【ゴスレ二次創作】Something four/night reply
時刻は午後10時30分。
書斎で背伸びをしていると、リビングの方からぽそぽそ声がした。
グレイはかつてのゴースト時代のような、足音を立てない歩き方でそちらに向かった。
今は生者となり数人の子供達の父親になったグレイだが、その歩き方は未だに体に染み付いている。
暗い廊下に、リビングの明かりが一筋差し込んでいた。静かな、それでいて冬の夜のランプのように温かいフローの声が聞こえてくる。
「『Something old,something new……』」
耳に届いたのは、マザーグースの一節──サムシング・フォーの言葉だった。グレイはドアの隙間から、音もなく中を覗いた。
フローは4歳になったばかりの末娘ポーシャに、マザーグースの絵本を読み聞かせていた。上の子らがいないのを見ると、どうやらポーシャだけ眠れなかったらしい。
「『something borrowed,something blue』」
柔らかいリビングの明かりの中、フローは歌うようにその詩を読み上げる。ポーシャはフローに寄りかかって、楽しそうにくすくす笑っていた。
「『and a silver sixpence in her shoe』」
フローが読み終わって本を閉じる。ポーシャは目を輝かせて言った。
「ね、これって、けっこんのときのおまじないなんだよね? おかあさんももらったの?」
「もちろん。お父さんから飛びきり素敵なものを」
フローは嬉しそうに笑った。グレイはもちろん、子供らもみんな好きな、花の咲くような笑顔だ。ポーシャが身を乗り出す。
「なにもらったの?」
「ふふ、内緒」
「えー」
いたずらっぽく笑うフローに、ポーシャがむくれる。自分達の子の中で一番フローにそっくりなポーシャだが、この顔はどことなくグレイにも似ていると、周りからよく言われる。それがグレイの、密かな自慢のひとつだった。
「じゃ、ポーシャあてるね!」
そう宣言すると、ポーシャはうーんとうなりながら考え込む。この仕草もまた、脚本を考えている時のグレイに似ているとよく言われる。
「ふるいもの、はシェークスピアのふるいほんで、あたらしいもの、はおとうさんがつくったおしばいで……」
ポーシャは一生懸命考えた答えを、途切れ途切れながらも口にしていく。
「かりたもの、はまだかんがえちゅう……。それであおいものは……」
ポーシャは顔を上げ、フローを見た。
「なつのあおぞら、とか?」
ドアの陰で、グレイは思わず目を見開いた。フローも同じ顔をして、それからポーシャをぎゅ、と抱き締める。
「ふふ。青いもの、は正解」
「ホント? やったー!」
ポーシャはきらきらと目を輝かせた。フローは苦笑しながら続けた。
「ええ。でも、他の3つは、残念」
「3つじゃないよ、2つだよ。かりたもの、はかんがえちゅうなんだから」
ポーシャは口をとがらせた。フローは素直に詫びた。
「そうね、ごめんなさい」
「それじゃあ……、それじゃ……」
答えを探すポーシャの目がゆっくりと閉じられていく。眠気がようやく来たらしい。
少ししてフローにもたれかかるポーシャから、規則正しい寝息が聞こえてきた。
そのタイミングで、グレイも体を滑り込ませるようにしてリビングへと入る。
「ようやく寝たか」
フローは手元のランプ──1人目の子が生まれた年のフローの誕生日にプレゼントした、LEDライトで光るカンテラ型のランプだ──を取りながら、
「もしかして、盗み聞きしてました?」
と軽く睨んできた。
「悪い。見事な朗読劇が聞こえてきたもんでな」
グレイは詫びながら、ポーシャをそっと抱き上げる。生まれたての頃よりもだいぶ重くて温かい。当たり前だが、やっぱりじんわり感動する。
フローが眉を下げて笑い、立ち上がってカンテラを掲げた。服装は違えど、『ランプの淑女』という二つ名で呼ばれていた時とそっくりそのままの姿だ。
ふたりで子供らの寝室へと向かい、ポーシャをベッドに寝かせるついで、他の子らの様子も見る。熱はないか、寝息は規則正しいか。
今夜も特に異常なし。グレイはフローと顔を見合せて笑った。
夫婦の寝室に入り、ベッドに潜り込んでから、グレイはニヤリと、
「しっかし、まあ、ポーシャのあれはオマエ似か?」
「あれって?」
フローが目をぱちくりさせる。今でも変なところでニブい。グレイは少しため息をついて、
「勘の良さだよ。サムシングフォー、ひとつ当てただろうが」
「あら、そうでしたね」
フローが嬉しそうに笑う。そういえば、と思い当たることがあったようで、寝返りを打ってグレイに向き合う。
「子供達みんな、夏の青空が好きですよね」
「ああ。きっと次のバカンスもうるさいぞ。だだっ広い青空見たいからどっか連れてけ、って」
「ええ。だからポーシャもピンと来たのかしら」
フローはうなずき、グレイと額を合わせる。目を閉じ、とろりとした声で、
「今度はどこに行きましょうね、ジャック……」
と言ってフローはそのまま寝息を立て始めた。
グレイ──ジャックもフローを静かに抱いて目を閉じる。夜は穏やかに更けていく。
この後、子供達がポーシャの呼びかけで探偵団を結成し、両親のサムシングフォーを探るべく頑張るのは、また別の話。