【ゴスレ二次創作】Bad manners at dinner
バッドマナーを教えてやる、なんて夫に言ってもらうのは、これで何回目だろう。
前世での子供時代、自分はいい子でいなければならない、とフロレンス・ナイチンゲール──フローは思い込んでいた。
その最たる例が、食事の時だった。
音を立てずに食べること、皿にかがみこんで食べないこと、フォークやスプーンを間違えないこと……。
マナーで自分をがんじからめにしていた食事は、味なんて全く感じなかった。
さて、今世でも看護師として大忙しのフローはグレイことジャック──前世では自分の頼みで取り憑いた幽霊、今世では生涯の伴侶となった人──と食卓を囲んでいた。
クリスマスの近い今日の夕食は、サラダとビーフシチュー、トーストしたカンパーニュだった。
「悪い、ジャガイモ切らしててよ。中に入れるマッシュポテト作れなかった」
申し訳なさげに、グレイは眉を下げる。劇作家として活躍中のグレイの仕事場は専ら家の書斎なので、料理は大抵彼が作ってくれるのだ。
「いいえ、とってもおいしいわ」
フローはスプーンですくった分を口に入れ、しっかり飲み込んでからにっこり笑った。野菜も牛肉もじっくり煮込まれているから、口の中でほろほろ溶けて、じんわりと旨味が広がる。
「そりゃよかった」
グレイは素直にうなずくと、カンパーニュを手に取り一口大にむしると、シチューにつけて口に放り込んだ。
「うん、我ながら絶品だな」
咀嚼しながら満足げにうなずく夫に、
「グレイ」
とフローは少し眉を潜めた。
「おっと失礼。フォーマルな場所じゃ慎むべき行為なんだっけか?」
「まあ、私にはあまり馴染みがないというか」
「ほー、じゃあ」
グレイがにんまりと歯を見せて笑う。前世の時からお馴染みの、皮肉めいた悪者顔だ。
「いい機会だ、このバッドマナーを教えてやるよ」
グレイと再会を果たして恋人同士になり、同棲を経て夫婦となってから今に至るまで、フローはこうしてグレイからバッドマナー──『悪いコト』を教えてもらい、一緒に楽しんできた。
例えば、夜中にお茶とお菓子だけでなく、お酒やジュース、スナックもしくはテイクアウトしたジャンクフードを広げて食べたり、夜更かしして映画を一気見したり。挙げ句の果てには、大雨や雪の降る休日にどこへも出掛けず、家のあちこちで求め合ったり──
「というか、フツーの連中はやるんだけどなー、この食い方」
「屋敷ではしませんでしたよ?」
「出た、ナチュラルお嬢ちゃん発言」
クククと笑いながらも、グレイはまたカンパーニュをむしってシチューにつける。
「ま、あれだ。『良い悪いは当人の考えひとつ、どうにでもなるものさ』──ハムレット、ってやつだな。ほら、オレの真似してやってみろよ」
と言いながら美味しそうに頬張るグレイを、フローは上目遣いに見やり、
「もう。マクベス夫人みたく、いつもそうやって私を唆すんだから……」
と敢えて口をとがらせながら、カンパーニュを手にとり、ちぎってシチューに浸した。
そしてグレイがやっていたように、一口に頬張る。
とたんにフローは目を見張った。コクのあるシチューの味に、カンパーニュのシンプルな味わいがとても合う。ふたつの食べ物が合わさって生み出すあまりの美味しさに、思わず頬に手を当てた。
「な?」
グレイがウィンクする。普段皮肉屋でクールな夫が、自分だけに見せるあまりにも柔らかい表情。口の中のみならず顔まで熱くなり、フローはこくこくとうなずくしかなかった。
ようやっと噛み終わって飲み込み、思わず水を一気飲みする。口と顔の火照りは少しだけ収まった。
「こ、これだけ美味しいと分かったので、我が家の食事の時だけ、私もこうして食べることにします」
照れ隠しに咳払いして、早口で言う。グレイは知ってか知らずか、
「おーおー、そーしろ」
と愉快そうに笑った。
ふいにフローも可笑しくなって、目が合ったグレイとクスクス笑い合った。
「さ! 食べましょう!」
同じものを見るだけでなく、こうして同じものを食べて味わえる幸せも噛み締めて、フローはまたカンパーニュをちぎった。