【第27回新人シナリオコンクール一次選考通過作品】百合崎高校馬券部始末記
主な登場人物
葛城涼歌(16~18)高校生
川上千伽子(17~19)右同
環華織(17~19)右同
神楽キャロル(17~19)右同
井園遥(17~19)右同
浅田鉾市(69)書店アルバイト
佐倉真理(29)高校教師
備後剛士(17~18)高校生
葛城勝(48)涼歌の父
美雪(47)涼歌の母
深沢正秀(55)校長
英雄(28)中学教師・正秀の息子
その他
○漫画家の仕事場〈手①〉
レディースコミックの濡れ場を描く女の手。
○小料理屋の厨房〈手②〉
料理の仕込みをする女の手。
○白菜畑〈手③〉
白菜の刈り入れ作業をする女の手。
○図書館のテーブル〈手④〉
子供たちの輝く目。司書が絵本の読み聞かせ
をしている。ページをめくる女の手。
○公民館の一室〈手⑤〉
将棋対局中の女子中学生が熟考の末に指した
一手。すぐさま銀を打つ女の手。
(F・O)
○オープニングタイトル
黒い画面に白い文字。
[現在、二十歳未満の方の勝馬投票券の購
入は、法律により禁じられております」
が消えてタイトル。
【百合崎高校馬券部始末記】
○百合崎高校・体育館ステージ上
〈平成三年度入学式〉のつり下げ看板を
背に、演台の前に立ちあいさつを続け
ている校長の深沢正秀(55)。パイプ椅
子から起立して聞いている新入生たち。
正秀「以上、いささか長くなりましたが、最
後に新入生諸君へ本校の校訓を紹介いたしま
す。〈純朴・情熱・遵守〉! この三訓が本
校の校訓、3Jです! わたくしが校長とし
て着任した際、本校に校訓はありませんでし
た。そこでわたくしが、本校にふさわしい校
訓を考案、決定したのです。純朴なよき心を
持ち、情熱を燃やして勉学、部活動に励み、
規律、規範を遵守する良き生徒たるべし!
その心がけ、3J精神を忘れずこれからの
高校生活を過ごしていくように!」
バタン、と貧血おこして倒れる本編主人
公、葛城涼歌(16)。
○百合崎高校・美術室
教室中央に机が置かれ、その上にリンゴ
バナナ、オレンジが乗っている。それを
取り囲むように座る体験入部中の新入生
たちがデッサン中。その中にいる涼歌。
涼歌モノローグ(以下M)「昨日はブドウ、パ
イナップル、メロンだった」
新入生たちの後ろを歩いている美術教師
の伊藤(40)。
伊藤「みんなぁ、よく見て描くんだぞぉ。美術
の基本は一に観察二に観察、三四がなくて五
に観察だ。いいかぁ、美術はな、写実に始ま
り写実に終わる。写実なくして美術なし!」
涼歌、首を横にやる。石膏像を囲んでデッ
サンを続けている上級生たち。
涼歌M「〈その前はなんだっけ。あ、そうだ。モ
モ、グレープフルーツ、マンゴーだったかな、
確か〉」
伊藤「よし、一年生、みんなで言ってみよう かぁ。
写実なくして美術なし! はい」
一年生たち「写実なくして美術なし」
伊藤「ようしいいぞぉ。忘れるなよォ」
涼歌は言わない。
涼歌M「〈わたしはなにも、果物屋の広告担当者
になりたいわけじゃない〉
立ち上がる涼歌。
涼歌「あの、すみません」
伊藤「ん、どうした」
涼歌「さっきから頭すごく痛いので、今日は早く
帰らせてもらっていいですか」
伊藤「おお、そうか。なら仕方ない。今日は帰っ
て休め。写実熱が出たかな、はは」
○同・廊下
歩いていく涼歌。
涼歌M<成長するっていうことは嘘を平気でつ
けるようになるってことなのかもしれない>
○同・一年六組(数日後、放課後)
帰ろうとしている涼歌を教卓にいる担
任教師の佐倉真理(29)が手招きして。
真理「おーい、葛城さん。ちょっと」
涼歌「はい?」
真理の前まで行く涼歌。
涼歌「何でしょうか」
真理「葛城さん、あなたどうするの部活」
涼歌「部活、ですか」
真理「もう六月よ。一年でどこにも入ってな
いの、あなただけよ」
涼歌「わたしだけ、ですか」
真理「そう。あなた美術部に体験入部してた
でしょ、何でそのまま入らなかったの」
涼歌「……帰宅部はだめなんですか」
真理「残念。うちの生徒は全員何かのクラ
ブか同好会に入らなきゃダメ。帰宅部っ
てのは存在しません」
涼歌「……」
真理「はい、部紹介のプリント、もう一回
渡しとく。ねえ、わたしが顧問の演劇部
はどう。役者足りてないのよ。やってみ
るとね、けっこう面白いよ」
涼歌「冗談……」
真理「とにかく一週間以内に決めて。じゃ
なきゃ強制的に演劇部~」
教室を出て行く真理。
涼歌「横暴……」
手渡されたプリントは各クラブ、同
好会の人数や活動内容、活動場所が
書かれたもの。各欄を目で追ってい
く涼歌。同好会、最後の欄〈YHC
C同好会〉で目が止まる。
涼歌「活動場所、D棟。活動内容、いろいろ
……アバウトすぎるだろ、これ。っていう
かD棟ってどこにあるんだ?」
じっとプリントを見つめている涼歌。
○同・渡り廊下(翌日・放課後)
歩いて行く涼歌。
○同・D棟一階廊下
古びた校舎D棟を一人歩く涼歌。人
の気配はない。各教室のドアを開け
てみるが、どこも鍵がかかっていて
開かない。
涼歌「ふざけんなよな……」
涼歌、廊下の端まで来る。それまで
と異なり格子の入ったガラス戸の入
口、その前で立つ。戸に手をかけ引
く。開く。
涼歌「うわ」
そのまま引き開ける。中に入る涼歌。
○同・旧宿直室
入った所は土三和になっている。上
り框にガスレンジのついた炊事場。
炊飯器も。
三和土に脱ぎ捨てられている上履き
ひとつ。涼歌、目を前にやれば畳敷
き八畳ほどの部屋。そこに女子学生
―神楽キャロル(17)が背を向けて
寝転がって文庫本を読んでいる。
彼女の美しい金髪に目を奪われる涼
歌。
キャロル「華織かぁ。早いじゃない」
無言で突っ立ったままの涼歌。キャ
ロル、文庫本を持ったまま体を横転
させる。彼女の青い目、白い肌。端
正な顔立ち。
涼歌M「〈え、わたし今、天使見てんの?〉
無言で見つめあう二人。
キャロルが読んでいるのは三島由紀夫
の『美徳のよろめき』。
キャロル「ガイジンが三島読んでたらやっぱ
り変?」
涼歌「あ、あの……」
キャロル「一年生?」
涼歌「あ、はい」
キャロル「ほら、ガイジンさんが怖くなかっ
たら突っ立ってないでこっち入んな」
涼歌「あ、あ、はい」
上履きを脱いで部屋に入る涼歌。
キャロル「座れば」
涼歌「あ、はい」
腰を下ろす涼歌。横転し背を向けるキャ
ロル。
キャロル「はうどぅゆーどぅー」
涼歌「あ、あ、はうどぅゆーどぅー」
キャロル「わっちゃねーむ」
涼歌「あ、まいねーむいずスズカカツラギ」
キャロル「――まいねーむいず神楽キャロル。
とーちゃんニッポン、かーちゃんアイルラ
ンド。葛城さん、最初に言っとくけど、英
語で話しかけられてもわたし困るから」
涼歌「あ、はい。あの――」
キャロル「ちょっと待って。今いいところな
んだ。諸々質問あると思うけど、そのうち
誰か来るからそこで待っててよ」
涼歌「あ、はい」
涼歌、寝転がって読書するキャロルの
背中をじっと見つめ。黙って三角座り
したままでいる涼歌。入口が開く音。
同時に炊飯器のアラームが鳴る。
遥「わ、タイミングばっちり。キャロちゃん
ありがとう」
キャロル「言われたとおりいつもよりしっか
りめに米といどいたから」
入ってくる井園遥(17)。涼歌に気づ
き。
遥「あれ、葛城さん――だよね」
涼歌「あ、はるちゃんさん」
キャロル「何、知り合い?」
遥「中学一緒。ね」
涼歌「はるちゃんさんこの同好会ですか?」
遥「うん」
涼歌「陸上部入らなかったんだ」
身を起こすキャロル。
キャロル「ちょっと、陸上部って何よ。遥
もしかして中学ん時陸上部とか?」
涼歌「え、そうです、けど」
遥「言ってなかったから――」
キャロル「へ~え。意外」
遥「――走るのは中学校で終わり。葛城さ
んこそ陸上部入らないの?」
涼歌「あ、わたしは親がしつこく言ったか
らイヤイヤ入部しただけだったから」
遥「そっか」
涼歌「でももったいないですね。はるちゃ
んさんあんなに足速かったのに。あ、こ
この校長って深っちのお父さんなんです
よね」
遥「――うん」
キャロル「深っちって?」
涼歌「あ、中学んときの陸上部の顧問です。
はるちゃんさんってね――」
遥「(遮るように)ではでは。本日のおふ
るまいにかかるといたしましょうか。葛
城さんも食べていってよね」
涼歌「おふるまい?」
遥「うん。わたしね、ここで料理作ってみ
んなに食べてもらってるんだ。だから葛
城さんも食べてってよ」
涼歌「料理――あの、わたしまだ入るかど
うかも……」
遥「いいっていいって。料理は大勢で食べ
たほうがおいしいんだから」
エプロン姿になり、小型冷蔵庫の前
に屈みこんでゴソゴソ始める遥。
涼歌M「<冷蔵庫まであるよ。何だここ>」
炊事場に立ち料理を始める遥。
× × ×
本を読みふけっているキャロル。鼻
歌交じりに料理を続けている遥。三
角座りしたままでいる涼歌。入口が
開く。入ってきた環(たまみ)華織
(17)と川上千伽子(17)。
華織「う~んいいにおい。遥ちゃん今日は
何を食べさせてくれるのかなあ」
遥「それは出来てのお楽しみで~す」
部屋に入ってきた二人、座っている
涼歌に気づいて。
華織「あれ、新入生?」
華織を見上げる涼歌。その美貌に驚
く。
涼歌M「〈うわ、天使その二ってか……〉」
涼歌「はい見学に。一年六組の葛城涼歌で
す」
華織「こんにちは。二年四組、環華織です」
千伽子「見学ったって見るもんなんてべつ
に何もないけど」
キャロル「今年はうちらみたいなの一人も
いないって思ってたんだけどね」
千伽子「一人いらっしゃったってわけか」
部屋に入った千伽子、置いてあった将
棋板の前に座り詰将棋の棋譜を並べ始
める。
華織「も~う、会の説明くらいはしてあげな
よ千伽子。一応会長なんだから」
千伽子「後で」
華織「ごめんね葛城さん。後で誰かするから」
涼歌「はぁ」
華織、鞄からウォークマンを取り出し
イヤホンを装着。壁に背中もたせかけ
足を投げ出し座る華織。目を閉じてい
る華織だが、ククククッと笑いだす。
驚く涼歌。
華織「あはっはっはっ!」
突然爆笑する華織。いっそう驚く涼歌。
だが他の誰も無反応。笑い続ける華織。
遥「落語聞いてるんだって」
涼歌「落語」
遥「うん。桂枝雀の大ファン」
涼歌、あらためて部屋の中を見回す。
三角座りをやめる涼歌。学生鞄の中か
らスケッチブックを取り出す。ペンを
走らせ始める。誰も何も言わない。
× × ×
部屋の中央に卓袱台が置かれその前に
座っている五人。それぞれの前のちら
し寿司、すまし汁、お茶。食べている五
人。
華織「う~ん、今日も最高遥ちゃん」
遥「あざ~っす。葛城さん、味どう?」
涼歌「ほんとにおいしい。でも知らなかった、
はるちゃんさんが料理上手だなんて」
千伽子「はい、遥の料理の腕前分かったところで
新人さん質問コーナー。どんどんどんぱふぱふ
ぱふ~。どうぞ葛城さん」
涼歌「え」
千伽子「訊きたいことあるんでしょ」
涼歌「あ、あ、え~と、はい。あの~いつもこん
な感じ何ですか」
顔を見合わせる四人。
キャロル「うん、いつもこんな感じだけど」
涼歌「え~っと、じゃあYHCCっていうのはど
ういう意味が」
千伽子「それは、百合崎……何だっけ」
華織「もう、会長のくせに。百合崎ハイスクール……
あれ、次何だっけ」
キャロル「――百合崎ハイスクールキャンプクラ
ブ、でしょうが。しっかりしてよ会長に副会長」
