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【シナリオ】されど名もなきシナリオ書きは

主な登場人物

千木良李沙(16/18)高校生
   美紀(45/47)李沙の母
宗本永作(38/40)居酒屋〈零治〉店員
野間磊造(18)高校生
篠村京花(16/18)高校生
  順作(53/55)京花の父
箕輪優実(26/28)女子キックボクサー
松岡治(52/54)居酒屋〈零治〉店主
  雛子(49/51)治の妻
木南勇司(22/24)トラックドライバー
田口昭雄(64)進路指導担当教諭
土井真緒(14)中学生
工藤明日香(24/26)女子キックボクサー
沢上(50) キックボクシングジム会長
井上(26)高校教師
女性アナウンサー
千田香菜(30) 推理小説家

その他

〇港(夜)
   深夜の港。その一角にエンジンをかけた乗用車が
   停まっている。発進する車。徐々に上がる速度。
   車一台ほど走れるほどの幅の防波堤に入る。猛ス
   ピードで走り続ける車。突端の数メートル手前で
   助手席側のウインドウが開いていく。勢いのまま
   海に突っ込む車。激しい波しぶき。沈んでいく車。
   やがて、凪の海から浮かび上がってくる女。懸命
   に港の方へ泳ぎ始める――。
                
〇ニュース番組映像
   女性アナウンサー(以下女性アナ)がニュース原
   稿を読む。
女性アナ「次のニュースです。千田香菜さん四年ぶりの
 小説が、本日発売されました」
  香菜の写真とその作品『ダブル・スーサイド』がニュー
  ス番組の画面に映し出される。
女性アナ「千田さんは大学生だった十九歳のときに推理
 小説の新人賞を受賞し作家デビュー。旺盛な執筆活動で
 一躍流行作家となり、数々のベストセラーを生み出しま
 した。しかし四年前、担当編集者との不倫が発覚。その
 数か月後、同乗するこの男性が運転する車が海に転落。
 男性は死亡しました。警察は、男性が意図的に車で海に
 飛び込んだものと判断。千田さんは二人の合意の下、心
 中を図ったことによるものと供述しました。車から脱出
 した千田さんが罪に問われることはありませんでしたが、
 流行作家がまきおこした心中未遂事件は世間の大きな注
 目を集めることとなりました。以降千田さんは沈黙を守っ
 てきましたが、自身が関わった事件を題材にしたこの度
 の小説の出版は、早くも大きな話題をよんでいます。な
 お千田さんは今作も含め、これまでの自身の著作で得ら
 れた印税のすべてを男性の遺族に寄与する意向とのこと
 ですが、遺族側は受け取りを拒否している模様です。で
 は、次のニュースです」
   画面、ブラックアウト。

〇佳日アパート・外景
   関西の地方都市。
   一階は飲食店やコインランドリーなどが入っている
   テナント、二階がアパートになっている建物。その
   裏手にスーパーマーケットが見える。
   駐車場に軽トラックが二台停まっており、引っ越し
   業者が荷下ろしの最中。

〇前同・外階段
   段ボールに入った荷物を抱えて階段を昇っていく千
   木良李沙(16)。母の美紀(45)も後に続いて。

〇前同・二〇六号室・居間(夕方~夜)
   キッチン三帖、居間八帖の安アパート。
   持ち運ばれた荷物の梱包をほどき、無言で引っ越し
   作業を続ける母娘。
    ×    ×    ×
   ある程度片づけられた居間。その真ん中に折り畳み
   式の座卓が置かれ、前に美紀が座っている。李沙も
   なんとなくという風情で美紀の向かいに座る。
美紀「テレビの設置は明日にしようか」
李沙「いいよ、テレビなんかべつに」
美紀「なんでよ」
李沙「電気代、節約しなきゃなんないでしょ」
美紀「そこまで気にしなくていいの」
李沙「スーパー、いつから働くの?」
美紀「明後日からよ。社会保険ついてるし、
頑張ってたらお給料あがるって店長さん言ってくれたわ」
李沙「元気でいようね、お母さん」
美紀「え?」
李沙「医療費って高くつくじゃんか。お互い健康にだけ
 は気をつけて生きていこうよ」
美紀「李沙……」
李沙「あの女の金なんか、絶対にもらわない」
   李沙、畳の上にゴロッと横になる。
美紀「半分はお母さんの責任よ」
   泣き出す美紀。横になったままの李沙、寝返って
   美紀に背を向ける。
李沙「あ~あ、悲劇のヒロイン全開じゃん。なんで半分
 お母さんの責任なの。悪いのはお父さんとあの女でしょ。
 マジでやめてほしいんだけど」
   美紀のすすり泣きが続く。李沙、首を曲げて美紀を
   見て。
李沙「ねぇ、おなかすいた」
美紀「――うん。だね」
李沙「カップ麺かなんかないの」
美紀「引っ越し初日にそんなの持ってきてるわけないでしょ」
李沙「そっか。スーパー買いに行く?」
美紀「下に居酒屋さんあったみたいだから行ってみようか」
李沙「居酒屋」
美紀「ご飯ものもあるだろうしさ。今日くらいはお金の
 心配はなし。ね」
李沙「うん」

〇居酒屋〈零治〉・表(夜)
   暖簾が出ている。入る李沙と美紀。

〇前同・店内(夜)
治「はい、いらっしゃい」
   厨房の中から店主の松岡治(52)が威勢よく。
   八人ほどが座れるカウンター席(に三人の客)
   とテーブル席三つのこぢんまりした清潔な店。
美紀「あの、テーブル席でも」
治「はい、けっこうですよ」
   テーブル席、向かい合わせに座る美紀と李沙。
   李沙、壁に貼られている品書きを見る。
美紀「なんにする?」
李沙「う~ん、なんにしよ。いっぱいあって迷う」
美紀「お母さん、少しビール飲もうかな」
李沙「え――うん、いいんじゃない」
   お通しが二つ乗った盆を持って宗本永作(38)
   がテーブル席へ来る。左足を少し引きずり、
   左手は不自然に固まっている。永作、盆をテー
   ブルの上に置き、お通しを二人の前へ。
永作「ご注文はお決まりですか」
   口調は滑らかである。李沙、永作を見る。永作、
   少し微笑む。
     ×    ×     ×   
   常連客で満席になっているカウンター。賑やか
   な店内。
   〈アルバイト募集・まかない付き〉の貼り紙に
   気づく李沙。
   美紀、グスグス泣きながら中ジョッキのビール
   を呷る。息をつき、またメソメソ泣く。ビール
   を飲む。その様を呆れて見ている李沙。
李沙「泣くのか飲むのかどっちかにしてよね」
美紀「ごめんね、李沙。辛い思いさせてごめんね……」
李沙「だからもういいってそういうの。てかちょっと
 飲みすぎだよ」
   店の引き戸が開く。ギターを持って入ってくる
   篠村順平(53)と京花(16)親子。カウンター
   の常連客たちから拍手。頭を下げる順平と京花。
客A「京花ちゃん待ってたで! 『夢追い酒』お願い!」
客B「その次『なみだ恋』!」
客C「そんで『港町ブルース』」
京花「あんなぁ、たまにはちがうのリクエストしてえや。
 稽古にならへんやん」
   李沙と美紀に気づく順平。
順平「あら、こちら初めて見る顔だ。どうぞお姉さん、
 なにかリクエストがあれば」
美紀「え、なんですか、それ」
順平「はい、お客様のリクエスト曲をとなりの娘、京花
 が修行を兼ねて歌わせていただきます。一曲百円のみ
 いただいております」
   頭を下げる京花。美紀、しばらく二人を見ている
   が、財布から百円玉を出しテーブルの上に置く。
美紀「『あの素晴しい愛をもう一度』――演歌専門でしょ
 うか」
   順平、京花と顔を見合わす。頷く京花。
   京花、手にした楽譜のファイルを開く。
   前奏を奏で始める順平。唄い出す京花。
京花「〈♪〉『命かけてと誓った日から 素敵な思い出残
 してきたのに』――」
   美紀、また泣き出す。
京花「〈♪〉『あの素晴しい愛をもう一度 あの素晴しい
 愛をもう一度』」
   歌い続ける京花をじっと見る李沙。
     ×    ×     ×
   酔いつぶれてしまった美紀を横抱きにしている李
   沙。勘定を済ませる。
   アルバイト募集の貼り紙に目をやる。
治「大丈夫? お母さんちゃんと部屋に連れて帰れる?」
李沙「あ、はい。大丈夫です。どうもすみません――ほ
 ら、お母さん、帰るよ」
   美紀を横抱きにしたまま〈零治〉を出る李沙。

〇佳日アパート・外階段(夜)
   美紀を背負って階段を昇る李沙。
美紀「〈♪〉『あの素晴しい愛をもう一度』~」

〇前同・二〇六号室・居間(夜)
   布団を敷いて美紀を寝かせる李沙。
   寝息をたて始める美紀。眠りながら涙をこぼす美
   紀をじっと見る李沙。立ち上がる。

〇前同・外階段(夜)
   降りていく李沙。

〇〈零治〉・表(夜)
   少し逡巡した後、引き戸を開ける李沙。

〇前同・店内(夜)
   入る李沙。
李沙「あの――」
   視線が李沙に集まる。
治「ん? なんか忘れもの?」
李沙「いえ、あの――」
治「お母さん、部屋にちゃんと連れていけた?」
李沙「あ、はい。ご迷惑をおかけしました」
   頭を下げる李沙。
治「酒が過ぎて潰れる、当たり前のこっちゃ。そん
 なん迷惑に思ってたらこんな商売できるかいな。
 (カウンターの客に)なぁ」
   ドッとわく店内。
李沙「――あの、あの」
治「ん?」
李沙「あの、アルバイト、させていただけませんで
 しょうか」
治「え」
李沙「この春から高校生です。だめですか」
治「――いやぁ。いきなり、やなぁ」
李沙「急でごめんなさい。貼り紙見て。あの、あの、
 これからお母さんの収入だけじゃ。わたしもなに
 かアルバイトしなきゃ……」
   静まり返る店内。李沙をじっと見ていた京花。
京花「この春から高校って、東高?」
李沙「え、あ、はい」
   二人、視線を交わす。
京花「もううちらの間で噂になってるで。東京から
 来る新入生いてるって」
李沙「え」
京花「まかない付きは魅力やんね」
李沙「え、うん」
京花「で、大将どないするん」
治「え?」
京花「うちの同級生になるみたいやわこの子。雇う
 ん? 断るん?」
   治、じっと李沙を見ているが、ふいに傍らの
   永作を見て。
治「永作はどうや」
永作「はい?」
治「雇たら同僚としていっしょに働くことになるん
 やけどな、この子と」
永作「人にちゃんと頭下げることができるいうのは、
 この年でなかなかできひんことやと思います」
治「うん」
   頷く治、李沙をまっすぐ見て。
治「お名前は?」
李沙「千木良李沙です」
治「千木良さん。明日お店に来れる?」
李沙「はい」
治「じゃあ、明日午後四時、正式なアルバイトの面
 接や。簡単な履歴書書いて持ってきてくれるかな」
李沙「はい、ありがとうございます!」
京花「正式な面接! 履歴書! 大将も偉なったも
 んやねぇ!」
   店内が笑いに包まれる。
永作「部屋は二〇六号室やね」
李沙「え、あ、はい。あの――」
永作「ずっと空室やったもんね。二〇一号室の宗本
 永作です。端っこどうしやね。これからよろしく
 お願いします」
   丁寧に頭を下げる永作。
李沙「あ、そうなん、ですか。千木良李沙です。こ
 ちらこそよろしくお願いします」
   頭を下げる李沙。

〇走る李沙(一か月後/夕方)
   画面いっぱいに李沙が走る!

〇佳日アパート・外階段(夕方)
   階段を駆け上がっていく制服姿の李沙。
    ×     ×    ×
   階段を駆け下りていく体操服姿の李沙。

〇〈零治〉・店内(夕方)
   開店前。仕込み中の治と永作。永作、固まった
   左手で鶏肉を持ち、右手で器用に串に指してい
   く。
   引き戸を開け李沙が入ってくる。
李沙「おはようございます!」
治「おう、おはよう」
永作「おはようございます」
   店内に入る李沙。まっすぐトイレに向かう。

〇前同・トイレ(夕方)
   トイレ掃除をする李沙。雑巾で丁寧に便器
   を磨き上げていく。

〇前同・店裏(夕方)
   溝蓋を開け、グリストラップ清掃をする永
   作と李沙。籠に溜まったヘドロをゴミ袋に
   移し替える永作。
永作「二日怠けただけでこんなんなる」
李沙「臭い、きっつい……」
永作「へドラが出てきそうやね」
李沙「はい?」
永作「ゴジラは知ってるよね?」
李沙「え? うん」
永作「ははっ」
李沙「(?)」
   清掃を続ける二人。

〇前同・店内(夕方)
   厨房で治から魚の捌き方を教わっている李
   沙。引き戸が開き、治の妻、雛子(49)
   が入ってくる。
治「なんや。どないした」
雛子「お天気よかったから――一度ご挨拶しとか
 なきゃって思って。そちらが?」
治「うん。(李沙に)嫁の雛子や。喘息持ちでな。
 昔はいっしょに店やってたんやけど、今は家の
 ことしかしてない」
李沙「あ、あの、初めまして。この間からお世話
 になってる千木良李沙です。よろしくお願いし
 ます」
   頭を下げる李沙。雛子笑って。
雛子「ほんまやねぇ」
李沙「え」
雛子「礼儀のしっかりしたええ子が入ってくれた、
 言うてすごい喜んでんのよ、この人。うちの人
 助けてあげてね」
李沙「――はい、頑張ります!」
   微笑む雛子。

