カウンターレディはプ女子⑯:創作小説と私
「甲斐ちゃん、お靴履き替えよっか。」
あずきは甲斐人くん用に普段保育園で使っている
上履きを用意していた。
「スリッパだと脱げてどっかやっちゃいそうだし。」
「あー、確かにね。」
入口から物販コーナーにかけては壁一面にTシャツや
マフラータオルなどが掛けられていた。
あずきが物珍しそうにそれらを眺めている。
物販コーナーには売り子としてスタッフや練習生に
混ざってベテラン選手の顔も見える。
「選手も売り子するんだ。」
「そそ。ドラゲーは選手との距離が近いからね。
休憩時間毎に物販に立つ選手も変わるから、先に
買うものだけ決めておいて、贔屓の選手が売り子に
なったら買ってサインしてもらったりするのよ。」
「へぇ~、面白い!」
石塚があずきに説明する。実に楽しそうだ。
そんな2人をよそに甲斐人くんはガシャポンの機械を
じっと見つめていた。
その様子に気づいた石塚が500円玉を取り出した。
「はい、甲斐人くん。回してみよっか。」
「うん!」
ガチャ・・・ガチャ・・・ゴロン。
カプセルから出てきたのはあるマスクマンがプリント
された缶バッジだった。
「お、甲斐人くん、お揃い。」
石塚がポケットから車のキーを取り出す。
そこには缶バッジと同じドラゴン・キッドのアクリル
キーホルダーがぶら下がっていた。
「石やん、おんなじ!」
「ごめんね石やん、ありがどう。」
あずきが石塚にお礼を言う。
「いいよこれくらい、気にしなくて。」
「でもあんまり甘やかすとクセになるから。」
言われてみればそうかもしれない。親ともなると
考えなきゃいけないことも多いんだなぁ。
あずきの一言に石塚が感心していると
「石やんは確かに親バカになりそう。」
あずきがそう言って笑った。
会場に入り席に着く。
最初は甲斐人くんを挟むように3人並んで座っていた
のだが、試合前のリングアナからのアナウンスや
第1試合の選手たちの入場セレモニーの後のマイク
パフォーマンスの段階で甲斐人くんが「見えない」と
言い出した。
「甲斐人くん、これなら見える?」
「うん、見える!」
結局甲斐人くんは石塚の膝の上が指定席となった。
「オカダは?」
「甲斐ちゃん、今日はオカダさんは居ないね。」
席を詰めて石塚の隣りに座ったあずきが説明する。
「そっかぁ。じゃこの人は?」
甲斐人くんが缶バッジを指す。
「その人は次の次に出てくるよ。」
今度は石塚が甲斐人くんに教えてあげた。
試合はコメディタッチのやり取りあり、ベテラン
同士の罵り合いあり、はたまた両サイドの選手が
目まぐるしく入れ替わりながらの高速バトルありと
随所で見せ場を繰り広げていく。
ふと、あずきが石塚に訊ねた。
「石やん、この人たちタッチしないの?」
「ドラゲーはね、試合してる選手がリングの外に
出て他の選手がリングインしたら、その時点で試合の
権利がその選手に替わるルールなのよ。ユニット
同士の争いがメインのハイスピードバトルをウリに
してるからね。」
「あー、だからこんなにテンポが速いんだ。」
あずきが普段観ている新日本プロレスとはまた違う
独自の魅力、それが石塚が直に会場に足を運んで
まで観たいと思うドラゴンゲートという団体だ。
試合を観戦する中、正面席の前に選手がリングから
落とされてきた。
「あ、あずちゃん、そっちに逃げて。」
「え?」
石塚が何かを察して甲斐人くんを抱えて席を離れる。
『お気をつけください!お気をつけください!』
場内にアナウンスが流れる。
するとリングから軽量級の選手がロープを飛び越え
猛スピードで空中へ飛び出し、リング外に落ちた相手
選手目掛けダイブしてきた。
「きゃっ!」
ガシャーン!