千伽子「ああ、そうだったそうだった。略してY
HCC」
涼歌「キャンプクラブ、ですか」
華織「うん」
涼歌「で、こういう感じなんですか」
華織「うん」
千伽子「まあ、ここで、こんな感じで日々キャ
ンプしてる、みたいな」
涼歌「はぁ」
遥「こじつけ~」
千伽子「るっさい」
キャロル「昔はけっこう会員いてほんとにキャ
ンプ活動とかしてたらしいけどね」
涼歌「そうなんだ」
千伽子「葛城さん、他にご質問は?」
涼歌「えっと、あの、この部屋は」
千伽子「旧職員宿直室。ちなみにこのD棟っ
ていうのが昔の本館」
涼歌「職員宿直室――ああ、だから炊事場と
かあったり」
遥「うん」
涼歌「顧問の先生は?」
千伽子「遠藤ロボ」
涼歌「え」
キャロル「知らないか。日本史の教師なんだ
けどね、自分のノート板書して小声でゴニョ
ゴニョ言ってるだけのやつ。わたしらが騒
いでようが寝てようが全然関係なし。早稲
田出てるらしいけどね」
●〈インサート・日本史教師遠藤(31)の授
業風景〉
華織「ロボットのように板書して説明して、
チャイムと同時に去っていくから遠藤ロ
ボ。帰宅もどの教師より早い」
千伽子「いいよねえ、あれで高い給料もら
えてるんだから」
キャロル「人間に興味がないよね、あいつ」
千伽子「だからうちらのことにも関心ない。
たぶんここで集まってることも知らない」
涼歌「はぁ」
遥「けどさ、遠藤ロボ結婚してるんだよね」
キャロル「うん。奥さんどんな人か知りたい、
マジで」
華織「ねえ、葛城さん」
涼歌「はい?」
華織「遥のご飯が出来上がる間、ずっと何か
絵書いてたよね」
涼歌「あ、はい」
遥「わたしも料理しながら気になってた。見
せて」
涼歌「いやぁ、人にお見せするほどのもので
は……」
華織「いいじゃない、ね、見せてよ」
涼歌「あ、はい、じゃあ……」
スケッチブックを華織に差し出す涼歌。
華織の周囲に集まる他の三人。スケッ
チブックを開く華織。そこに描かれて
いるのは寝そべって読書するキャロル。
キャロル「えっ。これって、わたし?」
涼歌「勝手にすみません」
華織「うまいなあ。似てる~」
千伽子「よく特徴捉えてるわ」
華織、スケッチブックをめくっていく。
そのたび胡坐かいたり、うつ伏せになっ
たり、肘立てしたり……様々な姿勢で
読書するキャロルのスケッチ。
キャロル「うそぉ! わたしこんな動いてる?」
遥「え、気づいてなかったの」
キャロル「……全然」
華織「嘘だぁ。信じらんない」
千伽子「動きまくりよあんた。本読んでる時」
キャロル「知らなかった……」
涼歌「神楽先輩、いちばん動きがあったから」
クックックと笑う千伽子。その笑い三
人に伝播していって。四人から見つめ
られる涼歌。
千伽子「他に質問は? 葛城さん」
涼歌「え~と、あの、じゃあ今日みたいな感
じでわたしもここにいればいいんですか」
目を見交す四人。
千伽子「まあ、そうだけど」
涼歌「じゃあ、そうします」
涼歌M「〈こうしてわたしはよく分からない先
輩たちがいるよくわからないYHCC同好会っ
てのに入った。一つ気づいたのは、はるちゃん
さんが、中学時代陸上部にいたのに触れられる
のが嫌そうだったこと。だからなるべく言わな
いでおこうって決めた〉」
○涼歌の描いた四人のスケッチ
本を読むキャロル、将棋盤を前に胡坐を
かき詰将棋を解いている千伽子、料理を
する遥、落語を聞いて笑う華織……涼歌
の描いた先輩四人の様々なスケッチが映
し出され、四人の声が重なる。
遥(声)「どうするお涼ちゃんのこと」
キャロル(声)「どうするって」
遥(声)「だからアレも。入れるのあの子」
千伽子(声)「入れない」
華織(声)「即答」
キャロル(声)「ま、それが無難だね」
遥(声)「最初に決めたもんね、この四人だけ
だって」
千伽子(声)「うん」
華織(声)「いい子そうだけど」
遥(声)「うん。いい子だよ」
キャロル(声)「それとこれとは話しが別じゃ
ない」
千伽子(声)「そう。アレはこの四人だけの話
し。今までもこれからも。いいよね」
キャロル(声)「うん」
遥(声)「分かった」
華織(声)「お涼ちゃんのためにもそれがいい
かな」
○同・部室
戸を引き開け部屋に入る涼歌。遥が焼き
ソバを焼いている。既に作られ山盛りに
なっている焼きソバ。
遥「おー、お涼ちゃん。いいところにきた」
涼歌「お、多くないっすか」
遥「注文が入っちゃったからね」
涼歌「注文?」
遥「ねえお涼ちゃん。焼きソバ、パンに挟ん
でいってよ」
涼歌「パンに、ですか」
遥「うん、そこのトング使って。パンに切れ
込みいれてあるから」
涼歌「あ、はい」
焼きソバパン作りを手伝い始める涼歌。
○同・渡り廊下
涼歌と遥並んで立っている。その前に
いるサッカー部員備後剛士(17)。
遥「はい。本日のご注文十八個」
ラップにくるんだ焼きソバパンが入っ
た紙袋を剛士に渡す遥。
剛士「ありがとう。もう誰も井園の作った焼
きソバパンじゃないと納得しなくてさ」
遥「そりゃどうも――備後くん、誰が作って
るかとか、どこで買ってるかとか、言って
ないでしょうね」
剛士「言ってないよ。訊くやついるけど、答
えたらもう食えなくなるって言うとそれ以
上は訊いてこない」
遥「うん。お金もらってるとかってバレたら
やっぱりややこしいことになるかもしんな
いからさ」
剛士「分かってるって。じゃあ、ありがとう」
走り去っていく剛士。
涼歌「あの」
遥「ん」
涼歌「お金、もらってるんですか」
遥「そりゃそうよ。労力も原価もかかってる
んだから。ま、原価つっても半額見切りの
魚肉ソーセージだけだけどね」
涼歌「野菜は?」
遥「ああ。この近くに農家があってね。そこ
で華織がたまにバイトっていうかお手伝い
してんの。その農家さんが分けてくれるん
だ。それ、適当に入れてんの」
涼歌「華織さんが、農家の手伝い……」
遥「イメージにないよね。一回さ、わたしも
手伝いに行ったんだ。すごい楽しそうに仕
事してたあの子」
涼歌「へえ」
遥「まあでもあいつらに食べさせてるのは本
来ウサギの餌になるようなところばっかり
なんだけどね、ははは」
涼歌「ウサギの餌……」
遥「ちゃんと茹でたら十分食べられます。脳
ミソ筋肉胃袋バカの弱小サッカー部員には
それで十分。サッカー部だけじゃないよ。
バスケ部、バレー部、卓球部からも注文く
る。七十個くらい作ったことあるよ。それ
取りついでくれてんのが今の備後くん。ま
あ、パシリだね。ははっ」
涼歌「……なんか遥さん、凄いっす」
遥「そうお」
涼歌「すごい生き生きしてる」
華織とキャロルが二人の方に歩いてく
る。
遥「お、美女コンビの登場だ」
涼歌「キャロさん、ホント綺麗なブロンドで
すよね」
遥「だよね。けどこの前の中間テスト英語三
十点。そんで古文、現代文は常に学年一位」
涼歌「ほええ」
遥「中学生の家庭教師もやってんだよ」
涼歌「マジっすか」
遥「うん。なんかお金持ちのお嬢さん教えて
るんだって」
二人の前にやってくる華織とキャロル。
華織「焼きソバ?」
遥「うん」
涼歌「キャロさんすごいっすね」
キャロル「なにが?」
涼歌「家庭教師なんて」
キャロル「ああ――日本語が通じなくてたい
へんだよ」
涼歌「華織さんはなんで農家なんですか」
華織「え?――ああ、遥から聞いたのね。な
んでって言われてもなあ。子供の頃から土
いじり大好きだったし。それでかな」
涼歌「はるちゃんさんは焼きそばパン作って
売ってるし――なんかみんなすごいよなあ」
三人眩しげに見る涼歌。
○同・部室
戸を引き開け中に入る四人。千伽子が
将棋盤を前に胡坐をかき詰将棋を解き
ながら焼きソバパンを食べている。
千伽子「あらまあみなさんお揃いで」
遥「お行儀悪い。どっちかにしなさいよ」
千伽子「(訊く耳持たず)悪い遥、水くんで」
遥「もう」
涼歌「あんまりすごくない人もいた」
千伽子「あ? お涼なんか言った?」
涼歌「いえ、なにも……」
千伽子にコップの水を渡すと遥、冷蔵
庫の前に座り込みゴソゴソ。
遥「さ~て、明日の仕込みを冷蔵庫ちゃんと
ご相談っと」
寝転がって文庫本を開くキャロル。ウォー
クマンをつけ壁に寄り掛かって座る華織。
涼歌も畳の上に座りスケッチブックを開
く。ムシャムシャやりながら将棋盤に向
かっている千伽子を見て。
涼歌「川上先輩」
千伽子「んぁ?」
涼歌「将棋部には入らなかったんですね。やっ
ぱり男の人ばっかりだったから?」
千伽子「あんたといっしょだよ」
涼歌「え?」
千伽子「体験入部はしたけどね、どいつもこい
つも弱すぎて話しにならなかった」
涼歌「へ~え、強いんだ先輩」
千伽子「あいつらよりはね。ま、上には上がい
るんだけどさ」
涼歌「上には上……」
千伽子のスケッチを始める涼歌。
○涼歌の家・キッチン(夜)
テーブルに座り夕飯をとっている葛城一
家。涼歌の前に父、勝(48)母、美雪(47)
美雪「涼歌」
涼歌「なに」
美雪「もう一回美術部に入り直すことはできな
いの」
涼歌「……」
勝「なんだ、おまえ美術部入ったんじゃなかっ
たのか」
美雪「それがこの子ねえ」
勝「ん?」
美雪「何かわけのわからないキャンプの同好
会に入ったりしてんの」
勝「キャンプの同好会ぃ? どんなことして
んだ。テントの張り方覚えたり、はんごう
でご飯たいたりとかしてんのか?」
涼歌「そんなのは特に……」
美雪「昔の先生の宿直室に集まっておしゃべ
りしてるだけなんだって。陸上やらないの
は仕方ないにしても、もっとちゃんとした
クラブに入ってほしかったんだけどなあ、
お母さんは」
涼歌「……」
美雪「不良とかじゃないんでしょうね、その
先輩たち。煙草吸ったりしてないわよね」
涼歌「してないよ! それに不良なんかじゃ、
ないよ! 全然違うよ……」
美雪「ならいいんだけど――ねえ涼歌、同じ
絵を描くんだったら、やっぱり美術部入り
なさいよ」
涼歌「――やだ」
美雪「なんでよ。時間むだに使ってるだけじゃ
ないの。だったら早く帰ってきて勉強した
方がよっぽどマシよ。ねえ、お父さんから
もちょっと言ってやってよ」
勝「うん――」
美雪「うんじゃなくて」
勝「涼歌、おまえそこにいて楽しいか?」
頷く涼歌。
勝「その先輩たちといて楽しいか?」
また頷く涼歌。
勝「よし。なら問題ないだろ。涼歌が楽しいっ
て言ってるんだから認めてやれ」
美雪「けどねぇ」
勝「涼歌ももう半分以上大人だ。こいつが楽
しいって言ってんだからかまわんだろ」
美雪「甘いんだから……」
勝「帰ってきたらお母さんの手伝いもちゃん
としろよ」
嬉しそうに頷く涼歌。
○部室(放課後)
涼歌M「<先輩たちのヒミツがバレたのは夏
休みが明けてしばらくしてからだった>」
部室の三和土に茫然と立っている涼歌。
部屋の中、胡坐をかいて将棋盤を前に詰
将棋をしている浅田鉾市(66)。鉾市、
涼歌の視線に気づき、彼女を見る。
鉾市「あれ、見ない顔だ」
涼歌「あ、あの……」
鉾市「千伽子ちゃんのお友達?」
涼歌「あ、え~と、はい」
鉾市「他の三人とも?」
涼歌「あ、はい。お友達っていうか、わたし、
後輩、です、けど……」
鉾市「ここでみんなと仲良くしてるんだね」
涼歌「そう、です、けど」
微笑んで手招きする鉾市。靴を脱ぎ部屋
に入る涼歌。
○渡り廊下
必死に走っている四人。
キャロル「何で忘れてんのよっ!」
千伽子「忘れてたもんはしょうがないでしょう
がっ!」
遥「鉾ジィが来るって言ったのほんとに今日?
