げた。
「そ、そのう……」
ウーパールーパーの後ろから遠慮がちに顔を出して答えたのは、火星政府の外交官だった。彼のことは私も知っている。
「ドン様の父上様は、この星のスポンサーでして……3日前より、火星政府で職場体験をと」
「……政治の仕事もナメられたものだな」
「まぁ、実務はほぼコンピュータがやってくれますので……それに──うわあっ!?」
俺が盛大なため息をついたことが気に障ったのか、あるいは無視したのが悪かったのか──ウーパールーパーが奇声と共に外交官を放り投げた。
「我は知っておるぞ! 貴様らでは我に抵抗できん!」
──ああ、だからこんなに調子に乗ってるのか此奴は。
シンプルに"3mサイズのオオトカゲが暴れている"状況を想像すれば、普通の人間の力で太刀打ちするのは難しいとわかる。加えて火星人類は、地球に暮らす人間と比べて二回りほど小柄な体格をしており、力も弱い。
──つまりこいつは、権力と暴力を盾にここに居座っているわけだ。
「いくらスポンサーの息子とはいえおかしいと思ったが……」
「まぁ、よくある話ですなぁ」
俺の呟きに、参謀の爺が同意した。悠然と構える俺たちに業を煮やしたのか、ウーパールーパーが腕を振り上げる。
「我を馬鹿にした罪は重いぞ! 今ここで……成敗してくれる!」
そして彼は手を振り降ろした。
──参謀に向けて。
ゴバッと鈍い音が会議室に響き渡る。参謀の爺の足元に反動で亀裂が走った。
「あーあ」
俺は呆れたように呟いた。阿呆は阿呆だからすぐに地雷を踏む。
「………………」
殴られた当の爺は無言で、直立のまま、ウーパールーパーの拳に右手を触れた。
「なっ……え? なんで潰れないんだ!?」
「…………ふたつ、お伺いしたい」
普段通りのテンションで、参謀は口を開いた。
「ひとつ。なぜ私を狙った?」
「ひっ……う、動かな……」
「位の低い私から倒そうという気概であればまだ良いが──よもや、この爺のほうが弱そうだから……などとは申すまいな?」
ギリギリミシミシという音が俺のところまで聞こえてくる。ウーパールーパーにも骨はあるのか。そりゃそうか──などと思う俺をよそに、爺は言葉を続けた。
「もしそうであれば……王族の風上にも置けぬ愚か者よな」
「うおおああっ!?」
参謀──身長150cmの爺は右手を振った。それだけで、ウーパールーパーは宙を舞い、地面に投げつけられた。
「もうひとつ。私を何者と心得る?」
爺は右手を離さない。衝撃で動けないウーパールーパーを冷たく見据え、再びその身を持ち上げる
「私こそ"王国"の参謀にして──現代の"魔法使い"、マーリンぞ!」
爺は……マーリンは声とともにウーパールーパーを壁に投げつける。その巨体が強化金属で出来ているであろうその壁を易易と貫通した。
──高度に発展した科学は、魔法と区別がつかない。
──では、科学が発達しきった今、"魔法"とは……科学の力を使わずに超常的な現象を引き起こす技術は、なにを指すのだろうか。
「……マーリン、ちょっとやりすぎだ」
「はっ……! 申し訳ありません、私としたことが」
マーリンの右腕は、つい先程の3倍にまで膨らんでいる。
その全てが、筋肉だ。
科学の力を使わずに、超常的な現象を引き起こす──マーリンは紛れもなく魔法使いなのだ。
「さてと……外交官どの」
「は、はひっ」
あまりの事態に圧倒されていた外交官に俺は声をかける。
「件のターミナルの火災の件、犯人の心当たりがある。貴国にも協力してほしい。ちょうどそこのサラマン族の誤解を解くにも必要だろうしな。今うちの部下がそれを追っているところだが──」
『ザザッ……こちらガラハッド』
言いかけたところで、宇宙鎧のイヤホンが鳴動した。
『王子、申し訳ありません──捕まりました』
俺は右手の剣を握りしめた。
「……すぐに向かう」
(つづく)
続き