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【ゴスレ二次創作】Ghost and Lady/reply

 「彼女」は偉人──「始まりの看護師」その人と、同じ名前がつけられていた。
 故に彼女の通称は「フロー」であり、将来の夢も、自然と看護師になると決めていた。


 5月12日、フロレンス──通称フロー──は16歳の誕生日を迎えた。
 その誕生日が奇しくも「始まりの看護師」と同じ日だったため、両親は毎年のように、「その人にあやかって名付けた」と語る。
 今年も家族だけのささやかな誕生日パーティで、笑顔と共に同じ話が繰り返された。

「もう。何度も聞いているのに……」
 
 楽しげに話す両親と姉に、フローは敢えて苦笑いを浮かべた。
 フローの家は資産家で、ロンドン郊外のペントハウスに暮らしている。しかし決して偉ぶることなく、慈善活動に力を注ぐ家風だった。フローと姉パースことパーセノープの通う学校は公立校だし、9月で大学生になるパースにいたっては、ボーイフレンド探しと大学への準備の合間に、熱心にボランティア活動をしているくらいだ。
 ケーキのろうそくを吹き消し、拍手に包まれる中、フローはふと窓の外に目を向けた。
 夕暮れの空に、ほんのりと残るオレンジ色の光。
 その時、誰かが囁く声がした。

『──フロレンス』

 男とも女ともつかない声だった。

 ハッ、と振り返ったが、両親も姉も笑いながら拍手をしているだけで、フローに話しかけた様子はない。
 小さく首をかしげたその瞬間、再び声が響いた。

『──フロレンス、ドルーリー・レーンへ向かえ』

 今度ははっきりと聞こえた。その言葉が脳裏に焼き付くように、重く響いた。
 フローは窓の外に目を戻したが、何も変わらない平穏な街の景色が広がっているだけだった。
 だが、フローの心の中には、地獄のあの日々が、否、「彼」と過ごした尊い日々が、まざまざと蘇っていた。
 ──そうだ、私は……。
 この時代に生まれる前の記憶が、まるで声に呼応するように鮮明に浮かび上がってくる。
 戦争で傷つき倒れた兵士達の血の匂い。病に苦しみ呻く兵士達を看病し、ランプを掲げて見回った夜。その隣にはいつも──

『これがオマエに、一番ふさわしい』

 「彼」の言葉が心の中で響く。その声は悲しくも温かい。
 戦争が終わったら「彼」とあそこで芝居を見ると。絶望する準備をして「彼」に駆け寄ると、ふたりで空飛ぶ鳥を見上げていた時に、自分は誓ったはずだった。なのに。

「ドルーリー・レーン……」

 フローがつぶやくと、姉が心配そうに声をかけてきた。

「どうしたの、フロー?」

 フローは顔を上げて、家族を見回した。
 ──前世と同じだ。でも、あの時とは全く違って、みんな穏やかだった。両親も姉も、心の底からフローを心配しているのが表情でわかる。
 何より、頭上にあの化物の姿が見えない。

「ううん、何でもないわ」

 フローは笑顔を作り、立ち上がった。

「先にケーキを切り分けていてください。ちょっと風に当たってきます」
「そうか?」
「無理しないでね。せっかくの誕生日なんだから」

 戸惑いながらも気遣う両親に嬉しさを感じながら、フローはベランダへと出た。
 前世の記憶を思い出したということは、もしかして──
 フローは手すりにつかまり街を見下ろした。
 ──何人かの人々の頭上に、化物がいた。

「〈生霊〉……」

 フローはつぶやいた。
 やはり、見えるようになっている。
 ということは、「彼」の姿も……。
 フローの胸の中で、決意が形を成していった。
 絶望する準備なんてしていない。でも、そこに行かずにはいられない。
 フローはひとりうなずき、家の中へ戻った。



 通学中、古い建物の前を通ると幽霊が佇んでいるのが見えた。学校に行くと、何人かの上に〈生霊〉が見えた。
 やっぱりあれは神様の声だったのだわ、とフローはノートをとりながら思った。
 だけど、「彼」に会えるのか、そもそも「彼」は今でもあそこにいるのか、フローは確証が持てない。再び幽霊や〈生霊〉が見えるようになっているけれど。
 とはいえ、あそこに──ドルーリー・レーン劇場に行くことには胸が踊る。前世では、体力的にも気持ち的にも、どうしても行けなかったから。
 放課後が来るのが、初めて待ち遠しく思えた。

