メチシリン耐性黄色ブドウ球菌の接触予防策中止に関する緩和の妥当性
はじめに
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が患者から検出された場合、CDCは接触予防策による対応を推奨しています。一度、接触予防策を開始すると、どの時点で対策を解除するかのタイミングが議論になることがあります。一般的には培養等でMRSAが連続3回陰性の場合は解除可能とすることが通例です。
今回ご紹介する論文は、米国のバージニア大学病院において、現在の「3陰性」ルールを、「2陰性」または「1陰性」のいずれかに引き下げた場合の経済的コストを評価したものです。
方法
2015年から2019年までの41,216人の患者のデータを電子カルテから抽出し、環境汚染および患者と医療従事者間の相互作用の両方を考慮して、バージニア大学病院におけるMRSA伝播のモデルを作成しました。このモデルを、現行の3陰性ルールにおける調査期間中のMRSA発生率に当てはめました。反事実シミュレーションを用いて、現行の3陰性ルールと比較した2陰性ルールおよび1陰性ルールの転帰とコストを推定しました。
結果
2陰性ルールと1陰性ルールでは、調査期間中に病院でのMRSA症例数がそれぞれ6例(95%CI、-30~44例、P<0.001)および17例(95%CI、-23~59例、P<0.001)増加することが示唆されました。全体として、1陰性ルールは、2陰性ルール(687,946ドル;95%CI、562,522ドル~812,662ドル)および3陰性ルール(702,823ドル;95%CI、577,277ドル~846,605ドル)よりも、年間コスト(628,452ドル;95%CI、513,592ドル~752,148ドル)が統計学的に有意に低い水準である(P<0.001、米ドル、2023年のインフレ調整後)ことが判明しました。
考察
本研究は、1回のMRSA検査陰性が、MRSA接触予防策を中止するのに十分な証拠を提供する可能性があり、1陰性ルールが最も費用対効果の高い選択肢であることを示唆しています。(1)従来の3陰性ルールと比較した場合、1陰性ルールでは、MRSAの追加症例は比較的少ない(8%未満)、(2)緩和解除ルールでは、予防対策日数が減少する、(3)1陰性ルールでは、予防対策費用が大幅に減少するため、大幅な節約につながる。
感想
近年、接触予防策の必要性を疑問視する報告が相次いでいるところではありますが、現場に浸透したルールを変更するにはたいへんな労力が必要となります。これまでの接触予防策を中止し、標準予防策へ変更! となると、現場スタッフの懸念は想像に難くありません。
今回の論文は、接触予防策の費用対効果が大目標ですが、接触予防策から標準予防策への急激な変更の緩衝地帯としての役割を担える可能性があります。つまり、3回陰性ルールを1回陰性ルールに緩和すれば、現場の反発や不安はそれほど大きくならないはずです。しばらくは1回陰性ルールを継続し、機を見て1回陰性ルールから、標準予防策へ変更した場合の状況を把握・検討し、標準予防策に一定の利があるなら、MRSA陽性者に対する対策は標準予防策に切り替えるのが適切ではないでしょうか。
そんなにうまい話はないじゃないか? というクエスチョンが聞こえてきますが、これまで発表されてきたMRSA隔離対策の論文を総合的に判断すれば、夢物語ではないと思います。
Modeling relaxed policies for discontinuation of methicillin-resistant Staphylococcus aureus contact precautions.
(Infect Control Hosp Epidemiol. 2024 Jul;45(7):833-838. doi: 10.1017/ice.2024.23.)