完全個室病院への新規移転前後における医療関連感染比較
はじめに
医療関連感染症は、時として多剤耐性菌が原因となり、入院費用の増加や医原性の損害を引き起こします。施設ガイドライン協会(病院、クリニック、介護施設の計画、設計、建設に関するガイドラインを発行する米国の非営利組織)の新医療施設設計のためのガイドラインは、2016年から、新施設はすべて個室化することを推奨しています。しかし、完全個室施設はコストが高く、完全個室化により医療関連感染症が減らせるかどうかは明らかになっていません。また、感染症の発症には、環境中の微生物の数の他に、広域抗菌薬の使用、施設の清掃、手指衛生、患者の危険因子などの要因も関わるため、バイアスが大きく完全個室の有用性を証明するのがとても困難でした。
今回ご紹介する論文は、カナダにある急性期病院の新規移転による完全個室化によって、医療関連感染が減少するかを検討したものになります。
カナダMcGill大学Health Centreの傘下にあるRoyal Victoria病院は、1893年に創立された成人患者のための3次医療施設で、2015年4月26日に入院患者全員が新しい病院に移転しました。移転前の施設は417床で3-4人部屋が主流でしたが、新施設は全ての入院病室が個室の350床になり、トイレとシャワーが備えられ、手洗い用のシンクも設置されています。そこで2013年1月1日から2015年3月31日まで(移転前)と、2015年4月1日から2018年3月31日まで(移転後)の、施設内における多剤耐性菌サーベイランスの結果と、それらによる感染症発生率を比較することにしました。
方法
同病院では移転前から継続して、内科、外科と集中治療室に入院する全患者に対し、入院時と、それ以降は毎週、MRSAとVREのアクティブサーベイランスを実施していました。これらの耐性菌の新たな発生は、入院から3日後以降に、スクリーニングではじめて陽性になった時点、または臨床的に検出された時点と判断しています。加えて、過去12ヶ月間に同病院以外の医療機関を受診しておらず、それまでは陰性だったのが、入院時に陽性となった患者も、新たな定着としています。そして、MRSAまたはVREの定着が認められた患者は、隔離することになっています。
VREまたはMRSAの感染は、入院中または退院後に感染の兆候があり、検査した臨床検体(尿、手術部位スワブなど)から、これら耐性菌が検出された場合と判断しました。Clostridioides difficile(CD)感染の検査は、24時間以内に3回以上液状便があった患者、または中毒性巨大結腸が認められた患者に対して実施されています。CD院内感染の定義は、入院から退院4週間後までに症状が現れ、便標本に対する直接PCRでCDが検出された場合などとしています。病室の日常的な消毒は、移転前も移転後も同様に行われていました。
主要評価項目は、1万人・年当たりのVREとMRSAの定着率と、それらの院内感染率、およびCD感染率としました。
結果
移転前は18,522件の入院で延べ218,868日に、766件VREが検出されました。1万人・年当たりのVRE検出数は35.0件(95%信頼区間32.6-37.6)でした。移転後は31,422件の入院があり、延べ318,257日で209件のVREが見つかりました。1万人・年当たりのVRE検出数は6.6件(5.7-7.5件)に減少し、移転前と比較した検出比率は0.25(0.19-0.34)でした。VREによる感染症は、1万人・年当たり2.5例(1.9-3.3例)から、移転後には0.4例(0.2-0.7例)に減少、移転前と比較したVRE感染症の比率は0.30(0.12-0.75)でした。
MRSA検出数は移転前の129件から移転後には112件に減少しました。1万人・年当たりのMRSA検出数は移転前の5.9件(4.9-7.0件)から、移転後には3.5件(2.9-4.2件)になりました。移転前と比較したMRSA検出比率は0.57(0.33-0.96)でした。しかし、MRSA感染症は、移転前が1万人・年当たり1.2例(0.8-1.8例)、移転後が1.2例(0.8-1.6)で、移転前と比較したMRSA感染症の比率は0.89(0.34-2.29)となり、有意な減少を示しませんでした。
CD感染症は、移転前が236例、移転後は223例でした。1万人・年当たりCDIは移転前が10.8例(9.5-12.2例)、移転後は7.0例(6.1-8.0)で、移転前と比較したCDIの比率は0.95(0.5-1.76)と有意な差がありませんでした。
考察
これらの結果から、全ての病室が個室の新病院に移転すると、MRSAとVREの検出数、VRE感染症例数を減らすことができますが、MRSA感染症とCD感染症は減少が見られませんでした。
感想
医療関連感染症を減らす対策の1つとして、個室隔離が推奨されています。今回の論文からは、耐性菌の検出数は減らせるものの、感染症減少には個室隔離が寄与しない傾向にあることが示唆されました。
MRSAとVREの検出数が減った要因としては、完全個室化によって、これら耐性菌の伝播機会(入室ごとの手指衛生の実施など)が絶たれたことや、新しい施設になったことによるブロークン・ウィンドウ理論の逆効果が働いた可能性があります。MRSA感染症の減少率が低かった要因としては、移転後のMRSA感染症数が少なかったこと(移転前27、移転後37)が影響していると推察されます。CD感染症の発生率については、抗菌薬の使用状況に左右されるため、院内での感染による発症なのかを精査する必要があり、MRSAやVREと同列で比較することは無理があったように感じます。
このように、この論文にはたくさんの交絡因子、つまりバイアスが存在しているため、個室隔離を肯定したり、否定したりする根拠とするのは難しいといえるでしょう。しかし、さらなるデータの蓄積によって、サンプル数によるバイアスをできるだけ除外すれば、エビデンスとして確立できる可能性はあります。
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