がん遺伝子パネル検査⑥|多角的視点から***

はじめに
視野を広く持っていただきたいという趣旨から、多角的に書いていきます。まとまりがない記事になってしまうかもしれませんが、適当に読み流していただけると幸いです。


調査

「がん遺伝子パネル検査」で検索すると、認知度が低いです…という調査がヒットします。その中でも、一歩踏み込んでいる調査をご紹介します。

◇患者アンケート調査結果

まずは、これまでもご紹介してきた調査です。
「検査の存在」を知ったのは、医師または医療従事者からが84%(784/933人)。つまり、医師などからのアクションがあるまでは、8割以上の方が「検査の存在」すら知らなかったということになります。なお、「事前の説明」は、主治医・担当医からが96%です。なるほど。

東大ゲノム診療部HP
患者アンケート調査結果」(6頁)より
同上(8頁)


◇ネット調査(専門医)

次に、医療者向けに情報を発信しているサイトが実施した調査で「がん診療に携わる専門医600人を対象」としています。引用しませんが、なかなかの結果です。なるほど。。

少なくとも「意義を感じない」と回答した専門医が、それを理由に患者さんに「検査の存在」を告げないなんてことはないと信じたいです。


◇ネット調査(患者さん・ご家族)

最後に、患者さんやご家族を対象とした調査です。こちらは、一部引用します。

(2)「遺伝子パネル検査」に関する医師からの説明等

1. 省略

2.「医師から遺伝子パネル検査に関して説明があった」と回答した人(205人)のうち、「説明を受けたタイミング」に対して「標準治療前」(96人)と回答した人が最も多く、次いで「標準治療中」(84人)、「標準治療後」(25人)であった。

「【調査報告】「がんゲノム医療」に関するインターネット調査結果(概要)(2023年5月11日)」より

まず、「標準治療」に説明を受けたって本当ですか?となりました。私の感覚がおかしいのでしょうか…。標準治療が1次治療だけでしたら違和感はありませんが、約半数もそんな症例の患者さんだとはなかなか考えにくいです。

初回治療を対象とする治験(臨床試験)も、がん種やタイミングによってはありますので、がん遺伝子パネル検査の結果で治療方針を決めるということも観念できなくはないです。しかし、結果説明までの「turn-around-time」を考慮すると、効果の高い標準治療(1次治療)を提案するのが穏当です。
臨床試験には様々なものがあり、かりに1次治療を選択した場合と比較しても患者さんに絶対有利に働くような試験が存在する!という限定付きでしたら、提案も可能かもしれません。現実としてはなかなか考えにくく、「臨床試験にも興味がある」旨を伝えられて初めて標準治療前であっても検査に触れることになるかなあと感じます。

9/24追記

問題は、「標準治療」に説明を受けたケースです。205人中25人なので、10%程度になります。

「標準治療」に“初めて”説明をしたのであれば、タイミングとしては遅いです。どんな状況であったにしても遅いです。説明しないよりはましですが、そういう問題ではありません。

標準治療後に初めて説明を受けた場合、一旦持ち帰って考えたりご家族と相談されたりするかもしれません。でも、検査を受けるのでしたら、時間がもったいないです。負担する費用も変わってきてしまうことは、これまでの記事のとおりです。

「経済毒性」を本当に理解している医師であれば、もっと早いタイミングで「がん遺伝子パネル検査」の存在を軽くでも触れているはずですし、触れるべきです。

もちろん、標準治療中の副作用などで検査を受けられるタイミングが遅くなってしまうことはありますし、受けたくても残念ながら「保険適用の条件」はまだ満たさないことなどもあります。
でも、それらは結果論にすぎません。

存在だけでも知っていたら「どうしようか?」と考える時間ができます。かりに同じタイミングで検査を受けることになったとしても、しっかり考えて決められた方とそうではなかった方では、前者が本来あるべき姿なのではないかと思います。検査を受けない場合も同様です。

なお、保険適用となる条件をそもそも満たさなかったり、患者さんに意思がないことが明確だったりしたら、説明をしたところで「嫌がらせ」にしかなりませんので、説明がないのも当然ですね。


主治医

何の前触れもなく、診察室で「がん遺伝子パネル検査」の話題を切り出してしまうと、「まあ、まずは今の(標準)治療に集中しましょうね」と受け流す主治医は少なくないかなあと想像します。