間違いない?」
千伽子「今日だよ!」
華織「今日は誰も部屋に行かないって言わなかっ
たの? 今まで鉾ジィ来るときお涼にそう言っ
てたでしょ!」
千伽子「残念ながら今回は言ってない!」
キャロル「馬鹿ぁ!」
千伽子「んなこたぁよく分かってるよっ!」
遥「鉾ジィ、まだ来てないでぇ! お涼ちゃんに
言わないでぇ~!」
走っていく四人。
○部室
戸を引き開ける千伽子。三和土に立ち荒い
息を吐く四人。部屋の中、将棋盤を前にう
なだれている鉾市。涼歌が三角座りして四
人の方を向いている。
千伽子「お涼……」
涼歌「この人は浅田鉾市さん。川上先輩が子供の
時から通ってる地元の将棋クラブの会員さんで
本屋の店員さん。退職したけど配達員として雇
われてる」
四人「……」
涼歌「このへんの学校の図書室が購入した本、月
に一回くらい車で配達してるんですよね。最後
に届けるのが百合高。店には戻らずそのまま帰
宅。でもその前に川上先輩とここでゆっくり将
棋をする――」
鉾市「うん。千伽子ちゃんいちばん強いから、ク
ラブじゃぼくなんかに対局の順番がなかなか回っ
てこなくてさ……」
千伽子「お涼……」
涼歌「そんでぇ、この浅田さんは先輩たちの馬券
を買ってる人。川上先輩が電話で連絡するんで
すよね、浅田さんに。みんなの買いたい馬の番
号とか金額とか。ね、そうですよね浅田さん」
鉾市「――うん」
涼歌「いけないんだぁ。高校生が馬券なんか
買っちゃ」
四人「……」
涼歌「いけないんだぁ。いけないんだぁ。いけな
いんだぁ……あれ、あれ」
ぽろぽろと涙をこぼす涼歌。
涼歌「あれ、あれ。何だこれ」
涼歌の涙止まらない。涼歌を黙って見てい
る四人。
涼歌「うわ。何で泣いてんだ、わたし」
鉾市「……ごめん全部喋っちゃった。だってぼく、
この子もみんなのお友達だと思ってたから」
千伽子「鉾ジィ、馬鹿ぁ!」
とたんに号泣しはじめる涼歌。子供のよう
に泣き続ける涼歌。立ちつくしたままの四
人。うなだれる鉾市。
× × ×
畳の間に座っている五人と鉾市。ぐすぐす
と泣き続けている涼歌の頭を遥が撫でてい
る。
遥「お涼ちゃん、もう泣かないでよ」
華織「まきこみたくなかったの。やっぱりほら、
よくないことだし。やっちゃいけないことだし
さ」
キャロル「うん。誰もお涼を仲間はずれにしよう
なんて思っちゃいないから」
涼歌「仲間はずれにしてるじゃないですか」
遥「お涼ちゃん……」
涼歌「三ケ月もここにいるのに、教えてくれない
なんて仲間はずれじゃないですか」
返答できない四人。
涼歌「だいたいみんな、何で馬券なんか買ってる
んですか」
千伽子「――楽しいからだよ」
涼歌「え」
千伽子「面白いからだよ。最高に興奮するからだ
よ。金賭けて競馬中継見ると。なぁ、みんな」
三人、答えない。
千伽子「ちなみに賭け金はみんな自分の力でまか
なってる。華織とキャロルはバイト代。遥は焼
きソバパン。わたしは鉾ジィはじめクラブのジィ
様たちからの対局稽古料」
涼歌「……」
千伽子「日曜メインレース限定、購入限度額は千円。
かわいいもんだ。そのルールでみんなで競い合っ
てる――ああ、あんたを仲間はずれにしたよ。バ
レたらあんた先生にチクらないとも限らないから
ねぇ」
華織「千伽子、ちょっと……」
千伽子「チクらない?、チクります、チクる、チク
れば、チクろう。ははっ。チクり五段活用。チクっ
たらいいじゃんお涼」
キャロル「千伽子ひどいっ!」
遥「お涼ちゃんそんなこと言ってない!」
また泣く涼歌。
千伽子「やかましい! いつまでもビービービー
ビー泣いてんじゃないよっ!」
涼歌「……チクりませんよ、わたし」
遥「お涼ちゃん」
涼歌「何か、馬鹿にしないでくださいよ。先
生にチクったりなんかしませんよ――ほん
と、馬鹿にしないでくださいよ」
立ち上がる涼歌。
涼歌「もう、帰ります」
言葉なく涼歌を見送る四人と鉾市。
涼歌「失礼します」
部室を出る涼歌。
遥「もう来ないかなお涼ちゃん」
キャロル「たぶんね」
華織「でも、ちょっとひどかったよ千伽子」
千伽子「分かって言ったんだよ。この方が後
腐れない」
遥「……かもね」
鉾市「ごめんね、みんな」
千伽子「もういいよ。いずれ分かることだった
んだしさ」
華織「うん、だよね」
黙り込む五人。
〇渡り廊下
泣きながら涼歌が帰っていく。
○涼歌の家・彼女の部屋(十日ほど後/日曜の昼)
部屋着でベッドの上、横になっている涼
歌。覇気のない顔。立ち上がり机の上に
置いたスケッチブックを手に取る。ベッ
ドに戻りうつ伏せになりスケッチブック
をめくっていく。彼女が描いた四人の絵
が次々と現れて。
美雪(声)「涼歌~、ご飯できたわよ~」
スケッチブックを閉じ立ち上がる涼歌。
○同・キッチン
母と差し向かいに座ってカレーを食べ
ている涼歌。
涼歌「お父さんまたパチンコ?」
うなずく美雪。
美雪「弱いくせしてやめられない。まあお小
遣いの範囲で遊んでるからいいんだけど。
ねえ涼歌」
涼歌「ん」
美雪「最近帰ってくるの早いけど、やめたの、
キャンプのクラブは」
涼歌「やめたってわけじゃないんだけど……」
美雪「そう――中学の時、無理やり陸上部入ら
せて悪かったね。足も速くないのに」
涼歌「何、急に」
美雪「あんた小さい時体弱かったからさ。運動
部の方がいいだろうと思ってさ」
涼歌「うん。分かってるよ」
美雪「お父さんの言ったとおりなんだろね。お
しゃべりばっかりのキャンプのクラブにいた
いんだったら、そこにいるのが涼歌にとって
いちばんいいんだろうね――いいとこだけ持っ
ていくんだから、ほんとに」
涼歌「……」
美雪「早く帰ってくるようになってから元気な
いように見えるのは母の気のせいでしょうか
ねぇ?」
涼歌「お母さん……」
美雪「いい天気だ、散歩にでも行って光合成し
てきな」
涼歌「……うん」
食事を続ける二人。
○路上~公園入口
スケッチブックを持って歩いている涼歌。
公園の前まで来る。フリーマーケットの
立て看板が出ている。
涼歌「こんなのやってるんだ……」
公園に入る涼歌。
○公園内
地べたのシートに置かれた様々な商品。
出店者と客でなかなか賑わっている公
園の中をきょろきょろしながら歩いて
いく涼歌。
《パフォーマンスエリア(お代は見て
のお帰り)》の立て看板が立っている。
人形劇、マジック、ピエロ、紙芝居、
腹話術、パントマイム、弾き語りなど
いろんな催し物を見ながら歩き続ける
涼歌。女三人組が学園コントをしてい
る。爆笑している観客たち。その前で
立ち止まる涼歌。三人のうちのおさげ
髪、セーラー服の大ボケ役にくぎ付け
になる。担任の真理である。真理、涼
歌に気づく。動きが止まる真理。見つ
めあう二人。「セリフ忘れてんじゃねぇ!」
とツッコミ役に頭を思い切り叩かれる
真理。爆笑が起きる。
○同公園(日替わり)
フリーマーケット開催中。スケッチブッ
クを膝にして腰掛けに座っている涼歌。
<あなたの似顔絵・スケッチ描きます
(無料)〉とダンボールで作った小さな
看板が置いてある。やってくる真理。
真理「どう、お客さんあった」
涼歌「いえ、まだ」
真理「そっか。まあ気長に待ってみてよ。言
った通り、イベントものは無料が基本だけ
ど、お客さんがくれるっていう分にはもら
っといていいから。バイト賛成派だからね、
わたしは」
涼歌「はい。あの先生」
真理「何」
涼歌「家まで来てもらって、ありがとうござ
いました。」
真理「いいっていいって。校外活動なんだか
らさ、親御さんに挨拶しとくのは担任とし
て当然」
涼歌「でも、びっくりしました。先生がここ
であんなことやってるなんて」
真理「ははっ。大学卒業して終わっちゃうの
イヤだったからさ。ちなみにいただいたお
代は全部二人に渡してる。そのお金で打ち
上げの飲み代奢ってもらってんの」
涼歌「へ~え」
真理「ねえ葛城さん。今度わたしらが演って
るところも描いてよ」
涼歌「はい、ぜひ。あの~先生」
真理「何」
涼歌「校長先生って好きですか?」
真理「――今、あいつモデルにしたコントの
台本書いてるとこ」
涼歌「ふふっ」
真理「ははっ。ほんじゃま、がんばって」
去っていく真理を見送る涼歌。
× × ×
こっくりこっくり舟をこぎはじめた涼
歌。
女の子「あの~」
涼歌「あ、は、はひっ」
涼歌見ると目の前に五歳くらいの女の
子が母親と手を繋いで立っている。
女の子「絵を、描いてくれますか?」
涼歌「え、絵を、あ、はい、描きます。描か
せてもらいます、もちろん、はい」
女の子「お母さんといっしょに描いてくれま
すか」
涼歌、女の子をじっと見つめて。
涼歌「はい、もっちろんです」
女の子、母親を見て笑う。涼歌も笑う。
○涼歌の描いた女の子と母親の絵
○部室(放課後)
寝ころんで競馬新聞を読んでいる千伽
子。同じく寝ころんで文庫本を読んで
いるキャロル。壁に寄り掛かって座り
ウォークマンで落語を聞いている華織。
チャーハンを作っている遥。
キャロル「(本を置き)内容があんまり頭に
入ってこない」
華織「(イヤホン抜き)枝雀師匠の落語聞い
てもそんなに笑えないんだよね」
遥「(フライパンふるいながら)わたしの料
理もおいしくない?」
キャロル「それは、おいしい」
華織「うん。おいしい。けど」
遥「けど?」
華織「最近ちょっと味つけ濃くなった気がす
る」
キャロル「うん。わたしもそう思ってた」
遥「やっぱり。自分でもそう思う」
千伽子を見つめる三人。
千伽子「わーったよ。るっさいなあ。謝りに
行きゃいいんでしょ」
華織「ってこないだから言ってるけど、いつ
行くのよ」
千伽子「……チャーハン食べたら」
キャロル「もう家に帰ってるよ。馬鹿」
ガラララ……戸の開く音。四人が一斉
に顔を向ける。三和土に涼歌が立って
いる。
千伽子「お涼……」
財布から千円札一枚を取り出し突きだす。
涼歌「フリーマーケットに参加して、そこで絵
を描かせてもらった人たちからいただいたう
ちの千円です。テメェの力で稼いだお金です。
これで文句ありませんよね」
四人を見渡す涼歌。
○鉾市の住む文化住宅・外景(数日後/日曜)
オンボロの文化住宅。
○同・鉾市の部屋
競馬中継が映されているテレビの前に
陣取っている五人。鉾市が茶菓を乗せ
た盆を持ってやってきて座る。
遥「あ、すみませ~ん」
