医療現場の手洗いシンク排水管におけるカルバペネマーゼ産生菌のサンプリング方法の比較
はじめに
近年、医療関連感染の原因として病院環境の水が注目されています。シンクや排水管からの微生物サンプリングにはスワブ(綿棒)を用いる方法が一般的ですが、その適切性や標準化は不十分です。本研究は、カルバペネマーゼ産生菌(CPO)の検出を目的に、手洗いシンクの排水口からのサンプリング方法(排水口吸引液 vs 排水口上部のスワブ)を比較するとともに、CPOによる感染が報告されている病院とそうでない病院の汚染率を調査しました。
方法
調査は、CPO感染が発生した病院(病院A)と未発生の病院(病院B)の2施設で実施されました。シンク排水口から吸引液を採取する方法とスワブを使用した方法を比較し、それぞれを培養およびマルチプレックスPCRで検査しました。

結果
検出精度の比較
排水口吸引液とスワブの間で、CPOの検出率に有意差はありませんでしたが、直接PCRは培養よりも多くのカルバペネマーゼ遺伝子を検出しました(p < 0.0001, p = 0.0045)。
病院間の比較
病院Aでは、吸引液およびスワブいずれの方法でもCPOの陽性率が病院Bより高く、PCRと培養結果の一致率も高い(91% vs 33%)ことが確認されました。
排水口位置の影響
蛇口直下の排水口と後方排水口の間で、汚染率に顕著な差は認められませんでした。
考察
本研究は、排水口吸引液とスワブのどちらもCPO検出に有効であることを示しました。ただし、吸引液はPCRおよび培養でより多くの遺伝子を検出する傾向があり、特にPCRは迅速かつ感度の高い方法として有用です。一方で、培養は生存菌の検出に限定されるため、伝播リスクの評価には適している可能性があります。
また、CPO感染が発生している病院のシンクは、未発生の病院と比較して多様なカルバペネマーゼ遺伝子が検出される傾向があり、シンクの構造や配置にかかわらず汚染率が高いことが示唆されました。
感想
病院のシンクには薬剤耐性グラム陰性桿菌が潜んでおり、それが医療関連感染の感染源となる事例が欧米を中心に報告されています。これらの調査では主にスワブを用いてシンクや排水口を拭き取り、培養および薬剤感受性試験によって耐性菌を特定する方法が採用されています。しかし、培養では拭き取り方法により採取される菌量が変動するため、定量的評価が困難であり、通常は定性的な判定に留まっています。その結果、シンクから耐性菌が1つでも検出されれば、感染リスクがあるとして消毒や配管交換などの対応が求められることになります。
今回の論文は、シンク関連の医療関連感染が発生している施設(高リスク病院)と、感染が発生していない施設(低リスク病院)を比較し、後者ではシンクからの耐性菌検出量が少ないことを明らかにしました。この知見は、定量的評価を行ったことで初めて得られたものであり、従来の定性的評価だけではどちらの病院も同じリスクがあると判断され、低リスク病院でも過剰な対策が求められていた可能性を示唆しています。
また、スワブによる拭き取りと排水口からの吸引液の検出率に大差がないことが分かった点も重要です。これにより、スワブ拭いの方法に多少のばらつきがあったとしても、シンクに潜む耐性菌を一定程度定量的に評価できる可能性が示されました。
今後の課題として、耐性菌の検出量と医療関連感染リスクの相関性を明確にすることが挙げられます。もしこの関係が明らかになれば、検出量を基準としたリスク評価が可能となり、高リスク病院では積極的な対策が求められる一方で、低リスク病院ではシンクの状況を監視しつつ、手指衛生の徹底などで感染リスクを低減できる可能性があります。これにより、効率的で適切な感染対策の実施が期待されます。
Comparison of methods for sampling and detection of carbapenemase-producing organisms in clinical hand wash basin drains in healthcare.
(J Hosp Infect. 2024 Oct:152:28-35. doi: 10.1016/j.jhin.2024.06.008.)