理由①

治療効果が最も高い「標準治療」をきちんと受けてほしいからです。(保険診療ではない)自費診療でもがん遺伝子検査を受けられますが、費用対効果を考えると、患者さんやご家族の負担があまりに大きいです。もっとも、早期実施で初回のがん薬物治療選択におけるがん遺伝子パネル検査の有用性が示された先進医療Bの発表もありましたので、近い将来は米国同様、もう少し早いタイミングでの保険適用になるのかなとは思います。

理由①

理由②

今回予定している診察内容と、次回の予定と予約で精一杯だからです。あまり先のことには触れませんし、触れたところで仮定の話になってしまいますので、あれこれ言いません。そもそも、医学も医療も不確実性を伴うので、仮定を前提に説明し始めても時間だけが過ぎていきます(とは言え、気になることや不安なことは、伝えないと伝わりませんので、伝えてくださいね)。

理由②

理由③

過度に期待させたり、落ち込ませたりしたくないからです。検査の話題を出されるということは、それなりに期待されているのかなあと感じます。でも、まだ保険適用になる段階ではなかったり、全身状態などからすると適用にならなかったりするため、タイミングを見て必要になった段階で、選択肢のひとつとして主治医からある程度時間をかけてお話したいという感じでしょうか。

理由③

…このあたりが主な理由になると思われます。

がん遺伝子パネル検査が保険適用となってから4年が経ちますので、よく分からない!というがんの専門医はさすがに存在しないとは思います。


がんと生きる✖️提言書

がん遺伝子パネル検査に興味があったり、受ける意思が少しでもあったりされるのでしたら、主治医にその気持ちを伝えておくことは必要だろうなと思います。

上記の各種調査結果だけではなく、普段から患者さんやご家族の相談に対応している「あの坂本さん」も番組内でおっしゃっているくらいです。説得力があります。

「がんゲノム医療中核拠点病院」である国立がん研究センター東病院内の「がん情報支援センター」で、患者さんやご家族からさまざまな相談を受けている坂本はと恵さんが「あの坂本さん」。

先日公表されたがん相談支援センターの実績一覧(2021年)が手元にあります。国立がん研究センター東病院の1年間の新規相談件数は約7,500件(うち、他の施設からの患者さんなど1,500件)で、相談件数が全国で最も多かったようです。

ちなみに、2位は国立がん研究センター中央病院の約7,300件(3,700件)、3位は群馬県立がんセンターの約7,200件(1,000件)、4位は静岡がんセンターで約5,100件(2,200件)と続きます。

そんな東病院で相談を受けられてきた坂本さんも番組内でアドバイスされるということは、実態を反映しているのだと思っています。

毎週金曜、患者さんやご家族からのお悩みやご相談に実践的なアドバイスをされているお馴染みの番組『がんと生きる』。

「がん遺伝子パネル検査」を扱った回です。14分ほどですが、全体像を理解することができます。

2022年11月の放送ですので、がん遺伝子パネル検査マニアになった皆さんでしたら「なるほど、指定見直し前ですね!」とすぐに気づきます。

番組内で話題に出ていた内容やキーワードで、これまで記事では触れてこなかった内容について、提言書などを引用しながら補足していきます。

以下では触れませんが、番組内では「セカンドオピニオン」も選択肢のひとつとアドバイスされており、とても興味深いご指摘でした。

いろんな主治医がいます…

◆10%程度

「治療到達性」と言われているものです。

静岡がんセンターのサイトでは、次の記載があります。

現在のところ、遺伝子変化が見つかる割合は9割、遺伝子変化に合う薬剤が見つかる割合は5割、その薬剤を使用できる割合は1割程です。

静岡がんセンターHP「ゲノム医療支援室」より

次に、提言書です。

治療の到達性については、効果の期待できる治療法について提案があった人が47%、なかった人が51%であった。効果の期待できる治療法の提案があった人は、21%が治療を開始しており、44%が検討中で、41%で治療していなかった。(略)

がん遺伝子パネル検査の実態調査研究に基づく日本のがんゲノム医療推進に向けた提言書(令和5年5月)
(13頁)より
※太字は加筆

提案があったのが47%、そのうち21%が治療を開始したということは、検査を受けた全患者さんのうち9.87%が治療に進んだという計算になり、割合としては「1割程」になります。

もっとも、これらは全がん種の統計にすぎず、がん種ごとに細かく見ていくとまた差があります。患者さんにもよりますし、調査時点ではなかった新薬も登場しています。また、今年8月から希少がんでは「オンライン治験」もスタートしました。