〇前同・店内(夜)
   営業中。賑わっている店内。厨房に治と永作。
   テーブル席に料理やビールを運んでいる割烹
   着姿の李沙。まだおぼつかないところもある
   が、働くその顔は生き生きとしている。
   引き戸が開く。入ってくる京花と順平。
李沙「京花」
京花「よっ」
   笑みあう二人。カウンターで一人飲んでいる
   木南勇司(22)に気づく京花。
京花「勇司さん」
勇司「こんばんは。久しぶりやね」
京花「うん。ほんまに。もうちょっと来てくれやな
 あかんわ」
勇司「ははっ。ごめんごめん」
   厨房内の李沙、永作に耳打ち。
李沙「わたし京花のあんな顔、初めて見た」
永作「京花ちゃんはあの運転手さんの前でだけあの
 顔になる」
李沙「運転手さんって、京花のお父さんと同じタク
 シーの?」
永作「ううん、長距離トラックのや」
京花「勇司さん、この前教えてもらった歌、唄ても
 ええ? 唄えるようになってんよ、わたし」
勇司「うん。聞かせてもらおかな」
   京花、順平を見て。順平『浜千鳥』の前奏を
   奏で始める。唄い出す京花。
京花「〈♪〉『青い月夜の浜辺には――』」
   気持ちを込め歌う京花。しみじみと聴いてい
   る勇司。伴奏をする順平の顔はどこか複雑そうで。
   厨房の中から京花を眩しげに見る李沙。
     ×    ×     ×
   午後十時。店内に客は三人。洗い物をしている李
   沙。
治「よっしゃ、十時や。あがろか李沙ちゃん」
李沙「はい。でもこれだけ終わってから」
治「十時で終わり。約束や」
   ビニール袋をさしだす治。
治「角煮と煮卵。明日の弁当に入れていったらええ」
   受け取る李沙。
李沙「いつもありがとうございます」
治「京花ちゃんに食べられてしまいなや」
李沙「はい」
   永作、タッパーを差し出し。
永作「これもよかったら」
李沙「え」
永作「胡瓜のヨーグルト漬け」
李沙「ヨーグルト漬け。そんなのあるんだ」
永作「うん。簡単にできてすごくおいしい。
 ヨーグルトは洗って落としてな」
   李沙、タッパーを受け取って。
李沙「あの、永作さん」
永作「ん?」
李沙「グリストしてるとき言ってたの、なん
 です?」
永作「え、ぼく、なんか言うた?」
李沙「ほら、へドラとかゴジラとか」
永作「ああ――へドラはゴジラがいちばん苦
 しめられた怪獣。キングギドラなんかより
 苦戦した」
李沙「怪獣」
永作「『ゴジラ対へドラ』はゴジラ映画の中
 でぼくのベストワンや」
李沙「ゴジラ映画――永作さん、ゴジラが好き
 なんだ」
永作「うぅん」
李沙「え」
永作「ゴジラ映画はもちろん好きや。でもそれ
 だけやない。映画が好きなんや、ぼくは」
李沙「映画が、好き」
永作「うん」
   微笑み、李沙を見る永作。

〇東高校・一年七組教室内(翌日/昼休み)
   机を寄せ向かい合って弁当を食べている
   李沙と京花。ククッと笑う李沙。
京花「ん?」
李沙「いや、目がハートマークになってたなと」
京花「は?」
李沙「昨日、あの運転手さんの前で」
京花「えっ」
李沙「あははは、分かりやすぅい」
京花「やかましいわっ」
   李沙の弁当に箸を伸ばし、角煮をつまんで
   口に運ぶ京花。
李沙「ちょっとぉ!」
京花「なぁ、あの歌、ええ歌やろ。昨日勇司さん
 の、前で唄たやつ」
李沙「うん」
京花「『浜千鳥』って歌。オトンがな、両親、い
 てへんのやないかって言うてた。あんな歌知っ
 てるのは、たぶんそうやろうって」
李沙「そっか」
京花「あの歌どこで覚えたんやろ、勇司さん」
李沙「イケメンだよね」
京花「そやろぉ。ちょこっと垂れ目なんがまたえ
 えんよなあ。あんな人となぁ」
李沙「あんな人となによ」
京花「――へへっ」
   弁当に入れていた胡瓜のヨーグルト漬け
   を箸でつまむ李沙。
李沙「永作さんも両親いないって」
京花「ん?」
李沙「交通事故で両親死んじゃったんだって、
 十八歳のとき」
京花「そうなんや」
李沙「脳梗塞になったのはその半年後」
京花「そんな早うに?」
李沙「うん。若年性のがあるんだって。障碍者
 の作業所に六年勤めてから〈零治〉で働き始
 めたって言ってた」
京花「ペースメーカーいうのん体に入れてるっ
 てオトンから聞いたことあるけど?」
李沙「うん。今までに二回入れ替えの手術したっ
 て」 
京花「詳しいやん」
李沙「仕込みのとき、いろいろ話してくれるから」
京花「ふーん。李沙は自分のこと永作ちゃんに話
 したりせえへんの?」
李沙「え?」
京花「なんでこっち越してきたか、とか」
李沙「……」
京花「うちにも、まだ話せへん?」
李沙「……ごめん」
京花「うぅん、逆にごめん。もう訊かんわな」
   二人、食事を続ける。
李沙「でも、永作さんが映画好きだっていうのは
 昨日初めて知った」
京花「へぇ、映画か――そうや、李沙今日バイト
 休みやんね。映画観に行かへん? 一日やから
 映画の日やで。千円で観れる」
李沙「映画。なに観るの」
京花「キュンキュンするやつ」
李沙「キュンキュン?」
京花「そう、キュンキュン」
   京花、李沙の弁当の煮卵に箸を伸ばし、パ
   クりと。
李沙「ちょっとぉ!」
 
〇シネマコンプレックス・上映エリア
   京花と並んで座り、少女漫画原作ものの映
   画を観ている李沙。

〇路上(夕方)
   シネコンから出てくる李沙と京花。並んで
   歩いていく。
京花「けっこうおもしろかった」
李沙「うん。でも意外」
京花「なにが?」
李沙「京花がああいう映画好きだったなんて」
京花「悪いぃ?」
李沙「どっちかっつーとアクションものとか
 の方が好きなのかって思ってた。あ、違う
 か。『もうちょっと来てくれやなあかん わ』
 ――ぷははは」
京花「るっさいわ! 人のまねするんやったら、
 関西弁もっと上手なってからにせぇ!」
   学生鞄で李沙の尻を叩く京花。

〇〈零治〉・表(夕方)
   アパート下まで帰ってきた李沙。永作 
   が店の暖簾を出している。
李沙「永作さん」
永作「あぁ、お帰り。ここんとこ詰めて入ってた
 から疲れたやろ。今日はゆっくり休んでな」
李沙「うん。今日ね、京花といっしょに映画観てきた」
永作「へぇ。なに観たん?」
李沙「えっとね――」
   李沙、学生鞄の中からA4サイズの映画チラ
   シを取り出し、永作に手渡す。
永作「壁ドンっていうんやんな、こういう場面って」
李沙「うん」
永作「おもしろかった?」
李沙「ん~、まあまあ。京花は楽しんでたみたいだっ
 たけど」
   永作、チラシを李沙に返す。
永作「まあ、どんな映画でも大きなスクリーンで観る
 のはええことや思うわ」
李沙「え」
永作「商品と作品は違うからね」
   店に戻る永作。立ち尽くす李沙。

〇〈零治〉・店内(翌日/夕方)
   厨房で仕込みをしている永作。店内の掃除をし
   ている李沙。
李沙「永作さん」
永作「ん?」
李沙「昨日のあれ、どういう意味?」
永作「『昨日のあれ』って?」
李沙「ほら、『商品と作品は違う』って」
永作「ああ。気に障ったなら謝るわ。ごめん」
李沙「いや、そういうのじゃなくって。単純に意味が
 分かんないから」
永作「う~ん、なんていうか。商品やない作品なんか
 ないし、作品やない商品なんかないんやけどね。で
 も今の映画はあまりに観る側に媚びてるっていうか」
李沙「媚びてる」
永作「うん。今の女の子映画は女の子を嘗めてる。き
 みらが喜んで観る映画作ってあげたよ、さあ嬉しがっ
 て観なさい、みたいなんばっかりや。昨日李沙ちゃ
 んが観た映画もそんなんやったんやろ」
李沙「……まあ、確かに」
永作「ちょっとだけ背伸びして観るのが女の子映画
 だったはずなんや」
李沙「ちょっとだけ背伸び」
   実際にその場で背伸びをする李沙。
永作「ははは。うん」
李沙「永作さんは映画館とか行かないの?」
永作「最近は行ってないなあ。ぼくの観たいような
 映画、上映されへんから」
李沙「じゃあどこで」
永作「ん? 自分の部屋」
李沙「部屋」
永作「衛星放送。あとDVDに録ってるやつ観返し
 たり。仕事終わってから毎日一本は観てる。テレ
 ビだけは贅沢して大画面や」
李沙「毎日必ず」
永作「うん」
   慣れた手つきで仕込みを続ける永作を見る李
   沙。

〇佳日アパート二〇六号室・居間(夜)
   座卓を挟み向かい合って食事をしている李沙
   と美紀。
李沙「お母さん」
美紀「ん」
李沙「初めて観た映画って覚えてる?」
美紀「なによ急に」
李沙「いや、べつに。どうでもいいけど」
美紀「う~ん。たぶん親に連れてってもらっ
たアニメの三本立てじゃないかな」
李沙「そっか」
美紀「でも、初めてデートで観た映画は覚えてる」
李沙「デートで」
美紀「うん。『青春デンデケデケデケ』よ」
李沙「え?」
美紀「高校生バンドの映画。高二のときだった。あ
 のひともバンド組んでベース弾いてたからさ――
 お父さんが観に行かないかって誘ってくれたのよ」
李沙「……なんか、ごめん」
美紀「なに謝ってんのよ」
李沙「あのさ、お母さん」
美紀「なに」
李沙「明日日曜でお店も休みでしょ」
美紀「うん」
李沙「永作さんの部屋、行ってもいい?」
美紀「え?」
   李沙を見る美紀。李沙、黙って食事を続ける。

〇佳日アパート二〇一号室・前(翌日)
   永作の部屋の前に立っている李沙。ブザーを押
   す。
永作(声)「は~い」
   扉を開ける永作。李沙を見て驚く。
永作「李沙ちゃん。どないしたん」
李沙「映画、観せてほしい。大画面で」
永作「え――」
李沙「やっぱりずっと気になってる。永作さんが言っ
 た『商品と作品はちがう』って言うの。観なきゃ分
 からないよそんなの」
   永作、李沙を見つめているが。
永作「北野武、知ってる?」
李沙「え」
永作「お笑い芸人のビートたけし」
李沙「テレビでときでき見るけど」
永作「映画監督もやってるの、知ってる?」
李沙「――うん。なんか怖い人がいっぱい出てくる
 映画とか、撮ってんだよね」
永作「はは、そうやね。今日はその怖い人がいっぱ
 い出てくる映画観るって決めてる。『ソナチネ』っ
 ていう映画や。知らんやろ」
   頷く李沙。
永作「映画観慣れてない今どきの女子高生が観るに
 は刺激が強すぎる作品や。また別の日に、他の映
 画を用意してあげるから――」
李沙「それ、観る」
   睨むように永作を観る李沙。
李沙「『今どきの女子高生』とか、むかついた」

〇前同・居間
   大画面テレビの前、古ぼけたソファに少し離
   れて座り『ソナチネ』を観ている李沙と永作。
   (同作品、音声のみ流れ、映像は映らない)
   画面を見つめる李沙。ときに苦悶の表情を浮
   かべ、ときに画面から目を背ける。
永作「止めようか?」
李沙「……いいから」
   また画面を見つめる李沙。
     ×    ×     ×
  『ソナチネ』終わる。がっくりうなだれている李
   沙。
永作「そやから――」
李沙「わたしさぁ」
永作「ん?」
李沙「わたし、あいつ殺そうと思ってたの」
永作「あいつ?」
李沙「お父さんと心中したあの女。あいつ自分ひとり
 逃げて生きてるんだけどさ。あぁあ、言っちゃったぁ」
永作「――」
李沙「作家の千田香菜。知ってる? あの事件の本も出
 してる」
永作「『ダブル・スーサイド』やね。読んだよ」
   永作を見る李沙。
李沙「わたしもちょっとだけ立ち読みした。モデルの男
 がうちのお父さん。名前は変えてあるけどさ――秘密
 だよ」
   頷く永作。またうなだれる李沙。
李沙「わたしさ、二十歳になったら、あいつ絶対殺そうっ
 て思ってたの。待ち伏せして包丁で刺そうとか、喫茶
 店に呼び出してコーヒーに毒入れようとか、マジでい
 ろいろ考えてた」
永作「……二十歳は、なんで?」
李沙「え? ああ。それはやっぱりさ、未成年だとお母
 さんにも迷惑かかるじゃん。それは嫌だから、二十歳
 まで待ってた」
永作「そうか」
李沙「けどさ――」
永作「けど?」
李沙「今の映画観てあいつ殺すの怖くなった」
   また永作を見る李沙。
李沙「今、あいつ殺すのすごく怖い。――ねぇ、わたし
 があいつ殺すって決めてたの、嘘だと思う?」
   首を横に振る永作。
李沙「覚悟決めてたつもりだったんだけどさ。本気だっ
 たんだけどさ……今の映画観て分かった。無理だよ、
 やっぱそんなの」
永作「それが映画の力や」
李沙「映画の力?」
永作「『ソナチネ』は今の李沙ちゃんが観るために生
 まれた作品やったんや」
   じっと永作を見る李沙。
永作「ほんまやで。この作品だけやない。優れた映画
 はな、今の自分が観るために存在するんや。覚えと
 き」
李沙「――ごめん。なんかちょっと永作さんが言って
 ること、よく分かんない」
永作「ははは。ごめんごめん」
李沙「分かるのは今の映画が凄かったってことだよ。
 特にあの殺し屋、やばいよ。人殺しって、あんな
 顔になるのか……あ~キツい。絶対あの殺し屋今
 日夢に出てくる――」
永作「李沙ちゃんは人殺しにはなれへんよ」
李沙「え?」
永作「〈零治〉であれだけ生き生き働けてるんやもん」
李沙「――永作さん」
永作「ん?」
李沙「青春デケデケデケ、ってやつある?」
永作「青春――ああ、『青春デンデケデケデケ』
李沙「そう、それ。持ってるの?」
永作「あるで。ようそんなん知ってるね。ぼくも大好き
 や。不朽の青春音楽映画や」
李沙「それ、観たい」
永作「よっしゃ。頭の中の空気入れ替えるにはぴった
 りの映画や」
   ソファから立ち上がり、ビデオテープやDVD
   を並べた棚の前に行く永作。
李沙「あいつの本、読んでたんだね」
永作「図書館で借りてな。シナリオの参考に話題になっ
 てる本は借りることにしてる。けど、あんまりたい
 したことなかったな」
李沙「シナリオ?」
永作「うん。書いて、応募してる。落選ばっかりやけど」
   李沙、改めて部屋の中を見る。『年鑑シナリオ集』
   などシナリオ関連の本がたくさん並んでいる本棚
   に気づく。
永作「あ、あったあった」
   レコーダーにDVDをセットする永作をじっと見
   る李沙。

〇東高校・廊下(幾日か後/始業前)
   話しながら教室へと歩く李沙と京花。

〇前同・一年七組教室
   教室に入る二人。そこここでクラスメートが固ま
   り、李沙を見てひそひそと話す。自席の前まで行
   く李沙。机の上に置いてある『ダブル・スーサイ
   ド』。それをじっと見つめる。
京花「ん? なんやこの本』
   李沙、無言。京花、本を手に取る。
   女子生徒の一人がその様子をスマートフォンで動
   画撮影している。京花、それに気づいて。
京花「なんやあいつ」
   李沙、教室を飛び出す。
京花「李沙!?」
   李沙を追う京花。

