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「死の収容所」からの脱出!映画でみるホロコーストについて?

#ホロコースト #ナチスドイツ
#絶滅収容所 #第二次世界大戦
#ソビボル強制収容所

ナチスドイツは1933年から1945年にかけて、ヨーロッパにいる600万人ものユダヤ人を国家をあげて迫害、あるいは虐殺した。いわゆるホロコースト、ヘブライ語の「大惨事」である。とにかく壮絶なおこないだった。その死者数は150万人とも言われている。

*題材として扱った映画は?
第一位の作品が「戦場のピアニスト」(2002年)。ポーランドに住むユダヤ人ピアニスト、シュピルマンの自伝をもとに作られた。英国フランス・ドイツ・ポーランド合作の映画だ。家族全員を絶滅収容所に入れられたが、本人だけは協力者のもと生き残った話。ゲットーの中で体験する人々の悲惨ともいえる状況、これを描いている。

第二位は、スピルバーグ監督の「シンドラーのリスト」(1993年米国)。ドイツ人実業家のオスカーシンドラー、鍋工場を買い取り、そこに労働者としてユダヤ人を雇い入れた。初めは儲けるつもりだったようだが、ユダヤ人が次々殺されるのを知り、命を救う話し。結局100名以上のユダヤ人を助ける。

第三位は、1998年のイタリア映画「ライフ・イズ・ビューティフル」。イタリア人俳優ロベルト・ベルルーニが監督・脚本・主演をつとめた作品。妻と息子と自分、3人がユダヤ人だったため強制収容所に入れられてしまう。だが、このお父さん、いつも陽気にして、息子には悟られないように振る舞う。

*強制収容所に自ら入った軍人!
ヴィトルト・ピレツキという人物を知っているだろうか。ポーランドの軍人(将校)で、自ら志願して強制収容所にはいった人物である。ナチスドイツが、次々にポーランド国内に強制収容所を建設していたが、不思議に思ったようだ。だったら自ら入って調べるしかない!

1940年9月に入り、死の寸前まで追い詰められたが、その2年半後の1943年4月に脱獄に成功する。素晴らしいのは、これを報告書にまとめ、連合軍に提出したことだ。彼のおかげで強制収容所の実態が明らかになった。ただ、1944年8月のワルシャワ蜂起でも戦い、これにより共産党政権によって処刑、殺されている。現在、その名誉は回復された。

*絶滅収容所という名称?
ナチスドイツにおいては、この名称は使われていない。あくまで「強制収容所」である。ただ実態はユダヤ人の大量虐殺にあった。日々収容所に送られてくるユダヤ人。働ける男だけを残し、老人・婦人・子供・障害者を次々に殺していく。収容所内には、ガス室があり、その隣には焼却炉があった。

絶滅収容所は6つあった。⑴ビルケナウ・アウシュヴィッツ。⑵ヘウムノ。⑶バウジェツ。⑷ルブリン。⑸ソビボル。⑹トレブリンカ。このうち現在見学できるのは⑴のビルケナウ・アウシュヴィッツ収容所である。なんと昨年(2023年)の訪問者は、167万人にもなったようだ。コロナが収束したことと、ユネスコの世界遺産となったことが大きいと思われる。

見学するには事前に予約を入れなければいけない。しかもガイド同伴が必要とのこと。ツアーでいくと、およそ3時間で見てまわると言う。大量殺人に使われたガス室も残っており見学できる。実際に自分の目で見ることで、人類の「負の部分」、これがよくわかると言う。

*ソビボル収容所からの集団脱獄
この強制収容所からの脱獄を行ったのは600人だと言う。ただそのうち300人が脱走に失敗。収容所の周りは地雷原となっており、最終的に生き残れたのは50から60人程度のようだ。だが、それでも成功したと言える。それほど、脱出は難しかった。

先のピレツキ同様、これを計画したのは軍人だった。ユダヤ系ソ連将校のアレクサンドル・ペチェルスキー(通称サーシャ)。周到な計画を立て、実行に移す。所長とその副官がいない日を狙ったとされる。まず親衛隊SSの看守を殺害。武器を奪い次々にSSを殺していった。

そもそも軍人たるもの、仮に捕まったとしても逃げ出すよう教育されているのだ。さらに如何に逃げ通すかの術も身に付けていると言う。サーシャは、ソビボル収容所に来る前に、4度ほど脱走を試みたが、失敗していたのだ。しかし、とうとう成功することに……。

*まとめ
ソビボル収容所からの脱獄、これは現在(2024年) YouTubeで観ることができる。ただ残念なことに字幕は英語のみ。ただ大まかな内容はわかるはず。気になる方は視聴したらどうだろう。絶滅収容所の実態がわかるはずだ。

一方、戦後のドイツにおいて、戦中に親衛隊員だった人物が教師になり、平然と働いている!そんな人物に不信感をもった若き検事の物語がある。映画「顔のないヒトラー」がそれだ。2014年製作のドイツ映画。戦後のドイツ、数年も経つと親衛隊SSのことも忘れ去った。だが、むごたらしい犯罪を起こした連中である。昔のことと割りきる人々、だがそれでも納得できない人がいたということを描いている。

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