やっぱり皮がスキ 36

H⑫

 まったく、お姉さんは元気だなぁ。
 昼間あんなに遊んだのに、夜になってもまだ元気だ。さっきからビールをたくさん飲んでいるから、酔っ払っているのかもしれない。ケイおじさんとメグおばさんに、出会いの馴れ初めから結婚するまでの話を根掘り葉掘り聞き出しては、一人で「キャー!」とか「ステキ!」とか「うわっ、おじさんダサい!」とか、騒ぎまくっている。いい大人なのに。
 大人たちの会話がひと段落するのを待って、僕はケイおじさんに問い掛ける。
「ねぇ、自由研究のことで相談したいんだけど、明日時間ある?」
「あぁ。何やるかまだ決まってないんだって?」
「うん。お母さんに、おじさんに相談してきなさいって言われて」
「そうか。でも、いいネタ持って来てるじゃない」
 おじさんがなんだか訳あり気な顔をした。

 次の日、朝ごはんを食べ終えるとケイおじさんが言った。
「ハヤト、スピードスターを持って、うちの研究室に行こう」
「えっ、行きたいけど、自由研究を決めなくちゃ」
 おじさん、昨日のこと忘れちゃったのかな。おじさんもビール飲んでたから酔っ払ってたのかもしれない。
「だから、スピードスターで自由研究をしよう」
 スピードスターで自由研究?
 スピードスターは遊びだよ、と言いかけてやめた。ケイイチおじさんが云うのだから、スピードスターで自由研究が出来るのかもしれない。そうだとしたら、それは凄く楽しそうだ。
 スピードスターボックスを持って、おじさんの後について行った。

