カウンターレディはプ女子⑬:創作小説と私
あずきに案内され辿り着いたのは、築数十年に
なろうかという昔ながらの木造長屋の一角だった。
「母さん、石塚さん連れてきたよ。」
あずきが玄関から声を掛けると、奥からあずきの
母が恭しくお辞儀をしながら現れた。
「こんばんは、石塚です。」
「いしづかさん!」
甲斐人くんが石塚に合わせてあずきの母に言う。
「石塚さん、この度はあずきを助けていただいて、
本当にありがとうございます。」
「いえ、たまたま話を聞いたものですから。」
「さ、どうぞお入りください。」
石塚から見たあずきの母は品の良い印象で、想像より
若い雰囲気の女性だ。普段自分が職場で相手している
パートの人たちとそれほど変わらないのではないか。
おそらくこの人もあずき同様、若い頃から女手一つで
苦労して娘を育ててきたのだろう。
居間へと通されるとテーブルには出前のお寿司が
用意されていた。
「どうぞ、召し上がってください。このくらいしか
お礼らしいお礼も出来ませんが。」
「そんな、とんでもない!お気遣いは無用です。」
「石や・・・石塚さん、遠慮しないで。」
「石やんでいいよ、あずちゃん。」
あずきに軽く微笑みかけると石塚はあずきの母の
向かい側で正座した。少しばかり緊張している。
「お茶入れてくるね。」
あずきが台所に立つと、甲斐人くんもその足もとに
ぴったりと寄り添っている。
「ママのこと大好きなんですね、甲斐人くん。」
場を持たせようとあずきの母に話し掛ける石塚。
「あの・・・あの子のことはどこまで。」
「未婚の母、ということはご本人から伺いました。」
話題を間違えたかもしれない、と石塚は後悔したが
あずきの母はそのまま続ける。
「もしあの子に何かあったら、私も甲斐ちゃんも
どうなっていたことか・・・どれほど感謝しても感謝
しきれません。」
「あの時はたまたま私が近くに居たというだけで、
そうでなければママなり仕事仲間なり、他の人が
助けてくれてたんだと思いますよ。」
「・・・何の話?」
お盆を手に戻ってきたあずきが母に問う。
「改めてお礼をね。」
あずきの邪魔にならないよう甲斐人くんを引き受け
ながら、あずきの母が返す。
「おすし。」
「甲斐ちゃん、みんなでいただきますしてからね。」
「はぁい。」
甲斐人くんはママに言いつけに元気に返事した。
甲斐人くんにお寿司を食べさせながら、あずきが
石塚の大捕物を大袈裟に母親に語る。
「そんな大したモンじゃないって。」
「えー、でもカッコよかったじゃないですか。」
そんなやり取りを眺めつつ、あずきの母が言う。
「ところで・・・石塚さんはあずきとはどういった
ご関係で?」
「ちょっと、母さん?!」
あずきが慌てた様子で母親と石塚を交互に見る。
なるほど、そういう確認も含めてここに呼ばれた
ということか。石塚は合点がいった。
「ラウンジにすみちゃんって子がいるんですけど、
彼女が私の知り合いで、時々お店に飲みに行くん
ですよ。あずちゃんともそこで知り合って。」
「・・・それで?」
「すみちゃんの友達なので、私にとっても友達と
いうところですかね。」
「・・・なるほど。」
今度はあずきの母が石塚とあずきを交互に見る。
「もう母さん、変なこと言うのやめてよ。」
「あら、聞いておきたいのはあずきもでしょ?」
陽子ママやすみちゃんもそうだが、この母親も
なかなか強かなようだ。シンママさんともなると
こうでもないと世間を渡っていけないということか。
それにしても「あずきも」ってどういう・・・。
「母さんってば!」
「甲斐ちゃん、お寿司美味しい?」
「うん!」
あずきの母はあずきの追求をさりげなくかわした。
「私、あずきのこと一人で育ててきましたけど、
それはそれは大変だったんですよ。だからね、
あずきには今度こそいい人見つけてもらって、
私にももう少しラクをさせて欲しいんですよねぇ。」
「もう・・・。」
(まいったな・・・。)
母娘のやり取りを受け石塚が内心独りごちた。
「あずちゃんなら大丈夫ですよ、きっと。」
ひとまず当たり障りのない言葉でお茶を濁す。