〇前同・廊下
   走る李沙。追う京花。
京花「李沙、待て! なぁ、待てって!」
   李沙に追いつく京花。肩を掴み振り向かせる。
   李沙、泣いている。
京花「どないしたんよ」
李沙「バレちゃった。バレちゃったよ……」
京花「はぁ? なにがよ」
李沙「あの本書いたの、お父さんの愛人……」
京花「え」
李沙「二人で、心中……あいつだけ、生き残った……」
京花「え? え? あぁ、あの事件」
   李沙、泣きじゃくる。
京花「え、あんた、それでこっちに引っ越し?」
   しゃくりあげ言葉が出ない李沙。
京花「ちょっと、ちょっと待って。うちがそれ聞いて、
 あんたのこと変な目で見るって? そやからそのこ
 と黙ってたわけ?」
李沙「……」
京花「馬鹿にされたもんやわ」
   京花、李沙に背を向け歩き出す。
李沙「京花には分からないよ! ずっと、どこに行っ
 てもひそひそ話される! いつも誰かがこっち見て
 る! 新聞やテレビが毎日家に押しかける! おじ
 いちゃんやおばあちゃんもお母さんが悪かったなん
 て言う! 夜中にいたずら電話がかかってくる! 
 教室に入ったら机に不倫心中娘ってマジックで書い
 てある! ネットに好き放題書かれる! あいつ
 に本まで出される! 京花にはわたしの気持ちな
 んか分からないよ!」
   京花振り向き。
京花「分かるかぁ! けどあんたにも分からんやろ! 
 あんたからそんな連中と同じに見られてたうちの
 気持ちが!」
   京花、踵を返し大股で歩いていく。立ち止ま
   りまた振り向いて。
京花「どこに行くつもりやってん! 目的もなしに
 走るな! アホ!」

〇前同・一年七組教室
   教室に入る京花。スマホで撮影していた女子
   生徒の前に立つ。
京花「消しぃや、今の」
女子生徒「はぁ? なに言うてんの」
   とりまきの女子生徒たちが笑う。
京花「どけっ!」
   京花、隣の席に座っていた男子生徒を突き飛
   ばし、椅子を掴みそのまま校庭側窓ガラスに
   投げつける。割れる窓ガラス。生徒たちの悲
   鳴。
京花「消せぇっ!」
   震える指でスマホを操作し、動画を消去する
   女子生徒。教室入口でその様子を見ている李沙。

〇〈零治〉・店内(夕方)
   厨房内で仕込みをしている永作と治。店内の掃
   除をしている李沙。
治「で、結局京花ちゃんはどうなったんや」
李沙「一週間の停学」
   永作と治、クククと笑い。
治「京花ちゃんらしいなあ。けど椅子投げて窓ガラス
 割ることはないやろ」
李沙「ほんとびっくりしました」
治「まぁ京花ちゃんの気持ちも分からんこともないけ
 ど――李沙ちゃん」
李沙「はい」
治「よう言うてくれたな」
李沙「――なんか、もう隠すのいやだから」
治「うん。拗ねたらあかんで。李沙ちゃんはなんも悪
 いことしてへんのやから。胸張って生きてったらえ
 えんや。うちの看板娘や。明るく笑ってなあかん」
李沙「はい。あの、大将。お店の名前の由来、永作さ
 んから聞きました」
治「(永作を見て)おまえいらんことを」
永作「べつに分かってもええやないですか」
治「まあ、そやけど。観たんか『居酒屋兆治』」
李沙「はい。永作さんから借りて。この前ブルーレイ
 のレコーダー買ったんです。再生専用だけど」
治「どうやった?」
李沙「ん~、なんか大人な感じ」
治「はは。李沙ちゃんにはまだちょっと早かったかな」
李沙「あ、でも女優さんはすごく綺麗だと思いました」
治「大原麗子。あれがほんまもんの美人女優いうもんや。
 俺もうあの映画百回以上観てるかもしれんな」
李沙「百回! マジで!?」
永作「大好きな映画いうのはそういうもんや」
李沙「でもちょっと謙虚すぎじゃないですか〈零治〉は」
治「なに言うてんの。天下の健さんが〈兆〉やったら俺
 なんか〈零〉や。ゼロや。いや、この世の男は全員ゼ
 ロやな。そしたら次は『冬の華』観なあかんな。これ
 の健さんもかっこええ。たまらん」
李沙「永作さん、持ってるの?」
   永作、微笑んで頷く。
永作「今日、貸してあげる」
李沙「うん!」
   李沙、嬉しげに。

〇登校路(一週間後/朝)
   並んで登校する李沙と京花。
李沙「一週間ぶりに登校する感想は?」
京花「なんやそれ。そんなもん特にないわ」
   二人しばらく無言で歩いているが。
李沙「京花」
京花「ん?」
李沙「ありがとう」
京花「んぁ?」
李沙「わたしさ、友達なんかずっとできないって思っ
 てたからさ――」
京花「――あかんあかん。なしなし、そんなん苦手や! 
 そんなん言うのんなし!」
李沙「……意外と照れ屋なんだね、京花」
京花「るっさい! 急にあんたが変なこと言うからや!
 ――あ~、でも外の空気はええもんやなあ」
李沙「ちょっと、ほんとに一歩も家から出なかったの、
 一週間?」
京花「そうや」
李沙「意外……」
京花「外出してもし見つかってみいな。退学もあるや
 ろ。それは洒落にならんわ。経歴に傷がつく」
李沙「経歴?」
京花「今度な、オーディション受けるんや」
李沙「オーディション」
京花「中学んときからずっと受けようって思っててん。
 合格したら東京や。デビューに向けてレッスン受け
 られる」
   立ち止まる李沙。京花だけが歩いて。
京花「(振り向き)李沙?」
   李沙、京花に駆け寄る。
李沙「オーディション、なに歌うの」
京花「ああ。西川峰子さんの『あなたにあげる』や。
 『〈♪〉あなたにあげる 私をあげる ああ あな
 たの私になりたいの』」
李沙「うわっ、エロっ」
京花「るっさいわ! ええ歌なんや!」
李沙「受かるよ絶対、京花なら」
京花「デビューした後でもな、この前みたいなことが
 あったらいつでもラインしてきてや。飛んでったる」
李沙「椅子投げて窓ガラス割るのはもう勘弁してほし
 いけど」
京花「ははっ」
   二人、並んで歩いていく。

〇〈零治〉・店内(幾日か後/夜)
   営業中。カウンターでひとり、酒も飲まず食事
   をしている箕輪優実(26)。厨房の中で彼女
   が気になる李沙。
優実「ごちそうさま」
   食事を終え、立ち上がる優実。
優実「これ、また掲示お願いします」
   優実、丸めたポスターを治に渡す。
治「はいよ」
   ポスターを受け取り、広げる治。横からのぞき
   込む李沙。女子キックボクシングの試合告知ポ
   スターである。出場選手の顔が多数載っており、
   優実の顔もある。
李沙「うわぁ、かっこいい」
治「優実ちゃんは女子キックボクサーなんや」
李沙「キックボクサー」
優実「アルバイト?」
李沙「あ、はい。この四月から」
優実「そう。よかったら試合観にきてね。格闘技とか
 嫌い?」
李沙「う~ん、ちゃんと観たことないからよく分か
 んないです」
優実「『かっこいい』って言うてくれたね」
李沙「あ、はい。かっこいいから」
優実「嫌いな女の子はポスター見ただけで拒絶反
 応起こす」
   永作もポスターをのぞき込む。
永作「四度目の正直の一戦やないんやな」
優実「挑戦権がかかってる。三回も負けてたら簡
 単に相手してもらえん」
永作「(李沙に明日香を指し示し)ほら、この選
 手。優実ちゃんの永遠のライバル、工藤明日香
 選手」
李沙「わ、なんかかわいい」
優実「芸能活動もやってる。〈キックの国のアス
 カ〉ってブログもやってる――しょうもない」
永作「じゃあ次の試合は絶対に勝たんとな」
   うなずく優実。
優実「勝つ。絶対勝つ。KOでぶっ倒す」
   ギラつく優実の瞳。拳で自らの掌をバチン
   と叩く。
李沙「うわぁ、かっこいい」
優実「試合、観にきてくれる? チケット代おご
 るわ」
李沙「はい!」

〇佳日アパート・外階段下(幾日か後/夕方)
   待っている永作。階段を降りてくる李沙。
永作「そしたら、行こか」
李沙「はい。あ~、なんかすっごい楽しみ」

〇路上(夕方)
   並んで歩いている李沙と永作。
李沙「わたし嫌いじゃないのかも格闘技。なんか
 観る前から分かる。血が騒ぐって言うのかな、
 こういうのって」
永作「そう――李沙ちゃん」
李沙「なんですか」
永作「恥ずかしいことないか」
李沙「え」
永作「ぼくなんかの隣歩いてて」
   二人、しばらく無言で歩いていく。
李沙「永作さん、恥ずかしくないですか」
永作「え?」
李沙「心中事件起こして自分だけ死んじゃった男
 の子供の隣歩いてて」
永作「……」
李沙「今みたいなことまた言ったら、わたし〈零治〉
 やめて他のバイト探します」
永作「……ごめん」
李沙「窓ガラスに向かって椅子ぶん投げたい気分」
永作「ごめん。もう二度と言わへん」
李沙「――昨日ね『Wの悲劇』観た」
永作「そっか。薬師丸ひろ子、綺麗だったやろ」
李沙「うん。ちょっとだけ背伸びして観た。永作さ
 んの言ってたこと、なんとなく分かった気がする」
永作「うん」
   並んで歩く二人。駅が見えてくる。

〇体育館(夜)
   リングの上、戦っている優実。一進一退の激闘。
   観客席、立ち上がって声援を送る李沙。優実、
   渾身の一撃を相手の顔面に炸裂させる。崩れ落
   ちる対戦相手。ノックアウト。優実、両こぶし
   を突き上げて雄たけびをあげる。飛び跳ねて喜
   ぶ李沙。 

〇〈零治〉・店内(翌日/夕方)
   準備中の店内。厨房の中、呆けたような顔でボーっ
   と立っている李沙。
永作「李沙ちゃん、李沙ちゃんって」
李沙「……あ、は、はひ。なんでふか」
永作「『なんでふか』やないがな。ほんま心ここにあら
 ずって感じやなあ」
李沙「いやぁ、すみません」
永作「優実ちゃんのこと考えてたんやろ」
李沙「分かります、やっぱり」
永作「そら分かるよ。地上十センチ上フワフワ浮いてる
 みたいやで」
李沙「かっこよかったぁ、優実さん」
永作「確かに見事なKO勝ちやったな」
李沙「次、勝ちますよね優実さん、なんとか明日香って
 のに」
永作「勝てたらええな」
李沙「なに言ってんですか。勝ちますよ。あんなに強い
 んだもん」
   二人、仕込みを始める。
永作「今日『百円の恋』貸したるわ」
李沙「え。どんな映画です?」
永作「安藤サクラが主演の女の子がボクシングやる映
 画や」
李沙「うわぁ、観たい! でも、安藤サクラ主演って
 最近の映画なんですね。永作さんにしては珍しくな
 いですか」
永作「ぼくが応募したコンクールで大賞取ったシナリ
 オの映画化作品や。面白かった。観たとき、素直に
 負けたって思ったわ」
   仕込みを続ける永作をじっと見つめる李沙。
李沙「永作さん」
永作「ん?」
李沙「もっといっぱい貸してほしい。永作さんの持っ
 てる映画のDVD。お母さんも楽しみにしてるんだ」
永作「うん。いっぱい貸してあげる」
李沙「それからさ、永作さんの書いた映画のシナリオ
 も読んでみたい」
永作「え」
李沙「ダメ?」
永作「いやぁ、落選作ばっかりやからなあ」
李沙「そんなの関係ないよ」
永作「じゃあ、また今度」
李沙「絶対だよ」
永作「うん」
李沙「絶対に絶対」
永作「うん」
   仕込みを続ける二人。
                (F・O)

〇〈零治〉・店内(二年後/夕方)
   (F・I)
テロップ〈二年後〉
   厨房内、前場面と同じ立ち位置で仕込み
   をしている李沙と永作。李沙、少し大人
   びた雰囲気になっている。
李沙「〈♪〉『娘盛りを渡世に賭けて 張った体
 に緋牡丹燃える――』」
   『緋牡丹博徒』の主題歌を口ずさむ李沙。
   それを聞いていた永作。苦笑する。
永作「まぁ、李沙ちゃんだけやろな」
李沙「なにが?」
永作「そんなん普通に歌える女子高生」
李沙「そんなことないよ。どこかにいるよ、ひと
 りくらい」
永作「その『ひとり』が李沙ちゃんや」
李沙「『怨み節』も歌ってほしい?」
永作「スマホの待ち受けはずっと『さそり』のま
 んまか?」
   李沙、体操服ズボンのポケットからスマー
   トフォンを取り出し、永作に突き出す。待
   ち受け画面は梶芽衣子扮する『女囚701号 
   さそり』の主人公、松島ナミ。
李沙「史上最強女子の待ち受けを変更する理由はど
 こにもない」
永作「ははっ。今週の感想ノートの作品は?」
李沙「『切腹』と『フラガール』。『切腹』は観た
 あと寝らんなかった」
永作「寝られなったか」
李沙「うん。でもさ、三國連太郎と仲代達矢の共演
 なんてマジで贅沢だよね」
永作「うん。『フラガール』は?」
李沙「邦画、まだまだ捨てたもんじゃないって思った。
 ノートにちゃんと書いてるから読んでよね」
永作「ネットに公開するつもりはないのん?」
李沙「え」
永作「感想文ほんまによう書けてる。どこに出しても
 恥ずかしない一級のレビューや。ぼくだけが読んで
 るの、もったいないわ」
李沙「だから『いいね』がほしくて書いてるわけじゃ
 ないんだってば。永作さんが読んでくれたらそれで
 いいんだよ――ねぇ、どうだったのシナリオ?」
永作「ああ、あかん。一次も通らんと落選や」
李沙「そっか――応募したの、ネットの全滅企む犯罪
 者集団の話しだよね」
永作「うん」
李沙「わたしはおもしろいって思ったけどな」
永作「ありがとう。李沙ちゃんにそう言ってもらえた
 だけでも書いた甲斐あるわ」
李沙「あれってさ、もしかして『新幹線大爆破』意識
 した?」
永作「え」
李沙「違った? じゃああれだ。『太陽を盗んだ男』
 とか?」
   まじまじと李沙を見る永作。こくんと頷き。
永作「両方ともや」
   李沙、ニヤッと笑って。
李沙「当てちゃった」
永作「当てられちゃった」
   仕込みを続ける二人。

