20190618 『痛みを感じない傷』
また
やっちまった。
親父と大喧嘩。
何故、僕は父に暴力を振るえないのだろう。
何故、僕は殺せないのだろう。
消えて欲しいと、
幾度願ったか。
全て、全て吐き出したか?
代償に
僕は最近、物に当たる。
物というか、
『家』だ。
きっと、
親父≠家なのだろう。
壁を殴って穴を開けた。
不意に振り回した右手はガラスを割った。
血に染まる腕で、
父に問うた。
「親父が守ってきたものはなんだ!?」と。
薬が回る。
父には酒が回る。
「こんな『家』壊れてしまえ!」
と叫んだ。
本心だろう。
バラバラになった方が『楽』だ、と。
▼
家を飛び出す。
次男が僕の襟元を力強く掴む。
「家を出るな。怪我してるんやで」と言った。
その口調は優しさと怒りの混じった、実に弟らしい感情を感じた。
「家に居たくないねん」
車のキーを取った右手を見る。
商売道具だ。
今まで、
右腕をケアしてきた。
その大切な
『手』は血が流れていた。
「ごめん」と母と弟に言う。
手を離されて、家を出て、歩き出す。
暫くして弟の叫びが聞こえる。
ごめん。
▼
夜中にふらふらと歩き出す。
気づけば広場にいた。
幼い頃から野球を辞めるまで、
毎日居た場所だ。
段々とその景色は変わっていく。
僕らの遊んだ入口の木々は切り株に変わっていた。
腰を据えて、空を見上げる。
月夜に涙をこぼす。
「死にたい」
働きたくとも、稼ぎたくとも、
コントロールの効かない軀。
こんなどうしようもない軀と心。
抑制が効かない。
「迷惑をかけている」
「生きている事が負担になっている」
それを必死に、どうにかしようと
40錠の薬と栄養剤3本で
足掻いてきた一週間。
つけが溜まっていたのかもしれない。
この広場には緑の大きな壁がある。
丁度、大人のストライクゾーンの高め一杯ぐらいの位置に
白いラインが引いてある。
遊ぶ相手が居ない時、ボールの壁当てをして、
段々とそのボールは緑に染まって、凸凹がなくなっていく。
コントロール無視で遠投を続けて、届いた時は嬉しかった。
次はその白いラインを狙って、投げ続けた。
どんな時もその壁は『受け止め続けてくれた』
壁に触れる。
思い出が僕を支えてくれた。
次がある。
明日が僕にはある。
『死なせて欲しい』と、
大地に風に月に祈った跡、
『生かせて欲しい』と願う。
右手の傷は深くない。
明日もまた絵が描ける。
そう、それだけでいい。
今はそれだけ。
▼
言葉が小さな声でしか伝えられない。
父が待っていた。
「ごめん」
言えた。
穴が空いた壁に、
小さな僕のシルクスクリーンの処女作を飾った。
レオナルド・ダ・ヴィンチのデッサンのオマージュ。
モデルはパトロンの奥さんが死んだ時に描かれたものだとか。
▼
やっちまった『家の傷』に「ごめん」と声に出さず言う。
感情の抑制が効かない。
拒絶したいものへ近づくと軀がピリピリする。
「明日、動けるだろうか」、と毎日動けない事への恐怖との戦い。
「きっと、多分、大丈夫。」
そう、願って夜を超える。
了