老女と猫
少々不自由になった身体を揺り椅子に落とし、
視るでもないテレビをつけっ放し、
その老女は、彼女より余程大きな丸々した猫を膝に置き
無言で微笑む。
痩せた手で、目を細めて猫を撫でる。
いつもの時間、いつもの老人が訪れる。
いつものように犬数頭を引き連れて、老女の姿を認めると
ニコリと会釈する。
「やぁ、Rさん。また犬が一頭死んじまってのぅ。補充せにゃいかん。」
「何故、貴方はそんなに犬を飼うのですか。犬がお気の毒じゃありませんか。
私なんて、この子に毎日言い聞かせているのですよ。
ワタシより一分でも先に往くのよ。って。」
「ははは、相変わらずだなぁ、Rさん。発想、暗いわなぁ、貴女。
猫は一匹で生きていけるでしょう。
貴女が先にぽっくり逝っても、寿命が来るまで生きるさね。
こいつらも同じだ。
飼われた子は、ヒトに慣れてるからね。何とかなりますって。
わたしゃ、犬切らすっと寂し過ぎっからね。一頭逝きゃ、補充せにゃ落ち着かん。」
老女は
ズカズカと彼女の時に侵入して来た、この自己中心的な老人が大嫌いであった。
老人は
世捨て人のように
悲嘆を全身で表すその老女を愛していた。
彼女は、かつて、華やかで美しく、大勢の取り巻きの中、神々しく輝いていたのだ。
猫や犬など近付く隙も無いほどに、当然、凡庸なオレの存在すら知りはすまい。
その輝きは老いと共に消え、かつての栄光の分、その精神は沈み塞ぎ病み、
猫と棲む老女となった。
そう、この時を、老人は待っていたのだ!
犬なんぞ、話の切欠に過ぎぬのだ。猫を数匹連れて散歩は出来まい。
犬が無難だ。彼女に近付き、不自然ではなく、毎日、話せるのだ。
老女は、毎年、桜の季節が近付くと、お迎えを待つ。
花が散っては生き延びた身を嘆き、花火が空に舞い上がると、
嗚呼、私も煌めいてすぐさま消えたかったのにと悲しみ
木の葉が色付く秋に、どうか・・と手を拝む。
雪がちらつき始めると、年の瀬を思い、一年をまた生きたことに落胆し、
こうなれば仕方ない、と、
ある冬の朝、凍えて死のうと考え、杖を突きふらふらと庭に這い出た。
愛猫が、みゃお、と老女の傍に擦り寄り、老女の上に座った。
温かい・・・。
この子は、私を温めてるの?
老女の胸元、半襟の中、ますます猫は潜り込み丸くなる。
何だ、貴方が寒かったのね。うふふ。
こんな時なのに笑えるのだ、と気付いた。
また、一緒に除夜の鐘聴きましょうかね。
目尻から涙がこぼれた。
年が明け、
桜のホコロビから季節の移ろう度にまた繰り返すのね。希望と落胆、そして祈り。
そうして、今日もあの下品な男が訪れる。
老人と犬、老人と海、愛読した本のタイトルをふと思う。
イメージと違うったらありゃしない。
老人とは、少なくとも、私の愛する男とはー!
あぁ、詮無いことを。
私は、老女なのだ。
老人は、老女の憂いに沈む顔を胸中を愛し哀しみ
「また明日来るよ、こいつら連れてな。」と
何も考えていない無心の笑み浮かべ、手を振った。