〇東高校・校庭(幾日か後)
   並木の桜が満開に咲き誇っている。

〇前同・三年三組
   ホームルーム。若い女性の担任教師、井上
   が進路について説諭をしている。
井上「人生は選択の連続です。今、みなさんは大
 きな選択肢の前にいます。みなさんは無限の可
 能性を持っています。ひとりひとりが、その可
 能性を最大限に生かせる道を選んでほしいと思
 います」
   窓際の席で外をボーっと見ている京花。少
   し離れた席からその京花を見ている李沙。
    ×     ×    ×
   ホームルームが終わり、騒めいている教室
   内。京花のところへ行く李沙。
李沙「京花」
京花「ああ、李沙」
李沙「どうしたの」
京花「え、なにが」
李沙「元気ないよ、最近」
京花「ん? べつにいつもどおりやけど」
李沙「いや、そうは見えない――ねぇ、お花見し
 ない?」
京花「花見?」
李沙「うん。また同じクラスになれた記念のお花
 見。うちの近くの公園、満開だよ」
京花「――うん」

〇佳日アパート・外階段下
   コンビニのレジ袋を提げて京花が立ってい
   る。アパートの外階段をダダダッっと駆け
   下りてくる李沙。手にしている水筒と紙コッ
   プ。
李沙「お待たせお待たせ」

〇路上
   肩を並べて歩いている二人。
京花「なに入れてきたん?」
李沙「んふふ、ビール」
京花「ビール!?」
李沙「声が大きいよ。お母さんのロング缶一本パ
 クっちゃった。お花見なんだもん。ビールくら
 い飲まなくてどうすんのよ」
京花「よう飲むん李沙?」
李沙「ん? たまにお母さんにつきあったり」
京花「おばさん、ようけ飲むんか?」
李沙「仕事休みの前の日に一本だけ。なんの楽し
 みもなく一生懸命働いてんだもん。たまにビー
 ルくらい飲ませてあげなきゃ」
京花「酔っぱらっちゃったよね、おばさん。初め
 て〈零治〉に来た日」
李沙「うん――あのときお母さん京花に『あの素
 晴しい愛をもう一度』って歌リクエストしたでしょ」
京花「うん。オトンに演歌ばっかりじゃ幅がない
 から昔のフォークとかも覚えろって言われた頃やっ
 てんよ。そやから歌えた」
李沙「そっか。あの歌さ、お母さんの思い出の歌な
 んだ」
京花「どんな?」
李沙「高校のときの合唱コンクールで、お母さんが
 ピアノ弾いて、お父さんが指揮者やったんだって、
 あの歌で」
京花「そっか」
   二人、歩いていく。

〇アパート近くの公園
   満開の桜並木のすぐそばのベンチに座り、
   ビールの入った紙コップを手にしている
   二人。桜の木を見上げる京花。
京花「ほんま、毎年毎年アホの一つ覚えみたい
 に咲くよなぁ」
李沙「アホの一つ覚えはないでしょうよ」
京花「いっつも同じ薄ピンク。芸のないことや
 わ。思わへん?」
李沙「思わないよ、そんなの」
京花「芸のないのはうちもやけどな……『無
 限の可能性』かぁ」
   京花、紙コップのビールをチビリと。
京花「にが……」
李沙「え、京花ビール飲んだことないとか?」
   小さく頷く京花。
京花「アルコールは喉に影響するし」
李沙「ごめん。知らなかった」
京花「うぅん。べつにええねん」
   またチビリとやる京花。
京花「ビール飲んだら歌上手なるんやったら
 ええのにな」
李沙「……」
京花「先月のでオーディション五回目や。オ
 バケみたいな才能の子がいてるんや。小五
 とかでやで。そんな子はボイストレーニン
 グとかレッスンちゃんとやってるわ。民謡
 の先生に教えてもらったりとかな。勝てる
 わけないねん。酔っ払い相手に好き勝手に
 歌ってるだけの人間が、そんな子らに勝て
 るわけないんや」
李沙「らしくないね」
京花「最初は自信満々やったんやけどな……」
   三口目は少し多めに飲む京花。
京花「えらいもんやな、一口目より苦なくなっ
 てるわ。はは」
李沙「歌手、あきらめるの?」
   京花、無言。桜の花びらが風に舞ってい
   る。京花、李沙を見つめて。
京花「李沙」
李沙「なに」
京花「わたしな、この前初めて勇司さんとデー
 トした」
李沙「え」
京花「わたしの方から頼んでん。一回でええか
 らデートしてって。ライン送って」
李沙「やるじゃん」
京花「そしたら『ええよ』って。USJ行って
 きた」
李沙「うん。楽しかった?」
   うなずく京花。
京花「いっぱい話しした。勇司さん、やっぱり
 両親の顔知らんと、施設で育ってた」
李沙「そっか」
京花「別れるとき『また二人で遊びに行きたい』
 言うたら『今度は俺の方から誘うから』って
 言ってくれてん」
李沙「勇司さんって年いくつだっけか」
京花「二十四」
李沙「二十四引く十八は――六歳差か。そんな
 に離れてるわけでもないよね」
京花「あんな、勇司さんとわたしな、タイミン
 グが合わんくて、〈零治〉で会うたん半年ぶ
 りくらいやってんよ」
李沙「え、そうなの?」
京花「うん。李沙休みの日やった。USJでな、
 言うてくれてん。『急にきれいになってたか
 ら、あのときびっくりしたんや』って。めっ
 ちゃ嬉しかった。李沙、わたし今な、歌手に
 なりたいっていう気持ちより、勇司さんの恋
 人になりたいっていう気持ちの方が強いんや。
 あかんのかな。これってあかんことなんかな」
李沙「うぅん。あかんことなんかないよ」
京花「うん――そうやね、そうやんね」
李沙「あのさぁ、酒でも飲まないと聞いてらん
 ないっつの、そんなのろけ話し!」
   ビールをグビッとやる李沙。
李沙「ねぇ京花、あの歌唄ってよ」
京花「あの歌?」
李沙「ほら、最初のオーディションのときに歌っ
 たっていうあのエロいやつ」
京花「ああ『あなたにあげる』
李沙「ふふ。タイトルがすでにエロい」
京花「――」
李沙「だめ?」
京花「うぅん、唄う」
   背筋を伸ばす京花。拍手を送る李沙。
京花「〈♪〉『幼ごころにいとしい人の――』」
   伸びていく京花の歌声。体を揺らしてリズ
   ムを取りながら京花の歌を聴く李沙。
京花「〈♪〉『――ああ あなたの私になりたいの」
   拍手をする李沙。
李沙「はい二番も~」
京花「〈♪〉長い黒髪とかれて散って――』」
   京花の歌に涙声が混じっていく。サビの部分
   で京花といっしょに歌う李沙。
京花・李沙「〈♪〉『あなたにあげる私をあげる 
 ああ あなたの私になりたいの』」
   桜の花びらが舞い散る中、声を合わせて歌う
   二人。

〇〈零治〉・店内(幾日か後/夜)
   営業中。カウンター席でしたたか酔っている
   順平。
順平「見込み違いや、見込み違い。なあ李沙ちゃん。
 親のエゴを押し付けてただけやったんやなあ俺は」
   洗い物をしている厨房内の李沙。無言。
順平「死んだ俺の嫁もな、歌手の卵やってん」
李沙「――京花から聞いてます」
順平「そうか。美佐子はな、そら歌上手かった。俺
 はあの歌に惚れた言うてもええな。それでもドサ
 回りで終わりや。けどあいつはドサまでは行った
 で。京花はそこまでも行けずや。しょうもない」
李沙「……」
順平「挨拶に来よってん、あいつ。ほんで二人で俺
 の前に正座や。笑わしよるわ」
●回想場面・順平の家・居間
   座っている順平。その前に正座している勇司
   と京花。
勇司「〈娘さんが高校を卒業されたら、わたしにく
 ださい。それまでは指一本触れません〉」
順平「〈……〉」
京花「〈オト――お父さん。わたし、歌手になるよ
 り勇司さんの奥さんになりたい。この人の家族に
 なりたいんや〉」
   頭を下げる二人をじっと見る順平。
   (回想場面終わり)
順平「古臭いよなあ。なにが『指一本触れません』や。
 やってまえ。早よやってまえや。ほんで早よ孫の顔
 見せてくれ。なあ李沙ちゃん。そやろ。はははは」
   無言で洗い物を続ける李沙。

〇〈零治〉・表の路上
   店から出てきた順平。おぼつかない足取りで
   帰っていく。出てくる李沙。
李沙「おじさん」
   振り向く順平。
李沙「そんなこと、ないです」
順平「んぁ?」
李沙「京花に才能がなかったなんてこと、ないです」
順平「男に惚れて、歌捨てる人間のどこに才能があ
 る言うん?」
李沙「そんな言い方、やめてください」
順平「李沙ちゃん。本格化って言葉、知ってるか。
 競馬でな、馬が持ってる能力全部出せるように
 なったときに使う言葉や――京花の本格化は今
 からやったんや! あいつは今からようなって
 いったんや! 教えたる。惚れた男なんか捨て
 て、自分の才能信じて道進んでいく。そういう
 人間がプロになれるんや。あいつには才能がな
 かったんや。そやから男よう捨てへんのや!」
李沙「……」
順平「しかしまあ、京花もええツレ持ったもんや
 なあ。李沙ちゃん、これからもあいつと仲よう
 したってや」
   順平、李沙に背を向け帰っていくが、数歩
   歩いて振り向き。
順平「孫の顔早よ見たいいうの、嘘やないんやで!」
順平、帰っていく。李沙、遠ざかっていくその背
 を見つめ続ける。永作が店から出てくる。
永作「李沙ちゃん、店入ろう」
   李沙、振り返って永作を見る。少し涙ぐん
   でいる。
李沙「永作さんって、競馬とかやらないよね」
永作「え? やらへんけど、それが?」
李沙「本格化って言葉、知ってる?」
永作「本格化――競馬でやったら、馬が全能力発
 揮できるようになったときに使う言葉やろ」
李沙「競馬やらないのに知ってるんだ」
永作「言葉はぼくの武器やからな」
李沙「――」
   永作少し笑って。
永作「ちょっとかっこつけてみた」
   李沙も笑う。
李沙「うん。今のちょっとかっこよかった」
   二人、しばらくその場にたたずんでいるが、
   やがて店に入っていく。

〇東高校・図書室前廊下(幾日か後/放課後)
   帰宅する生徒や部活動に向かう生徒たちが
   行きかっている。

〇前同・図書室・室内
   何人かの生徒はいるが、閑散とした図書室。
   大机の前に座って、真剣な顔つきでノート
   に向かっている李沙。
   (大写しになる開かれたノート。ページ冒
   頭に大きく『ヒポクラテスたち』。その感
   想を書いている)
   李沙の様子を遠目から眺めているのは同じ
   クラスの野間磊造(18)。深呼吸一つして、
   意を決した様子で李沙のところへ歩いていく。
磊造「千木良さん」
   顔を上げる李沙。磊造と目が合う。
磊造「なに書いてんの?」
   磊造を不審げに見る李沙。答えずまたノート
   に向かう。
磊造「千木良さんいっつもここでなんか書いてるよ
 ね。ぼく知ってんねんで」
李沙「ちょっと、なんなの?」
磊造「ぼくな、三年なっていっしょのクラスなって
 からな、一回千木良さんと話ししてみたいって思っ
 ててん」
李沙「はぁ?」
磊造「なぁ千木良さん。ぼくのモデルになってくれ
 へん?」
李沙「モデルぅ?」
磊造「うん。ぼく写真部。部員ぼくひとりやけど」

〇前同・進路指導室・室内
   八台あるパソコンの前に生徒が座っている。
   部屋の最奥、机の前でファイルを繰っている
   進路指導教諭の田口昭雄(64)。
   昭雄、手を止める。
昭雄「この子やな」
   立ち上がり隣の放送ブースに入る昭雄。

〇前同・図書室・室内
李沙「断る」
磊造「ええ、なんでぇ」
李沙「興味ない」
磊造「ぼくは千木良さんに興味あるけどなあ」
   呆れた顔で磊造を見る李沙。
李沙「バカなの、あんた」
磊造「かもなぁ」
   またノートに向かう李沙。
磊造「まあ一回のオファーで承諾してもらえると
 は思ってへんし、こっちも。きみはぼくが初め
 て撮りたいって思った女性やからな。なんとし
 ても落としてみせよう」
李沙「……あっち行ってよ」
磊造「その標準語がまたええねんなあ」
   そこへ昭雄の校内放送。
昭雄(声)「放送します。三年三組、千木良李沙
 さん。進路指導室まで来てください。繰り返し
 ます。千木良李沙さん、進路指導室まで来てく
 ださい」

〇前同・廊下
   歩いていく李沙。後ろからついてくる磊造。
   李沙、振り返って。
李沙「ちょっとぉ、なについてきてんのよ」
磊造「いやぁ、ぼくも進路指導の田口ちゃんに用
 あるし」
李沙「嘘ばっか言ってんじゃないわよ! 帰りな
 さいよ気持ち悪い!」
磊造「『気持ち悪い』はひどいなあ。ストーカー
 やないんやから」
李沙「ストーカーでしょ!」
   ぶりぶり怒りながら歩いていく李沙。
   にこにこ笑いながらついていく磊造。