鉾市「いいねぇ、むさくるしいジジィの部屋
に若い女の子たくさんいるっていうのは。
いつもうちきて見ておくれな」
千伽子「今日はお涼初参加ってことで集まっ
ただけだから。このロリコンスケベ」
鉾市「正しい年の取り方です」
涼歌「川上先輩」
千伽子「なに」
涼歌「馬券っていうのは?」
千伽子、鉾市をコナして。
鉾市「はいよ」
鉾市、財布の中から五人が頼んだ馬券
を取り出し渡していく。涼歌、馬券を
手にしてじっと見つめる。
千伽子「お涼さぁ」
涼歌「はい」
千伽子「なんで⑤-⑥買ったの」
涼歌「あ、五月六日が誕生日なんで」
千伽子「……誕生日馬券といっしょかよ」
涼歌に自分の馬券を見せる千伽子。同
じ⑤-⑥である。
遥「くるんだよね~そういうのが。わたしは
ね、アラシの単勝五百円と複勝五百円。ア
ラシ。いいよね~、名前がいいよ」
キャロル「花にアラシの例えもあるさ、サヨ
ナラだけがアンタの馬券の運命だよ。河内
がくるのよ今日も。一番人気だよ」
華織「出た、キャロの河内。オッサンマニア」
キャロル「るっさい。あんた何買ったのよ」
華織「へへぇ。ジュンペーの単勝」
キャロル「またか」
涼歌「ジュンペー? そんな馬出てました?」
華織「騎手よ。岡潤一郎。かわいいんだぁ」
千伽子「ま、みんなこの程度だ。お涼の誕生日
馬券と大差ないってわけ。ちゃんと考えて買っ
てるわたし以外はね」
遥「あら、それにしてはぁ、現在最下位突っ走っ
てますけどぉ」
千伽子「うるさいよ。今から全員ぶっこ抜いて
やるから見てな」
テレビを見つめる六人。
× × ×
逃げ切り勝ちを決めるキョウエイボーガ
ン。二着はアラシ。抱き合う涼歌と千伽
子。
○公園
フリーマーケット開催中。いつもの場所
に座っている涼歌。真理がやってくる。
涼歌「あ、先生」
真理「評判いいよ、葛城さんの絵」
涼歌「ありがとうございます。続けて来てく
れる人とかもけっこういたりして」
真理「貰ったお金お母さんに全部渡してるの?」
涼歌「はい。貯金しとくって」
真理「う~ん、いい子だ。わたしのクラスに置
いとくにはもったいない」
涼歌の頭を撫でて去っていく真理。
地面に置いたラジオのスイッチを入れる
涼歌。競馬中継が流れ始める。
涼歌M〈ごめんなさい先生。わたし千円分だけ
嘘ついてます〉
○部室(放課後・京都新聞杯翌日)
部屋に入って行く涼歌。千伽子がいる。
難しそうな顔で腕組みをして卓袱台の
上に広げたスポーツ新聞の競馬面を見
ている千伽子。その隣に座る涼歌。
涼歌「だめでしたね、ボーガン」
千伽子「うん」
涼歌「思い切って千円全部単勝買ったのに」
千伽子「わたしもだよ」
涼歌「キョウエイボーガン、どうしてこの前
のレースみたいに逃げなかったんですか」
千伽子「鞍上のミッキーが遠慮したんだよ、
先に逃げたらミホノブルボンのリズム崩す
と思って」
涼歌「遠慮?」
千伽子「相手は三冠懸かってる馬だからね」
涼歌「三冠?」
千伽子「四歳馬しか走れない皐月賞、ダービー、
菊花賞のこと。ブルボンはもう皐月賞とダー
ビー勝ってる。あと菊花賞取れば八年ぶり
の三冠馬の誕生ってわけ」
涼歌「だからって、遠慮なんかしなくていい
んじゃないですか」
千伽子「だよね。わたしもそう思う。ボーガ
ンの持ち味は玉砕的な逃げなんだから、そ
れ出さなくて勝てるわけない」
涼歌「逃げればいいんですよ、菊花賞も。こ
の前のホラ、神戸新聞杯みたいに」
千伽子「お涼、あんたは正しい」
笑う二人。
○菊花賞ゴールシーン
映像に涼歌のモノローグがかぶさる。
涼歌M「<菊花賞、キョウエイボーガンは十六
着。勝ったのはライスシャワー。キョウエイ
ボーガンが逃げてペースを乱されたってこと
でミホノブルボンは二着。三冠馬になれなかっ
た>」
○部室(放課後)
部屋に居るのは涼歌と遥。涼歌絵を描い
ている。遥は座っておかきを食べている。
涼歌「できた」
遥「どれ」
画用紙には怒りの表情の千伽子がバーン
と。疾走するキョウエイボーガンの絵も。
遥「おぉ、いいねぇ。千伽ちゃん怒ってる」
涼歌「わたしの怒りもこめました」
遥「『勝ち目のない馬が逃げたから』だっけ」
涼歌「『くだらない馬が』だったかも。川上先
輩この話しするたび興奮して変わるから」
遥「でも、レース終わった後にそんなこと言っ
たんだよね、だから三冠見逃したって」
涼歌「はい」
遥「どんなエライ解説者か知らないけど、言っ
ていいことと悪いことがあるよね」
涼歌「はい。ボーガンは自分の走りをしただけ
なのに」
絵をじっと見つめている二人。
遥「ねえお涼ちゃん」
涼歌「はい」
遥「ちょっと手ぇ加えていいこの絵に」
涼歌「手? 別に、いいですけど……」
遥「黒ペン使っていい」
涼歌「あ、はい、どうぞ」
遥、涼歌の絵に向かう。
涼歌「わぁ、はるちゃんさん、上手いじゃない
ですか!」
遥「へっへ~、絵は下手だけどこういうのだけ
は何故か得意なんだよね~」
完成。絵を涼歌に見せる遥。拍手をする
涼歌。涼歌の絵に加えられた遥のポップ書体
文字の『千伽子怒る! <くだらない馬>って
何だよ!』。
遥「ねぇお涼ちゃん」
涼歌「はい」
遥「こういうの、これからも描きなよ」
涼歌「はい。じゃあ、はるちゃんさん」
遥「うん」
涼歌「わたしの絵にそういうの書いてくださ
いね。色ペンも使ってください」
遥「うん」
笑い合う二人。
○部室の壁
涼歌の描いた秋のGⅠシリーズ優勝馬
と五人をモデルにした絵が次々と貼ら
れていく。
☆エリザベス女王杯<タケノベルベット>
・ピースサインの華織の絵/華織お見
事、十七番人気を的中!(百円だけどね)
☆マイルチャンピオンシップ<ダイタクヘリオス>
・シリアスな千伽子の顔/会長決める
時は決めるぜ!
☆ジャパンカップ<トウカイテイオー>
・飛び跳ねている遥/東海の帝王様だ!
世界でも何でもかかってこい!
☆阪神三歳牝馬ステークス<スエヒロジョウオー>
・うなだれている五人/ガックンチョ
☆朝日杯三歳ステークス<エルウェーウィン>
・うなだれている五人/ガックンチョpart2
☆スプリンターズステークス<ニシノフラワー>
・吠えているキャロル/来た来た来た来
た河内が来たァ~!
(それぞれの絵には次レースの予想や、
その予想を詰るコメントなどが書かれ、
涼歌の絵は賑やかに彩られている)
○鉾市の部屋(有馬記念当日)
競馬中継が映されているテレビの前に陣
取っている五人。鉾市が茶菓を乗せた盆
を持ってやってきて座る。
遥「あ、すみませ~ん」
鉾市「いいねぇ、むさくるしいジジィの部屋
に若い女の子たくさんいるっていうのは。
いつもうちきて見ておくれな」
千伽子「今日は一年締めの有馬記念ってこと
で集まっただけだから……このロリコンス
ケベ」
鉾市「正しい年の取り方です」
華織「前とおんなじ事言ってる」
涼歌「何かホントのおじいちゃんと孫みたい
ですよね、鉾市さんと川上先輩」
キャロル「うん。優しいおじいちゃんとわが
ままな孫みたいな」
鉾市「そうかい。そりゃ嬉しいなあ」
千伽子「いらないよ、こんな将棋の弱いスケ
ベ爺さん」
キャロル「照れちゃってまぁ」
千伽子「――鉾ジィ」
鉾市「ん?」
千伽子「うちらが勝ったお金、ちゃんと預かっ
てくれてるんだろうね」
一旦部屋を出る鉾市。郵便局の通帳を
持って戻ってくる。
鉾市「ここに全部まとめて預けてあるよ。誰
がいくら勝ったかはちゃんとノートに書い
てる。見せてあげようか」
千伽子「――いや、いい」
鉾市「みんなが卒業するとき渡してあげる」
千伽子「うん」
キャロル「いやぁ、心温まるいい光景だ」
千伽子「るっさいキャロさっきから」
テレビ画面の中、③メジロパーマーの
本馬場入場が映し出される。
涼歌「川上先輩この馬の単勝に全部ですよね」
千伽子「ああ。あんた何買ったんだっけ」
涼歌「わたしはライスシャワー軸でナイスネ
イチャ、ムービースター、ダイタクヘリオ
スに流しました」
千伽子「擦れた買い方覚えちゃってよ」
キャロル「でもさすがに厳しいでしょ、今回
パーマーは」
遥「十五番人気だよぉ」
華織「この前の天皇賞なんてお尻から二番目
だったもんね」
千伽子「関係ないよ。宝塚記念も人気薄で勝っ
てるんだ。今回もひと泡吹かせてやる」
涼歌「にしても逃げ馬好きですよね、川上先
輩って」
千伽子「ああ」
涼歌「何か理由でもあるんですか」
千伽子「親が逃げてっからかな」
涼歌「え」
千伽子「ワタクシ四つの時に二親遁走、以降
消息いまだに不明。施設に預けられた千伽
子は今もそこから高校に通っておるのであ
ります。聞くも涙、語るも涙の物語、あ~
コリャコリャと――何てな。単純に逃げ馬
買ってると見てて面白いからさ。負けても
納得できるし」
涼歌「……」
キャロル「今まで何で教えてくれなかったん
だとか言わないのよ、お涼」
涼歌「……はい」
千伽子「お涼ぅ」
涼歌「はい」
千伽子「はるちゃんさん、キャロさん、華織
さん。なんでわたしだけ川上先輩なのよ」
涼歌「いや、それは何となく」
千伽子「今日からわたしも名前で呼べ」
涼歌「名前で、ですか」
千伽子「いやなの」
涼歌「いや、別に……じゃあ――お千伽さん」
爆笑する遥、キャロル、華織。
千伽子「……なんで『お』をつける」
涼歌「だってみんなわたしのこと『お涼』っ
て。だいたいそう呼び始めたの川上――お
千伽さんですよ」
千伽子「……」
キャロル「いいじゃん、お千伽。これからわ
たしらもそう呼ばせてもらうわ」
華織「お千伽にお涼、時代劇だね」
遥「忍者だ、女忍者二人組だ」
千伽子「女忍者って何よっ」
遥「いや、だから、二人とも優雅なお姫様や
かわいい町娘とかじゃないでしょうよ、雰
囲気的に」
キャロル「あのさ、女忍者ってね、くのいちっ
て言うんだよ」
華織「よっ、くのいち姉妹! 手裏剣投げん
なよ!」
笑いの止まらない三人。納得いってな
い顔の千伽子。どこか嬉しそうな涼歌。彼
女たちを微笑んで見る鉾市。
× × ×
逃げ切り勝ちを決めるメジロパーマー。
両手を握りしめ立ち上がる千伽子。歓
喜と興奮のその顔が涼歌の描いた絵に
O・L。
○部室の壁
☆有馬記念〈メジロパーマー〉
・千伽子の顔/恐れ入ったかぁ! お千
伽大勝利、大歓喜!
〈おめでとうお千伽 あんたはエライ!
さすが会長! パーマーよくやった!
