人工知能を用いた整形外科手術部位感染サーベイランスの作業負荷の軽減
はじめに
手術部位感染(SSI)サーベイランスは、手術に関連する感染症を抑制させるために米国CDCが提唱した感染対策の取り組みです。日本ではJANISの集計によると約800の医療機関がSSIサーベイランスに参加しています。SSIサーベイランスは他のターゲットサーベイランスと比べて、判定が画一的でないため、手術を受けた患者一人ひとりのデータを確認する必要があり、労力を要します。
近年、急速に発展しているAIは、医療業界にも進出しており、サーベイランスへの活用も期待されています。今回ご紹介する論文は、AIを利用した人工股関節置換術(THA)後のSSI検出を検証したスペインからの報告です。
方法
THAを受けた患者のSSIをスクリーニングするために、自然言語処理(NLP)と極端な勾配ブースティングを用いた多変量アルゴリズムであるAI-HPROを設計しました。開発および検証コホートには、スペイン・マドリードの4つの病院から得られた19,661件の医療エピソードのデータが含まれました。
結果
微生物培養の陽性、テキスト変数としての「感染」、クリンダマイシンの処方は、SSIの強力なマーカーとなりました。最終モデルの統計解析では、F1値(適合率と再現率の調和平均であり、値の範囲は0–1で1は精度が最も高いことを意味します)0.32、AUC 0.989、精度91.27%、陽性的中率(NPV)99.98%と高い感度(99.18%)と特異度(91.01%)を示しました。
考察
AI-HPROアルゴリズムの導入により、サーベイランス時間が975人/時間から63.5人/時間に短縮され、手作業でレビューする臨床記録の総量が88.95%削減されました。このモデルは、NLP単独(94%)またはNLPとロジスティック回帰(97%)に依存するアルゴリズムよりも高いNPV(99.98%)を示しています。これは、NLPと極端な勾配ブースティングを組み合わせたアルゴリズムで、正確でリアルタイムの整形外科SSI監視を可能にした最初の報告です。
感想
SSIは手術の経験者でなければすぐには理解できない医療技術に対するサーベイランスです。よって、SSIサーベイランスの訓練を受けた医療従事者でも、手術に携わった経験がないと、SSIの判定に迷うといわれています。また、専門用語も多いため、手術業務の経験者でないと一朝一夕には正しいデータが得られません。なおかつ、序文でも触れたようにSSIの判定には時間を要するため、片手間に集計できるサーベイランスはありません。
これらの理由により、日本には手術を実施している医療機関が約2,000件あるのにも関わらず、JANISのSSIサーベイランスには半分にも満たない約800機関しか参加していないのが現状です。今後、AI技術を用いたSSI判定システムが普及すれば、非専門性職種によるサーベイランスの実践、判定精度の画一化、効率的な時間配分などが期待されます。また、空いた時間に充実したフィードバックデータの作成、現場介入の拡充につなげることが可能になります。
願わくは、どのような介入が効果的にSSIを予防できるかをシステムに内包し、より現場目線でのトータル的なSSIサーベイランスの構築を目指してほしいところです。
Using Artificial Intelligence to Reduce Orthopedic Surgical Site Infection Surveillance Workload: Algorithm Design, Validation, and Implementation in Four Spanish Hospitals
(Am J Infect Control. 2023 Nov;51(11):1225-1229. doi: 10.1016/j.ajic.2023.04.165.)