〇前同・進路指導室・室内
   昭雄の机の前。パイプ椅子に座り昭雄と向
   かい合っている李沙。磊造はパソコンの前
   に座りトランプゲームで遊んでいる。
昭雄「きみ、進路どうするのや」
李沙「進路、ですか」
昭雄「ああ。担任の井上先生から頼まれたんや。
 一回儂の方からも話ししたってくれって。進学
 も就職もはっきり決めてへんの、きみだけやで」
李沙「……」
昭雄「黙ってたら分からへんがな。成績ええみた
 いやし、進学せえへんのか」
李沙「――このまま」
昭雄「ん?」
李沙「バイト先で雇ってもらえたら、と」
昭雄「ああ、きみか。特例で居酒屋でアルバイト
 してるっていうのは」
李沙「……」
昭雄「ええこっちゃ。若いうちから働くことのな
 にが悪い。バイトなんか全面解禁したらええん
 や。酔っ払いぎょうさん見ることできておもろ
 いやろ」
李沙「はい」
昭雄「うん。で、その考えはバイト先の店主さん
 には言うてるのか」
李沙「いえ、それはまだ」
昭雄「ふーん。卒業してもそのまま勤め続けるの、
 許してくれるのか店主さん」
李沙「それは、たぶん……」
昭雄「見通し甘いのとちゃうか。それに社会に出
 て働くいうこと、嘗めてへんか、きみ」
   うつむく李沙。磊造がやってくる。
磊造「千木良さんは映画が好きなんですよ、田口
 先生」
李沙「ちょっと」
磊造「な、そやろ。そやんな。放課後あの席で書
 いてるの映画の感想やろ。ぼく知ってんねん。
 分かって訊いてん。分厚い映画の本読んでると
 きあるもんな」
李沙「こいつマジでストーカー……」
昭雄「へぇ、映画か。どんなん観るんや。テレビ
 で宣伝やってるやつか? そやろ」
李沙「……」
昭雄「儂もな、昔から映画観るのは大好きや。黒
 澤明。知らんやろぉ。観たことないやろぉ。『七
 人の侍』『用心棒』『椿三十郎』。そらもう最高
 やで」
李沙「――黒澤の時代劇でわたしがいちばん好きな
 のは『隠し砦の三悪人』です」
昭雄「え」
李沙「上原美佐が本当にきれい。現代劇だったら
 『天国と地獄』もいいけど、いちばん好きなのは
 『素晴らしき日曜日』。本当に、わたしの宝物み
 たいな映画――」
   口をあんぐり開けて李沙を見る昭雄。
李沙「わたし、黒澤はほとんど観てます。でも、晩
 年の作品はあんまり好きじゃないな」
磊造「うわぁ、千木良さんかっこええなあ」
李沙「ちょっとあんたほんとに黙ってて」
昭雄「きみ、その映画の感想書いたノート、今持っ
 てるのか」
李沙「え、あ、はい」
昭雄「ちょっと見せてくれへんか」
李沙「え?」
昭雄「あかんか?」
李沙「いや、べつに、いいですけど……」
   鞄からノートを出し、昭雄に渡す李沙。ノー
   トをめくっていく昭雄。
   大写しになる李沙の感想文ノート。昭雄がペ
   ージをめくるたびに現れる映画のタイトル。
   『犬神家の一族』『鬼龍院花子の生涯』『裸の
   島』『雨月物語』。
   上目遣いに李沙を見る昭雄。その視線をまっす
   ぐ受け止める李沙。昭雄、またノートに目を移
   してページをめくる。
昭雄「『トラック野郎 御意見無用』やて! こんな
 んも観てんのかいな」
李沙「いけませんか?」
昭雄「いや、あかんことないけど――(李沙の感想文
 の一説を読みだす)『下品なエロと低俗な笑いに隠
 れてしまっているけれど、この映画には人間の純情
 と働くことの真実がはっきり存在している。星桃次
 郎は、その名の通り星だ。現場でまっとうに、汗水
 垂らして働く人たちの道しるべとなる北極星だ。そ
 の星は何十年何百年経ってもギンギラ電飾の光を放
 ち続け、輝きを失うことはないだろう』……なぁ、
 この文章、ほんまにきみが書いたんか?」
李沙「他に誰が書くって言うんです?」
昭雄「きみ、おもろいな。なかなか歯ごたえあるわ。
 今日もバイトか」
李沙「え、そうですけど」
昭雄「行かせてもらうわ」
李沙「は?」
昭雄「進路指導教諭として、きみっちゅう人間の背
 景を知っとく必要がある」
   ニヤッと笑う昭雄。

〇〈零治〉・店内(夜)
   営業中。カウンターで飲んでいる昭雄。
   厨房の中の李沙、永作、治。
昭雄「ほんまに落ち着くええ感じの店や。こういう店、
 少のうなってきましたなぁ」
治「ありがとうございます」
李沙「マジで来るかぁ……」
昭雄「ご店主が彼女に映画の薫陶を?」
治「(永作を見て)いえ、彼が」
永作「薫陶やなんて。李沙ちゃんにDVD貸してるだ
 けです。彼女の感性がいいんです」
昭雄「なるほどなぁ。千木良さん。儂はそっちの方向
 へ進むのも一つの道やと思うで」
李沙「そっちの道」
昭雄「映画の勉強したらどうや。好きなこと突き詰め
 て学ぶのもええのとちがうか」
李沙「そんなの全然考えてないです。わたしは映画
 観るの好きなだけだから」
昭雄「それでええやないか。将来の安定とか考えて
 道決めるより、今好きなことがあるんやったらそ
 の道に進んでほしいっていうのが、長年進路指導
 やってきた儂の本音や。けどこの頃は、年金貰う
 ところから逆算して道選ぶような生徒が増えてき
 て、なんや面白のうなったなあ」
李沙「……」
昭雄「その点野間はおもろい。写真撮るの好きやか
 ら写真学科目指してる。それでええんや。まあ、
 その道選んで結果どうなるかはあくまで本人の責
 任やけどな」
李沙「なんか、それって無責任ですね」
昭雄「そやな、確かにな。けどそこまで考えてたら
 進路指導なんちゅう仕事できるかい。そこから先
 は知らんがな」
治「卒業後もここに勤めるいうのはあかんで」
李沙「大将」
治「李沙ちゃんはもっと広い世界に出ていかんと。
 なあ永作よ」
永作「はい。もちろんです」
李沙「……」
昭雄「ほぉらみてみぃ。見通し甘かったやないか。
 きみ、もしかして学費のこととか心配してんのか」
李沙「……」
昭雄「あのなぁ、そういう不安や心配を解消する
 ために儂がおるんやないか。奨学金かてあるん
 や、相談しに来んかい。(自分の頭を指さしな
 がら)ここはな、最新鋭の進路のデータバンク
 や。お日さん西々で仕事しとる思てたら大間違
 いやぞ」
李沙「……わたしが家出たら、お母さん一人ぼっ
 ちになっちゃうよ」
   永作と治が笑う。
李沙「?」
治「この前李沙ちゃん、京花ちゃん家にお泊りし
 たやろ」
李沙「あ、はい」
昭雄「ほぉ。青春しとるねぇ」
治「あの夜お母さんここでご飯食べてたの、聞い
 てるか」
李沙「あ、はい。聞きましたけど、それが?」
治「そのときな、言うてはったわ」
李沙「え、なにをです?」
●回想場面・〈零治〉店内
   カウンターで飲むほろ酔いの美紀。
美紀「〈李沙にはほんといろいろ我慢させちゃった――
 うぅん、今もさせちゃってる。だからね大将、永
 作さん。あの子には好きな道進んでほしいの。普
 通の子とは違う人生歩ませちゃったからさ。狭い
 アパートさっさと出てってさ。好きなことやって
 幸せになってほしい。もうほんと、それがわたし
 の願いなの〉」
   (回想場面、終わり)
李沙「強がっちゃって……」
昭雄「なあ、きみ。お母さんから進学してもええっ
 て言われてるやろ。井上先生にも儂にも黙ってた
 な、そのこと」
李沙「……」
昭雄「親の心子知らずの典型やで、きみは」
永作「なぁ李沙ちゃん。ぼくからDVD借りて、そ
 の映画の感想書いて、それをぼくに見せる。それ
 で終わってええんか?」
李沙「え?」
永作「きみの【映画】は、それで終わりか?」
李沙「……そんなの、考えた事ないよ」
昭雄「くふふふっ」
   旨そうにビールを飲みほし、瓶ビールを李沙
   に突き出す昭雄。
李沙「え?」
昭雄「酌するようなバイトは高校生したらあかんこ
 とは分かってる」
李沙「……二杯目からはサービス料いただきますから」
昭雄「きみ、やっぱりおもろいな」
   昭雄のグラスにビールを注ぐ李沙を、永作と
   治が微笑んで見ている。

〇ホームセンター・店内(数日後)
   スーパーの隣にあるホームセンターで買い物を
   している李沙。永作に気づき歩み寄る。
李沙「永作さん」
永作「李沙ちゃん。買い物?」
李沙「うん。蛍光灯切れちゃって。永作さんは?」
永作「パンチ。壊れたから」
李沙「え、パンチ?」
永作「うん。あと綴じ紐も」
李沙「綴じ紐?」
   李沙を見て微笑む永作。

〇路上
   並んで歩く李沙と永作。
李沙「そっかー。ちゃんと綴じて郵送するのか。な
 んかめんどくさいね。しかも二通も」
永作「うん、まあね。でもこの作業けっこう好きだっ
 たりする」
李沙「なんで?」
永作「う~ん、なんでやろ。書き上げた、いうのが実
 感できるからかなあ」
李沙「――ねえ、わたしそれ、手伝っていい?」
永作「え?」

〇〇佳日アパート二〇一号室・室内
   座卓に向かい合って、永作の執筆した応募原
   稿にパンチ穴を開けている李沙。
   原稿を紐綴じしている永作。
李沙「緊張する……」
永作「え、なんで?」
李沙「だって永作さんが一生懸命書いたやつだもん」
永作「はは。失敗したらまたプリントアウトするか
 ら。締め切りまでまだ日があるし」
李沙「そういうわけにはいかないよ。ね、永作さん
 みたいにシナリオ書いて応募してる人のこと『コ
 ンクーラー』って言うんだよね」
永作「え」
李沙「ネットで調べた」
   李沙をじっと見る永作。少し笑ってまた作業
 に戻る。
李沙「永作さん?」
永作「うん――ぼくね、その言葉あんまり好きやない」
李沙「……」
永作「いつからそんな呼び方するようになったんか
 な。ぼくは確かにシナリオ書いてコンクールに応
 募してる。けど、自分で自分のこと『コンクーラー』
 やなんて思ったことはない」
李沙「……ごめんなさい」
永作「あ、ごめんごめん。むきになってしもうたな。
 こっちこそごめんや」
李沙「じゃあ、永作さんはじぶんのことなんて思っ
 てるの?」
永作「え? う~ん、あんまり考えたことないなあ。
 強いて言うたら『無名の書き手』いうことになる
 んかなあ」
李沙「『無名の書き手』か――じゃあいつか『有名
 な書き手』って呼ばれたいよね」
永作「ははは、そうやな」
李沙「大丈夫だよ。いつかなれるよ。この強迫神経
 症の殺し屋の話しもすごく面白いもん」
永作「ありがとう」
   作業を続ける二人。
  
〇路上(幾日か後/夕方)
   ロードワークをしている優実。

〇沢上ボクシングジム・表(夕方)
   李沙が入口で立っている。戻ってくる優実。
   小さく手を振って迎える李沙。
   李沙の前に立ち微笑む優実。李沙、手にし
   ていた小さな袋を差し出す。
李沙「はい、おからクッキー。バニラ、チョコ、
 イチゴ、新作のレモン」
優実「ふふ。ありがと」
   ジムの中に入っていく二人。

〇前同・中(夕方)
   サンドバッグにパンチ、キックを激しく打
   ち込む優実をジムの隅に立って見ている李
   沙。壁に貼ってある試合告知ポスター。
   「ASUKA LAST FIGHT 
   SERIES 1stBAEELE」の文字
   と共に。優実と明日香の顔がいちばん大きく
   載っている。

〇路上(夜)
   並んで帰る李沙と優実。
李沙「ほんとに半年したら引退するの、あいつ?」
優実「うん。芸能活動に専念するそうや」
李沙「なにが芸能活動だっての。そんなの絶対中途
 半端で終わるよ。この前テレビに出てるの見たけ
 どさ、まつエク派手すぎてゴキブリみたいな目だっ
 たよ、マジで」
優実「ははっ、ゴキブリかぁ」
李沙「うん、ゴキブリ」
   しばらく無言で歩く二人。
李沙「てことは、明日香に勝つ最後のチャンスなんだ
 ね」
優実「うん」
李沙「あれ?」
優実「ん?」
李沙「いつもの『絶対勝つ、ぶっ倒す』は?」
優実「ああ――絶対勝つよ」
李沙「うん。そうだよ。うん」
優実「クッキー、いつもありがとね。ほんまにおいし
 い。永作さんに教えてもらったって言ってたっけ?」
李沙「うん。ほんと料理のことよく知ってるよ、永
 作さん」
優実「あの人、今も映画の脚本書いて応募してるん?」
李沙「うん。ずっと落ちまくってる。わたしは面白
 いと思うんだけどなあ。でもちょっと真面目すぎ
 るところあるんだよなあ、永作さんの書くやつっ
 て」
優実「まじめ、か」
李沙「うん。もっとはっちゃければいいと思う。
 『ダイナマイトどんどん』みたいなシナリオ書け
 ばいいのよ。うん、そうだ。今度言ってあげよう。
 うん」
優実「それ、どんな映画?」
李沙「ヤクザが殺し合いの代わりに野球でオトシマ
 エつける話し」
優実「ははっ、むちゃくちゃやね」
李沙「うん、むちゃくちゃ。でもすごくおもしろい。
 あのさ、優実ネェもむちゃくちゃにしちゃいなよ」
優実「え?」
李沙「明日香の顔面だよ。むっちゃくちゃにして芸
 能活動なんかできなくしてさ、とっとと引退させ
 ちゃえ」
優実「最近李沙は過激だなぁ。変な映画の観すぎや
 ない?」
李沙「――永作さんのせいだ」
優実「なんでも人のせいにしない」
   肩を並べて帰っていく二人。

〇体育館(幾日か後/夜)
   試合前。
〔リング上〕
   対峙している優実と明日香。
〔観客席〕
   並んで座っている李沙と永作。
李沙「優実ネェ、ファイト!」
   試合が始まる。第1ラウンド。
〔リング上〕
   優実が攻め、明日香が守る展開。優実、パ
   ンチを繰り出すが、明日香の固いガードに
   阻まれ続ける。
〔観客席〕
李沙「いいよ優実ネェ、攻めてこ攻めてこ!」
  第2ラウンド。
〔リング上〕
   再び優実が攻め、明日香が守る展開。明日香、
   今度は優実のパンチやキックをぎりぎりのと
   ころで躱していく。見事な防御に会場が沸く。
   インターバル。
〔観客席〕
李沙「惜しい惜しい! 相手疲れてるよ!」
永作「厳しいな」
李沙「え?」
永作「遊ばれてる、いうやつや。ラストマッチやな
 くて引退シリーズの初戦に優実ちゃん選んだ理由
 が分かるわ」
李沙「は? なに言ってんの」
永作「残念やけど実力差がありすぎる」
李沙「聞きたくないよそんなの!」
   立ち上がる李沙。叫ぶ。
李沙「勝てる! 勝てるよ優実ネェ! 明日香ぶっ
 倒せ!」
   最終第3ラウンド。
〔リング上〕
   必死に攻める優実、難なく守る明日香。両者
   の実力差はもはや観衆の誰の目にも明らか。
   優実の顔面にストレートパンチがクリーンヒッ
   ト。一発のパンチでぐらつく優実。
〔観客席〕
李沙「効いてない! 効いてないよ優実ネェ! 大
 丈夫!」
〔リング上〕
   来い来いという仕草をする明日香。突っ込
   んでいく優実。明日香の右足が伸びる。ハ
   イキックが優実のこめかみに炸裂。前のめ
   りに倒れる優実。
〔観客席〕
李沙「優実ネェ!」
〔リング上〕
   優実立てない。テンカウントが数えられ、
   試合が終わる。
     ×    ×     ×
   タオルを頭からかぶってうなだれ、観客
   席間の通路を歩いていく優実。
李沙「優実ネェ! 優実ネェ!」
   李沙の前を通る優実。李沙の声に反応す
   ることもなく、控室へと去っていく。
     ×    ×    ×
   次の試合までのインターバル。うなだれ
   たままでいる李沙。
永作「李沙ちゃん」
李沙「話しかけないで」
永作「……」
李沙「今、永作さんと話し、したくない」
  うなだれたままの李沙。