 おじさんの研究室は、なんだかよく判らない機械でごちゃごちゃした場所だった。自転車のフレームみたいなモノや、VOXみたいなゴーグルに、マジックハンドみたいなモノもあちこちに転がっている。
「ハヤト、こっちだよ」
 僕がキョロキョロしていると、ケイおじさんがさらに奥へと進んでいった。
「ジャーン!」
 おじさんが指さす先の床には、お姉さんの小さい方のクルマくらいの大きさの楕円形のモノがあった。外側の壁と内側の壁の間は10センチくらい。これってもしかして・・・。
「昨日、ハヤトたちがデイリーランドに行ってる間に作っておいたんだ。ハヤトのスピードスターの走りを見てみたいと思って」
 すごい。けど、こんな楕円形のコースじゃ面白くなさそうだ。僕の戸惑いをよそに、おじさんは続けた。
「ほら、ストレートの真ん中になんか付いてるだろ? あそこをスピードスターが通ると、センサーが感知してストップウォッチが動き始める」
 そう言いながら、おじさんは手でセンサーの前をサッと通過させ、そこから繋がっているPCの画面を見せてくれた。たしかに、デジタル時計が動いている。
「そして、反対側を通過する」
 反対側の直線でも同じように手を通過させると、動いていた時計が止まり、その下の時計が動き出した。
「こうやって半周ごとのタイムが測れるようになっている」
 直線の真ん中にセンサーがあるから、直線の走行距離はかなり短い。ほとんどがコーナーを走っている間のタイムを計るのか。
 それはつまり、
「コーナーリングの速さが判るってこと?」
「正解! デフギヤを付ける前のタイムを計り、それからデフギヤを付けてからのタイムを計る。そうすると、デフギヤがコーナーリングにどのくらい効果があるかが判るだろ?」
「すごい。でも、それって自由研究になるの?」
「もちろん。デフギヤは実際の自動車にも使われているし、自動車が安全に確実にコーナーを曲がれるのは、こういう部品のおかげでもあることが判ったというのは、立派な自由研究だ」
「速く走ることと、安全に走ることは同じなの?」
「本当はもっと速く走ることができる車を、制限速度の範囲で走らせるなら、クルマに無理をさせない分、安定性が増すんだよ。逆に、クルマの持つ性能ギリギリでコーナーリングさせようとすると、少しのミス、例えば、ほんの少しハンドルを切り過ぎたり、アクセルを踏み過ぎたりすると、コースアウトしてしまうだろ? 性能に余裕があれば、少しくらいスピードが出過ぎていても、コーナーを曲がり切れる」
 性能ギリギリだと少しスピードが出過ぎただけでコースアウトしちゃう・・・。それは、僕のガンガル・スピードスターだ。軽量化してスタートダッシュをきかせただけて、それまで廻れていたコーナーを飛び出してしまった。
「速く走れるということは、ゆっくり走ったときにはより安全に走れるということなの?」
「その通り。だから立派な自由研究だ。デフギヤを外して、元の状態に戻せるか?」
「うん。すぐできるよ」
 フロントのホイールを外し、予備のドライブシャフトに差し替える。一分もかからない。
「できた」
「よし、やってみよう」
 ガンガル・スピードスターのスイッチを入れる。シューというダッシュ・モーターの軽快な音がおじさんの研究室に響いた。一個目のセンサーの手前に前輪をつけ、後輪を浮かせた状態でスタンバイする。
「いつでもいいよ」
「じゃあ、いくよ」
 手を放す。僕のガンガル・スピードスターは物凄い勢いでスタートダッシュを決めた。そのままコーナーへ侵入すると、ガイドレールが激しく壁に衝突し、姿勢が大きく傾いたけどなんとかコースアウトせずに踏ん張って、また姿勢を戻した。でも直線での勢いは完全になくし、ギクシャクしながらなんとかコーナーを曲がり終え、反対側の直線で再び加速する。そしてまたコーナーへ入るとギクシャクしながらなんとか曲がっていく。
「よーし、オッケー」
 ケイおじさんの合図でスピードスターを受け止めた。
 タイムを確認すると、最初の半周が1.89秒、次が1.68秒、それ以降も1.71秒、1.66秒、1.67秒、1.70秒、といった感じだった。
「じゃあ、デフギヤを装着してもう一度試してみよう」
 フロントのドライブシャフトをデフギヤ仕様に換装し、再チャレンジした。
 スタートダッシュはさっきより勢いがない。デフギヤの分、重量が重くなったからだ。でも、コーナーに侵入した瞬間、その違いは一目瞭然だった。さっきまでのギクシャクした感じは全くなく、スムースにコーナーを廻った。そして、反対側の直線のスピードがさっきよりも速く感じる。
 五週くらい走らせてからスピードスターを受け止め、PCに向かった。
「どうだった?」
「すごいよ。ほら」
 最初の半周が1.71秒、次が1.38秒、それから1.30秒、1.29秒、1.28秒、1.29秒、1.28秒、1,28秒、1.28秒・・・。
 すごい。0.4秒も速くなったうえ、タイムが安定している。
「これが、安定性が増したっていうこと?」
「そうだね。この、デフギヤを付ける前と付けた後のタイムが実験データだ。この実験データから、デフギヤを付けると速く、安定してコーナーを曲がれることは判った。あとは、どうしてデフギヤを付けると速く、安定してコーナーを曲がることが出来るのかを考察すれば、自由研究は完成だ」
 ケイおじさんの言葉を聞きながらも、僕はデフギヤの威力を知って、これならカイに勝てるかもしれないと興奮していた。
「ハヤト、どうしてか判るか?」
 おじさんの問い掛けに我に返る。でも僕は知っている。
「コーナーを曲がるときは、内側のタイヤにくらべ、外側のタイヤの方が長い距離を進まないといけないから、外側のタイヤの方がたくさん回転しないといけない。デフギヤは左右の回転速度を調整することができるから」
 僕の答えにケイおじさんは、驚いたような顔をした。
「ほぼ正解。よく知ってたな」
「うん。デフギヤを買いに行く前に調べたんだ。松山までわざわざ買いに行くだけの効果があるかどうか判らなかったから」
「用意周到だな。いったい誰に似たんだろう」
 おじさんは嬉しそうに笑った。僕はもっと嬉しかった。

 お昼に冷麺を食べた後、ケイおじさんの家を出発した。
 愛媛への帰り道も、お姉さんはまた一人で運転してくれた。渋滞にはまってイライラして、お姉さんも手伝って焼いたというシフォンケーキを食べていると、「わたしの分も残しておいてよね」とキツめに言われたりしたけど、でも頑張って運転してくれていることは伝わってきた。
 来るときは三人だった道を遡りながらボンヤリと考える。
 性能に余裕があるクルマは安全に走ることができる。じゃあ、戦争でも、性能の良い武器を持っていると安全なのだろうか? ニューガンガルに載ったトオルは無敵だ。だからトオルは安全だけど、ジョア軍曹は何度も危ない目にあった。ジョア軍曹にとっては敵の高性能な兵器は危険だ。だから、もっと性能の良い武器を開発する。すると今度はトオルが危険になる。
 うーん。難しい。クルマの安全性と戦争の話は噛み合わないのかもしれない。
 そんなことを考えていると、いつの間にか眠っていた。

『やっぱり皮がスキ 37』につづく

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