練習生がクッション代わりに壁になる中、正面席の
最前列あたりはパイプ椅子の並びがぐちゃぐちゃに
なっていた。
「スゴい迫力・・・。」
そう感想を漏らしながらあずきが石塚と甲斐人くんに
目を向ける。
そこには手を叩いて喜んでいる甲斐人くんと、器用に
甲斐人くんを抱えたまま今の空中戦をスマホで撮影
していた石塚がいた。
「あー、ブレたなぁ。ま、しょうがない。」
石塚はスマホを胸ポケットにしまうとあずきに手を
伸ばした。
「大丈夫?こういうの、よくあるから覚悟してね。」
あまりに場馴れしている石塚にあずきは唖然とした。
それにしてもいつスマホを構えたのだろうか。
石塚の手を借りてひとまず席に戻る。
「石やん、アナウンスより先に動いてたよね?」
「まぁ試合の流れで何となくわかるから。」
第2試合では悪役レスラーのユニットが登場。会場の
ブーイングに対して観客を威嚇しながら入場する。
対するのは自作のヒップホップの入場曲に合わせて
ダンスを踊りながら入場する人気ユニットだ。
試合は予想通り荒れ模様となり、場外での乱闘が
始まった。
『お気をつけください!お気をつけください!』
お決まりのアナウンスが流れる中、またも石塚は
甲斐人くんをさっと抱き上げ、あずきの手を引いて
席を離れた。
正面席の前の何列かは選手同士のもみ合いでもう
めちゃくちゃだ。座っていたパイプ椅子も凶器として
持ち出されている。
そんな乱闘を眺めつつあずきは考える。
石やん、さっきから当たり前のように自分の手を
握って誘導したり、庇うように立ってくれてる。
石やんは多分、意識せずにやってるんだろう。
でも、ちょっとした気遣いがあずきには嬉しかった。
そんな風に自分を扱ってくれる人は居なかったから。
スタッフや練習生たちが手早く席を元通りに直し、
それぞれ自分の席へと戻っていく。
ふとあずきの視線を感じて石塚が振り向いた。
「どうしたの?びっくりした?」
石塚が微笑みかける。
笑っているのは試合を楽しんでいるからか。
それともあずきに気を遣っているからなのか。
「こういうのを間近で感じて楽しめるのが、地方
プロレスならではの醍醐味かな。」
そうあずきに告げ、そのまま優しく手を引く。
「うん、だいぶ興味湧いてきた。」
あずきは石塚にそう返し、席へと戻った。
休憩を挟んで第3試合。
先にリングに入場してきたのはピンクの龍のマスクと
スケボーを手にした選手とそのチームメイト。
「あれがキッド?」
あずきの問いに石塚が答える。
「ううん、あれはキッドの弟子のドラゴン・ダイヤ。
若手では今1番勢いのある選手だね。」
「キッドは?」
「次、来るよ。甲斐人くん。」
入場テーマが流れると、ゲートをくぐりキッドが
チームメイトを引き連れ、観客に更なる手拍子と
声援を煽りながらリングを一周、ロープを飛び越えて
リングインする。
コーナーに上りポーズを取るキッドに甲斐人くんが
「キッドーー!」
石塚も驚く程の大きさで声援を送る。
キッドは一瞬だけ小さな応援団に視線を送ると小さく
手を振った。
「うわ、今のは写真撮りたかったなぁ。」
「フフ、ホントに好きなんですね。」
「まぁ観てればわかるよ。ウィル・オスプレイを
イメージしてもらうといいかも。」
「オスプレイ・・・なるほど。」
オスプレイはかつて新日本プロレスに所属していた
空中戦もこなすトップレスラーだった。
試合は龍の系譜を次ぐ師弟の一大空中戦を中心に、
それぞれのチームメイトも自分たちの見せ場を
作りながらドラゲー特有のハイスピードバトルを
展開していく。
「スゴい・・・。」
あずきも新日のジュニアの試合は観ているが、今
目の前で繰り広げられている試合はそのスピード感も
迫力もケタ違いだった。
「楽しんでもらえた?」
「はい!」
「っと、逃げて。」
「えっ?」
『お気をつけください!お気をつけください!』
また石塚があずきの手を取って席を立つ。
場外でコーナーに飛び上がったキッドはそのまま
後方に宙返りしながら相手選手に体を浴びせる。
綺麗に着地したキッドに今度はリングから弟子の
ダイヤがノータッチでロープを飛び越えながら前方に
回転して突撃してきた。
空中サーカスさながらの攻防戦に、あずきは思わず
石塚が取ってくれた手に力が入ってしまう。
そこでようやく石塚も自分が無意識にあずきの手を
握っていたことに気がついた。
「あの、あずちゃん、さっきから大丈夫?」
「えぇ、スゴイです。生で見るプロレスって。」
「そうじゃなくて・・・手、握っちゃって。」
「え?あっ・・・フフフッ。」
あずきはただ嬉しそうに笑うだけだった。
《つづく》
《まとめ読み》