くのいち姉妹、妹は惨敗!〉などの文字
が躍っている。
○部室(二月・放課後)
壁に貼られている涼歌の描いた岡潤一郎
の絵。遥の「さよならジュンペー 君を
忘れない」の文字と共に。その絵をじっ
と見つめている五人。
遥「お涼ちゃんの絵に文字書いてるとき、ジュ
ンペーほんとに死んじゃったんだって、実感
湧いてきてさ。泣けてしかたなかった。変だ
よね、華織ほどジュンペーの馬券買ってたわ
けじゃないのに」
涼歌「落馬で亡くなるなんてあるんですね」
キャロル「確か去年もあったよね」
涼歌「え、そうなんですか」
キャロル「うん。あれはお涼が馬券買うように
なる少し前だったんじゃないかな」
千伽子「玉ノ井健志。ジュンペーほど有名な騎
手じゃなかったけど」
涼歌「騎手って、命がけなんだ……」
キャロル「もう出馬表の騎手欄に岡潤一郎って
名前載らないんだね」
華織「うん」
キャロル「もうジュンペーが乗る馬の馬券買え
ないんだよね」
華織「うん」
遥「いくつだったっけジュンペー」
華織「二十四って書いてあった」
遥「二十四か。そんなに遠い先じゃないよね、
わたしたちも」
じっと絵を見つめる五人。
○公園(三月・日曜)
いつもの場所に座っている涼歌。そこ
へやってくるキャロルと華織。
華織「よっ、お涼」
涼歌「えっ、どうしたんですか二人とも」
キャロル「お涼の稼いでるとこ見にきた。一
回来たかったんだよ」
二人を交互にしげしげとみる涼歌。
キャロル「何よぉ」
涼歌「いや、二人とも制服のときとはまた違
った印象だなと」
キャロル「楽しそうだねみんな」
涼歌「はい――あの、二人にお願いがあるん
ですけど」
華織「なに?」
涼歌「モデルになってほしいんですけど」
× × ×
腰を降ろし顔を寄せ合っているキャロル
と華織。華織、微笑んでいる。キャロル、
どこか表情が硬い。二人のスケッチして
いる涼歌。
× × ×
涼歌「できた」
絵を二人に見せる涼歌。
華織「お~、いいねえ。どうキャロ」
キャロル「うん。いいよ。すごくいい」
涼歌「ありがとうございます」
華織「でも、何か今までのお涼の絵よりさ」
涼歌「今までの絵より?」
華織「何かエロい。思わないキャロ?」
キャロル「――うん、エロい」
涼歌「エロいっすか」
華織「気に障った?」
涼歌「いや、逆に嬉しいっていうか。わたし
の絵の原点は、おじいちゃんのエロ絵です
から」
キャロル「何それ?」
涼歌「小五の時です。ひとりで留守番してる
とき親の部屋に入ったこととかありません
でした?」
キャロル「ああ、やるよね、そういうこと」
華織「うん。わたしもしたことある」
涼歌「そのときね、押入れの奥から見つけちゃっ
たんですよ。木の箱に入ったおじいちゃん
の描いた時代物のエロ絵たっくさん」
華織「絵描きさんだったの? お涼ちゃんの
おじいさん」
涼歌「いいえぇ。ただ趣味でやってただけみ
たいなんですけどね。フツーのやつは親に
見せてもらったことあったんですけど」
キャロル「浮世絵みたいな感じのやつ?」
涼歌「あ、そうです」
キャロル「春画ってやつだ」
華織「ほんとよく知ってるね日本語」
涼歌「春画っていうんだ。正直そんなに上手
い絵じゃないんですけど。でも全部バーンっ
てはっきり書いてあります。色付きで」
華織「全部バーン……」
涼歌「はい。男のも、女のも」
キャロル「男のも、女のも……」
涼歌「はい。入っちゃってるところとかも」
華織「入っちゃってるところとかも……」
涼歌「セリフなんかも書いてたりして」
キャロル「ど、どんな?」
涼歌「『ほれほれここはどうじゃあ』とか『おぉ、
締まる締まる』とか『あぁ、イクイクイク』
とか『そこは弱いのぉ』とか。とんでもない
エロジジイですよね、ほんと」
二人「……」
涼歌「わたしが生まれてしばらくして死んじゃっ
たんですけどね、おじいちゃん。ほんとすご
いエロ絵の連発。両親留守のとき今でも見て
ます」
華織「今でも見てるんだ」
涼歌「はい、今でも見てます。なんか好きなん
ですよわたし、おじいちゃんのエロ絵。なん
ていうか描かれてる人が生き生きしてるって
いうか。おじいちゃん、描きながらすごい楽
しかったのがはっきり分かるっていうか。だ
から、二人にエロいって言われて、今嬉しい
んです――変ですか」
華織「変じゃないよ、お涼。たぶん」
涼歌「たぶん、ですか」
華織「うん、ははは」
地面に置いたラジオからGⅡのファンファー
レが響く。
涼歌「あ、始まりますよスプリングステークス」
競馬実況に聞き入る三人。
○部室(五月・放課後)
部室に一人いる涼歌。壁にもたれ「日刊ゲンダ
イ」を開いている。
涼歌M〈二年生になったわたしは、代がわりっ
てことでYHCC同好会の会長になった。
ていうか、させられた。それで何が変わるっ
てわけでもなかったんだけど。新入生も入っ
てこなかったし〉
紙面をめくる涼歌。連載中の艶笑漫画、
横山まさみちの『やる気まんまん』を
読み始める。ニヤニヤ笑いの涼歌。扉
が開き入ってくる部屋に入ってくる先
輩四人。
千伽子「またオットセイ読んで喜んでるよ。
このエロ娘は」
涼歌「いいじゃないですかぁ」
華織「『おやびーん』――あははっ」
キャロル「好きな漫画、『やる気まんまん』。
全国規模で探してもそんな女子高生お涼く
らいのもんだね」
涼歌「……いいじゃないですか」
遥「変わってるよね、お涼ちゃん」
涼歌「そうかなぁ」
千伽子「自覚ないとは重症だ」
千伽子、詰将棋。遥、料理。キャロル、
文庫本。華織、落語。「日刊ゲンダイ」
を置き、スケッチを始める涼歌。いつ
もの部室風景。
○同・部室(数日後・放課後)
焼きソバパンを作っている遥。部屋の中
で鉾市と対局している千伽子。その様子
をスケッチしている涼歌。鉾市熟考中。
涼歌「じゃあお千伽さんはその女の子に負けて
プロの夢あきらめたんだ」
千伽子「うん。その子さ、幼稚園の頃からプロ
棋士の指導受けてる子だったんだわ」
涼歌「へえ」
千伽子「福祉施設のレクリエーション室で無敵
を誇った小六女子の鼻はポッキリ折られまし
たとさ」
遥「相手の女の子どうしてるんだろ」
千伽子「ホームの人から将棋やめたって聞いた。
中学ん時出た大会で小学三年生の男の子に負
けて、泣きながら盤の駒グシャグシャにして
終わりだってさ」
涼歌「そうなんだ。でもお千伽さんは続けてる
んですよね」
千伽子「ボケ防止のジィ様たち相手にね」
涼歌「でもほんと絵になるんです。お千伽さん
がそうして将棋盤に向かってるのって」
熟考を続けていた鉾市が指した一手。
千伽子「あ」
しばらく盤上をじっと見ている千伽子。
頭を下げて。
千伽子「負けました」
遥「(フライパンふるいながら)うっそぉ!」
鉾市「はは、千伽子ちゃんに初めて勝った。
飛車角落ちだけど」
千伽子「やるじゃん、鉾ジィ」
鉾市「千伽子ちゃんの指し手は活人剣だ」
千伽子「え」
鉾市「活人。殺人じゃなくてその逆。人を活
かす剣だね。千伽子ちゃんと指してるだけ
で、自分がどんどん強くなっていくのが分
かるんだよね」
千伽子「そうなの?」
鉾市「うん。クラブのみんなもそう言ってる
よ。史上初女性名人がついた最初のお師匠
さん――悪い夢じゃないよねえ」
千伽子「――」
一心にペンを走らせている涼歌。
○二年七組教室(数日後・放課後)
教室を出て行こうとする涼歌を教卓に
立つ真理が呼びとめる。
真理「葛城さん」
涼歌「はい」
真理の前に立つ涼歌。
真理「盛況ね。パフォーマンスエリアじゃ一
番人気じゃない?」
涼歌「いやあ、先生たちの『がーねっと』に
はかないません」
真理「ふふふ。死ぬまで三人で続けようって
決めてるからね」
涼歌「死ぬまでですか」
真理「そうよ。バァさんになってもセーラー
服着てやるんだから」
涼歌「ははっ」
真理「ふふっ。でさ葛城さん、あなた変な同
好会に入ってたよね。YMCAとか何とか。
前から訊きたかったんだけど、アレ、何やっ
てんの? 遠藤先生に訊いてもよく分かん
ないのよ」
涼歌「よく分かんないんですか」
真理「うん。何やってんのYMCAって?
そもそも何の略、YMCAって?」
○D棟廊下
駆けて行く涼歌。画面一杯に走る!
○部室
戸を思い切り引き開ける涼歌。三和土に
立つ。部屋の中にはいつもの様子の先輩
たち四人。涼歌荒い息を吐き。
キャロル「どしたぁお涼」
涼歌「キャ、キャ、キャンプ行きましょう!」
千伽子「キャンプぅ?」
涼歌「そう、キャンプですよっ! YHCC!
百合崎、ハイスクール、キャンプ、クラブ、
略してY・H・C・C、じゃないですかっ!
だからこの夏休み、みんなでキャンプ行き
ましょう! はい決定!」
あっけにとられて涼歌を見る千伽子、キャ
ロル、遥の三人。
華織「あはっはっはっはっ!」
ウォークマンで落語を聞いている華織の笑
い声が弾ける。
○若雲寺入口(夏休みの一日)
山間の小さな無住の寺。その入り口に立っ
ている五人。
遥「やっと着いた」
キャロル「で、どこに泊るのよ」
涼歌指差す。寺から少し離れた所にある木
造平屋建てには〔寺務所〕と書かれた札の
下がっていて。
涼歌「地域の人たちが集まって宴会とかもするん
ですって。お布団もおいてあるって――テント
に寝袋の方がよかったですか?」
千伽子「勘弁してよ。こんなところよく見つけた
ね」
涼歌「フリマの主催者に相談したら、ここがいい
んじゃないかって」
千伽子「へ~え。人脈広げていますねえ」
涼歌「では、まいりましょうか」
先頭に立って歩いて行く涼歌。ついていく
四人。
○同・寺務所
畳敷きの室内。炊事場、冷蔵庫などもある
寺務所。部室と似たような雰囲気。グダっ
ている五人。レトルトカレーが鍋の中でぐ
つぐつ。
× × ×
車座になり皿に盛ったレトルトカレーを食
べている五人。
○同・裏の川
スクール水着で嬌声をあげ水遊びをする五人。
○同・河原
一旦川から上り、持ってきていたラジオ
を中心に輪になって座っている五人。ラ
ジオから流れる北九州記念の中継をかた
ずを飲んで聞いている。アナウンサーが
シルクムーンライトの勝利を伝えて。
立ちあがり喜ぶ遥。悔しがる四人。
○同・寺務所
持ってきた紙袋の中からカセットコンロ
と鉄板、冷蔵庫から肉や野菜を取り出す
涼歌。拍手する先輩四人。
× × ×
賑やかに焼き肉を食べている五人。
○同・境内
夜になっている。花火を楽しむ五人。
○同・寺務所
布団を敷いて寝ころび頭を寄せ合い
話しに花を咲かせている五人。
涼歌「前から訊こうと思ってたんですけど、
どうしてあそこに集まるようになったん
ですか」
華織「最初に入ったのお千伽だよね」
キャロル「うん。で、お千伽が華織を誘って、
次にわたしが入って、最後が遥か」
千伽子「四人くらい男の先輩いたんだけど
ね、気の弱そうな。東スポ広げてむすっ
とし続けてたらすぐに誰も来なくなった」
遥「そりゃ来なくもなるわ」
華織「どうしたんだろそれからその人たち」
千伽子「知らない。どこかの幽霊部員になっ
たんでしょ」
涼歌「馬券買い始めたのもお千伽さんが最
初?」
千伽子「ああ。ジィ様たちがヘボ将棋指し
ながらテレビ見て勝ったの負けたのやっ
てたんだよ。で、中一のときわたしも買
いたいって鉾ジィに言ったら好きな数字
二つ言ってみってさ」
涼歌「中一のとき」
キャロル「で、みんなでいるときもずっと
熱心に予想してるからさ、うちらも一回
買わせろって頼んだわけ」
遥「しぶったよねぇあのときお千伽」
華織「そうそう。でも買わせなきゃ三人と
ももうここ来ないって言ったら折れた」
涼歌「へ~え。ほ~お。ふ~ん」