〇沢上ボクシングジム・入口(幾日か後/夕方)
   小袋を持って立っている李沙。会長の沢
   上が出てくる。
沢上「ああ、きみか。優実な、やめたで」
李沙「やめた?」
沢上「うん。連絡行ってないのんか?」
李沙「ラインしてもずっと返信ないから……」
沢上「そうか。結局一回も勝てへんかったな
 あ、明日香に。七戦全敗や。けど途中から
 自分でも分かってたんやろうなあ、実力違
 いすぎるってなあ。今度の試合も正直俺は
 反対やったんや」
李沙「……」
沢上「最後に飛び込んで行ったんは、あいつ
 なりのけじめのつけ方やなあ」
   黙ってその言葉を聞いていた李沙。小
   袋を沢上に投げつける。
沢上「わっ! なにするんや!」
   走り去る李沙。

〇路上(夕方)
   駆けていく李沙。

〇沢上ボクシングジム・入口(夕方)
沢上「ほんまにいまどきのガキは……」
   小袋を拾い上げる沢上。封を開ける。
沢上「クッキーや」
   おからクッキーを口に運ぶ。
沢上「お、うまいな、これ」
   バリボリ咀嚼しながらジムの中に戻っ
   ていく沢上。

〇〈零治〉・店内(幾日か後/夕方)
   営業前。店内のテーブルで向かい合い、
   賄い飯を食べている李沙と永作。
永作「連絡ないんか、優実ちゃんから」
李沙「……あった、昨日」
永作「あったんや」
李沙「うん。返信しなくてごめんって。近い
 うちいっしょにご飯食べに行こうって」
永作「そうか」
李沙「今度はわたしが返信してない」
永作「なんでや」
李沙「今の優実ネェになに伝えていいのか分
 かんない」
永作「李沙ちゃんは、優実ちゃんがキックボ
 クサーやったから好きやったんか?」
   首を横に振る李沙。
永作「な。会うてきな。二人でおいしいもん食
 べてきたらええ。李沙ちゃんの笑った顔見
 たら優実ちゃんも元気出るやろ。けどな、
 そのとき『惜しかった』とか『もうちょっと
 で勝ててた』とか言うたらあかんで」
李沙「なんで」
永作「余計傷つけるからや。また怒ってもええ
 から言うよ。素人目に見てもあれは優実ちゃ
 んの完敗や。ボロ負けや。それは彼女がいち
 ばんよう分かってるはずや。実力ない人間は
 勝たれへん。それが現実や」
   李沙、無言。箸も止まる。
永作「怒ってもかまへん」
李沙「怒らないよ――でも、でもさ。そんなのっ
 てさ。明日香に挑戦し続けてた優実ネェの気
 持ち、否定してる気がする」
永作「否定なんかしてへん」
李沙「してるよ――してるよ永作さん」
永作「やっぱり怒った」
李沙「怒ってないよ」
永作「いや、怒ってる」
   李沙、また箸を動かし始める。食事を続け
   る二人。

〇東高校・プール(しばらく経った日)
   水泳の授業中。プールサイドに並んで腰か
   けているスクール水着姿の李沙と京花。京
   花、ククッと笑う。
李沙「なに?」
   反対側のプールサイドをコナす京花。
   磊造が大きく手を振っている。ため息をつ
   く李沙。
李沙「死ねばいい……」
京花「ひどいなあ。モデルくらいなってあげたら
 どうよ。ええ子やん野間君。ちょっと変わって
 るけど。名前も。今どき磊造って」
李沙「おばあちゃんが好きだったんだって。市川
 雷蔵」
京花「だれそれ?」
李沙「むかしの映画俳優。おこがましいっつの。
 市川雷蔵に謝れ、ばか」
京花「へ~え。何気に詳しくなってるやん。磊造
 のこと」
李沙「勝手にべらべら喋ってくるからよ! 知り
 たくもないわよあんな男のこと!」
京花「え~、嫌よ嫌よも、っていうやつやないの~
 ん?」
李沙「首絞めるわよ」
   磊造に向かって手を振る京花。
李沙「ちょっとやめてよ――ねぇ、京花」
京花「ん?」
李沙「『指一本触れません』っていうの、あれって
 マジ?」
   京花、プールの水面を見つめ。
京花「勇ちゃんはそう思ってくれてたと思う」
李沙「え?」
京花「一週間前。デートの帰り。わたしが、『この
 まま帰るの絶対いやや』って言うた」
   しばらく無言で京花を見ていた李沙。京花を
   プールに突き落とす。
京花「きゃあっ!」
李沙「誘うのいつもあんたからじゃないか!」
   京花に向かってダイブする李沙。プールの中
   でじゃれ合う二人。
体育教師「こらぁ、そこの二人! なにやっとん
 のや!」
   体育教師が激しく笛を吹きながら近づい
   てくる。

〇佳日アパート・二〇五号室・居間(夜)
   布団を並べて寝ている李沙と美紀。
   美紀の安らかな寝息。李沙、眠れない。
   何度も寝返りをうつ。やがて――股間
   に手をやる李沙。美紀を気にしながら。
   戸惑いながら。
李沙ナレーション(以下Ⓝ)「〈わたしは初め
 てオナニーをした。はじめ、永作さんを思
 ってやろうとした。でも、どうしてか、で
 きなかった〉」
   声を押し殺し、指を使い続ける李沙。
李沙Ⓝ「〈なぜかその晩観た『マイ・バック・
 ページ』という映画で主役だった妻夫木聡の
 顔が浮かんだので、妻夫木聡で最後まで、した〉
李沙「(んっ……!)」
   果てる李沙。
李沙Ⓝ「〈わたしは、悪い子だ〉」
   肩で息をする李沙。

〇〈零治〉・店内(幾日か後/夕方)
   体操服姿で店に入る李沙。
李沙「おはようございま~……す……」
   テーブル席、治と永作が向かい合っている。
   治の隣には雛子が座っている。
李沙「奥さん」
   雛子、俯いたままでいる。
治「李沙ちゃん、ちょっとこっち座ってくれるか」
李沙「あ、はい」
   常ならぬ空気に不安げな顔で、永作の隣に
   座る李沙。
治「申し訳ないんやけどな、うち来月いっぱいで
 閉めることに決めた」
李沙「えっ!……どういうことですか」
治「(雛子を見て)前に言うたことあるな。こい
 つと俺は二十二のときに駆け落ち同然で徳島か
 らこっちに出てきた」
李沙「はい」
治「こいつの実家は代々続く医者なんや」
李沙「お医者さん」
治「ああ。中卒で板前見習いの俺との結婚は許し
 てもらえんかったんや。住所と電話だけは知ら
 せてたんやけど、ずっと絶縁状態やった。けど、
 二か月前な、こいつの母親が電話してきてな。
 親父さんがどうしても会いたいって言うてる、
 ってな。胃がんで持って一年やろうってな」
李沙「……」
治「この前二人で徳島へ帰ってきたんや。親父
 さん、俺の手ぇ取って泣いてな。『許さんかっ
 たわたしが悪かった』言うてな……」
李沙「帰るんですか、徳島?」
治「親父さん、居抜きで店も見つけてくれてて
 な。(雛子を見て)こいつの喘息の具合もよ
 うならんし、生まれた場所の空気吸うたら、
 ちょっとでもようならんかと思ってな」
李沙「……」
治「頑張ってくれてる李沙ちゃんには申し訳な
 いんやけどな……」
李沙「――あの、わたしはバイトだからいいで
 す。でも、永作さんは」
治「……」
李沙「――そんなのって、ひどい」
治「そない言われても仕方ないな」
永作「気にかけてくれてありがとう李沙ちゃん。
 心配してくれんでも、大将次の就職先見つけ
 てくれてる」
李沙「え」
永作「裏のスーパーの鮮魚部や。あそこの店 
 長、ときどき飲みに来るやろ。障碍者雇用 
 の枠で採ってもらえるそうや」
李沙「障碍者雇用」
永作「うん。ぼく、ペースメーカー入ってるか
 ら一種一級やからな。明後日が一応の面接や。
 李沙ちゃんのお母さんと同僚になるわけや。
 よろしく言うといて――ぼくは、大将と奥さ
 んには感謝の気持ちしかない。それは李沙ちゃ
 んも知っててほしい」
   李沙、しばらく黙ったままでいる。
李沙「――ごめんなさい。今日、お店、休ませ
 てください」
   立ち上がる李沙。店を出ていく。無言の
   三人。

〇佳日アパート・外階段(夕方)
   力なく階段を昇っていく李沙。中程あた
   りで、店から出てきた雛子が声をかける。
雛子「李沙ちゃん」
   振り向き雛子を見る李沙。
雛子「ごめん、ごめんね」
   李沙、雛子をじっと見つめる。首を横に
   振る。
李沙「奥さん、喘息、絶対よくなってくださいね」
雛子「……李沙ちゃん」
李沙「今日は休むけど、お店が閉まるまでバイト
 続けます。よろしくお願いします」
   頭を下げ、階段を昇っていく李沙。通路を
   歩き二〇六号室へ入る。その姿を無言で見
   ている雛子。

〇路上(翌日/夕方)
   肩を並べ帰宅する李沙と京花。
京花「そっか。〈零治〉閉まるんか」
李沙「うん。卒業まで続けるつもりだったんだけ
 どね」
京花「永作ちゃんともいっしょに働けへんように
 なるんやなあ」
李沙「うん……」
京花「李沙は永作ちゃんに会うて映画観るように
 なってんやもんなあ」
李沙「うん」
京花「受けるんやろ、芸大の映像学科」
李沙「そのつもりだけど――ほんとにいいのかな
 あ、好きってだけでそんなの決めちゃってさぁ」
京花「それがいちばん大事なことやん。田口ちゃ
 んの言うとおりやと思うで、うちも」
李沙「そう言うけどさあ」
京花「うちは歌より好きな勇ちゃんに会うてあの
 人のお嫁さんになるって決めた。最近思うんや。
 もし歌手になる実力持ってても、歌捨てて勇ちゃ
 ん選んだやろなーって」
李沙「結局最後はのろけで終わる」
京花「あはは。仕方なかったんや。うちが歌やめ
 るのは」
李沙「仕方なかったかぁ……」
     ×    ×    ×
   手を振り合い別れる二人。一人歩いていく
   李沙。前から中学生と思しき上下ジャージ
   の少女が駆けてくる。その後ろを自転車に
   乗ってやってくる優実。
李沙「優実ネェ!」
優実「李沙。久しぶり」
李沙「なにやってんの?」
優実「ん? ロードワークの指導監督いうところ
 やな。(前を走る少女に)真緒! ちょっとそ
 この駐車場でシャドーやっとき。出入りの車に
 気ぃつけてな!」
   頷き、駐車場に入ってシャドーボクシング
   を始める少女。
優実「土井真緒。十四歳。荷物整理にジムに行っ
 たら、あの子に会うた。そのまま会長に専属コー
 チ押し付けられたんや」
李沙「専属コーチ――そっか。そうなんだ」
優実「完全にキックの世界から離れるつもりやっ
 てんけどな。『あの子に絶対勝ちたい』って目
 の前で泣かれたらなあ」  
李沙「あの子?」
   スマホを取り出す優実。操作し李沙に画面
   を見せる。
   〈大写しになるスマホ画面〉
   リングの中、ヘッドギアを付けてスパーリ
   ングをしている二人の少女。一人は真緒。
   真緒、終始劣勢。豪快な右フックを食らい
   リングに倒れこむ真緒。ヘッドギアを外し
   て振り返り、微笑んでガッツポーズをする
   対戦相手の少女。
優実「相手の子のインスタや。真緒と同い年。
 ファッション誌の読者モデルもやってるんやって」
李沙「はぁ? 明日香みたいだね」
優実「ふふっ。そやな」
李沙「そんなの、やっぱなんかムカつく」
優実「けどな、正直強いわ、この子」
李沙「勝ちたいんだね、あの子。読モの子に」
優実「うん。でも今のままでは無理やな。頭も心も
 熱すぎる。熱いのは気持ちだけでええんや。頭は
 冷静にしておかんとな」
李沙「それ、早いこと分かってたら一回くらい明日
 香に勝てたんじゃない?」
優実「ははっ。ほんまやなあ」
李沙「優実ネェ」
優実「ん?」
李沙「明日香に勝てないまま引退しちゃったこと、
 仕方ないことだったって思ってる?」
優実「仕方ない、かぁ。そやなぁ。そうかもしれ
 へんなぁ」
李沙「そうなんだ」
優実「けどな」
李沙「けど、なに?」
優実「真緒が、あの子が強くなってくれたら、そ
 れが仕方ないことやったとしても納得できるん
 やろな」
   李沙、シャドーボクシングを続ける真緒を
   じっと見ているが。
李沙「――真緒ちゃん!」
   その声に振り向く真緒。李沙を怪訝そうな
   目で見て。
李沙「勝てるよ! きっと勝てる! 優実ネェの
 言うこと聞いてたら絶対勝てるからね!」
   李沙を見つめていた真緒。しっかりと頷く。
   シャドーボクシングを再開する真緒。
優実「あ~あ、火に油やないの」
   シャドーボクシングをする真緒をじっと
   見つめる二人。
優実「やっぱり軸がブレるなぁ。体幹のトレーニ
 ング本気でやらせなあかんな」
   真緒のところへ歩み寄る優実。体を触って
   フォームの矯正をする。真緒と正対する優
   実。優実の差し出した両掌にパンチを打ち
   込んでいく真緒。
   師弟の路上トレーニングをじっと見ている
   李沙。両手の人差し指と親指で作ったフレー
   ムの中に二人を捉える。李沙の指フレーム
   の中で優実と真緒のトレーニングが続いて
   いる。