 電車を乗り継いで、フローはドルーリー・レーン劇場にやって来た。
 両親と姉には、スマートフォンの通話アプリで遅くなると伝えているから心配はない。
 もし、もしも「彼」に会えたら、何を伝えよう。何を話そう。フローは高鳴る胸を抑えて考えた。
 いや、そんなのはもう決まっている。
 あなたはなんて答えるのかしら。怒って呆れて、しぶしぶうなずくのかしら? それとも、4つの宝物をくれた時みたいに、笑ってくれる?
 足取りも軽く、フローは劇場に入った。
 ちょうどマチネが終わったところらしく、ロビーはざわざわと賑わっている。
 感嘆の声を漏らしている人々の頭上には、〈生霊〉は見えなかった。

──『人間ってのは、面白い演劇見たりキレイな音楽聴いてる時だけは、生霊を出さねえんだな。たとえ大声で騒いでたって、静かなもんさ』

 かつて「彼」──灰色の服の男が語っていたことが、まざまざと耳によみがえる。

──『オレはそんな時……、ちょっとだけ、生きてる人間が好きになる』

 劇場のスタッフに、友達に頼まれて忘れ物を探しに来たと(神と「彼」に謝りながら)嘘をついて、アッパーサークルのD列の端っこに向かう。
 端の席についたとたん、フローは目を見開いた。
 ──灰色の服の男は、いなかった。



 どうやって家に帰ったのかわからない。
 気がつくと、フローは自室のベッドにうつぶせに寝ていた。
 これは罰なのだわ。フローは思った。
 絶望する準備をしないまま「彼」に会いに行ってしまったこと。そして前世で救えるはずだった命を救えなかっただけでなく、周囲の人を人とも思わず圧力をかけて、疲れ果てさせて死に追いやってしまったことの、罰なのだと。

「死にたい……」

 ポツリ、とつぶやきうずくまる。これは罰だ。わかっているのに、涙と共にポロポロと言葉が出てきてしまう。

「グレイ……、ジャック……、どこなの? 私を殺すのは、今なのよ……?」
「なら取り殺してやらア、フロレンス・ナイチンゲール」

 突然聞こえた物騒な台詞に、フローは勢いよく起き上がった。
 古めかしい三角の帽子に、剣を携えた、長い灰色のコート姿。
 フローの目の前、あの灰色の服の男──グレイことジャックが、ふわりと浮かんでいた。

「よう、100年ぶりか?」

 片目をつむって笑うグレイに、フローは答えなかった。答えられなかった。
 わなわなと口が震え、涙が溢れる。

「──グレイ……、……ジャック!」

 反射的に飛び付く。ふわふわとした体の感覚が、腕に伝わる。
 ひんやりとしたわたあめを抱き締めているような、不思議な感覚だった。しかしそれでも温かい。グレイと一緒にいた時に感じていたのと、そっくりそのまま同じ感覚だった。

「あら、私、グレイに触ってる……?」
「あれからまたずいぶん時間が経ったからなあ。思ったよりも霊気を溜め込めたぜ。お陰で、これくらいならお前に触れられる」

 そう言いつつ、グレイもそっと抱き締め返してくれる。冷やかな温もりに包まれたフローの涙は、嬉し涙に変わっていた。
 フローはグレイの顔をしっかり見上げた。グレイもフローを見つめ返してくる。

「グレイ」

 フローは涙を拭わないまま、笑顔で伝えた。

「私、今度こそ絶望します。どん底に落ちます」
「ああ」
「だから、もう一度私に取り憑いて、ずっと私の側にいて。それで……」

 黙って微笑んでいるグレイに、フローははっきりと伝えた。

「同じものを、あの時代にはなかった色んなものを、一緒に見て欲しいの。──それだけで、もう、私、何もいりませんから……」

 ふ、とグレイは笑った。そして、あの時と同じ笑顔で、フローに言った。

「それなら当分、芝居はお預けだな」

 自然と、唇が重なっていた。
 柔らかな冷たさが、確かにそこにあった。

「って、今のオマエ前世よりちっこいじゃねえか!」
「失礼な! 16歳ですよ!」
「充分子供だろぉ! あーやべ、ノリでハグどころかキスまでしちまった……」
「私、グレイがくれるものなら何でも嬉しいですよ!」
「いやよくねえよ色々と!」

 昔と変わらないやり取りに、フローは泣き笑いが止まらなかった。



 ちなみに後日、ふたりしてポルターガイストから襲撃されたりUFOっぽいのを見たり大量のミニゴースト達から追いかけられたりといった様々な怪事件に巻き込まれるのは、また別の話である。

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