千伽子「るっさい、お涼」
涼歌「じゃあじゃあじゃあ次華織さん」
華織「なぁに」
涼歌「今まで何人くらいふりました」
華織「え」
涼歌「だからぁ、高校入って今まで何人か
らコクられて何人ふりましたかって」
遥「あ、それわたしも興味ある~」
華織「う~ん、一年ときは一番多くて十五
人くらい。二年のときは十二人だったかな。
三年なってさすがに減ってここまで七人」
涼歌「三十人以上……すごすぎる」
華織「キャロだって似たようなもんだよ」
涼歌「そうなんだ」
キャロル「三十はいかないよ、華織の半分く
らい」
涼歌「でもすごい」
千伽子「すごかったもんね入学した時」
遥「うん。休み時間になったらキャロちゃん見
に男子生徒教室に押しかけてきてたもん。二
週間くらい続いたんじゃない、あれ」
キャロル「ただの珍しいもん見たさよ」
涼歌「でも二人とも、それだけコクられて、誰
かとつきあおうっていう気にはならないんで
すか」
遥「キャロちゃんは年上派だもんね」
キャロル「――まぁね」
涼歌「もしかしてファザコンっすか、キャロさ
んって」
キャロル「るっさいお涼」
涼歌「図星~~」
遥「華織ちゃんは理想高そうだし」
華織「別にそんなこと、ないんだけどさ……」
千伽子「なに、何か言いたそうじゃん」
華織「うん、あのさぁ。実は夏休み入ってすぐ
さぁ――やっちゃった」
四人「ええっ!!」
涼歌「や、や、や、やっちゃったって、あ、あ、
あれ、あれ、あれをっすか!?」
華織「うん。あれをっす」
涼歌「どっどどど、どういうことっすか!?」
華織「うん。みんなだから言うね。毎年夏休み
入ったら茨城の山奥にあるおばあちゃんちに
二週間くらいわたしだけ行くの。でね勇作――
彼、筑波勇作っていうんだけど――おばあ
ちゃんちの隣に住んでる同い年の、農業高
校行ってる子でさ」
涼歌「隣に住んでる同い年」
華織「うん。だから子供の時から夏休みの半
分はずっと勇作といっしょに遊んでた。山
奥すぎて遊び友達も近くにいないから、勇
作もわたしが来るの楽しみにしててさ」
四人「――」
華織「すぐ近くに、今日遊んだよりもっと静
かで深くなってる川があってね。いつも二
人でそこで遊んでた――最初にキスしたの
は中三のとき。高校入ってからは、裸で泳
いでた。躰、触りあったり、してた」
遥「え、もしかして、そこで――」
華織「うぅん。勇作『今日は家に誰もいない
から』って言ってさ。家に行ったらホント
に誰もいなくて」
遥「で?」
●〈インサート/回想場面・勇作の部屋〉
勇作の部屋に入る二人。引き出しを開
けコンドームを出して遥に見せる勇作。
華織(声)「で、勇作の部屋入ったら机の引
き出しからコンドーム出して「これ、買っ
てきたから」って。その時にね、勇作、こ
の山奥から街までコンドーム買いに行った
んだな、買う時きっとすごいドキドキした
んだろうなって。そんなこと思ったら何か
ジーンときちゃって。それで、いいよって」
〈回想場面終わり〉
千伽子「――痛かった?」
華織「すごく」
遥「したの、その一回だけ?」
華織「うん。気持ちいいとか、よく分かんな
かった。川で、躰触られてるときの方が気
持ちいい、今は」
涼歌「あの、何か……え~と……ていうか彼
氏いてたんじゃないっすか華織さん」
華織「彼氏って言っていいのかなぁ。だから
みんなにも黙ってたの。だって年に一回し
か会えないんだよ勇作とは」
キャロル「――彼氏だよ、それ」
華織「そうかな」
キャロル「うん。れっきとした彼氏だ」
嬉しそうに微笑む華織。
千伽子「農家の手伝いしてたのは彼の影響?」
華織「う~ん。ちょっとはあったかも。でも
本当にわたし畑仕事好きだし」
涼歌「あ」
涼歌ぽたぽた鼻血を出す。
千伽子「ちょっとお涼っ!」
涼歌「さ、さ、さーせん。だ、誰かティ、ティ
シュ持ってないっすか」
華織「ほらお涼ちゃん」
華織からポケットティッシュを受け取
り鼻につめる涼歌。
遥「初めて見た、興奮して鼻血出す人間」
涼歌「……」
ティッシュを鼻に詰めた涼歌の顔を見
てひとしきり笑う四人。
華織「勇作ね、結婚してほしいって」
涼歌「けっ、けけけ、結婚!?」
華織「うん。卒業したら親の後継いで白菜農
家やるから、嫁に来て一緒にやってほしいっ
て。苦労かけるかもしれないけど、二人で
一緒に生きていきたいって」
遥「すごい、華織ちゃんプロポーズされてる……
で、何て答えたの?」
華織「わたし、そのことおばあちゃんに言っ
たんだ。そしたらさ『勇作よく頑張った』っ
て。『あの子は子供の時からずっと華織を
嫁にするって言ってたんだよ』って。それ
聞いたときまたジーンとしちゃってさ」
千伽子「よくジーンとするヤツだなあ」
キャロル「茶化さないの」
千伽子「へいへい」
華織「だから帰る前に、ちゃんと両親に話し
て卒業したら必ずここ来るから貰ってくだ
さいって返事した。以上終わり」
涼歌「ほええぇ。何か遠い世界すぎて頭クラ
クラしてきた」
遥「いいの、もう決めてしまって」
華織「――うん。何か子供の時からそうなる
気がしてたんだ、実は」
千伽子「確かにこりゃお涼には鼻血出すくら
い刺激が強すぎたかもなあ」
涼歌「何ですかぁ、自分だって男っ気ゼロの
くせにぃ」
遥「あれ、知らないのお涼ちゃん。お千伽っ
てけっこうモテるんだよ。一年の時三年の
先輩とつきあってたこともあるしね」
涼歌「……マジっすか」
千伽子「一瞬だよ。三股かけてたから股間に
思い切り膝蹴り食わせて終わりだ。ホーム
に婦人警官来て護身術教えてもらってたの
が役に立ったわ」
笑う五人。話しは尽きず夜は更けてい
く。
× × ×
部屋の灯り消えてみんな就寝中。むくっ
と起き上がる涼歌。部屋を出る。
○同・境内(深夜)
戸外のトイレから出て来る涼歌。
涼歌「トイレも寺務所の中に作っとけよ……」
ぶつぶつ言って寺務所に戻って行く涼
歌。
涼歌「あれ」
キャロルが寺の縁側にひとり座ってい
るのに気づく。キャロルに近寄る涼歌。
涼歌「キャロさん」
キャロル「ああ、お涼」
涼歌「行くとき全然気づかなかった。何や
ってんですそんなとこで。寝ないんです
か」
キャロル「うん――」
キャロルの目から涙が一筋流れる。
涼歌「え」
キャロルの涙、どんどん流れていく。
キャロル「お涼」
涼歌「はい」
キャロル「華織のことが好きなの」
涼歌「え」
キャロル「好きで好きでたまらないの」
涼歌「あの、好きって――」
膝を抱え込みむせび泣き始めるキャロ
ル。涼歌、キャロルをじっと見つめて。
○同・縁側の上
布団にくるまって寄りそって座る二人。
キャロル「小さいときから女の子が好きでさ」
涼歌「はい」
キャロル「周りと違うって自分でも分かって
たんだ。でも、大きくなったら男の人好き
になるんだろうって思ってた。けど高校入っ
て、華織見たときダメだった。わたし女が
好きな女なんだって、はっきり分かった」
涼歌「じゃあ、この同好会入ったのも」
キャロル「うん。華織と少しでもいっしょに
いたかったから。お涼」
涼歌「はい」
キャロル「華織と一緒に頬っぺたひっつけて
絵描いてもらったときさ」
涼歌「うん」
キャロル「あのときさ、乳首痛いくらい勃っ
てさ。アソコもすごい濡れてさ、下着汚す
くらい。あんなになったのわたし初めてで
自分でもびっくりした。でもそのとき分かっ
たんだ。わたし、この子とセックスしたい
んだなって――このキャンプでさ、華織に
話すつもりだったんだ。受け入れてくれる
なんて思ってない。でも、知ってほしかっ
たんだ。あの子にわたしのこと。知った上
で、今までどおりでいてほしかったんだ」
涼歌「キャロさん」
キャロル「でも、でもさ、もうさ――知らな
かったよ、そんな子供の頃からさ、彼氏と
さ――」
布団に頭を伏せむせび泣くキャロル。
キャロル「うわ、何だこれ」
涼歌「え」
キャロル「お乳とお乳の間に穴開いてる。そ
こがゴーゴー鳴ってる。ほんとに、音が聞
こえるよ……」
かける言葉もない涼歌。やがてキャロ
ルの手をとる。その手をじゃんけんの
チョキの形にする。
キャロル「(?)」
涼歌、自分の手もチョキの形にしてキャ
ロルのチョキと指の又を交差させる。
涼歌「貝合わせ」
キャロル「え?」
涼歌「知ってるんでしょ」
キャロル「貝合わせって、昔の貴族の遊びで、
貝殻使った神経衰弱みたいな――」
涼歌「ったく、今そんなのいいです。貝合わ
せっていうのはねぇ、女の人どうしがアソ
コとアソコ――もういいや、わたしだけ遠
慮することない。おじいちゃんの絵に書い
てあるとおり言いますね。オナゴどうしで
おまんこズリズリ擦り合わせてイカセあう、
それが貝合わせ――そんなのも知らないで
華織さんとセックスしたいなんて言ってる
んですかキャロさんは。それに『知った上
で、今までどおりでいてほしかった』なん
てきれいごとですよ」
交差した指の又をズリズリする涼歌。
キャロル「――」
涼歌「三十歳くらいになっても一人だったら
連絡してきてください。相手になったげま
すから」
キャロル「お涼――」
涼歌「けっこうな覚悟決めて言ってんですよ。
(指をズリズリし続けながら)ねぇキャロ
さん、今、おまんこ濡れてます?」
キャロル「――あんたじゃ無理だよ」
涼歌「しっつれい」
笑う二人。夜空を見上げる涼歌。
涼歌「今日月明かりすごい」
キャロル「(夜空見上げ)ほんとだね。今日
の勝ち馬のとおりだ」
涼歌「――あ、シルクムーンライト」
キャロル「遥の名前買いが炸裂したね」
二人、月を見上げ続ける。キャロル、
また泣きだす。布団に顔を埋め泣き続
ける。
涼歌「まだゴーゴーいってます?」
キャロル「うん、ずっと――(顔を上げ)あ
りがとうお涼。あんたが起きてくれてよかっ
た」
涼歌「うんこだったんですけどね」
キャロル「こんな夜中に?」
涼歌「環境変わったらそんななりやすいんです
よ、わたし」
キャロル「鼻血とかうんことか、そんなのばっ
かりだなあ、お涼は」
涼歌「ばっかりとか言わないでください」
むくれる涼歌。笑うキャロル。
○同・境内(翌早朝)
縁側で座ったまま体寄せ合って眠って
いる涼歌とキャロル。並んで二人を見
ている髪の毛ぼさぼさ、寝ぼけ眼の三人。
千伽子「何だこれ」
眠っている二人を見ている三人。
華織「キャロ、すごい綺麗」
遥「うん綺麗だね」
千伽子「確かにこの世のものとは思えないほど
の美しさだね――それに比べて」
三人、涼歌を見る。大口開けてよだれを
垂らしながら寝ている涼歌。
遥「あ~あ~あ~、もうお涼ちゃん」
千伽子「鼻血やらよだれやら、出すもの全部出
すなこいつは」
華織「二人で何話してたのかな」
千伽子「さぁ、訊かないでやっておきましょう
か」
三人、笑う。
○D棟廊下(九月・放課後)
難しげな顔をして歩いている涼歌。部
室の前まで来る。戸を開け中に入る。
○部室
室内中央、座っている先輩たち。遥を
取り囲むようにして三人がかしましい。
キャロル「あ、お涼、こっちこっちこっち」
涼歌「は、何です?」
輪に加わり座る涼歌。
華織「遥がね、ついにコクられたよ~ん」
涼歌「え、誰にっすか」
千伽子「んふふ。あんたも知ってる男」
涼歌「――もしかしてサッカー部の、何つっ
たっけ――あ、備後さん?」
三人「ビンゴ!」
大笑する三人。はにかみ、困惑が混じっ
た複雑な顔をしている遥。涼歌、はしゃ
ぐキャロルの耳元に口を寄せ。
涼歌「二学期なってから異様にハイテンションっ
すねキャロさん。カラ元気っすか」
キャロル「(涼歌の耳に口を寄せ)ば~か。あ
いつばかりが女じゃないよってね。いつまで