〇佳日アパート・二〇六号室(幾日か後/朝)
   座卓に差し向い、朝食を摂っている李沙と
   美紀。テレビがついており、朝のワイドショー
   が放送されている。
李沙「働きだしたら、頼んだよ永作さん」
美紀「ん?」
李沙「ちゃんとした会社で働くのなんか初めてな
 んだからさ、あの人。今まではいろいろ融通き
 いたかもしんないけど、そうはいかないことも
 出てくると思うしさ」
美紀「李沙――。お母さん、仕事でいっぱいいっ
 ぱいで、李沙のことほったらかしてたのにね」
李沙「は? わたしほったらかされてたなんて思っ
 てないし」
美紀「ふふ。そう?」
李沙「そうだよ。なにわけ分かんないこと言って
 んのよ」
   テレビのワイドショーでは芸能コーナーが
   流れており、香菜の『ダブル・スーサイド』
   の映画化が伝えられ、その完成披露試写会
   の様子が映し出される。
●テレビ画面
   【監督と出演者たちが舞台に並び立ってい
   る。マイクを持ち、司会者のインタビュー
   に答える主演女優。】
   リモコンを手に取り、テレビを消す李沙。
   そのリモコンを取り、テレビをつける美紀。
   その様が二回繰り返される。
   三度目、美紀、リモコンをテーブルの上に
   置かずに。
美紀「見なさい、李沙」
李沙「……」
美紀「逃げちゃだめ」
李沙「お母さん」
美紀、テレビ画面を見たまま。
美紀「お母さん今日休みでしょ。推理作家協会の顧
 問弁護士ってのに会ってくる」
李沙「え?」
美紀「あの女の窓口がそこなの」
李沙「――なにしによ?」
美紀「決まってるじゃない。あいつの印税もらう手
 続きしによ」
李沙「えっ!」
美紀「あなたはそのお金で大学に行くの」
李沙「そんな、それじゃ今まで……」
美紀「今までなによ」
李沙「今までなんのために、こうやって二人で……」
美紀「今までは今まで。これからはこれから」
李沙「そんな、そんなのって」
美紀「あー、もう! くれるつってんだからもらっ
 ときゃいいの! 一円にもならない意地張るの
 なんかやめなさい!」
李沙「お母さん」
美紀「生きていくの。生きていかなきゃいけない
 の、わたしたちは」
   見つめあう母娘。李沙、小さく頷く。
美紀「しかしまあ、なんでもかんでも映画にしちゃ
 うんだねぇ」
李沙「うん。なんでもかんでも映画にしちゃうの」
   テレビ画面、舞台上で和やかにやりとりす
   る俳優たちの様子が映し出されている。そ
   れを無言で見続ける二人。

〇東高校・進路指導室(放課後)
   椅子に座っている昭雄。その前に立ってい
   る李沙と磊造。
昭雄「君らの成績やったら試験はクリアできるや
 ろ。問題は面接やな」
李沙「面接ですか」
昭雄「芸大の推薦面接や。専門的なことも訊かれ
 るやろ。けどまあ心配すんな。想定問答は儂が
 レクチャーしたる。定期的に模擬面接すること
 にしよか、これから」

〇前同・廊下
   進路指導室を出る李沙と磊造。先を行く
   李沙に磊造が追いついて。
磊造「結局同じ大学受けることになるなんて
 なあ。これも縁やねぇ」
李沙「進路変更しようかな」
磊造「そんな照れんでもええやん」
李沙「――ほんとバカ」
磊造「なぁ、千木良さんは面接のときになに
 か作品持って行かへんの?」
李沙「作品?」
磊造「自分の作品やん。面接のときに作品見
 せてもええって学校のホームページに載っ
 てたやろ。見てへんの?」
李沙「ああ、見たけど。でもわたしそんなの
 ないし。感想文ノートは持っていくけど」
磊造「う~ん、それだけやとちょっと弱い気
 がするなあ」
李沙「ほっといてよ」
磊造「ぼくは持って行くつもりや」
李沙「なにを?」
   磊造、李沙の前に回り。
磊造「千木良さん。きみの写真を撮って、そ
 れを面接に持っていきたい。きみしかいて
 へん。ぼくのモデルになってください」
李沙「なんでわたしのことそんなに撮りたい
 の? わたしが心中事件で死んだ親の娘
 で話題性があるから?」
磊造「え……なにそれ。その質問はしょうも
 ないわ。しょうもなすぎるわ千木良さん」
李沙「……ごめん」
磊造「きれいやからや。きみがきれいやから
 ぼくはきみのこと撮りたいんや。それが理
 由やったらあかんか」
李沙「わたしが、きれいだから――」
磊造「そうや。面接に持っていってほしくな
 いんやったら、それはせえへん。別の被写
 体探す。けど、きみをモデルに写真撮るこ
 とだけは諦められへん――もうそんなに待
 たんわ。三日以内に返事くれへんか」
李沙「――うん」
磊造「ええ返事待ってる」
   肩を並べて歩き始める二人。
磊造「ほんでさっきの話しやけどさ。やっぱ
 り自己アピールのためにはなにか作品持っ
 ていくべきやと思うで、千木良さんも」
李沙「だからわたしそんなのはないから」
磊造「う~ん……なぁ千木良さん。映画っ
 てどこから始まるのん?」
李沙「は?」
磊造「写真は、撮る人間がいて、被写体が
 いて、それで始まる。そこから始めるこ
 とができる。だったら映画はどうなん?」
李沙「映画は?」
磊造「映画監督がいて、カメラマンとかの
 スタッフがいて、俳優がいて、それで始
 まるのん?」
李沙「…………ちがう」
磊造「どない違うの?」
李沙「映画は、映画はね。脚本家が書いた
 シナリオが在って始まるの。シナリオが
 ないと映画は始まらない」
   立ち止まる二人。李沙、磊造をじっ
   と見つめて。
李沙「わたし、それは知ってる」
磊造「うん。だったら書いていったらええや
 ん、シナリオ。書けるんとちがう? 千木
 良さんやったら」
李沙「簡単に言うよね。無理だよそんなの。
 一回も書いたことないのに」
磊造「なにを言うてんの。書いたことないか
 ら書くんやろ。ぼくは撮ったことないから
 千木良さんを撮りたいんやから」
   二人、しばらく無言で歩いていく。
李沙「ねぇ」
磊造「ん?」
李沙「ヌードとかじゃないわよね」
磊造「え?」
李沙「だから、モデルっていうの」
磊造「えっ!? いきなり裸撮らせてくれる
 のん!? やったぁ!」
   李沙、サッと磊造の前に回り額に正拳
   突きを食らわせる。
磊造「あぐっ!」
   痛さにうずくまる磊造。大股でズカズ
   カ歩いていく李沙。途中で振り返って。
李沙「アホっ!」
   またズカズカ歩き出す李沙。立ち上がっ
   た磊造。
磊造「待って! 待って千木良さん! ゴメン! 
 冗談やから! ていうか、ええのん? モデ
 ルになってくれるのん? おぉぉ、いったあぁ!」
   ぶりぶり怒りながら歩いていく李沙。
   痛みに苦しみながらその後を追いすがる磊造。

〇〈零治〉・店前(幾日か後/夕方)
   〈以下、李沙を撮る磊造、磊造に撮られる
   李沙の様子が活写される。〉
   ●営業前、暖簾の出ていない店前。体操服姿
   の李沙が立つ。カメラを構え、李沙を撮る磊造。

〇前同・店裏(夕方)
   ●グリストラップ清掃をする李沙を撮る磊造。

〇前同・店内(夕方~夜)
   ●トイレ掃除をする李沙を撮る磊造。
   ●厨房の中、仕込みをする李沙を撮る磊造。
   ●開店。割烹着姿で接客をする磊造。
客A「知らんかったなぁ。李沙ちゃんに専属カメラ
 マンがいてたとはなぁ」
磊造「はい! やっとくどき落としました!」
李沙「つまんないこと言ってると撮らせないわよ!」
磊造「怒った顔がまた素敵」
   シャッターを切る磊造。
    ×     ×    ×
   ●客で賑わっている店内。接客、調理と懸命に
   働く李沙を撮り続ける磊造。
   治と永作が厨房の中からその様を微笑んで見ている。
治「カメラマンのお兄ちゃん」
磊造「はい」
治「きみ、李沙ちゃんのこと好きやろ」
李沙「ちょっと大将!」
磊造「はい! 大好きです!」
   ドッと湧く店内。冷やかしの声が客から上がる。
李沙「あんたねぇっ!」
磊造「照れんでもええやん」
李沙「そういう、そういうことはねぇ、こんな大勢
 人がいるところで言うことじゃないっ!」  
磊造「人、いてへんところやったらええのん?」
李沙「えっ……」
   いっそう湧き上がる店内。「ええぞ兄ちゃ
   ん!」の声。口笛なども聞こえて。
李沙「あ~もう! みんなうるっさい!」
磊造「怒った顔がほんと素敵」
   シャッターを切る磊造。

〇前同・店前(夜)
   向かい合っている李沙と磊造。
磊造「最高やった。ええのんいっぱい撮れたわ。
 やっぱり千木良さんモデルにして正解やった」
李沙「そりゃよかったですね」
磊造「現像できたら最初に見せるから」
李沙「はいはい」
磊造「やっぱりこのカメラ最高やな――(カメラ
 を愛おしむように撫で)一九五九年製、ニコンF」
李沙「一九五九年!?」
磊造「うん。おじいちゃんが死ぬ前にぼくにくれた。
 けど最高のカメラも最高のモデルがいてこそやけど」
李沙「おじいちゃんからカメラ、おばあちゃんから名
 前か」
磊造「はは、うん。どっちも気に入ってる」
李沙「ねぇ、最後にもう一枚撮ってくれる?」
磊造「うん。こっちこそお願いするわ」
   店の中に入る李沙。治と永作を伴って出てくる。
李沙「大将、永作さん、いっしょに撮ってもらお」
治「分かった。野間君、お願いできるかな」
磊造「もちろんです。じゃあ三人、暖簾の前に立って
 くれますか」
   李沙を真ん中に並ぶ三人。李沙、永作の不自由な
   左手を取る。驚く永作。李沙、永作を見つめて。
李沙「記念に」
永作「うん」
磊造「はい、いきますよ~。あ~、みんないい顔です。
 じゃあ、撮りま~す」
   ストロボのフラッシュが光る。
   微笑む三人のストップショット。

〇佳日アパート二〇一号室・居間(幾日か後/夜)
   机の上に置いたパソコンの前に座っている永作。
   開かれているシナリオコンクール一次通過者の
   ページ。永作、じっと画面を見つめ、下までス
   クロールしていく。

〇佳日アパート二〇六号室・前(翌日/朝)
   立っている永作。ブザーボタンを押す。
美紀「はい」
   ドアを開ける美紀。
美紀「あら、永作さん。どうしたの」
永作「こんにちは.あの、李沙ちゃんは」
美紀「ふふふ。初デート」
永作「デート」
美紀「オープンキャンパスってやつ。野間君といっ
 しょに大学見学に行ったの」
●〈インサート〉芸大構内を仏頂面して歩く李沙。
 その数歩後ろをにこやかな顔でついて歩く磊造。
永作「あ、そうなんですか。じゃあ、これ李沙ちゃ
 んに渡してください。ぼくにはもう用済みやからっ
 て」
   美紀に紙袋を渡す永作。

〇前同・通路~二〇一号室・前(夕方)
   怒りの形相で通路を歩く李沙。二〇一号室の
   前に立ち、激しくブザーボタンを押す。扉が
   開き永作が顔を出す。
永作「ああ、李沙ちゃん。おかえり。どうやったオー
 プンキャンパス」
李沙「あれ、なに?」
永作「『あれ』って?」
李沙「だからお母さんに渡したやつ」
永作「見たやろ。全部シナリオの指南書や。面接に
 シナリオ書いて持って行くんやろ。参考にしたらえ
 えと思ってな」
李沙「貸してくれるだけだよね」
永作「いいや。あげる」
李沙「『用済み』ってどういうこと?」
   薄く笑う永作。
永作「明日、『年鑑シナリオ集』も全部持って行っ
 てあげる。四十冊くらいあるわ。読み応えあるよ」
李沙「シナリオ書くのやめるの?」
   頷く永作。
李沙「なんで?」
   微笑んだまま答えない永作。
李沙「ねぇ、なんで?」
永作「――今度はぼくとデートしてくれるか、李沙ちゃ
 ん」

〇路上(夕方)
   歩く永作。その十メートルほど後ろを歩く李沙。
   振り返る永作。永作を睨む李沙。永作少し笑っ
   て、また歩き出す。李沙も歩き出す。

〇河原へ続く階段(夕方)
   コンクリート整備された河原に続く階段を降り
   始める永作。李沙、その様子をしばらく見つめ
   ているが、やがて永作に駆け寄る。腕を取り、
   歩調を合わせいっしょに階段を降りていく。
永作「ありがとう」
   ゆっくりと階段を降りる二人。