「あずきには苦労させましたし、甲斐ちゃんには
いいお父さんが居て欲しいんです。やっぱり男の子
ですし、男親は必要だと思いまして。」
「母さん・・・。」
「だから早くいい人みつけて連れてきてよ、あずき。
石塚さんみたいな。」
「ハハハ・・・。」
石塚は乾いた笑いを浮かべた。正直、居づらい。
そうこうしていると、話に入れず退屈そうにしていた
甲斐人くんが石塚のほうに寄ってきて両手を広げた。
「ん、おいで。」
石塚は甲斐人くんを抱き上げると膝の上に座らせた。
「石やんって子供の扱い慣れてますよね。」
あずきが石塚に疑問をぶつけた。
「ほら、甥っ子とか。」
石塚が咄嗟に口からでまかせを言う。
この場で「すみちゃんの子供たち相手に慣れた」など
言える訳もない。
「いしやん?」
甲斐人くんが石塚の顔を下から見上げる。
「そ、石やん。」
甲斐人くんは膝の上で向きを変え、石塚にぴったり
くっついた。
「人見知りしないの、甲斐人くん?」
石塚が甲斐人くんに会ったのは今日が初めてだ。
それがこれほど懐いてくるのは珍しかった。
「その子なりに人を見てるんじゃないですかね。」
そう答えたのはあずきの母のほうだった。
そんなものなのだろうか。
自分が幼い頃はかなりの人見知りだったらしいが。
特に男の子は男性に対してその傾向が強いはずだ。
「ママに似たのかな?」
石塚はそう言うと、甲斐人くんを見て微笑み掛けた。
「うん、ママ大好き。」
甲斐人くんはそう言ってあずきの元に戻っていった。
「ご馳走様でした。今日はありがとうございます。」
帰り際、石塚が挨拶をするとあずきの母も
「こちらこそ本当に助かりました。またいらして
くださいね。」
と改めてお辞儀をする。
(またいらしてって・・・。)
石塚は深く考えないことにした。
石塚がまた手を繋ごうと甲斐人くんに手を差し出すと
甲斐人くんは両手を広げて石塚を見上げた。
「いしやん、だっこ。」
「こら、甲斐ちゃん。」
「だっこか、おいで。」
石塚が背中を向いてしゃがみ込むと、甲斐人くんが
そこへ飛びついてくる。
「よっ、と。ちゃんと掴まっててね。」
「うん!」
甲斐人くんは嬉しそうに頷いた。
「ごめんね石やん。」
「いいよいいよ、これくらい。」
そう言う石塚も嬉しそうにしている。
「子供、好きなんですね。」
「可愛いよね。オレさ、もし自分に子供が出来たと
したら、絶対親バカになると思う。」
「あー、そんな雰囲気あるかも。」
「でしょ?」
アパートの前に着き石塚が甲斐人くんを降ろそうと
すると、甲斐人くんは寝息を立てていた。
「・・・そのまま部屋まで行こうか。」
平坦な道はともかく、軽いとはいえ子供を負ぶった
まま階段を上がるのは日頃運動不足の石塚には中々
キツいものがあった。
「ハァ・・・運動しよう。」
「フフフ、そうしてください。」
あずきが玄関を開け中に入ると、石塚にだっこされた
ままの甲斐人くんの靴と靴下を脱がせた。
「布団敷いてあげて。オレこのまま待ってるわ。」
あずぎが部屋で甲斐人くんの布団を用意をする間、
石塚はその様子を眺めながら物思いにふける。
子供。
家族。
そういう存在が居れば、部屋を散らかしても身なりを
気にしなくて平気、とはならないのかもしれない。
まぁ、望むべくもないのだが。
石塚が姿勢を低くするとあずきが甲斐人くんを抱き
抱え、そのまま布団へと寝かせる。
「石やんは絶対いいお父さんになれると思いますよ、アタシ。」
甲斐人くんを着替えさせながらあずきが言う。
「そんなご縁があったらだけどね。」
「石やんってもしかして、自分からそういうチャンス
逃しちゃってません?」
「特にモテるわけでもないし、ないと思うけど。」
あずきが何か言いたそうに石塚を見上げる。
しかし結局視線を甲斐人くんへと戻した。
あずきはすみちゃんが関係を解消したあとも石塚を
気にかけている理由がわかったような気がした。
「たぶん、そういうところだと思います。」
「え?何が?」
あずきはただくすくすと笑うだけだった。
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