もひきずってる訳にいかないでしょうよ」
涼歌「はぁ」
キャロル「あんたに打ち明けてスッキリした。
貝合わせの約束もしてくれたことだし」
涼歌「……」
キャロル「ははっ、心配すんな。華織より倍、
あんたより十倍いい女モノにするって決め
たんだから」
涼歌「……何か、やっぱりすごい失礼」
華織「ちょっとぉ、こんな時に何二人ひそひ
そやってんのよ」
キャロル「いやぁ、お涼が相変わらずエロ話し
振ってくるから、今はやめとけって注意して
たところ」
涼歌「ちょっ、そんなこと言ってませんよ!」
千伽子「どうしようもないなあ、エロっ子涼ちゃ
んは」
涼歌「だから、その呼び方やめてください」
爆笑する三人。遥、話を変えようと。
遥「そうだ、お涼ちゃん。さっき放送で体育
教官室来るよう言われてなかった?」
涼歌「あ、それなんすよね」
キャロル「何、どうした」
涼歌「体育大会」
華織「ああ、再来週だっけ。それが?」
涼歌「出ろって」
千伽子「出ろ?」
涼歌「はい、体育大会担当の内山が運動部対
抗リレーにうちらも出ろって」
キャロル「はぁ、何で?」
涼歌「ここ、体育系の同好会になったんです」
四人「体育系ぃ!?」
涼歌「はい。野外活動も運動のひとつだって、
YHCCを体育系に分類したんです内山が。
だから運動部対抗リレーには出ないといけ
ないって」
千伽子「新卒筋肉バカのやりそうなことだわ」
キャロル「遠藤、絶対知らないだろうね、そ
のこと」
華織「で、お涼ちゃんは何て返事したの?」
涼歌「だから、先輩達の意見も訊くからちょっ
と待ってくださいって。内山、ハンデつけ
てやってもいいって」
キャロル「ハンデ?」
涼歌「はい。四×百メートルリレーだけど、わ
たしらだけは任意の距離を五人で走っても
いいって」
千伽子「舐めてるな……」
涼歌「仕方ないと思いますけど」
千伽子「……だな。勝ち目もないし」
華織「そうかな」
涼歌「え?」
キャロル「うん。だってお涼も遥も中学の時陸
上部だったんでしょ」
千伽子「そうか。元陸上部コンビに頑張っても
らったらいいのか」
涼歌「ちょっと、出るつもりですか?」
千伽子「舐められたまま終わるのも癪だしね」
涼歌「あの、言っときますけどわたしそんなに
足速くないですよ」
千伽子「使えないなあお涼は。じゃあ遥に頑張っ
てもらおう。足速かったんでしょ」
涼歌「はい、すごく」
キャロル「人は見かけによらないよねえ。最下
位はなくなったかもしれない」
華織「練習してないのに上位に入ったらかっこ
いいよね」
黙っている遥。一点を見つめている。様
子がおかしい。小刻みに震えだす。
千伽子「遥?」
えづき始め――嘔吐する遥。
涼歌「はるちゃんさんっ!」
前のめりになる遥。吐き続ける。
× × ×
華織が遥を横抱きにしている。
華織「落ち着いた?」
遥「――うん。ごめん、みんな」
畳の上の掃除を終えた三人。二人の前に
座る。キャロル、コップの水を遥に渡す。
遥「ありがとう」
飲み干す遥。沈黙。
遥「躰、触られてた」
華織「え?」
遥「深沢に。いやらしい手で」
涼歌「――うそ」
遥「フォームの矯正だとか言って、腰とか太
ももとかずっと触られてた――胸や、お尻
も触られた。個別指導のときに」
千伽子「個別指導?」
涼歌「はるちゃんさんはクラブ内強化選手に
選ばれてたんです」
キャロル「何それ」
涼歌「クラブ内強化選手だけ、顧問の個別指導
が週に二回受けられるんです。インカレとか
にも出たことがある先生で」
キャロル「校長の息子って言ってたよね」
涼歌「はい。はるちゃんさんたちの代では、は
るちゃんさんだけでした」
遥「勃ってるの、後ろから押しつけられたこと
もある。(泣きだす)後ろに手をやられて、
あいつの、無理やり握らされたこともある」
キャロル「遥、もういい」
遥「うぅん、言わせて大丈夫だから――練習終
わって着替えてたら、トレパンに、あいつの
が付いてたこともある――嫌だった。でも拒
めなかった。誰にも言えなかった。何でだろ
う。何でわたし――」
華織「お父さんやお母さんにも言えなかった?」
頷く遥。遥を強く抱きしめる華織。
キャロル「雑誌で読んだことある。一人で抱え
込むタイプの女の子かぎつけて狙い撃ちする
んだ、そういう教師」
千伽子「クズ野郎……」
遥「キャンプで、華織が勇作君に躰触られて気
持ちいいって言ったとき、羨ましかった。で
も、わたし、わたしの躰、もう汚い。誰にも
触ってなんかもらえない――」
涼歌「知らなかった。はるちゃんさん、ごめん――」
首を横にふる遥。
遥「わたしが、悪いの」
千伽子「ふざけないでよ」
キャロル「お千伽」
千伽子「何で遥が悪いんだ。何で遥の躰が汚れ
てんだ。」
華織「うん。遥は何にも悪くないんだよ」
千伽子「出るよ遥。運動部対抗リレー」
涼歌「何言ってんですか。その話ししただけで
はるちゃんさんこんななるのに」
千伽子「『必殺仕事人』のトランペットがガン
ガン響いちゃってんだよ頭の中で」
○百合崎高校グラウンド(体育大会当日)
トラックやフィールドで行われている競
技の様子が映し出される。
○同・その一角
集まっている遥以外の四人。
涼歌「来ますかね深沢」
千伽子「大丈夫、間違いない」
涼歌「はるちゃんさんは?」
華織「ちょっと声かけらんない」
涼歌「そっか……どんな手紙出したんですか
キャロさん」
キャロル「入学してすぐに足ケガして陸上部
には入れなかったけど、完全に治ったから
先生に走るところ見てほしいってね」
涼歌「でも、来る保証はないんですよね」
千伽子「華織が確認取った」
華織「中学行って、帰る間際に駐車場で話し
たの。『高校最初で最後の走りを見ていて
くださいって遥が言ってます』って」
千伽子「目ぇ潤ませて何回も頷いたってさ」
涼歌「――本物のバカだ。気づかなかった」
千伽子「人見る目がなかったってことだね。
で、キョウエイの勝負服はお涼?」
涼歌「三本輪は後で使うガムテープですから」
キャロル「え~、何それぇ?」
涼歌「あんな柄のジャンパー見つけただけで
も誉めてくださいよっ。ほとんど奇跡です
よっ。ほんと何軒も探したんですからねっ」
千伽子「ったく、使えないやつだなあ」
笑う三人。むくれる涼歌。
○同・三年三組が陣取る観覧エリア
青いビニールシートの上、賑わうクラ
スメイトから離れてじっと座っている
遥。
○同・トラックコース
アナウンス「ただいまより、運動部対抗リレー
女子の部を行います」
スタートライン。それぞれのユニフォー
ムを着た第一走者たち。外側コースから
陸上部、ソフト部、バレー部、バスケ部、
卓球部、テニス部、剣道部、柔道部、そ
して最内〈桃・白袖・青三本輪〉の手製
のキョウエイ勝負服着た涼歌。
スターター「位置について、ヨーイ」
ピストルが鳴る。駆けだす第一走者たち。
涼歌も。さほど速くない。それでも五番
手で二走千伽子にバトンパス。
千伽子遅い。抜かれる。あっという間に
最下位。他走者より早く三走、キャロル
にバトンパス。
駆けだすキャロル。遅い。また他走者よ
り早い位置で四走、華織にバトンパスす
るキャロル。
走る華織。遅い。
華織「遥っ!」
やはり他走者より早い位置で最終走者、
遥にバトンを渡す華織。
遥、走り出す。速い。一気に加速。次々
と追い抜いて行く。
キャロル「は、速っ!」
華織「行け遥!」
涼歌「はるちゃんさんっ!」
トラック内を固まって走っていく四人。
遥の前を走るのは陸上部だけになる。ど
よめく生徒たち。ぐんぐん陸上部員に近
づく遥。
千伽子「差せぇ、遥っ!」
遥、陸上部員に並ぶ。
四人「差せぇぇぇっ!」
追い抜く遥。ゴールイン。歓声が沸き起
こる。遥、そのままスピードを落とさず
走り続けていく。顔見合わせあって頷き、
遥の後を追う四人。
千伽子「遥、焦るな! スピード落とせ!」
はっと気づき減速する遥。その横を千伽
子が追い抜いていく。
○同・体育倉庫の横
生徒や教師たちからは死角になっている
体育倉庫の横。深沢英雄(28)が立って
いる。走ってきた千伽子。息を整え英雄
の耳元で。
千伽子「ほら、遥来ましたよ。思い切り抱きし
めてやってください」
目を潤ませ何度も頷く英雄。
英雄「井園!」
英雄、両手両足を大きく広げ遥を待つ。
遥、英雄の前までくる。見つめあう二人。
遥「先生」
英雄に歩み寄る遥。胸に寄りかかろうと
する仕草の遥――の前にサッと割り込ん
で立った千伽子、英雄の股間を思い切り
膝蹴りする。
英雄「ぐはぁっ!」
崩折れる英雄。千伽子、英雄の襟首を掴
み、体育倉庫の裏にひきずりこむ。
○同・体育倉庫の裏
涼歌、キャロル、華織もやってくる。
地べたに寝ころび悶絶している英雄。
深沢「い、井園……お、まえ……」
深沢を冷ややかな目で見下ろす五人。
○帰り道(数日後)
肩を並べて帰っていく遥と剛士――の後
ろから付かず離れずの距離を保ち固まっ
て歩いている四人。
○百合崎高校・校長室(数日後)
ソファに座っている校長の深沢正秀と
教頭岡本(52)。向いあっているのは
家庭科教師長野(50)と和服を着た茶
道師範の藤田(60)。
正秀「本日はわざわざお越しいただきまして
ありがとうございます」
藤田「いえいえ。なかなかご挨拶にお伺いす
ることができず、こちらこそ申し訳なく思っ
ております。若い方にお茶の道を教えるのは、
わたくしの望むところです」
正秀「本当にありがたく思っております」
長野「では校長、顧問はわたくし。師範には特
別顧問として週に一度お越しいただく形をと
るということでようございますね」
正秀「はい。それでいいのですが……」
藤田「何か、問題でも?」
正秀「ええ、部屋が」
藤田「部屋?」
正秀「はい。茶道となるとやはり和室が必要に
なると思うのですが、現在本校にはその空きが……
ねぇ、教頭先生」
長野「はい。一部屋あるのですが華道部と筝曲部
が日替わりで使用しておりまして」
藤田「まぁ、そうなのですか」
正秀「ええ。今から和室を作るとなるとさすがに
予算が。ですから三部共有ということにならざ
るを……」
岡本「あっ!」
正秀「どうしました」
岡本「あった、ありましたよ和室! いやぁ、何
で今まで思い出さなかったのかなぁ」
○同・渡り廊下
歩いて行く四人。
岡本「本棟からかなり離れているんですけど」
藤田「喧騒から離れていた方が佳いお茶をたてら
れます」
正秀「そうか、あそこがありましたね。きれいに
掃除をして畳は新しいものに換えさせましょう」
○同・D棟廊下
歩いて行く四人。
○同・部室前
扉に鍵を差し込み回す岡本。開けようとす
る。開かない。
岡本「あれ、何でだ」
長野「最初から開いてたんじゃないですか」
岡本「使ってないにしても不用心だなぁ」
再び鍵を回す岡本。扉を開ける。
○同・部室内
部屋に入っている四人。
〈壁に貼ってあるもの〉涼歌の競馬イラス
トがびっしり。桂枝雀独演会ポスター。
詰将棋の問題。
〈壁際〉並べられている文庫本と料理本。
〈床〉将棋盤。乱雑に競馬雑誌と競馬新聞。
卓袱台。
四人、部屋見回して茫然と。卓袱台の
上に開かれたままの「『東京スポーツ』
エロ面に気付いた藤田。
藤田「けっ、汚らわしいっ!」
○百合崎高校・校長室(放課後)
座っている正秀。その前に立っている
五人。部屋に居るのは他に教頭の岡本、
家庭科教師長野、先輩四人の担任たち。
YHCC顧問の遠藤。真理。ぶつぶつ
言っている遠藤。
岡本「遠藤先生、顧問としての管理責任を問
われても仕方ありませんよ」
遠藤「はぁ! ボクがですかぁ!?」
岡本「当然でしょう」
遠藤「ボクは、ボクは関係ありませんよぉ!
