医療現場におけるN95レスピレーターのフィット性向上に関するデジタルキオスクの評価
はじめに
N95レスピレーターのフィット性を確認することは、装着者を病原微生物から守るために非常に重要です。現状では、事前のフィットテストにより、どのN95レスピレーターが使用者に合うかを選択できますが、使用直前のフィット性を客観的に評価する方法はありません。もちろん、使用者による主観的なシールチェックの実施は推奨されていますが、これはあくまでも主観的な手法であり、実施しない使用者もいる可能性を考慮すると、適切な使用がなされているか疑問が残ります。
今回ご紹介する論文は、デジタルキオスク(双方向的な対話や相互作用が可能な電子ディスプレイを備えたセルフサービス端末)を利用したシールチェックの有効性を検討した、オーストラリアからの報告です。
方法
166人の被験者に対して、4つの異なるN95レスピレーターを使用し、657回の定量的フィットテストを実施しました。無作為化を行い、対照群には標準的な「シールチェック」を、介入群には特注の赤外線デジタルキオスクを使用しました。主要アウトカムとして定量的フィットテストの合格率を設定し、副次的アウトカムとしてレスピレーターの種類、性別、人種、過去の経験を評価しました。
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介入群にランダムに割り当てられた参加者の漏れ検出とフィット修正のガイドに使用されるデジタルキオスクの主な機能:デジタルキオスクは、割り当てられたレスピレーターを着用した参加者の広帯域高解像度(0.4μm-14μm波長)ビデオ入力を使用します。オンボードコンピューターによる画像処理により、画像が迅速に最適化され、デジタルキオスクの画面にライブビデオが表示され、空気漏れの可能性がある領域を簡単に判断できます。ユーザーインターフェース(肺のアイコン)は、呼吸サイクルの確認方法を利用者にガイドします。
結果
介入群は対照群(30.8%)と比較して有意に高い合格率(50.6%)を示しました。デジタルキオスクを使用した場合の合格オッズは、対照群と比較して2.3となりました(OR 2.3 95%CI 1.8~2.9、p<0.001)。くちばし型N95レスピレーターが最も改善し(OR 4.1 95%CI 2.1~7.9, p<0.001)、3つ折り型でもかなりの効果が見られました(OR 2.66 95%CI 1.4~5.2, p<0.001)。性別および人種はデジタルキオスク利用時の結果に影響を与えず、過去の経験も関連性が低い傾向を示しました。
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介入群(デジタルキオスク使用)の全体的な合格率と対照群の合格率を比較すると、統計的な差(p<0.001、*で表示)がありました。くちばし型および3つ折り型の個々の結果は多変量解析で有意(p<0.001)に達し、カップ型およびコーヒーフィルター型では有意傾向が見られましたが、これらのサンプルでは統計学的に有意性は確認されませんでした。
考察
デジタルキオスクは、参加者の属性に関係なく、一般的なレスピレーターの種類を問わず、満足のいくフィット性の達成率を向上させました。これらの知見は、リスクが高い状況で作業者の安全性を向上させるための、個別評価および介入につながり、呼吸保護プログラムにおける重大なギャップに対処する手段になりえます。
感想
シールチェックの曖昧さについては、以前から疑問に感じていました。特に、新型コロナウイルスやインフルエンザなど、ウイルス曝露数が多い呼吸器感染症ではフィット性の重要性が増します。また、結核のように1~5個程度の微量な病原体で感染が成立する疾患においては、N95レスピレーターのフィット性が極めて重要であり、その欠如が命取りになる可能性があります。この点で、フィット性の確認が使用者の自主性や経験に依存している現状は非常に危ういと感じています。
医療従事者は、使命感によってリスクを背負いながら患者と向き合っていますが、感染管理者には彼らを感染症から守る責務があります。使用者の自己責任に頼るだけでは不十分であり、もっと客観的で確実な方法が必要です。今回紹介したデジタルキオスクは、まさにその問題に対する有効な解決策であり、現場でのフィット性の不確実さを軽減し、より確実な保護を提供する技術です。特に、感染リスクが重大な結果を引き起こす場面では、このような補助機器の導入が不可欠です。
また、今回のデジタルキオスクはオーストラリアのメーカーが開発したものでした。近年、オーストラリアでは軽量化されたPAPR(Powered Air-Purifying Respirator)などの技術にも注力しており、空気感染対策を強化する姿勢が伺えます。これらの技術は、今後の感染対策において大きな貢献を果たすことになるでしょう。日本でも、こうした革新的な技術や機器の開発が進むことが期待されます。感染症対策の向上には、現場で使える実践的なツールの提供が急務であり、医療従事者を守るための取り組みが求められます。
Evaluation of a Point-of-Use Kiosk for Improving the Fit of N95/P2 Respirators in Healthcare Settings: A Randomized Controlled Trial.
(Am J Infect Control. 2025 Jan;53(1):36-43. doi: 10.1016/j.ajic.2024.08.008.)