(リクエスト)【ゴスレ二次創作】At the backstage entrance
「そういえば、君、グレイのどこに惚れたの?」
デオンにおもむろに聞かれて、フローは目を瞬かせた。
*
夫であるグレイが脚本・演出を務める芝居のリハーサル日。フローもそれを見学させてもらうことになった。
主演のデオンを中心とした、華やかに着飾った人々が織り成す笑いと涙のエピソード。
大ヒットの予感をひしひし感じながらリハーサルを見終えたフローは、ハンカチを涙で濡らしつつも感想を伝えるべく楽屋口でグレイを待っていた。
明日からの本番に向けてやる気を漲らせながらどやどや出てくる役者達を見送り、時に挨拶を交わしながら待っていると、
「やあ、僕の天使!」
低く張りのある声が降ってきた。
見上げると、今作の主役にして男装の麗人俳優、デオンが艶やかな笑みを浮かべていた。
「デオン! お疲れ様でした! 素晴らしかったです!」
「ふふ、君にそう言ってもらえて嬉しいよ」
「グレイは? 一緒じゃなかったんですか?」
「ああ、興業主に捕まって最終打ち合わせという名前の絶賛を浴びせられていたよ。あれじゃあもう少しかかるね」
ということで、グレイを待つべくふたり並んで色々話していた時に、冒頭の問いかけをされたのだ。
「いや、ホールが君のことを調べまくってたから、君が何で看護婦になってクリミアで戦ったかは知ってるんだけどさ。今世になってよくよく考えてみたら、なんでグレイにあそこまで惚れ込んだのかな、って思って、ね」
珍しいことに、若干歯切れの悪くなっているデオンに、フローはにっこり笑って返した。
「そうですね。私もグレイも、あなたの因縁の相手だったんですもの、やっぱり気になりますよね」
どこからどう話し始めましょうかね、とひとりつぶやいてから、フローは口を開いた。
「もしかしたら知っているかもですけど……、私、前世の頃の子供時代は、いい子でいなきゃって思ってたんです」
デオンがこくりとうなずく。フローは続けた。
「食事の時はテーブルマナーをひたすら守って、父との勉強や母とのダンスと刺繍の稽古をそつなくこなして、両親や他の人々から誉められる度にいい子でいられていると胸を撫で下ろして、舞踏会では完璧なレディを演じて……。
神の声を聞いてからはそれに一層拍車がかかって、神に背く生き方をせざるを得なかった己を──看護の道を見つけたのにも関わらず、家族に反抗出来ない弱い自分を、激しく嫌悪して死を望みました。
そんな時だったんです。ドルーリー・レーン王立劇場に住まう、剣と銃を携え灰色の服を身に纏うシアターゴーストの噂を聞いたのは」
「──グレイマン」
デオンの言葉に、フローはうなずいてから、
「ご存知の通り、クリスチャンは自殺出来ません。かといって生きている方に人殺しの罪を負わせるわけにはいかない。その幽霊に頼めば取り殺してくれるかもしれない。そうしてやっとのことで家を抜け出して訪れた劇場で、彼と──グレイと出会いました」
グレイと初めて対面した時のことを思い出す。あの時も、彼は芝居を見ていたのだっけ。
「グレイ、歯に衣着せぬ物言いをするでしょう? それにつられて、周囲に隠していた本音を、私いつの間にかグレイにぶつけていたんです。それがきっかけで、私、グレイになら何でも話せるようになって……。
それに、私が絶望したら私を殺すと約束して実行してくれようとしていた。だから、私は安心して力が沸いてきた。自分の道を進むために、戦えるようになった」
自然と口角が上がる。目が細まる。
「私に遠慮せず何でも話して私の話を聞いてくれて、弱虫だった私に前に進む勇気をくれて、側にいて一緒に戦ってくれた人なんですもの。惚れない訳がありません」
「……そうか」
フ、とデオンが微かな笑みを浮かべた時。
「フロー! って、デオン、テメーもいんのかよ」
グレイ本人が、ようやく楽屋口から登場した。
「グレイ! お疲れ様です!」
「おう、フローもありがとうな。感想聞かせてくれや」
「はい! 歩きながら話しますね」
グレイにうなずいて、フローはデオンに振り向いた。
「それでは、デオン、怪我や病気に気を付けて!」
「ああ、フローもな」
デオンはうなずき、グレイを見て、
「グレイもな。劇作家に何かあったら大事だ」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
ケッ、と言いつつも柔らかい笑みを浮かべているグレイもとい幸せ者にニヤリと笑い返し、デオンは踵を返した。