河原(夕方~夜)
   河原に降り立つ二人。
永作「やっぱりここはええ風が吹くなぁ。もう一回来
 ようって思ってたけど、ずっと来られへんかった。
 ここな、高校のとき好きやった女の子と歩いた場所
 や。高二の秋のオリエンテーリングでペアになって
 ん。告白もなにもできひんかったけど」
李沙「……」
永作「ぼくそのときクラスで学級新聞の委員やって
 てな、行事があったら記事書いててん。そんなん
 誰も読んでくれてへんって思ってたけど、彼女は
 ちゃんと読んでくれてた。ぼくの記事『いつも楽
 しみや』って言うてくれてん。『宗本君作家にな
 りぃよ』なんて言うてくれてなぁ。嬉しかったなぁ――
 どうしてるんかなあ。もう結婚して子供も大きかっ
 たりするんやろうなあ」
   李沙、永作の腕を離して。
李沙「なんでシナリオ書くのやめるの」
永作「んぅ? まあ、心が折れた、いうやつやなぁ」
李沙「心が、折れた」
永作「昨日一次の発表やったんや。またあかんかった。
 二十歳のときから二十年。ずっと落選や。もっと早
 う諦めてもよかったんやけど、ずるずるきてしもう
 たわ」
李沙「一次選考通ったことあるって言ってたじゃん」
永作「それももう十九年前の話しや。あのとき一次通っ
 たから勘違いしてしもうたんかもしれんなあ」
李沙「もう応募しないの?」
   頷く永作。
永作「今年、どのコンクールも一次通らんかったらや
 めるつもりやったんや。〈零治〉が閉まるのもええ
 きっかけや。踏ん切りもついたし、見切りもつけた」
李沙「そんな……」
永作「勤め人になるわけやからな。時間の自由は今ま
 でみたいにきかんよ。ものにならんシナリオなんか
 書いてる暇なんかない。DVDも全部あげるから下
 宿先に持って行ったらええ」
李沙「いらないよ、そんなの」
永作「あげる。持って行き」
李沙「いらないって言ってんじゃん――ねぇ、書いて
 よ。これからもシナリオ書いてよ……書いてよっ!」
   首を横に振る永作。
永作「二十年書き続けて、応募し続けて、落ち続けた
 ら李沙ちゃんも分かるよ。どんな気持ちになるか」
李沙「知らないわよそんなの! 書きなさいよ!」
永作「意味のないことを続けてしもうたなあ、いう
 のが最後に残った感想や」
李沙「なに言ってんの! 意味がなかったわけないっ! 
 わたしが読んだ! ネットを世界中でできなくしよ
 うってする話しも、司書と高校生のラブストーリー
 も、ノミ屋の女子大生の話しも、馬に乗れない侍
 の話しも、機動隊員と女活動家の話しも、あの強
 迫神経症の殺し屋の話しも、全部わたしが読んだ
 んだ! 全部覚えてる! 意味がなかったことな
 んてないっ!」
   微笑んで李沙を見る永作。
永作「きみはほんまにええ子やなあ。李沙ちゃん。
 ぼくはな、これからも生きていかんとならんの
 や。この体でな。ごはん食べていかんとならん
 のや。それにはもう、シナリオ書くのは邪魔な
 んや」
李沙「『この体、この体』ってうるさい! わた
 しは……わたしは永作さんが脳梗塞になってよ
 かったって思ってる! その体になってくれて
 よかったって思ってる! だってそうじゃないか! 
 永作さんがその体になったから〈零治〉にいた! 
 だからわたしは永作さんに会えた! 映画に会え
 た! 永作さんのシナリオを読めた! だからわ
 たしは永作さんがその体になってくれてよかったっ
 て思ってる!」
永作「李沙ちゃん、ありがとうなぁ」
李沙「やめちゃだめだよ。永作さんがシナリオ書く
 のやめるの、仕方ないことにしちゃだめだよ。書
 いて。これからも書くって言って」
永作「――李沙ちゃん、帰ろうか」
李沙「また書くって言ってくれたらいっしょに帰る」
   永作、背を向ける。歩き出す。ひとり階段を
   登っていく永作。李沙、その後ろ姿をじっと
   見つめ続けているが。
李沙「じゃあ書くな! もう二度とシナリオ
なんて書くな!」
   叫ぶ李沙。永作の足が止まる。
李沙「才能がなかったんだ永作さんには! 書き
 続ける才能がなかったんだ! 才能がある人は
 意地でも書き続けるんだ! 落ちても落ちても、
 落ちても落ちても書き続けるんだ! そしてい
 つか認められるんだ! シナリオ書くのが邪魔
 だなんて言う人にシナリオ書く資格なんてない! 
 二十年落ち続けて当たり前だ! 戻ってくるな! 
 二度とシナリオ書くな!」
   永作、階段を登り始める。登りきる。もと
   来た道を一人帰っていく。李沙、泣きなが
   らその姿を消えるまで見ている。うずくまる。
      ×    ×    ×
   日が没した中、うずくまったままの李沙。自
   転車のライトが遠くに光り、それが李沙の方
   に近づいてくる。磊造である。李沙の前まで
   来て自転車から降りる磊造。
李沙「おそい」
磊造「『河原にいるからすぐこい』だけで探してき
 たんやで。なんで返信してくれへんのん。『すぐ
 こい』のこいが魚の鯉になってたし。むちゃくちゃ
 やん」
李沙「うるさい」
磊造「どないしたん」
   磊造を見上げる李沙。泣き腫らしたその顔に
   驚く磊造。立ち上がる李沙。立ち眩み、よろ
   ける。とっさに李沙の両腕をつかむ磊造。
李沙「抱きしめてよ」
磊造「え」
李沙「抱きしめてって言ってんの」
磊造「いや、あの」
李沙「抱きしめてくれなきゃ川飛び込んで死ぬっ!」
磊造「えっ!」
   慌てて李沙を抱きしめる磊造。
李沙「寒いのよ! もっと強く!」
磊造「あ、はいっ!」
   強く李沙を抱きしめる磊造。幼子のように泣き
   出す李沙。
李沙「なんでぇ、なんでぇ。永作さんなんでぇ~。
 わたし、なんでぇ~~」
   磊造に抱きしめられながらおいおい泣き続け
   る李沙。突然磊造を突き飛ばす。
磊造「うわっ!」
   尻もちをつく磊造。
李沙「勃起していいとは言ってない!」
磊造「――千木良さん、それは無理な注文やわ」
   ぐすぐす泣き続ける李沙。
李沙「勃起、しててもいいから抱きしめてよ」
磊造「え、あ、うん」
   立ち上がる磊造。李沙を抱きしめる。また幼
   子のように泣き出す李沙。
   涙が流れ、鼻水がどんどん垂れてくる。李沙
   の頬をおずおず手挟む磊造。その手を拒まな
   い李沙。
磊造「え~と、あの、キス、ええ?」
李沙「いちいち断るな、ばか」
磊造「あ、はい」
   李沙に優しく口づける磊造。磊造、唇を離し。
磊造「鼻水の味しかせぇへん」
李沙「うるさいよ……」
   李沙、磊造の額に軽く拳を当てる。
磊造「今度は痛ぁない」
   李沙、また泣き始める。李沙を抱きしめ、頭
   を優しく撫でる磊造。李沙、泣き続ける。

〇路上(夜)
   自転車をこぐ磊造。荷台に乗っている李沙。泣
   きはらした不細工な顔を磊造の背にもたせかけ
   ている。
   夜の道をゆっくりと進む二人乗りの自転車。
                  (F・O)

〇佳日アパート・階段下~旧〈零治〉・表(十数日後/
  夕方)
   階段を降りる李沙。食品トレーの詰まったビ
   ニール袋を手にしている。旧〈零治〉の前ま
   で歩く。引き戸に【貸店舗】の看板が設えて
   あるのをしばらく見ている。スーパーの方へ
   歩いていく。

〇スーパーマーケット店外・リサイクルボックス
 の前(夕方)
   トレーやアルミ缶、牛乳パック等に分かれた
   回収ボックスが六つ並んでいる。
   永作が回収用のビニール袋を入れ替えている。
   そこへ歩いてきた李沙。立ち止まる。李沙の
   方を向く永作。ビニール袋を広げて。
永作「はい。こっち歩いてくるの見えてた」
李沙「――うん」
   トレーをビニール袋に移す永作。
李沙「こんな仕事もするんだね」
永作「月に一回当番が回ってくるんやって。こんな
 んにも慣れていかんとな」
李沙「仕事、どう?」
永作「うん。みんな気ぃ遣ってようしてくれる。
 〈零治〉でのキャリアは伊達やなかったみたい
 や。今のところはな。ははは」
李沙「そっか――あの、ごめんなさい」
永作「ん?」
李沙「わたし、すごいひどいこと」
   首を振る永作。
永作「貰ってくれるな、本も、DVDも」
李沙「――うん」
永作「ありがとう。試験いつやったっけ」
李沙「十一月の頭」
永作「シナリオ書いてるんか?」
李沙「明日から書く。昨日までキャラ作りと箱書
 きってのやってた」
永作「そうか。それができてたら初稿は勢いで書
 いたらええ。後でなんぼでも書き直したらええ
 んや――落選続きやった人間のアドバイスやか
 ら参考にならんよな」
   首を横に振る李沙。
李沙「でも、正直自信ない。その場で全部読んで
 もらえないだろうしさ」
永作「感想文のノートも全部持って行って見せる
 んやで」
李沙「え? うん。そのつもりだけど」
永作「あれを見てな、李沙ちゃんのシナリオ持って
 帰ってでも全部読みたいって思わんかったら、
 それは教授がアホなんや」
李沙「教授がアホ」
永作「そうや。どこに『仁義なき戦い』の感想文、
 一生懸命書く女子高生がいてんのや」
李沙「いるわよ、どこかにひとりくらい」
永作「その『ひとり』が李沙ちゃんや」
   ひとしきり笑いあう二人。李沙、まっすぐ
   永作を見つめて。
李沙「永作さん。わたしね、映画監督になる」
永作「うん。なれるよ、李沙ちゃんやったら」
李沙「そんでね、いつか撮るんだ。漫画や小説の
 原作ものとか、アニメやドラマの劇場版なんか
 吹き飛ばすオリジナルの作品、撮るんだ」
永作「うん」
李沙「シナリオ、依頼するから」
永作「え」
李沙「つまらないシナリオだったら突き返す。何
 回だって書き直してもらう。でも、わたしのメ
 ジャーデビュー作の脚本家は宗本永作だって、
 決めてる」
   永作を見つめ続ける李沙。
   無言で回収作業に戻る永作。その様子をし
   ばらく見ている李沙、永作に背を向ける。
   数歩歩くが振り向いて。
李沙「本気だから。わたし、撮るよ。永作さんの
 シナリオで。今のそのひとが観るために存在す
 る映画。絶対に撮るんだ」
   アパートに戻っていく李沙。回収作業を続
   ける永作。

〇佳日アパート・二〇六号室・居間(翌日)
   李沙の机の上に置かれたパソコンを前に、
   プリンターの接続設定をしている磊造。そ
   の様子を腕組みして見ている李沙。
磊造「よし。これでネットもプリンターも完璧」
李沙「ありがと――なにやってんの。終わったん
 なら退いてよ」
磊造「え、あ、うん」
   立ち上がる磊造。椅子に座りパソコンに
   向かう李沙。
磊造「あ、あの~」
李沙「ん?」
磊造「これで、終わり?」
李沙「はぁ?」
磊造「いや、なんでも……」

〇前同・通路
   帰っていく磊造。李沙がドアを開ける。
李沙「ちょっと」
   手招きをする李沙。
磊造「え」
李沙「はやく」
   李沙の前へ行く磊造。向き合う二人。
李沙「受かったらアパートにあのパソコンとプ
 リンター持っていくからまた接続してよね」
磊造「え、うん。わかった」
李沙「それからさ、学校入ったら、名画座って
 のに行ってみたいから探しといてよ」
磊造「うん」
李沙「で、映画観た後は、イタリアンがいいな。
 おいしかったら安いところでいい。これも探
 しておくように。で、その後は――スイート
 ルーム取れとは言わないけど、名前の通った
 ホテル希望」
磊造「え……」
   磊造の耳に口を寄せる李沙。
李沙「下宿の部屋とかじゃ嫌っつってんの。
 ラブホも却下よ。ちょっとだけ背伸びしよ
 うよ、ね」
  李沙をじっと見つめる磊造。李沙、にっこ
  り微笑んで。
李沙「ワリカンでいこう。バイトしてお金貯め
 ようね――ちゃんと、着けてよ」
磊造「は、はいっ!」
   通路を駆け、階段を駆け下り去っていく
   磊造。停めていた自転車に跨ると振り返
   り、喜色満面で李沙に手を振る。自転車
   を飛ばし去っていく磊造。
   笑ってドアを閉める李沙。

〇前同・二〇六号室・居間
   パソコンの前に座っている李沙。WOR
   Dの白い画面をじっと見ている。キーボ
   ードに手を置く。打ち始める。

〇タイトル
   《されど名もなきシナリオ書きは》
   キーボードを打つ音と共にタイトルが示
   される。
   タイトル消え、エンディングテーマ。
   キャスト、スタッフの名称流れていく。

〇ラストシーン
   エンドロールが終わった画面。
   白い画面が引いていく。
   座っている李沙の後ろ姿。
   李沙、回転式の椅子を回す。
   スクリーンの向こうにいる観客を見る。
   なにかを問いかけるようにじっと見る――。
                 (了)

作品中にタイトルが出てくる映画(脚本家/監督)(登場順)


「ゴジラ対へドラ」(馬淵薫・坂野義光/坂野義光)
「青春デンデケデケデケ」(石森史郎/大林宣彦)
「ソナチネ」(北野武/北野武)
「居酒屋兆治」(大野靖子/降旗康男)
「冬の華」(倉本聰/降旗康男)
「Wの悲劇」(荒井晴彦・澤井信一郎/澤井信一郎)
「百円の恋」(足立紳/武正晴)
「緋牡丹博徒」(鈴木則文/山下耕作)
「女囚701号 さそり」(神波史男・松田寛夫/伊藤俊也)
「切腹」(橋本忍/小林正樹)
「フラガール」(李相日・羽原大介/李相日)
「新幹線大爆破」(小野竜之介・佐藤純弥/佐藤純弥)
「太陽を盗んだ男」(長谷川和彦・レナード-シュナイダー/長谷川和彦)
「ヒポクラテスたち」(大森一樹/大森一樹)
「七人の侍」(黒澤明・橋本忍・小国英雄/黒澤明)
「用心棒」(黒澤明・菊島隆三/黒澤明)
「椿三十郎」(黒澤明・菊島隆三・小国英雄/黒澤明)
「隠し砦の三悪人」(黒澤明・菊島隆三・小国英雄・橋本忍/黒澤明)
「天国と地獄」(黒澤明・菊島隆三・小国英雄久板栄二郎/黒澤明)
「素晴らしき日曜日」(植草圭之助/黒澤明)
「犬神家の一族」(長田紀生・日高真也・市川崑/市川崑)
「鬼龍院花子の生涯」(高田宏治/五社英雄)
「裸の島」(新藤兼人/新藤兼人)
「雨月物語」(川口松太郎・依田義賢/溝口健二)
「トラック野郎 御意見無用」(鈴木則文・澤井信一郎/鈴木則文)
「ダイナマイトどんどん」(井手雅人・古田求/岡本喜八)
「マイ・バック・ページ」(向井康介/山下敦弘)
「仁義なき戦い」(笠原和夫/深作欣二)


 引用――本稿にタイトル、または歌詞が登場する歌曲(登場順)

「夢追い酒」(詞/星野栄一・曲/遠藤実・歌/渥美二郎) 
「なみだ恋」(詞/悠木圭子・曲/鈴木淳・歌八代亜紀)
「港町ブルース」(詞/深津武志・補作詞/なかにし礼・曲/猪俣公章
         歌/森進一)
「あの素晴しい愛をもう一度」(詞/北山修・曲/加藤和彦 歌/北山修、加藤和彦)
「あなたにあげる」(詞/千家和也・曲/三木たかし・歌/西川峰子)
「浜千鳥」(詞/鹿島鳴秋・曲/弘田龍太郎)
「緋牡丹博徒」(詞・曲/渡辺岳夫)
「怨み節」(詞/伊藤俊也・曲/菊池俊輔・歌/梶芽衣子

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