何でボクが責任問われなきゃいけないんで
すかぁ! 何だァおまえらはぁ! ボクは、
ボクはねぇ、貴美子と、貴美ちゃんと静か
に暮したいだけなんだぁ! こんなことで
邪魔するんじゃないよぉ!」
パニック状態になり地団太を踏む遠藤。
深沢、教師たちをコナして。騒ぐ遠藤
を連れ出す先輩四人の担任たち。
長野「あんな下品な新聞を読んで……同じ女
性として信じられませんあなた方。藤田師
範も嘆いておられました。恥ずかしいった
らありません!」
無言の五人。
正秀「おまえら、高校生の分際で馬券を買っ
てたんだな」
千伽子「いいえ」
正秀「(机の上に重ね置いた涼歌のイラストを
指で叩き)予想がしっかり書かれているけど
な」
千伽子「遊びですよ、遊び。買ったつもりになっ
た遊び。何かわたしたちが実際に馬券買って
たっていう証拠でも?」
睨みあう正秀と千伽子。
千伽子「わたしたちそんなに悪いことしてます
かねぇ。あの部屋使うにあたっても使用許可
証提出して遠藤先生と教頭先生の判子貰って
るんですけど。ねぇ華織」
華織「はい、そのコピーです。原本は教頭先生
が保管されてるはずです」
岡本に紙を渡す華織。
岡本「――確かに」
岡本、紙を正秀に渡す。舌うちする正秀。
俯く岡本。
正秀「――無期限の停学だ、キサマら」
千伽子「あらまあ。東スポのエロ面見てたくら
いで無期停になっちゃった」
遥「わたしたちはあと少しで卒業だからいいけ
ど、二年の葛城さんだけは許してくれません
か」
涼歌「はるちゃんさん」
正秀「同罪だ、そいつも」
千伽子「何の罪なんだか――あ、そうだ校長先
生、ラジカセ貸してもらえませんか」
正秀「何を言ってるんだおまえは」
キャロル「弁明の機会くらい、与えてください
よ」
華織「お願いしますぅ」
しばらくの間の後、岡本をコナす正秀。
岡本、職員室から小型のラジカセを持っ
てくる。千伽子、カセットテープをポケッ
トから取り出し、正秀の机の上に置かれた
ラジカセにセッティング。再生ボタンを押
す。
○体育倉庫・裏(回想場面)
後ろ手にされ青いガムテープで手首足首
をぐるぐるに巻かれている英雄。
千伽子「また役にたったな護身術」
英雄「お、おまえら、こんなことして……」
千伽子、英雄の前にしゃがみ。
千伽子「さ~て先生、今からいくつか質問に答
えていただきましょうか」
英雄「し、質問?」
千伽子「正直に答えなかった場合は、もう一発
いきます。いいですね――お涼」
涼歌頷き、地面に置いていた小型のラジ
カセを英雄の口元に置く。
英雄「おまえ、葛城……」
答えず録音ボタンを押す涼歌。
千伽子「あなたのお名前は?」
英雄「……深沢英雄」
千伽子「お勤め先とご職業は?」
英雄「……百合崎東中学校。体育科教師」
千伽子「はい。では単刀直入に本題。あなたは
ここにいる百合崎高校三年生、井園遥が中学
生の時、陸上部顧問という立場を利用して、
己の性的欲求を満たすため、彼女の身体に触
れましたか」
英雄「……」
千伽子「もう一度訊きます。あなたは井園遥の
身体を、己の性的欲求を満たすために触れた
ことがありますか」
英雄「……」
涼歌をコナす千伽子。一時停止ボタンを
押す涼歌。千伽子、英雄の襟首を掴み、
千伽子「はっきり答えなよ。じゃないと蹴り潰
すよ。本気だよ」
頷く英雄。一時停止ボタンを解除する涼歌。
英雄「……ある」
千伽子「それは、主にどんな時に」
深沢「部活動の、個別指導の時に、だ」
千伽子「はい。ではあなたは井園遥の胸、腰、太
股、臀部等を己の性的欲求を満たすために頻繁
に触っていたことを認めますね」
英雄「……認める」
千伽子「では次の質問。あなたは井園遥の身体を
触るばかりでなく、彼女の手を股間にあてがい、
自身のペニスを無理やり握らせたことがありま
すか。また自身のペニスを彼女の臀部に押し付
け、そのまま射精したことがありますか」
英雄の股間を爪先で小突く千伽子。
英雄「……ある」
千伽子「はい。次の質問――ああ、もうめんどく
さい。確認でいいや。あんた遥が卒業してから
も、自分の気に入った陸上部員の躰、触り続け
てたよね。もう調べついてるんだわ。ちなみに
二人とも遥と同じで高校入って陸上やめてる」
英雄「……」
千伽子「訊いてるんですけど」
英雄「……ああ」
千伽子「で、今も二年生の女の子に遥にしたのと
全く同じことしてるの認めるよね」
英雄「……認める」
千伽子「彼女悲しい笑顔で言ってたわ。『先生の
指導受けると上達するから』って」
英雄「そ、そのテ、テープ……」
千伽子「安心しなよ。あんたの生活奪うことに使っ
たりしないから――優しい遥のたっての願いだよ」
遥「もう二度と誰にもあんなことしないと誓ってく
ださい。それと、陸上部の顧問から外れてくださ
い。でないとこのテープ、新聞社に持っていきま
す」
頷く英雄。
千伽子「ちゃんと声に出して答えてください」
英雄「分かった。もう絶対にしない。陸上部の顧問
からも外れる」
千伽子「退職までこの中の誰かに見はられてるって
思ってた方がいいぞあんた。また同じことやって
みろ、分かってるよな」
何度も頷く英雄。停止ボタンを押す涼歌。
芋虫のように寝転がったままの英雄をそのま
まにしてそこを離れようとする五人。
英雄「い、井園――ほ、ホントはさぁ、触ってほし
かったんだろ。気持ちよかったんだろ。だから俺
の指導受けてたんだろ。なぁ、そうだよな、井園。
そいつらに言ってやれ」
遥、振りかえり英雄のもとにかけよりその腹
を思い切り蹴り上げる。
深沢「ぶぐぅっ!」
悶絶する英雄。
○同・校長室
真っ赤な顔している正秀。
千伽子「こういう形で再生するつもりで録音したわ
けじゃないんですけどね」
正秀、いきなりラジカセのボタンをガチャガチャや
りだす。出て来たカセットのテープを引き延ばす。
千伽子「はい、キャロわたしの勝ちぃ~。お好み焼
きおごってね」
キャロル「ちぇ、さすがにそこまではやらないって
思ってたけどなあ」
千伽子「親の愛ってやつだぁねぇ」
ポケットからもう一本のカセットを出す千伽
子。
千伽子「ダビングぐらいしてるっての。あ、これ奪
い取ってもダメですから」
キャロル「わたしの家にもう一本あるんです」
千伽子「というわけで校長先生、お涼の無期停、や
めてやってくれませんか。あ、ついでにうちらの
もとりやめてもらえればありがたいんですけどねぇ」
カセットをひらひらさせる千伽子。
正秀「このアバズレどもが……」
千伽子「はは。アバズレとはまた古い。ね、二度と同
じことやらないようにちゃんと言い聞かせときなよ
息子さんに。お、と、う、さ、ま」
正秀、真っ赤な顔で荒い息を吐き続ける。
○同・校長室を出たところの廊下
それぞれの教室に戻って行く先輩四人。
涼歌も戻ろうとするが。
真理「葛城さん」
向かいあう涼歌と真理。
真理「今晩、家庭訪問にうかがいます」
涼歌「……」
真理「他の先生方の対応は知りません。わた
しはあなたの担任教師として、またフリー
マーケットの保護責任者として、あなたの
ご両親にあなたがしていた事を伝えます」
涼歌「……」
真理「そのときに嘘はつかないでちょうだい」
立ち去る真理。立ちつくす涼歌。
○涼歌の家・キッチン(夜)
向いあって座っている勝、美雪と涼歌、
真理。沈黙。
勝、涼歌の頬を張る。
美雪「お父さんっ!」
勝「何で叩かれたか分かるか涼歌」
涼歌「……」
勝「おまえがお母さんの信頼も先生の信頼も
裏切っていたからだ」
涼歌「馬券買ってたの黙ってたことは謝る。
でも、正直に話してたら許してくれた?」
美雪「涼歌――」
涼歌「わたしは、わたしの気持ちのとおりに
放課後や日曜を過ごして、馬券を買ってい
ました。悪いのはわたしです。だからお父
さんお母さん――お千伽さんを、キャロさ
んを、華織さんを、はるちゃんさんを――
それから鉾ジィを、悪く言うのだけはやめ
て。もし今から先、一言でもそんな事を言っ
たら、わたしはこの家を出て行く。学校や
めて、ひとりで暮らす。本気だよ」
勝「――分かった、もう寝ろ」
部屋を出て行こうとする涼歌。
涼歌「配当金は鉾ジィから返してもらって全
部お母さんに渡すから――佐倉先生、わた
し正直に言いました。このこと校長先生に
言いますか」
真理「うん、って言ったら」
涼歌「――先生のこと、一生許さない。深沢
と同じくらい許さない」
美雪「涼歌っ」
扉を強く閉じ部屋を出て行く涼歌。
勝「(頭を下げ)申し訳ありません」
そのままゴチンとテーブルに頭をぶつける
勝。
真理「お父さん?」
勝「はぁ~~あ、叩いちゃったよ涼歌のこと。
俺、叩いちゃったよぉ~~」
美雪「お父さん……」
勝「いや、違うんだよぉ。違うの。俺さぁ、涼
歌叩く資格なんかないんだよぉ」
美雪「資格?」
勝「だってさ、俺高校の時、日曜になったらパ
チンコ行ってたもん。自転車で片道八キロか
けてよ、涼歌みたいに一レース千円だけなん
てルール決めてないよぉ。出りゃあ出るだけ
打ってたよぉ。帰るとき決まってオケラだよぉ。
バカだよなぁ。はあ~、親の財布から金くす
ねて打ったこと何回もあるよぉ~。そんな俺
がなに偉そうなこと言ってんだよぉ。何で涼
歌叩けるんだよぉ~~」
顔見合わせる真理と美雪。
美雪「……あなた、顔上げて」
勝「んぁ?」
美雪「顔上げてって言ってんの」
顔を上げる勝。
深雪「入ってるって思ってた額より少なかった
ことが何回かある。勘違いだって思ってたけ
ど――わたしの財布からお金取ってパチンコ
打ったことは?」
勝「え……」
深雪「わたしの財布からお金くすねたことある
かって訊いてるの。正直に答えて」
勝の顔が青ざめていく。勝が小さく頷い
た瞬間、その頬を思い切り張る美雪。
真理「わ!」
美雪「ほんと、よく涼歌のこと叩けたもんよね。
おばあちゃんに電話でちゃんと報告しとくか
ら、今のこと」
勝「やめてくれよ、頼むよぉ~~。ちょっとだ
けだよぉ~~。この年で親に叩かれたくない
よぉ」
美雪「その年で親に思い切り叩かれろ、バカ」
クククッと笑う真理。
美雪「お見苦しいところばかりお見せして」
真理「いいえ。涼歌さんに伝えてください。
校長に言ったりなんか絶対しないって。あ、
涼歌さんにこれ返してあげてください」
涼歌の競馬イラスト集を美雪に渡す真
理。
真理「ご覧になってください。涼歌さんの放
課後が詰まっています」
涼歌の絵を見ていく二人。
涼歌M<トウカイテイオーが奇跡の復活を遂げ
ることになる有馬記念の少し前、YHCC
同好会は消滅した>
(F・O)
○百合崎高校体育館(翌三月)
(F・I)卒業式。起立して「仰げば尊
し」を歌う卒業生たち。その中に涼歌
もいるが、口は開いていない。
○同・渡り廊下
うつむきながら歩く涼歌。
○同・D棟廊下
歩く涼歌。角を折れる。
千伽子、華織、キャロル、遥がいる。
キャロル「ほ~ら、やっぱり来た」
遥「お~い、お涼ちゃ~ん」
華織「卒業おめでとー」
千伽子「分っかりやすいヤツだなあ。賭けに
もなんない」
茫然と立ちすくむ涼歌。しゃがみこむ。
泣く。ただ泣く。
キャロル「ほらぁお涼、早くこっち来ぉい」
立ちあがり泣きながらよろよろと四人
に近づいていく涼歌。
千伽子「ゾンビかよっ」
笑う四人。
涼歌「あ~あ~あ~あ~……」
ゾンビのように歩いていく涼歌。
○同・部室前
先輩四人に囲まれる涼歌。涙と鼻水で
グシャグシャの顔。
涼歌「ごんばも、ずずびでぶろっ」
千伽子「ごめん、何言ってるのか全然分かん
ない」
涼歌「『こんなのずるい』って言ったのっ!」
遥「久しぶり、お涼ちゃん」
キャロル、涼歌の手を取りチョキの形
にし、自分のそれと交差させる。
涼歌「え」
キャロル「みんなに言った。わたし」
華織「大学で恋人できたってキャロ。でもキャ
ロとだったらしてもよかったんだけどなあ、
貝合わせ」
キャロル「はっ、週四でダンナとやりまくりの
人妻が何言ってんの」
華織「だってぇ、疼いちゃうんだも~ん」
千伽子「だめだよ、そんなこと言ったら。お涼
また鼻血出す」
涼歌「出しませんよっ!」
笑う四人。
千伽子「ここ、なくなってからどうしてた?」
涼歌「……演劇部の裏方。幽霊部員」
遥「そっか。絵は」
涼歌「まぁまぁ描いてた」
華織「進学?」
涼歌「短大。でも」
キャロル「でも、何?」
涼歌「描くことなくなったから、遊び半分で
描いたエロいの、エロ小説の出版社に送っ
てみた。そしたら連絡あって、挿絵と表紙
の仕事してみないかって」
遥「すごい! プロじゃん!」
涼歌「エロ絵ですよ、全然すごくないですよ。
トイレの落書きに毛が生えてるみたいなも
んですよ」
千伽子「遊び半分じゃなくて、トイレの落書
き命がけで描いてみなよお涼。爺ちゃんの
エロ絵もオットセイも超えてみろ」
涼歌、四人を見る。みんな笑っている。
また泣く涼歌。
遥「ほら」
[茶道部]と墨書された板を涼歌に渡す遥。
キャロル「裏返してみ」
裏返す涼歌。
涼歌「わ」
遥「へへ~、久しぶりに腕をふるったよん」
華織「あとはお涼が絵を描いて完成」
マジックペンを涼歌に渡す華織。
涼歌「絵?」
千伽子「キョウエイボーガン頼むよ」
頷く涼歌。ペンを走らせる。
涼歌「できた」
千伽子「いいねぇ」
部室の横に板を掛ける涼歌。五人、じっ
とそれを見つめる。
キャロル「さて、お涼の卒業祝いだ。おいしい
もの食べにいくか」
涼歌「はるちゃんさんの手料理がいい」
遥「急には無理だよぉ」
涼歌「急に来るからじゃないですかぁ」
騒ぎながら去っていく五人。残された部
室横に掛けられた板。そこに書かれてい
る[馬券部]の文字と疾走するキョウエイボー
ガンの絵。
画面、去っていく五人の足が大写しに。
○中山競馬場・入口
並んで歩く五人の足、成人女性となってい
て。競馬場入り口には〔二〇一七有馬記念〕
の看板。入場する五人。
○中山競馬場・馬券売場フロア
歩いて行く五人の足。
○同・馬券売場窓口
立ち止まる五人の足。
カメラ、五人を正面から捉える。
並んで立っているのは高校時代の遥、キャ
ロル、涼歌、華織、千伽子。みんな笑って
いる。
疾走感溢れるエンディングテーマが流れ始
め、キャスト・スタッフがせり上ってくる。
(了)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?