◆治験

「効果の期待できる治療法」の提案があり、治療を開始された方は、どんな選択をされたのかについて。

治療を開始した人のうち70%は健康保険の範囲で治療しており、 治験は17%患者申出療養は3.3%であった。また、中核拠点病院がなく拠点病院が1ヶ所以下の都道府県では19人と人数が少ないものの、全例が保険診療の範囲で治療を受けていた。効果の期待できる治療法の提案がなかった理由として、「国内で治療できる方法がなかった」を選択した人が58%であった。

『同上提言書』(13頁)より
※太字は加筆

この統計は参考になるのかなあと思われます。
がん遺伝子パネル検査後は治験というイメージもあるかもしれません。しかし、健康保険の範囲での治療が70%ということで、「がんゲノム医療●●病院」ではなくても治療を受けられます。ただ、その続きの書きぶりからすると、地域差ゆえにそうなっているようにも思えます。

◆地域差

調査によると、上記治療到達性だけではなく、実施件数にも「地域差」が見られるような指摘をしています。

・厚生労働省により収集された現況報告書(2022年版)をもとに各都道府県別のがん遺伝子パネル検査数を合算し、都道府県別がん死亡データ(参考資料2)に対する比率を算出したところ、都市圏(がんゲノム医療中核拠点病院、もしくは、複数のがんゲノム医療拠点病院を有する13都道府県)の3.8%±1.3%に対し、地域圏(がんゲノム医療連携病院のみ、もしくは、がんゲノム医療拠点病院が1施設以下)の34県では2.3%±1.4%と有意に低い結果であった
・患者アンケート調査において、がん遺伝子パネル検査に基づく治療を受けた患者の内訳(薬剤到達性)を上記の都市圏、地域圏で比較したところ、都市圏では保険診療外の治療を受けた比率が 36%であったのに対し、地域圏では0%(無回答1人を除く)であり、地域圏では19人全員が保険診療による治療を受けたと回答していた。

『同上提言書』(33頁)より
※太字は加筆

厚生労働省による現況報告書より、一施設あたりのがん遺伝子パネル検査数は中核拠点病院で多く、連携病院で少ないことが示されている(参考資料2)。また、患者アンケートにおいて、他施設からの紹介患者の検査率は27%の結果が出ており、がんゲノム医療実施施設以外のがん患者において、がん遺伝子パネル検査の受検率が低い可能性がある

『同上提言書』(40頁)より
※太字は加筆

◆コミュニケーション

最後に、主治医・担当医を中心とする医療者に求められるコミュニケーションなどについてです。

「ゲノム医療におけるコミュニケーションプロセスに関するガイドライン」(参考資料1)で「患 者および家族の十分な説明に基づく理解を深めるために、補助的説明を行うスタッフを配置し、支 援を受けられる体制を構築しておくことが望ましい」と記載されている。
・標準治療がない、標準治療が終了後、または標準治療が終了見込みであるがん患者が対象であることを踏まえ、がん遺伝子パネル検査について説明する時にはアドバンス・ケア・プラニングにも配慮する
・各種手順書やガイドラインを踏まえた説明をすることにより、患者および家族の安心感や信頼を 含めて満足度が上がり、またがん遺伝子パネル検査に対する理解が深まることにより治療到達率も上がる可能性がある。また、治療到達率は9.4%であるものの、治療提案は44%に行われており、 今後の研究や薬剤開発の可能性を伝えることも効果的な可能性がある

『同上提言書』(42-43頁)より
※太字は加筆


さいごに

「がん遺伝子パネル検査とは?」になると、どうしても「1割程」という統計だけが一人歩きしているように思えて仕方ありません。

正しい統計ではありますが、正確に理解していただきたいですし、医療者は正確に伝えられる努力をするべきだと考えます。前回まで投稿してきました費用負担の問題も同様です。

「56万円」「1割程」だけではなく、丁寧な説明とコミュニケーションが求められます。


<参考資料>

提言書内でも引用されています『がんゲノム医療中核拠点病院等の指定見直しについて』(厚生労働省健康局 がん・疾病対策課 令和4年7月4日)。

提言書作成にあたり実施したアンケートなどと、時期も母集団も異なりますが、さまざまな統計を掲載しています。全29頁とコンパクトです。

また、『がんゲノム医療中核拠点病院等の指定見直しについて』(厚生労働省健康局 がん・疾病対策課 令和5年3月15日)には、参考資料として以下の統計が掲載されています。より最新の情報に更新されています。

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